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誰かの代わりの世界認識  作者: 双場咲
榊原修の世界認識
5/20

第5話 休日前、リサーチレポート

「修、探偵業の調子はどうだ?」

「……ああ」


 朝のホームルームでの事だった。普段調子で話しかけて来た大原龍二に対して、俺はおそらく怪訝そうに思われたであろう不快な表情を見せてあげた。


 その理由は、単純な睡眠不足だったのだが。


 昨日の悪夢のせいか、満足に睡眠が取れないまま早朝の起床となった支度を終えると、俺は昨朝も結衣に起こされたお気に入りの河川敷に向かう事にした。


 あの場所は俺にとっての安息の地、いや安眠の地と言って差し支えない場所だったので、そこに行けば少しは不足気味の睡眠時間を補填できると踏んでいた。しかし残念ながら、未だにぼんやりとイメージが焼き付いてしまっているあの悪夢の影響を払拭する事は叶わなかった。


「修ちゃんが眠れなかったなんて、今日は雨が降るのかな……?」


 普段通りに起こしに来たはずが、何故か瞼を重くして悶々と原っぱの上であぐらを掻いていた幼馴染の姿を見かけた際の結衣の言葉だ。それだけ貴重な機会を周囲に披露している事実はご理解頂きたい。


 そのような経緯で、俺は自分の席の机に頭を突っ伏している。


「他人事のように聞くなよ、依頼者の立場で」

「おいおい随分と機嫌が悪いようだが、何かあったのか?」

「別に大した事じゃないさ」

「そうか、ならいいんだけどさ」


 龍二は俺の機嫌の悪さを察してくれたのか、心配の言葉を投げてくれた。思ってたより真剣なトーンで聞かれたため、夢の内容が酷かっただけという子供じみた理由を説明するのはやめておいた。いい加減忘れて現実に戻ろう――俺は気を引き締めて龍二の言葉に耳を傾けた。


「俺も彼女の事はクラスの女子から聞いてみたんだけどな。なんというか、未だに謎だな」


 人に任せたと言っておきながら、龍二は独自に冷泉瑠華についての調査をしていたらしい。


「なあ、お前が調べてるのなら俺の役目って要らないんじゃないか……?」


 当然の疑問を問いかける。元々女子生徒から人気がある龍二からすれば、一介の男子生徒である俺よりは情報網が広いことだろう。


「まぁ乗りかかった船という事でここは一つ頼むよ、修」

「そもそもチケットを買った覚えはないぞ、龍二」


 案の定、調査続行を依頼されてしまったが。




 さて冷泉瑠華が転校して来た日から、気が付けば五日間が経過した。


 その間の俺は調査というか、休み時間中の彼女とそれに集まる女子達の会話をそれとなく観察する事にした。元々休み時間になろうと自分の席から梃子として動こうとしない俺にとっては調査も休息も兼ねられるこのやり方がちょうど良かった。隣りの席という事もあってか、あまりじっくり見てなくても会話の内容ぐらいは耳に入ってくるのだ。


 本日も、相変わらず彼女の周辺にはクラスメートの女子が数人程度集まっていた。学校にはもう慣れた? と質問した一人に「皆がよくしてくれてるから」と冷泉がお礼の言葉を返している。そんなやりとりを聞きながらも秘密に調査をしてる自分自身を恥じてか、俺は未だに一度も彼女と会話をしたことは無かった。


「冷泉さん。今度の週末、空いてたら遊びに行かない?」

「ごめんなさい、ちょっと用事があって」

「えー残念。時間が出来たら教えてね?」

「ええ、折角誘ってくれたのにごめんなさい」

「冷泉さんって、ちょっとお嬢様っぽい感じするよね」

「あ、わかるー落ち着いてるよね」

「まだ、新しい環境で緊張してるの。少しずつ慣れて来ると思うから、待ってくれると嬉しいかな」

「いいのいいの、誰だって転校してすぐは緊張しちゃうよね」


 こうして会話に聞き耳を立ててみると、確かに龍二の言う通りだった。冷泉瑠華は未だに素性を明かそうとしない。


 龍二が聞いた話によれば、冷泉瑠華は放課後を迎えると毎回違うルートで帰宅してるらしい。徒歩圏内では無いのか、駅内に入る姿を観たという目撃証言もあったらしい。中にはこっそり後を着けようとした猛者もいたようだったが、あっさりと巻かれてしまったようだ。最後の人物がそれを教えてくれた親友では無い事を祈りたい所である。


 どこから転校してきたか? という質問にも、要領を得ない答えが返って来たという。西の遠い地方から来たんだとかなんとか。担任の教師に聞いても、プライバシーの問題が云々とかで満足のいく回答は得られなかったそうだ。


 端から見てる分には物腰や言葉遣いは柔らかいし、時折話しかけて来る女子に対して笑みを零すようになった気がする。本人の言う通り、新しい環境に馴染むための試行錯誤をしているのかもしれない。


 ただ俺には、ある一点が気になっていた。

 彼女が笑みを零している時、決して目が笑っていなかった事を。


 それは緊張というよりは……警戒という言葉がしっくりくるような。そんな感じに捉えられた。もしかしたら、過去に友人関係で何かあったのかもしれない。素性を明かそうとしない理由にも繋がるしな。


 だがその事で首を突っ込もうとする程、俺や龍二を含めたクラスの連中も空気を読めてない訳じゃなかった。一日でも早くクラスメートとして彼女に溶け込んで欲しいと誰しもが思っているはずだ。そういう意味では、彼女がこのクラスに転校してきたことは運が良かったのかもしれないな。


 それにしても、週末か。


 流石に休日にまで探偵業を持ち込むつもりはない。それとも何か、噂の彼女の家を探してみろって? それは探偵というよりは別のジャンルの人間のやる事ではないだろうか。さて、どうするかな。


 普段の俺は暇があれば寝てばかりのように見られているが、案外休日はまともに活動していたりするのだ。学校という存在に追われずに済むからかもしれない。


「龍二、お前週末は空いてるのか?」


 俺はまず、希望的観測が殆ど見込めないであろう親友に誘いの言葉を掛けてみる事にした。


「あー悪い、いつものように部活の練習が入ってるな」

「だろうな、一応聞いただけだよ」


 当然のように断られた。龍二とは校内ではよく話しているものの、休日では大体部活動が忙しいとケチが付いてしまうので滅多に会うことは無かった。


「夏の大会がラストだからな、もうしばらくはこんな感じだよ」

「ああ、分かってる。気にしないで練習に励んでくれ」

「すまないな、夏が終われば付き合ってやれるからさ。どうだ? それまで探偵業に勤しむってのは」

「悪いな、土日は休業だよ」


 週休二日制を守っている探偵がどれだけいるかは知らない。しかしその返答を龍二は予想していたのか、即座に次案を提案してきた。


「だったら、青山さんを誘って遊びに行けばいいじゃないか」


 ……何故そこで、結衣の名前が出て来るんだ? と疑問が出たところで。


「修、前にも言っただろ? 青山さんはお前の事が好きなんだよ」

 龍二は、先日から信じてやまない自説を俺に吹っかけてきたのだった。


 お前のその理論は、一体何処から出て来るのやら……俺にとってはあいつが何を考えてるのか、疑問が深まるばかりだっていうのに。


「別にデートしろって言ってる訳じゃないさ。適当に理由付けて、幼馴染として遊べばいい」

「……じゃあ聞くだけ聞いてみるよ」


 それは既にデートという行為に等しいんじゃないか? という突っ込みは野暮だと思ったので敢えて避けることにした。


「おう、仲が進展したら教えろよ?」

「大体、お前にとっては面白くもなんともない話じゃないのか?」


 当然の疑問だった。仮に、本当に仮に俺が結衣と付き合いだしたら、龍二の関係にも良くない変化が起きるのではないかと危惧した。平和主義者である俺は、ドロドロの三角関係なんてものを望んではいない。


「そりゃあ、お前以外だったらな。親友のお前だったらさ、彼女を任せてもいいって思えるから言ってるんだよ」


 ……こういう恥ずかしい事を、サラッと言えてしまうのがこいつの良い所なんだよな。探偵業の事だってそうだ。たまに悪乗りする事はあっても、きちんと止めて欲しい所でブレーキをかけてくれるし。


「龍二、お前ってなんで結衣に振られたんだろうな」

「お前な!!」

「冗談だ」


 からかい半分、照れ隠し半分の言葉は逆効果だったようだ。



 

 放課後を迎え、帰り支度を始めていた結衣を捕まえた。


「結衣、ちょっといいか?」

「修ちゃん、どうしたの?」

「結衣ー先に行ってるよ」

「あ、ごめんね! すぐ行くから」

「いいよいいよ、ごゆっくりどうぞー」


 結衣はちょうど、クラスの女子達と下校しようとしていた所だったようだ。


「榊原くん! 結衣と仲良くねー!」

「あ、ああ」

 その中の一人から去り際に冷やかしの言葉を受けて、俺は思わず慌ててしまった。結衣以外の女子とはあまり喋る機会も無いし。


「……ははは。えっと、何の話だっけ?」

「いや、まだ何も話してないよ。あの二人と仲良くなれたみたいだな」

「うん! 二人とも優しいんだよ」


 結衣が一緒に帰ろうとしていたのは、先日登校した際に彼女と話していた女子二人だった。元々結衣は、俺と違って友達作りは上手なタイプだ。普通男子と登校してくる女子って変な目で見られがちだと思うのだが、登校してからの俺と結衣はあくまでも『ただのクラスメート』としての関係でしかない。


 下手にクラス内で話さない分、あまり気にしてないのかもしれない。ああ、だから結衣は学校では俺に話かけてこないのかもしれないな、と最近抱いていた疑問の答えらしきものに行き当たった。勿論、結衣の人懐っこい性格の良さもあってだと思うが。


「そうか、良かったな。ええと……次の週末って空いてるか?」

「週末? どうしたの?」

 普段ならなんてこと無いのに、意識してるせいか上手く言葉が出てこなかった。


「特に予定もないからな、たまには遊びに行かないか?」

「うーん、どうしようかなぁ」


 反応は思いの外鈍かった。もしかしたら一目散に飛びついて来るかもと淡い期待をしていたが、そんな事は無かったらしい。まあこれまでもそうだったよな、と過去に誘った時の記憶を辿っていると。


「実は、さっきの二人ともう約束しちゃってて……」

「ああ、なるほど」

 どうやら既に先約が居たらしい。


「ごめんね。仲良くなったばかりだから、流石に今から断るのは……」

「いや、いいさ。前にもこんな事はあっただろ? 気にしないでいいから、楽しんでこいって」

「うん……今度は絶対遊ぼうね!!」

「ああ、話はそれだけだから。早くしないと、二人とも待ってるぞ」

「あ、そうだった! それじゃあ修ちゃんまた来週ね!」

「おう、またな」


 結衣に遊びの誘いを断られた経験は、一度や二度ではない。交友関係が広いと、色々とその辺大変みたいだな。その代わり、断られた次の機会は必ず付き合ってくれる。こういう所も、俺がこれまで彼女を意識していなかった理由の一つだったのだが、一歩前に進むという意味では誘った事は無駄じゃなかった……気がする。


 さて、親友にけしかけられた計画もこの通り破綻してしまった。いよいよ予定も無いまま、週末を迎える事になりそうだな。


 ――これが、ある意味最初で最後の、平和な日常だった。

前回投稿した4話目にて、小説家になろう投稿開始から初めてとなるブックマークを頂けました。とても嬉しかったです、ありがとうございます。


5話目の投稿が予定より遅れてしまったので、6話目は明日の投稿予定となっています。いよいよ物語が本格的に動き始める回となっていますので、よろしければご愛読下さい。それでは。

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