第十六話 収穫祭と吟遊詩人の歌
「本当に助かった!」
隠れ里に戻ってから、スーオちゃんと合流してまた支度を始めた私のところにルーイさんが戻ってきた。血がにじんで汚れた衣服を見てスーオちゃんが驚いたのか私の後ろに隠れてしまう。ぎゅっと私の服の裾を握っていたので、怖かったのかもしれない。
そしてルーイさんは私に深々と頭を下げた。
「ソウ様とミーユ様がいなかったら、本当にどうなってたことか」
「その様付け止めてくださいよ。私もソウも出来ることをしただけです。怪我人だって沢山出たんだし」
何ができるかなんて考えなかった。ただ思いついた言葉を歌に乗せただけ。それだけしかしていない。そもそも大体の事柄は宗一郎がどうにかしたようなものだもの。
「怪我人はな、仕方ない。狩人はそういうのも込みで仕事してるから。でもあれだけでっかいアドウェルサが現れたってのに死人が出ずに済んだのは、ソウ様とミーユ様のおかげだからな」
「そういうものなんですか?」
「そうさ。命をいただくんだ。命を懸けるのが狩人ってもんだ」
そのあたりは私にはよく分からない。これが平和ボケと言われてしまえばそれまでだけど、そういうものもあるのだと思うことにする。頭を下げて感謝してくれているルーイさんの気持ちを無下にし続けるのもなんだか悪い気がしてきたし。
「ミーユお姉ちゃんとソウお兄ちゃんが、お父ちゃん助けてくれたの?」
不意にふるえるような声でスーオちゃんが小さく言った。私は思わずスーオちゃんを振り返った。おっきな目にふるふると涙をたたえているスーオちゃんはいつもの口達者な女の子じゃなくて、年相応のちっさな女の子に見えた。
「えーと、そうなる、のかな?」
「ああ、そうだ。俺たちは御二人のおかげで命を落とさずに済んだんだからな」
「ありがとう! お姉ちゃん!」
どすん、と衝撃が来るような勢いでスーオちゃんに抱きしめられて思わずぐえっと漏れそうになった声はどうにか喉の奥に封印出来た。ぎゅううっと抱きしめてくる力が、本当にうれしいのだと伝えてきてくれている気がする。
そうだね。私の力というわけではないけれど、宗一郎と私が居たから助かった命があったんだ。
「スーオちゃん苦しいよー」
でもあんまりぎゅうぎゅう抱きしめられるとさすがに苦しいので、それだけは伝えておいた。
ルーイさんはそんなじゃれあっている私たちを見てがははと大きく笑っていた。
なんだかそれだけがとても、普通で幸せなことなんだと思えて、少しだけ涙腺がゆるんだ。
夜になって、大きな櫓のようなものが建てられた広場で収穫祭が始まった。
櫓には火が灯されて轟々と音をたてて燃えている。キャンプファイヤーみたい。この火が消えるまで、みんなで収穫出来たものを食べたり飲んだりして今年の豊作を祝い来年の豊作を祈念するお祭りなのだそうだ。
あのでっかいアドウェルサのお肉が出てきた時にはどうしようかと思った。魔力の澱みは浄化されてしまったので、ただの魔力の塊になっているので、レアータさん曰くものすごく美味しいお肉になっているらしい。そういうものなのかー。
祭りのための衣装に着替えて、スーオちゃんと一緒に火の回りで踊ったりもした。若い女の子たちは皆、この民族衣装みたいなワンピースを着て、火の周りでくるくると回りながら踊るのが一般的みたい。
秋になって日が暮れると少し肌寒くなってきていたけれど、火の周りはあったかくてくるくると回るのは楽しい。
ひとしきりはしゃいだ後、広場の周りに置かれた椅子のひとつに座っていたら、宗一郎が飲み物を持ってやってきた。今日は人型。獣の姿は目立ちすぎるんだって。
「果実酒だよ」
「さすがソウ! 分かってらっしゃる!」
「意外とみゆ姉酒飲みだよね」
「甘いお酒が好きなんだよー。いつか自家製のも作りたい」
「歌いながら作るといいよ」
「大変なことになるのが目に見えてるのはちょっとなぁ」
軽口を交わしながら、持ってきてくれたお酒に口をつける。甘い。この甘さは桃かなぁ。ふわんといい匂いもする。飲みやすくてこれは危険。
「今日は商人さんたちが、楽団も連れてきたんだって」
楽しい音楽と綺麗な声の歌も聞こえる。
「だから賑やかなんだね」
相槌を打ちながら宗一郎を見ると、はた、と目が合った。じっと私を見ている黄金の瞳。私だけを見てくれるたったひとり。
「ねぇ、みゆ姉」
「あの、あのさ、宗一郎。私、お付き合いとかほんとしたことなくて、それに結構がさつだし、大雑把だし、本当は料理もあんまり得意じゃなくて家事もそんな上手じゃないかもしれなくて」
思わず次から次へと言い訳が口をついて出てしまった。だってあんまりにも真剣に、私を見てくるから。
「みゆ姉がいいの。他じゃ駄目なんだ」
「……ぅう」
「だから、お試し期間終わりで、ちゃんと付き合おう。俺にだって駄目なところはあるんだから、もっと二人でお互いを知って、伴侶になってもいいって思ったらいいんじゃないの?」
「……でも……」
「俺じゃいや?」
「そんなことない!」
そこは即答で。だってあの時隣に越してきた天使は、本当にそれはそれは私好みのいい男に成長してくれていて。本当はじゃあ伴侶になっちゃおう、なんてあっさり決めちゃいたいところなのかもしれないけど、私は私に自信がないんだ。
両手で持った木製のカップを所在なさげにくるくるとまわしていると、その手を包み込むようにして宗一郎が私の手を掴む。
「ねぇ、みゆ姉。俺にはみゆ姉しかいないんだよ。だから俺の恋人になって」
だめ? なんて小首をかしげて下から見つめられてしまえば、もうどうなってもいいか、なんて思ってしまう私だった。あれ? これもしかして酔いが回ってるのかな?
でも酔いのせいにはしたくない。ちゃんと私の言葉で、私の考えで、ちゃんと宗一郎を受け止めたい。
だから間近に迫るイケメンの頬に、勢いでむにゅっと唇を押し付けてしまったのは不可抗力だ。
「……いいよ」
そんな平凡な言葉でしか返せなかったけど、宗一郎の表情は真剣な思いつめたものから一変してきらきらと明るいものに一気に変化していく。
「……ぃやったー!!!!!」
宗一郎の絶叫のせいで、収穫祭に来ていた人たちにはあっという間に私たちの仲が伝わってしまった。
というか、ようやくかー、という反応の人がほとんどだったんだけど、どういうことなの?
おめでとー、なんて宗一郎の肩を叩いていく青年たちもいる。
「絶対、絶対、幸せにするから!」
抱きすくめられながらそんなことを言われて、私はなんだかまだ夢見心地で現実感のないまま、この金色の獣の恋人になることが決まったのだった。
一方その頃。
「今回の祭りは吟遊詩人がいたか……」
祭りを遠巻きに見ていた隠れ里の長は、滞りなく行われる祭りの様子を見つめながらそう呟いた。
「はい。おそらく、ここにお二人がいることが王国に伝わるのは時間の問題でしょうね」
レアータは神妙な面持ちで吟遊詩人が紛れ込んでいることについて次に起こりうる事柄を推測する。
「彼らは様々な出来事を歌にするのが商売だ。おそらくアドウェルサ退治の歌もひと月もしない内に広まるだろう」
「お二人の警護を、今よりも厳重にいたします」
「そうしてくれ」
隠れ里はその性質上、里の者以外を受け入れることはまずない。だが里の出身者が別の町で商売をしていたりその伝手で楽団や吟遊詩人がやってくることも珍しくはない。
そして吟遊詩人がやってくること自体は問題はなかったのだ。王がこの里を隠れ場所として選ばなければ。
「……さて、どう動いてくるかな」
隠れ里の長は遠く星空を見上げた。空には獣の爪のような三日月。
どこからか誰かが、覗いているかのような夜だった。
美雪は宗一郎の恋人にレベルアップした!
収穫祭の描写はちょっと変えるかも?
とりあえず、次は新しく誰かがやって来るかもしれません。