第十二話 収穫祭の準備が始まる
空はすごくすごく晴れていた。
でも、なんかもやもやとする。レアータさんにだけ、真剣な顔をした宗一郎の表情がどうやっても頭から離れることがない。
何かあったのかな? 私には話せないことなのかな? まぁ、あの感じからするとその予感は十中八九当たりなんだろうけど……私にも話して欲しかったな。
ああ、そうか。このもやもやは『寂しい』なのかな。
「ミーユおねえちゃん!」
突然ぐいっと袖口を引っ張られて名前を呼ばれたので、はっとして周りを見回した。今日のお手伝いの約束をしていた猫耳の獣人さんの娘さんが心配そうな顔でこちらを見ている。
「スーオちゃん」
「なんか噴水に突っ込みそうだったんだけど」
「ごめんね。考え事してた」
考え事をしながらずいぶん歩いていたようで、気づけば収穫祭の会場である広場の真ん中まで来ていたようだ。広場の真ん中にある噴水に突っ込む一歩手前のところを、スーオちゃんが見つけて止めてくれたらしい。
「ミーユお姉ちゃんてしっかりしてそうでどっか抜けてるよね」
「うぐ」
「ソウお兄ちゃんの苦労が分かる気がする」
「ソウの方が年下なんだけどなー」
「そういうのは年齢は関係ないっておかーさんが言ってたよ!」
さらに私はうぐぐと口ごもる。すごく頭の回転がはやくて、言い負かされるってこういうことなんだなーと思う。
「今日はミーユお姉ちゃんと同じ髪型にしてくれるって約束してたから、ずっと外で待ってたの!」
「ごめんね。約束してたのに」
「べっつにー全然待ってないし! むしろまだ朝の鐘が鳴ってないから約束の時間よりはやいもん! それより見て見て! 収穫祭のためにおかーさんが作ってくれた服、かわいいでしょ? ひらひらのスカート、ミーユお姉ちゃんとおそろい!」
マシンガンみたいだなぁ、なんて微笑えましく見ていると私たちの騒ぎを聞きつけたのか、スーオちゃんのお母さんであるティスさんがやって来た。
「おはよう。ミーユさん。今日はお手伝いよろしくね」
「おはようございます、ティスさん」
「スーオが喧しくてごめんね。あんまり煩かったら言ってくれていいのよ?」
「そんなことないですよ」
「そーだそーだ」
「スーオが言うところじゃないでしょ」
ごちん、と拳がスーオちゃんの頭の上に降った。肝っ玉母さんを地でいくティスさんはまったく手加減しない。
「明日はミーユお姉ちゃんといっしょに居られる時間がいつもより長いーってんで、大騒ぎだったのよ。昨夜は。全然寝ないし」
「おかーさん、それ内緒だよ! 内緒なの!」
あわわわとティスさんが言う言葉を一生懸命遮ろうとするところはやっぱりかわいい。ぱっと見はスーオは10歳くらいなんだけど、実際の年齢ってどれくらいなんだろう? 私より年上ってのは無い、と思いたいけど。
「さて、今日は収穫祭。みんなに食べてもらうためのパンをたくさん焼いて、美味しいものをたくさん準備して振る舞おうね」
「「はーい!!」」
私とスーオは二人で手を挙げて返事をして、それから顔を見合わせて笑った。
ああ、妹って居るとこんな感じなのかなぁ。
本当は収穫祭で振る舞われる料理は肉を焼いただけーとかパンを焼いただけーってのが多いそうなんだけど、それだけだと味気ないので頼んで少しだけ厨房を貸してもらうことになった。
ティスさんとスーオちゃんのお家は宿屋をやっている。そんなに大きなものではないのだけど、隠れ里とは言っても行商人がやってくることがあって、そういう人を泊めるための場所ということだそうだ。
「たくさんだとねー、えーと、1、2、んーと10人くらいは泊まれるの!」
とはスーオちゃんに聞いた返答だ。なので、普通の一軒家よりは少し厨房が広い。
「ミーユお姉ちゃん、何作るの?」
「オムレツ、えーと、卵焼きって言うのかな。たっぷり卵とあと牛乳も使って、ふわふわにしたやつをパンに挟んで食べるとおいしいんだよー」
「ミーユお姉ちゃんが作るパン、特別ふわふわで美味しいもんね!」
このあたりはどうやら黒パンが主流のようで、結構歯ごたえがあるやつが多いんだけど私はちょっと苦手。歌いながらパン生地をこねてたらいつの間にか酵母が発生していて白パンが出来た時はほんと驚いたけどね。
「ぱさぱさしてるからパンだけだと皆あんまり食べたがらないんだよ」
「美味しいのを作って、スーオちゃんのお父さんやみんなを驚かせよう!」
「うん!」
かわいい助手がいると仕事がはかどる。スーオちゃんのお父さんは狩人も兼業しているので、今は森に行っているはずだ。収穫祭は農業と狩猟と両方の収穫を祝う祭りなんだと言う。
一生懸命パンをこねてふわふわのオムレツを作るのに集中しているうちに、私のもやもやした気持ちはいつの間にかどこかに行ってしまっていたのだった。
ようやく次から収穫祭が始まります。
美雪のもやもやは果たして寂しいだけなのか?
ゆっくり続いていきます。