表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰かの代わりの世界認識  作者: 双場咲
榊原修の世界認識
6/20

第6話 出逢い、エンカウントガール

今回から本編開始という内容になっています。少々長めになってしまいましたが、ご容赦頂けると助かります。

「ありがとうございましたー」

「ふう……」


 結局あれから何の予定もないまま週末、つまり休日の市街地を訪れた俺は、今しがた買い物を終えた本屋を出るなり、こうしてため息混じりに通行人の往来を見つめてしまっていた。


 その場所とは、おそらくこの辺りの地域でもっとも栄えているであろう『名結市めいけつし』の駅周辺である。


 両目に映って余りある程の大勢の人だかりが、ここで休日を過ごそうと賑わいを見せている。この中心部へと直結しているバスや電車の路線も数多く存在しており、今回は最寄りの電車駅から片道20分程度かけて足を運んできた次第だ。


 ここを訪れる事にしたのは、衣類や生活用品を始めとして、文字通り何でも見つかる場所だったからだ。欲しい物があればここに来れば大体揃えられるという、子供の頃からこの地で暮らしを営んできた俺のような地元民にとってこれ以上ないショッピングスポットだった。


 しかし残念ながら今の俺は、それだけの豊富な入手手段を備えている場所を訪れたのにも関わらず、次の目的地が決まらないまま足を止めてしまっている。


 


 昨夜床に着いてから意識を布団に預けるまでの刹那、明日は午前中を自宅の掃除にでも充てようかとぼんやり考えていたのを覚えている。しかし昨日の睡眠不足が祟ったのか、長時間の怠眠を貪ってしまい眼が覚めた時には昼の12時を回ろうかという時間になってしまっていた。


 休日はまともに活動しているなどと昨日心の中で呟いた件と矛盾している事に気付いたのか危機感を抱いたのか、俺は朝食を兼ねた昼食を早々に済ませると、慌てて身支度を整えるなり手ぶらで自宅を出る事にした。


 その後、いそいそと最寄駅へ飛び込むと先程も説明した電車移動を経ての到着である。意識が目覚めてから、まだ1時間程度しか経過していなかった。人間やろうと思えば短時間でこれだけの事が出来てしまうのだから、時間の使い方という物は大事だなと思う。


 しかし既に午前中の数時間を無駄にしており、更に何もプランを考えてないままこの場所を訪れたのは、やはり失敗だったかもしれない。


 元々これと言った趣味も持っていない人間が到着してから「何を買いにいこう」と考えてみたところで妙案が思い付くはずもなく……休日を満喫しようと動いた俺の計画は早くも暗礁に乗り上げ始める。


 先程もとりあえず動こうと、たまたま立ち寄った本屋で「そういえば料理のレパートリーを増やしたかったような……気がする」などと、まるで自己暗示をかけたかのような苦しい動機の末、自分でも本当に欲しかったのかよく分からない料理本を購入してしまった。


 少なくとも、これでわざわざここまで足を運んだ甲斐はあったはずなのだが、無駄足のまま休日を過ごしたくないという理由だけで衝動買いしてしまった感は否めない。


 特別本の中身にこだわっていた訳でも無かったのでその買い物も数分足らずに終わってしまい、結局時間を持て余してしまっている事に今現在の俺は途方に暮れているという訳だ。


 時間の使い方において重要なのは、日常のサイクルを簡略化する事だけではなく、一日の計画をじっくり練ってから動く事。それが良く分かっただけでも収穫と考えたい……あと過度な睡眠摂取もだな。


 さて、このまま家に帰っても特にやる事もないな。せいぜい買ったばかりの手元にある本を読んで、今日の夕食の参考にする程度だろう。


「……まだ時間はあるし、適当にブラついてみるか」


 俺はこれといった目的のない買い物を続ける事にした。これ以上、時間稼ぎのための衝動買いを重ねてしまわない事を祈りながら。




 元々アルバイトもしていないのだから、買えるものなんて限られている。仕送りの残りだけで家電や洋服などの上等な品物を探す余裕は無かった。


 そういう貧乏学生が行き着く場所というと、低価格で購入できる雑貨類が置いてある店が数軒並んでる、やや寂れた通りしか選択肢が残っていなかった。


 ここは駅からは幾分離れている場所にあるので、先程立ち寄った本屋の周辺に比べればまだ人通りは少ない。逆に言えば、掘り出し物が見つかりやすいという事でもあった。


「睡眠に役立つ物でもあればいいんだけど……」


 そんなとって付けたような淡い期待を抱きながら一軒目の入り口に近づいた瞬間だった。


「……え?」

「……っ。あなたは」


 俺は、つい最近にも零してしまった間の抜けた台詞を。

 あの時と同じ相手を目の前にして、再び呟いてしまった。


 冷泉瑠華、最近同じクラスに転入してきた謎の転校生。

 同時に、友人達から頼まれて(嫌々)情報を集めている相手。


 視界に入った女性が冷泉だとひと目で認識することが出来たのは、どういうわけか週末だというのに我が校の制服であるブレザーを着ていたからだった。私服の彼女の姿なんて想像もしたことはなかったが、まさか学校での装いのまま出歩いてるとは思わなかった。


 しかし彼女は、俺以上に動揺している様子だった。いつもと同じ制服姿でありながら、まるで普段の自分ではない隠していた姿を知人に見られてしまったかのように。


「ええと……冷泉さん、で合ってるかな? 同じクラスで、隣の席の榊原って言うんだけど、こんな場所で会うなんて驚いたよ」


 無視する訳にもいかず、当たり障りのない常套句を口にした。ただでさえ女子とはあまり喋らない上に、彼女が美人という事実も認識していたためか、酷くぎこちない口調になってしまっている。


 彼女の名前は、ここ数日の探偵業の一件で嫌でも頭に入っていた。だけど、俺は彼女とただの一度も直接言葉を交わした機会が無かった。隣の席だし、挨拶の言葉程度は交わしておけば良かったなと今更ながら後悔した。


 だから、少しうろ覚えっぽく尋ねる事にした。彼女もまさか俺の事を覚えている可能性は皆無ではないかと考えていた。


「え、ええ……大丈夫よ、覚えていたから。その……驚いてしまってごめんなさい。まさか、こんな所で知っている人に遭遇するとは思わなかったから」


 彼女は気分を落ち着かせるようにしながら挨拶に応えてくれた。どうやら冷泉瑠華は、俺のようなクラスメートAくんの存在を覚えてくれていたらしい。それが幸運だったのか、出まかせだったのかは置いておくとして……流石に下の名前までは覚えていなかっただろうな。


 しかし、これと言って話のネタになる物も無かったためこれ以上会話が続かない。どうしたものかと悩んでいた時に、俺は昨日の彼女とクラスメートの会話の内容を思い出した。


「そういえば、週末は予定が入ってるって聞いたけど買い物だったんだな」

「……え?」


 その一言が、微かでも和やかだった雰囲気を一変させた。


「……そんな事を、あなたに話した覚えはないけど」

「そう……だったかな」


 俺の失言を、冷泉瑠華は聞き逃さなかった。


 しまった……と後悔しても後の祭り。本来ならば知っているはずのない、彼女に関する情報をなぜかクラスメートA君が把握していた事を、あろうごとか本人に気付かれてしまった。


 ずっと横で聞いてたんだよなんて事実は、口が裂けても言いたくなかった。そんなことを告白してしまえば、変な気があると勘繰られてしまう。


 そもそも、そうしていたのは俺自身ではない友人達のためだった訳で。流石に普段の自分がそうしていたとは思えない……よな? 自分の事なのに分からなくなってきた……いやそうじゃない。半ばパニック状態だった。


「ええと……たまたま昨日隣で話してた会話が聞こえてきたんだ。それだけで、深い意味は、全然、無い」


 ところどころの語尾に不自然さが残る苦しい言い訳だったと思うが、これが現状で出せるベストの返答だと思った。聞き耳を立てていたとは言え、会話を聞いた経緯としては間違っていなかったのは事実だ。しかし、俺は気が付いてしまった。


「……そう」


 あの目って……


 一応納得してくれたように見えたそれは、自分が調査した数少ない『知っている情報』と照らし合わせてみたところ。彼女は俺の事を、『疑っているかもしくは警戒している』そういう結論が導き出されてしまった。


「…………」


 彼女は警戒した眼差しを崩さずに両腕を組むと、その後右手の指先を捻るように口元へ置くなり何か考え事を始めた。


 ……気まずい。いっその事全てを明かしてしまおうか。龍二達には悪いが、こんな事であらぬ誤解を受けたくはない。しかしこの状況を考えると、誰がどう考えても付きまとってると勘違いされないだろうか。頼まれた事だとしても、彼女の事を少し調べていたのは間違いない訳で。俺は今更ながら、一分だけでも時間が戻って欲しいという衝動に駆られた。


「……榊原君」


 黙ったまま何かを思案していたようだった彼女の口から、突然自分の名前が出た事に驚いてしまった。心中としては謝罪の言葉が飛び出す一歩手前というところだった。


「私から直接仕掛けるつもりは無いけど。あなたがそうするのなら……覚悟した方がいいわ」


 ……だったのに


「あなたが、『どっち』に含まれてるかは知らないけど。返答次第では、半殺しまでで済ませてあげるから」


 彼女が意地の悪そうにニコっとした微笑みをしながら言い放った、意味深な言葉を聞いて、俺はそれまでの頭の思考を全て止めてしまった。


 仕掛ける? 覚悟? 

 それはストーカーまがいの行動の事を言ってるのか?

 いや、だとしても


 『どっち』ってなんだよ

 いや、そうじゃない

 彼女は確かに言った

 答え次第では半殺しって


 それってつまり、最悪の場合は殺すって言ってるのか……?


「どっちってどういう事だ……何、言って」


 頭の中に沢山の疑問系が浮かんだところで、俺は一つ目のある単語について質問した。自分でも理由が分からなかったが、全身から冷や汗が流れ始めているのを感じていた。


「……意味が分からない?」

「……分かるわけがないだろ」

「猫を被ってるのかしら? じゃあ、もう少し踏み込んで言うと」


 彼女は、あからさまに敵意を剥き出しにしながら告げた。


「あなたは、私の……敵?」


 彼女の視線が、これまで以上に鋭く突き刺さった。その瞬間、これが冷泉瑠華という女の子の裏の顔なのだと認識した。


 ……これで合点がいった。


 彼女には敵と呼称している存在がいて、あの目が、相手がそれに該当するものであるか否かを分析していた眼差しだった事を。


 そして、その敵は……彼女にとって

『殺すという行為』に値する存在である事を。


 しかし、俺は彼女の言う敵では無いはずだ。自分の今までの行為がそれに近い物だったとしても、それだけで殺されるなんて事はありえないはず。待ってくれ、何で俺はこんな物騒な事を考えてるんだ。


「俺は……敵じゃない」

「じゃあ、なぜ私の事を嗅ぎ回ってるのかしら?」

「待ってくれ、話を、聞いてくれないか」

「……いいわ、話してみなさい?」


 俺は冷泉瑠華に、これまでの行いを包み隠さず説明する事にした。こうして俺の束の間の探偵業は、文字通りに事実上の廃業となった。


「なるほどね」


 冷泉の反応は芳しくない物だった、当然と言えば当然かもしれない。友人に頼まれたなんて理由だけを話しても、それは証明能力に欠ける物なのは明らかだったから。


「ま、いいわ」

「……え?」


 再び間の抜けた呟きが零れてしまった。


「流石に、あなたみたいなうっかり者が敵とは思えないし。何より、説明してる時の榊原君の姿は真に迫る物があったから。無罪放免とまではいかないけど、釈放してあげる」


 どうやら、俺の誠意を込めた謝罪が伝わってくれたらしい。もっとも、まだ容疑者候補からは外れていないようだったが。


「……助かる」

「勘違いしないで、まだ疑ってるのは事実だから」


 それだけで充分だ。今後の態度次第では、彼女も俺の事を信用してくれるだろう。だから、その寛大な処置に感謝せざるを得ない。


「言っておくけど」

 彼女は再び微かな笑みを浮かべながら宣言した。


「今日話した事を言いふらしたりすれば、私は容赦しない。どんな手を使ってでもあなたの口を封じる事にする」


 ……前言撤回。


 それは、最後通告という奴だった。言いふらすつもりは欠片も無かった。それでもこの秘密だけは、守ろうと思う。


 なぜこのようなただのクラスメートの女子の脅し文句程度に、俺はここまで恐れを抱いているのか。


 その答えは、俺自身がまさに先程の言葉通りの感情を、冷泉瑠華という人間から本能的に感じてしまったからだろう。


 ――恐怖だ。


 今思えば、最初から俺の反応はおかしかった。最初に彼女が口にした半殺しという言葉。それは物騒な物ではあったものの、冗談で言う人間だって世の中には少なからず存在するはずだ。しかし目の前で彼女の変貌を目撃した俺は、その言葉を真に受けてしまった。彼女ならやりかねないと信じられてしまった。


 彼女にとって俺の謝罪が、真に迫る物だったと受け取ってくれたように。俺にとって彼女の最終通告は、嘘でも何でもない真剣さを込めた言葉だと受け取るには充分過ぎる――殺気を秘めていたのだから。


「……分かった、約束する」

「そう? じゃあまた学校で会いましょう」


 そう去り際に残して彼女は、俺の存在を通り過ぎて駅の方へと歩き始める、と思いきや突然足を止めてこちらへ振り返った。


「あなたにもう一つだけ忠告しておくわ。命までは取られないと思うけど、しばらくはあまり出歩かない方がいいと思う。大丈夫よ、全ての事が済めば安全だから。多分あなたがそれに『気が付く』事はないだろうけどね。それじゃ、バイバイ。榊原くん」


 結局……彼女は最後の最後まで、意味深な謎かけを残していった。その真意を聞くことは、多分もうないだろう。


 気にならないのか? と聞かれればそれは勿論嘘だ。だけど、その欲求を満たそうとして無理な橋を渡るほど俺は馬鹿じゃないし、愚か者ではないし、臆病で、身の程を知っていた。




「っ!?……な、なんだ……これ……は」


 それは、冷泉瑠華が俺の視界から完全に居なくなって、ようやく心を落ち着かせようとしていた矢先の事だった。

10月13日、ジャンル別の日刊ランキングで68位に掲載されました。

前回同様、重ね重ね感謝です。ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ