第十話 私の歌と願いごと
足元がなんとなくごつごつと感じられる田舎道を宗一郎と手をつないで歩いていく。
靴は向こうで履いていた靴を大事に大事に履いているのだけど、アスファルトで舗装された道に慣れた足にはちょっとつらい。でも本当はアスファルトの照り返しもないし、自然そのままの地面が感じられる道の方が個人的には好きなんだけど。
「♪~♪~ふふふ~ん♪」
ちょっと天気がいいので、うっかり鼻歌がついて出た。楽しく歌っていると、隣で宗一郎が何やら嬉しそうにしている。
「? どうかした?」
「いや、楽しそうだから」
「そりゃそうよ! だって宗一郎と出かけるの久しぶりで」
と言いかけたところで、嬉しそうにしているのがどうしてかが分かった気がした。というか黙ってにこにこしているだけでも絵になるんだからイケメンて本当にずるいと思う。私もちょっと浮かれてたけど、同じ気持ちだったのかなぁ?
「そうい、ソウは私といっしょに出かけられて嬉しい?」
でもさ、やっぱり聞きたくなってしまう。こんな私でいいのかな? お試しとは言えお付き合いするだなんて。
「嬉しいよ、もちろん」
ぎゅっと握られた手に痛くはないけれど強い力が加わって、胸がドキッとした。なんだろうなぁ。悔しいけど、私やっぱり宗一郎のことが好きなのかな。
まぁ、そんなバカップル顔負けの会話をしながら歩いてきたところ、目的の畑へとたどり着いた。
「このあたり一帯かな。作物が元気がないってところは」
「見た感じはあんまり変わらないのにね」
そう言いながら一緒に畑のさらに近くまで近寄ってみると、確かに黄金色に穂が色づいているのに麦は頭を垂れておらず実の入りが悪いことがうかがえる。
「これも私の歌でどうにかなるの?」
「なるよ。みゆ姉の歌は万能だから」
親指を立ててサムズアップでいい笑顔をされても、本当にこれが現実なのか、今になってもまだ私は疑っていて仕方がない。目が覚めればいつもの一人きりのあの家にいて、新しい仕事を探すために溜息をつきながらネットを徘徊するのだ。
だって、まるで夢みたいなんだもの。
「どんな感じで歌えばいいの?」
「そうだな。えーっと、元気になれーって言うよりかはもっともっとおいしくなって実ってほしいってイメージで歌ってみたら?」
漠然と気持ちだけで歌っていた時とは違って、願いをこめて歌うというのは何やら難しい。
鼻歌ならいくらでも歌えるんだけどなぁ。
「……うーん。えーと、えーと」
「ああっ! そんな難しく考えないで! みゆ姉が食べるパンにも変わるんだし、その辺思いながら歌ってみて?」
そうか。そういえばこの前のは面白かったな。こちらの世界では黒パンが主流で、かっちかちのパンに辟易した私はうっかり歌ってしまったのだ。ふわふわの白いパンが食べたいと。まさかそれでパンが変化すると思わなかったんだけど。
「♪~小麦、小麦~実れ実れ~たっぷり実っておいしくなぁれ~私が、違うな、みんなの大好きなおいしいパンの材料になるために~おいしく実れ~♪」
ぶわわっと体の内側から何かが沸き上がる感じがした。ふらつく足元に慌てそうになるけど、背中から宗一郎がしっかりと肩を抱いて支えてくれる。見れば私の周りから細かい金色の粒子を含んだような風が、一帯の畑に降り注いでいくようだった。
「今度はここだけ出来がよくなりすぎるかな……」
ちょっとやりすぎた気はする。でも頼まれたのはこれであってると思う。
「細かい調整が利くような力じゃないから仕方ないんじゃないかな」
わりと他人事みたいに宗一郎がつぶやいたけど、これ宗一郎のせいだよね? そうだよね? この私の変てこな歌に変な効果が付くようになったの!
「ここで実った小麦はスタロンニクに買い取ってもらって収穫祭でおいしいパンでも焼いたらいいと思う」
「それはいいね!」
おいしいものを食べるってのは、生きる活力が湧くということに他ならない。ちょっと拗ねていた私は思わず食いついてしまってそれに対して目を丸くした宗一郎はあはは、と笑った。
「みゆ姉はほんとにおいしいものが好きだね」
「おいしくないものよりは全然いいでしょ!」
「みゆ姉が作る料理、ほんっとおいしいもんね。俺、ほかの人が作ったものはほとんど食べられないよ」
きらきらした笑顔からきらきらした何かが降り注ぐ。これはあれか。おねだりしている時のやつだ。
「……何か食べたいのあるの?」
「この前さ、森で林檎もらってきたからアップルパイ食べたい」
きらきらが増した。ああ、これはもう決定事項だ。覆せないやつだ。眩しい。
「時間かかるよ?」
「いいよいいよ。いくらでも待つ! みゆ姉が作ってくれるんだもん」
「生地寝かせてる間に宿題すればいいかぁ」
「あ、その宿題俺にも見せてよ。本も読みたいし、今日は部屋でゆっくりしたいな」
きらきらがほんとに眩しい。ああ、でも私も抗えないな。お試しでお付き合いなんて言って、私は逃げ回っているのに、なんというか、少しずつ外堀も固められている気もする。
「今日はいっしょに過ごそう」
ね、と笑って、また私の手を握った。あったかくてやさしくて安心する手。
「そうね」
私は不承不承という顔をして見せるけど、心の底から嫌だと思っていないのはきっとわかってしまっていると思う。
そうして私と宗一郎は金色にさざめく麦畑から、屋敷へとまた歩いて戻っていった。
「もうすぐ収穫祭かぁ」
ぽつり、と宗一郎がそう零した。
「うん?」
何かその言葉の響きに不穏なものを感じて、私は思わず宗一郎を見上げる。彼の顔は逆光でほとんど表情が分からない。
「何もないといいんだけど」
そう言って私を見た宗一郎はいつもの笑顔だった。でも私の中には何かいつもと違う不安が首をもたげはじめていたのだった。
次回は収穫祭のお話にしたいです!(希望)
ただ、何やら不穏を感じさせるようなことを宗一郎が言い出しているのでどうなることやら。
次回へと続きます。