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誰かの代わりの世界認識  作者: 双場咲
榊原修の決意表明
19/20

第19話 昼休み、コンフリクト

 昼休みの時間を迎えたが、冷泉は未だ姿を現わさない。ここ一週間は休み時間になるとクラスの女子達が集っては賑わいを見せていた隣人の席も、今日に限っては沈黙を保ち続けていた。

 

 そのおかげで俺個人としては久し振りに安らかな休息の時を得られたものの、同時にどこか寂しいと感じてしまった。週末の出来事から芽生えた隣人との繋がりを意識したからだろうか。

 

 繋がりと言ってもそこに10代の学生らしい甘酸っぱさ等は皆無で、むしろ最終的には血で血を洗うと表現したくなるような刹伐な関係に発展する可能性を秘めている事が、残念でもあり恐ろしくもあった。

 

 そんな想像の範囲だけに留めておきたい未来像を考えている途中、俺は目的地に到着した。

 

 

 

 目新しさも何もない、到着したのは今朝も寝ていた河川敷の原っぱで、俺のお気に入りの場所だった。

 

 普段は持参して来た弁当を片手に龍二辺りと教室内で昼食を取る事が多いのだが、今日に限っては購買で適当なパン類を購入しその足で学校を抜け出すとここまで歩いて来た。

 

 連れの人間が居たわけでもない、一人きりでの昼食である。そもそも誰かと昼食をとるのにわざわざこの場所まで足を運ぶ理由が見つからない。

 

 表向きの理由としては龍二が部活の用事に追われて時間が取れなかったという事が挙げられるが、もともと今日は『最初から』この場所を訪れる予定だったので、結果オーライとも言えるかもしれない。

 

 特に理由も無く選んだ、菓子パンの類としては一般的なメロンパンの袋を開けると、それを頬張りながら俺は一人きりでの昼食を始めた。

 

 ……自発的に始めた行動とはいえ、知人やクラスメートに見つかると結構辛い状況かもしれないなこれは。そんな不安が一瞬俺の頭をもたげたが、わざわざ学校から抜け出して昼食をとる人間が他に居るはずもない。

 

 自分の心配事が杞憂だと再確認すると、購入したパン類はあっという間に片付いた。会話相手が居なかったのも理由の一つだったが、昼食はあくまでもついでだったのであまり時間を掛けたくは無かった。

 

 俺は……一人きりになりたかった。

 

 

 

「やっぱりまだ割り切れてないのかもな……俺」

 

 昼食を終えると、俺は周囲に誰も存在しない原っぱに座り込んだまま、そう呟いた。

 

 仮想現実というこの世界の真実を知らされて、途方も無いほどの葛藤を乗り越えて、それでも前向きに生きようと決意した。確かに昨日に比べれば随分と落ち着いて今後の事を考えられるようにはなったと思う。

 

 それでも、こうして学校に登校してみて……『実感』した。

 叶うことなら、この平和な時間をずっと過ごしていたいと。

 

「人はそんな簡単に変われない……か」

 

 実際に変わらないといけない場面に遭遇して、その言葉の意味が身にしみる。まだ自分には、本当の意味での『覚悟』が足りていないのではないか。

 

 代理戦争で戦う事に対する覚悟を、今の俺は持っていない。それを可能とするだけの力を身体の内に秘めている事実は理解していても、見ず知らずの他人と命のやり取りを良しとするまで精神が成熟しきっている訳では無かった。

 

 元々代行者である『もう一人の人格』にとっては、迷惑な話だろう。あるいは今の俺の心境を滑稽と笑うかもしれない。意思の疎通が取れない以上、想像の話ではあったが。

 

「でもな……俺が覚悟を決めない限りはアンタも戦えないんだ。俺だってこのまま一般人として逃げ隠れする選択肢は残されている」


 だが、『もう一人の人格』にとって代理戦争で戦う行為は間違い無く「やらないといけない」事のはずだ。それを俺個人の事情で禁じられてしまうのは……少し気が引ける。その気持ちもまた本心だった。

 

「――榊原君?」

 

 唐突に名前を呼ばれて後ろを振り返ると、そこには本日ようやく顔を見せた冷泉瑠華が立っていた。

 

 それも、何故か初めて見る私服姿だった。

 

「学校はどうしたのかしら、今は昼休みの時間でしょう?」

「……昼食をとってたんだ」

「……一人で?」


 出会って早々に嫌なところを突いてくるな、こいつは。


「言っておくが、普段は誰かしらと食べてる。今日はたまたまだよ」

「それは知ってるけど、衛生的にあまり良い環境とは言えないわね……色んな意味で」


 精神衛生的に哀愁を誘う状況だったのは理解してるが、その可哀想な目で俺の事を見るのは止めてくれと言いたかった。

 

 


「冷泉、もう身体はいいのか」

「おかげさまでね」


 仕切り直して声を掛けると、両腕を組んで答える冷泉。その表情はまさに普段の彼女のそれだった。

 

 昨日俺の家でたっぷりと睡眠を取ったからか、少年との戦いで負った傷は完全に回復したらしい。もっとも、帰宅時には平気そうな様子だったので今日の欠席も実はそこまで心配していなかった。

 

「今日から数日は休む予定だけど、学校側に不審がられない程度には登校するつもりよ」

 

 体調面に問題は無いとすると、今朝から登校していなかったのは代行者として何か動く理由があったのだろうか。それとなく聞いてみると。

 

「いずれはそうなるでしょうね、私があの学校に通っているのはあくまでもカモフラージュのつもりだから」

「いずれって事は、今日休んだのとはまた別の理由なのか」 

「先日は買い物中にあなたと鉢合わせになってしまったから、その時調達し忘れてた物を色々とね」


 ため息混じりに答える冷泉の姿を見て、半分はあなたのせいと言われてる気がして申し訳ない気持ちになる。

 

 確か、あの日冷泉と遭遇したのは雑貨屋の前だったか。買い物程度なら学校帰りでも出来そうなものだが、そこは彼女の中の事情があるんだろう。


「その……今日は私服なんだな」

「流石に、真っ昼間から制服で買い物する訳にはいかないでしょう」 

 

 内心やや気恥ずかしい質問をしたつもりだったが、冷泉はあっけらかんとした表情をしていた。

 

 女の子のファッションには疎いものの、特徴的な長い黒髪とよくマッチしている服装だなと思った。冷泉は大人びてる顔立ちをしてるから、私服姿で街中をうろついていても警察に補導される心配はないだろう。それ以前に……警察が彼女の相手になるかも疑わしい。

 

「それなら、わざわざ学校の近くまで来る必要は無かったんじゃないか」

「そっちはまた別の理由、そういえば話していなかったわね。代行者としてあなたには知っておく必要のある話よ」


 ちょうどいい、こっちも冷泉には色々と聞きたい事があった。今のうちに色々と質問をしておこうと思った矢先、冷泉は唐突に口を閉じた

 

「……悪いけど、この話はまた今度で。それじゃ」

「お、おい冷泉」

 

 一体どうしたというのか、冷泉は足早にこの場を去ってしまった。それから間もなくして、意外な人物が声を掛けて来た。

 

「ふぅん、榊原君……だったよね。あなたも隅におけないなあ」

 

 声を掛けて来たのは、今朝クラスの担任代行として転任してきたという本条夜空ほんじょうよぞら先生だった。


「先生……何でここに」

「えっとね、今朝学校に登校する時ここであなたが寝ていたのを思い出したのよ。まさか私が受け持つクラスの生徒だとは思ってなかったからびっくりしたなあ。でも休み時間とはいっても、学校を抜け出すのはあまり関心しないかな」


 本条先生はあまり教職者らしくないというか、学生のような話し方をする人らしい。見た目も20代そこそこのような感じで今朝のホームルームが終わってからは早くも彼女の周辺をクラスメートが囲んで談笑しているのを見掛けた。


 冷泉とはまたタイプの違う明るい美人という印象を受ける。

 

「すいません、ちょっと一人になりたかったもので。何か用事でもあったんですか?」

「素直でよろしい。学生だし、色々あるよね。えっと、ちょっとここに座らせてもらっていいかな」


 そういうと本条先生は、俺の隣の芝生に腰を下ろした。教師相手とはいえ、肩が触れてしまいそうなこの状況に少し心臓が高鳴るのを感じた。

 

「……服、汚れますよ?」

「あはは、ありがとう。大丈夫、私案外その辺気にしないから」

「まぁそれなら。それで、何か話があるんですか」

「そうね、今朝のホームルームの事は覚えてるかな。私、クラスの皆にプリントを配ったでしょう」

「……そういえば、『あの質問』の意味って何だったんですか」


 

 

 本条先生が自己紹介を終えてから間もなくの出来事。真っ先に手を挙げたのは俺の目の前の席に座っていた龍二だった。本条先生が発言を促すと、龍二は立ち上がって先生に尋ねた。

 

「先生、あの……国吉先生はどうかされたんでしょうか」

「その件だけど、私も詳しい事情は知らされていないの。ただ、今はお身体の都合で入院されているそうよ」

「入院だって? だから昨日連絡着かなかったのか。俺、あの人が顧問をしているバスケ部に所属しているんです」

「あら、そうだったの。ええと、あなたの名前は?」

「大原龍二です」

「大原君、国吉先生が部活動の顧問をされていた件は把握してます。それについて、しばらくは私が仮の顧問を担当する事になりました、詳しい話は昼休み辺りにでもしましょう。今はそれでいいかな」

「……はい、わかりました」


 龍二はひとまずそれで納得したのか、渋々と着席した。


 国吉先生というのは我がクラスの担任教師にして、実は龍二の所属しているバスケット部の顧問を務めていた人物だった。普段は国語の授業を担当しているのだが、授業内容に関しては可もなく不可もなくといったところでホームルームでも連絡事項の説明程度しかしない。生徒から慕われているわけでもないが、良くも悪くも普通の教師という印象を受けていた。

 

 ただしバスケに関しての知識は中々のようで、龍二曰く、あの人ほど過小評価されてる教師はいないそうだ。俺も一応最低限の敬意は払っているつもりではあったが、普段から指導を受けて夏の大会に向けて練習に励んでいた龍二にとってはショックな話だったに違いない。

 

 そういえば昨日龍二と会った時、顧問と連絡が取れないから練習が休みになったと話していたのを思い出した。

 

 しかし龍二には悪いが、それ以上に俺には気になっている事があった。本条夜空という教師の存在に心辺りがなかったからだ。

 

「センセー、この学校じゃ見掛けたことなかったけど余所の学校から来たんですか」

 

 ちょうど聞きたかった事をクラスメートの女子が質問してくれた。


「そうね、この時期に転勤なんて珍しい事だと思うけどこれもお仕事だから。本来はどこかのクラスの副担任を担当する事になっていたんだけど、こうして任されたからには頑張るつもり。だから皆も相談事があったら遠慮なく話しかけてきていいからね、少なくともあなたたちよりは人生経験は豊富だし、ベテランの教師方よりも近い目線で相談に乗れると思うの」

 

 本条先生は、そんな内容の話を笑顔でクラスメートの皆に語りかけた。先生の言葉の節々に、俺は『作り物』とは思えない優しさを感じた。

 

 最初は戸惑っていたクラスメート達も、少しずつ周囲の席の友人と本条先生に対しての印象をこっそりと話し合っている。

 

「……考えすぎか」

「修、何か言ったか」

「いや、何でもない」


 流石に、たまたま赴任してきた教師が『代行者』なんて話はないと信じたい。少なくとも本条先生の仕草からは、冷泉の時に感じられた違和感のような物は確認できなかった。

 

「それにしても龍二、大変なことになったな」

「まったくだ、部長として今後の方針を色々考えないと。悪いけど、今日の昼飯は勝手に済ませといてくれ」

「ああ分かってる、了解した」

 

 おそらく意図してクラスメートの様子をうかがっていたであろう本条先生は、両手を合わせてパンパンと鳴らせると少しざわめき始めていた教室内が再び静寂を取り戻した。

 

「はい、そこまで。早速だけどプリントを配ります。ちょっとした質問が書いてあるから、それについてあなたたちの思うように答えてね。テストの類とは全然違う物だから、心配しなくて大丈夫」


 本条先生は一番前の席の生徒に列数分のプリントを渡し始めた。最後尾の席にいる俺は配られたプリントを見た生徒のリアクションを眺めてみたが、どうも様子がおかしい。

 

 この質問はどういう意味なんだろう、と言いたいかのような困惑した表情をしている。そうして一つ前に座っている龍二から俺の手元にプリントが回って来た。


「龍二、どんなこと書いてる」

「……まあ見た方が早い。そんな質問だな」


 どれどれ、とプリントに書いてある質問を読んでみる。なるほど、龍二の言った通りの内容だった。

 

 ――あなたのこれまでの人生を、ひと言で教えて下さい。

 

 プリントに書かれていた質問はそれだけだった。強いて挙げるなら、プライバシーに関わる事は記入しなくてもよい、ただし無記入での返却は許可しないという注意書きが小さい文字でプリントの下部に記載されていた程度だった。


「これまでの人生……か」


 それはまさに昨日、俺自身が苦悩しながらも精一杯考えたばかりの内容だった。書こうと思えばいくらでも書ける、しかし出来れば書きたくない。昨日の自分を思い返して、少し憂鬱な心境になってしまう。


「難しく考えなくていいからね、パッと思い付いたままの言葉で書いてくれれば大丈夫だから」


 そう言う本条先生ではあったが、正直この質問は10代後半の若者達にとっては漠然とし過ぎていて難しいと思う。


「あの、先生。これ何のための質問なんですか」

「そうね、ちょっとした心理テストと思ってもらえればいいかな。だから細かい内容を書く事はあまり意識しないでね」


 前の席に座っていた男子と先生のやり取りが聞こえて来た。心理テストと聞いてから、筆が止まっていたクラスメート達もようやく答えを記入し始める。

 

 次第に、ちらほらと提出者が現れ始めた。

 

 しかしそう言われても内容があまりにも今の自分にタイムリーな物だったので、俺は中々解答を埋める事が出来ない。とりあえず無記入のままでは駄目のようなので、今の自身の中でまとまっている結論をひと言にして提出する事にした。

 

 ほどなくして、ホームルームの終了を告げる鐘の音が聞こえて来た。俺の記入した解答は、こんな感じだった。

 

 ――「まだわからない、でも不幸じゃなかったと信じたい」

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