第3話 転校生、シークレットミッション
「はあ……」
「修ちゃん、お疲れみたい……?」
「いや、なにしろお隣りが騒がしかったからな」
「冷泉さん、凄い美人さんだったよねー」
「美人なのは結構な事だけどな……」
「美人なのは認めちゃうんだね」
「どうしてそういう結論になるんだ」
「だって」
授業が終わるや否や、特に部活にも所属していない俺はこれからバスケ部に向かうであろう龍二にまたなと声を掛けてから早々に教室を立ち去るとそのまま校舎の外へ歩き出した。
そこで、例の如く"たまたま"帰ろうとしていた結衣と遭遇したのでせっかくだからと一緒の帰り道と相成った。流石に毎日という訳ではないが、このなんとも言えない距離感を続けようとしている幼馴染であった。
俺個人としては別に悪い気はしなかったが、やっぱり何を考えてるのかよく分からなかったりする。
そんな二人の話題の種となっている『転校生』の話に移るとして、帰り道の会話で俺は今日の出来事を結衣に打ち明けることにした。流石に心の中で思案していた内容までは話さなかったが。
長髪美人の謎の転校生という話題性もあったのかどうかは定かではない。しかしものの見事に休み時間の殆ど、冷泉瑠華の席の周辺は興味深々な女子達の群れで埋め尽くされていた。
「冷泉さん、前はどこに住んでたの?」
「瑠華って名前、珍しいよね! 別の地方から来たの?」
「家はどの辺りにあるの? よかったら遊びに行ってもいい?」
などなど、この手の転校生あるあるな質問が矢継ぎ早に交わされていた。
近隣のクラスからも野次馬が殺到していたようで当の本人も、あ、ええと……と困惑を隠しきれていない様子だった。同性同士という理由もあるのだろうが、あそこまで初対面の相手に遠慮無く質問を投げかけられる行動力は見習うべきなんだろうか……。
それはさておき、問題だったのはたまたま空いていた彼女の席が俺のお隣りだったという事実だ。
確かに転校生の座る席と言えば窓側奥の隅っこと相場が決まっていたのだが、隣の席の騒がしさは休み時間の貴重な休息の時を見事に奪ってしまったのだった。
「今日ほど、お前の存在が羨ましいと思った事はないぞ、榊原」
「冷泉さん、美人だよな……彼氏とかいるのかな?」
「知らないよ……」
机上で突っ伏した姿勢のまま、俺は適当に返事をする。
こちらはこちらで遠巻きに彼女の顔を拝見しようと、間近な俺の席まで来た男子二人に絡まれていた。羨ましいと言われても、隣の席というだけで一体なにが起こるというんだ。ちなみにクラスの男子生徒達のほぼ全員が彼女の席へと興味津々な視線を向けていた。
「そりゃあ、いるんじゃないのか? ま、その辺の事実確認は任せたぞ親友」
前の席から合わせるように会話に加わってきた龍二は興味があるのかまたは照れ隠しなのか分かり難いリアクションで二人の疑問に答えていたが、三年前の出来事から察するにやはり興味深々なのだろうと読み取れた。
それ以上に聞き逃せない言葉が耳に入ったのだが。
「龍二、彼氏がいると思うのなら素直に諦めとけよ。それとな、俺はいつから探偵になったんだ?」
俺は意味深な言葉の意味について問いただしつつも、諭すように龍二へ早期撤退を勧めた。仮にお隣の転校生に彼氏がいなかったとしても、三年前の告白の二の舞は勘弁願いたかったからだ。
「可能性を追求しないまま諦めるのは、俺の信条に反する。バスケでも、ブザービーターまでひたすらあがこうとするだろ? んで、後半の質問はお前が普段言ってる"たまたま"の延長とでも思ってくれ」
「人の言葉を都合良く解釈するな。あともう一つ、その確認とやらが終わったらどうするんだ?」
これはまずい、明らかに良くない流れだ。こいつらは難題を押し付けようとしている、と俺は焦りを感じた。
「当然」
「事と次第によっては」
「協力してもらおうか」
三者のタイミングが揃った連携プレーの如き返答が返ってきた。バレーボールで言えばパス・トス・アタックといった感じだった。一人だけ別の競技者も混じっていたようだがそんなことはどっちでもいいとして、俺の平和な時間は何処へ行ったんだ。
出来る事なら休み時間は机の上で眠っていたい貴重な時間な訳で。いや、登校前に寝てたから睡眠は取れてるんだが。何にせよ、こう、俺の意志に反した何かを要求されるってのは正直言って好きじゃなかった……確かに美人だとは思ったけど。
ただの転校生ならここまで騒ぎになることもなかっただろう。冷泉瑠華は明らかに"美人"の類に含まれる女性だった。
顔立ちは綺麗に整っていて、手入れの届いた長い黒髪は真っ直ぐ腰の辺りまで垂れていた。瞳の形はやや鋭く力強さを感じさせる、可愛いさ以上の恰好良さが伝わってきた。
だけど……
何しろ今日の俺は、つい先程まで幼馴染との関係について思案していたばかりだったんだ。それが急に話題の転校生のお尻を追っかけるような真似をするというのは節操が無いというか、自分が許せなかった……これって言い訳なんだろうか。
とにかく、そんな自問自答を繰り広げていた俺には、とてもじゃないけど彼女に声を掛けられる余裕も勇気も持つことができなかった。
「それで、冷泉さんの事調べてくれって頼まれちゃったんだ」
「そうなんだよ。正直言って、やる気は全然無いんだけどな」
「あ、そうなんだ」
事情を聞いた結衣は特に意外そうでもなく、俺のやる気の無さを察してくれたようだった。こういう時に、幼馴染に対する安堵感を感じる。
「俺は何かに追われる事が好きじゃないんだ。知ってるだろ?」
「修ちゃん、昔から学校の課題とか苦手だったもんねー」
「課題はまだいいさ、一応取り組めばゴールが待ってるんだから。だけど今回の件はさ、その後のフォローまでしないといけないからな」
「うーん……」
結衣はどこか言葉を選んでいる様子だった。普段なら俺の味方をしてくれると思われる彼女にしては意外な反応を見せていると。
「でも人生って、ゴールが見えないからこそ楽しかったりするんじゃないかな」
「転校生の交友関係を調べる事と、人生を結び付けてどうするんだ」
「だって、私もちょっと気になるんだもん……」
「そうなのか? だったら、お前がやってみればいい」
結衣のような純粋無垢なタイプは、意外と冷泉みたいな硬い雰囲気の女性と打ち解けられるのではないかと想像した。
「私は探偵じゃなくてその助手だから、修ちゃんがやらないと駄目なのです」
残念ながら彼女が担当を希望したのは、ホームズではなくワトソンの方だったらしい。もっとも俺が映画やドラマで観た限りでは破天荒な性格の名探偵を助手が引っ張っていたようなので、想像したのはおそらく別の推理小説なのだろう。そもそも俺は探偵では無く、一般人としてひっそりとしていたかったのだが。
「修ちゃん、冷泉さんだって転校生なんだから色々フォローできる人が必要だと思うよ」
結衣は俺の心境を察したのか、ややたしなめるような口調で言う。
「そうかな? 俺が何かをしてあげなくても、彼女なら問題無さそうだけど」
これは本心だった。幸いクラスメートの反応は上々だったようだし、下手にフォローしようとしても他の誰かから抜け駆けだの言われるに違いないだろう。
「人は見かけによらないって言うし……ね?」
残念ながら幼馴染への相談も無に帰ってしまったことで、はあ……わかったよと俺は二回目のため息を零した。
「ただいまっと」
そんな憂鬱になるやり取りをしていた俺は、ようやく我が家へと帰宅した。学園から徒歩圏内にある我が家は、古めかしい雰囲気の漂う一戸建てだ。
折角の二階建てなのだが、今は使う人間が俺しか居ないため、あまり手入れが行き届いていない。帰ってきて早々眠くなってきたが、とりあえずご飯作るか……と夕食の調理に取り掛かる。
両親は海外へ出張中で、兄弟は居ない。実家住まいながらも一人暮らしのような生活を送っている。結衣や龍二から大丈夫か、大変じゃないかって心配される事もしばしばある。
だが、俺とっては大した問題じゃなかった。両親との関係が悪いとか、そういう事ではない。出張先からの仕送りは充分貰ってるし、時折向こうから電話や便りも届く。
なにより、いつかは一人暮らしをする時が来るんだ。それが周りの人間より一足早く訪れただけの事。そうやって強がりもなく、割り切って今の生活を続けている。ま、たまには誰かが作った晩ご飯を食べてみたくもあるが。
すっかりこなれた手つきで野菜炒めを調理していきながら、俺は帰り道での結衣とのやり取りを思い出していた。
それにしても……結衣が冷泉さんの事であそこまで後押ししてくれるとは意外だったな。本当に俺に対して好意があるのなら、そんな事はしないと思うんだけど。
やっぱり周りが勘違いして、それに俺も乗せられていただけなんだろうか。
「人は見かけによらないって言うし……ね?」
人は見かけによらないか……。結衣、それは純粋に、冷泉さんの事を心配しての発言だったのか? あるいは、中々本心を見せようとしない、自分自身の事を示唆していたのか。
探偵業は、早くも難事件に遭遇してしまった気がした……。
★
「………………ここが、榊原修の自宅」
私は、帰宅して間もないだろう柳原修の自宅の付近にたたずんでいた。
転校初日ともあってか周囲には人だかりが途絶えることがなく、クラスメート全員の住所を調べ上げるにはいささか注目を浴び過ぎてしまった。だからとりあえず部活動に所属しておらず、早々に帰宅し始めた生徒から取り掛かることにした。
ただ、それが隣の席の男の子だったのは少し意外だった。
私から挨拶しなかったのも悪いけどそれ以前に彼はずっと物思いにふけっている様子だったし、私もクラスメート達からの質問に上手く対処するので精一杯だったこともあってか結局彼とは一言も会話をすることが無く転校初日を終えた。
それからは、決して存在が見つからないようにと慎重に後をつけていた。
途中からもう一人のクラスメートの女の子、確か青山結衣という名前だったか。彼女と合流していたようだったけど、二人は付き合っているのだろうか……? などと不必要な想像をしてしまった自分を恥じた。
「まずは、情報を集めないと」
……少なくとも、今日から一週間は用心する必要がある。
――戦いの口火を切る者
――それに便乗する者
――どちらでもなく、事態を静観する者
周りは、いずれかの動きを始めて来るはず。
だから今はとにかく情報を集めるべきなのだ。そのために、身近な危険要素は取り除いておく必要がある。長居していても怪しまれるわね――そう考えた私はこの場を離れることに決めた。
「それじゃ、学校では話せなかったけど、よろしくね? 出来れば、あなたが盤外の存在である事を祈ってるわ」