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誰かの代わりの世界認識  作者: 双場咲
榊原修の決意表明
18/20

第18話 新教師、セカンドエピソード

第2章開幕という事で、振り返り回も兼ねています。

「――修ちゃん、おはよう」

「……ん? ああ結衣か、おはよう。今日もいい天気だな」

「うん、そうだね。すごく暖かい」

「こういう日って昼寝をするには最適なんだよな」

「まだ朝だよ修ちゃん、昼寝には早いと思う。学校行こ?」

「やれやれ、結衣は厳しいな。わかった、今行くよ」


 そう言って俺は立ち上がると、既に学校へと歩き出した青山結衣の後を追った。俺にとってはいつもの日常の始まり、普段の学校生活のスタートである。




 ひと言で言ってしまえば地獄のような体験をしてしまった週末が過ぎ去り、再び月曜の朝を迎えた。先週と同様にお気に入りの河川敷で寝ていた俺は、やはり先週と同じように幼馴染の少女に起こされた。そして先週の流れを踏襲するかの如く彼女と一緒に登校しようとしている。


『何か』が変わったのは間違い無いはずなのに、同じ事を繰り返していた。


「そういえば、結衣は週末クラスの女子と遊びに行ってたんだっけ」

「うん、名結市の駅にね。楽しかったよ、二人共また今度遊ぼうねって」

「……そうか、良かったな」


 あの日、結衣も同じ場所に居たのか。

 少しだけ、胸の奥がチクリとした。

 

 先週の週末の出来事だ。俺は『代理戦争』と呼ばれる戦いに巻き込まれてしまった。

 

 代行者と呼ばれる存在、拳銃やら青龍刀といった物騒な凶器を手にした人間達による命のやり取り……そんな現実離れした争いに巻き込まれてしまったという事だ。平凡ではあったものの、平和な日常を過ごしていると『思っていた』俺の人生は、その瞬間終焉を迎えたと言っていいだろう。

 

 突然目の前に現れた代行者のひとり『銀髪の少年』、理由も不明なまま拳銃を片手に携えて襲って来た人間に俺は命を狙われてしまった。

 

 その恐ろしい遭遇を果たしてしまった場所こそが結衣も遊びに行っていたという名結市の駅、正しく言えばその周辺の市街地だった。

 

「そういえばあの日ね、冷泉さんを見かけたんだよ」

「そう、なのか」

「うん。声を掛けようと思ったんだけど、凄い勢いで走ってたから掛けそびれちゃった。修ちゃん、随分と慌ててるみたいだけど……冷泉さんとなにかあったの?」

「いや……別に何もない」

「……ふうん、そうなんだ」

 

 思わず動揺した心境を誤魔化したつもりだったが、結衣は少々疑っているような視線を向けている。

 

 実際、隠し事があったのは事実だ。結衣が名前を上げた人物、『冷泉瑠華』こそ先の話に出てきた青龍刀を扱う代行者のひとりだったのだから。

 

 冷泉瑠華との初対面は先週の月曜日、ちょうど一週間前の事だ。彼女はクラスの転校生として俺の前に現れた。もっとも、それ自体は極めて普通というか有り触れた出来事でしかない。

 

 本当の意味で彼女と出会いを果たしたのは、俺が少年に襲われるほんの少し前の出来事だった。謎の転校生ではなく、代行者という彼女の素顔を俺は目撃してしまった。幸いにして彼女から命を狙われる事は無かったが、脅迫染みた忠告を受けてしまった。


 今思えば随分と『核心』を突いた内容だった気もする。

 

 話を戻すと、結衣が心配するような事は何も無かった。というより、それは『絶対に』あり得ない事だと言い切れる。性格が合わないとか、趣味が苦手とかそんな単純な理由じゃない、もっと宿命付けられている話でだ。

 

 俺が動揺したのは、もし結衣が冷泉の後を追いかけていたとしたら……戦いに巻き込まれていたのかもしれない、そんな最悪な想像を思い浮かべてしまったから。

 

 もしもの可能性を想像してしまっただけで、俺は恐ろしくなってしまった。目の前の幼馴染に、あんな世界は似つかわしくない。


 

 

 俺の登校を待ちわびていたのか、教室に入るや否や大原龍二の声が聞こえてきた。


「よう、修! ちゃんと学校来たんだな」

「龍二、俺は不登校の生徒じゃないぞ」


 変な誤解を受けたらどうするんだ。


 一歩遅れてから教室に入った結衣は、いつも通り『たまたま』一緒だった感じを装いながらそそくさと自分の席の方へ行ってしまった。


「相変わらず、か」


 そんな結衣の様子を見届けてから呟き、自分の席へと向かう。鞄を机の上に置いて、一つ前の席に座っている親友と対面する。


「思ってたより元気そうだな、安心したよ」

「龍二……その、色々と迷惑かけたみたいだな。悪かった」


 俺は龍二に対して、昨日結衣に連絡を取ってくれた件を謝罪した。昨日から既に三人の人間に謝っている、それだけ心配をかけてしまった。


「ああ、気にするな。俺としても久し振りに青山さんと話せて良かったさ」

 

 相変わらず、気持ちの良い性格をしてる男だなと思った。もし龍二が気を利かせてくれなかったら、俺は今頃どうなっていたのだろう。直接口で伝えることはしなかったが、感謝してもしきれなかった。


「青山さんと連絡を取った時の事なんだけどな」

 感慨に耽っているところに、龍二が口を開いた。


「『ありがとう、これから家に行ってみるね』、彼女からの言葉はそれだけだったよ」

「……そうか」


 それは、結衣なりの気遣いだったのかもしれない。あいつも、龍二が自分と話すための口実に俺を使うような男じゃない事はわかっていたはずだ。


「俺としてはもう少し話していたかったんだけど……あれで良かったのかもしれないな」

「龍二、お前もしかしてまだ結衣の事……」

「修と青山さんの事は応援してるさ。ま、俺としては早く結論を出して貰いたい所ではある。そうじゃないと、割り切れない事だってあるんだ」


 そう言って龍二は、俺の視線から顔を背けて結衣の座っている席の方を向いた。合わせるように俺も視線を向けると、結衣が週末遊びに行った友人達と談笑している光景が入ってきた。


 結論か……。


 結衣との関係については、いつか整理をつけなくてはならないと思う。ただ、それは今じゃない。俺には「やらないといけない」事があるから。


 代理戦争と呼ばれるこの戦いを生き抜く事、それがこの世界の『真実』を知ってしまった自分が唯一持つことができる目標だと思う。

 

 この世界の真実、それはこの世界そのものが作られた世界――仮想現実という話だった。そして俺や結衣、龍二のような人間が、NPCと呼ばれる人達――作られた存在だと知ってしまった。

 

 現実世界からやってきたという冷泉の話を、俺は最初信じられなかったし、信じたくは無かった。真実を受け入れるまで果てしなく悩み、落ち込み、絶望しかけたのが昨日の出来事。

 

 それでも俺は、前向きに生き続ける事を選んだ。俺自身が信じる友人達の優しさに支えられて、最後まで足掻けるだけ足掻く道を選んだのだ。たとえそれが問題の先送りに過ぎないような、強がりに近い決意だと理解していたとしても。

 

 ただ……そのために俺は一体何をすればいいのか。

 具体的なプランはまだ何一つ浮かんではいなかった。

 

 こうして普段通り学校へ登校してきたのも結衣や龍二に心配を掛けたくない気持ちだけではなく、現実として一体どう行動すればいいのか分からなかったからだ。

 

 俺はまず代理戦争という戦いの実状さえまだ根本的に把握し切れてはいないし、戦えるチカラを持っているのは俺じゃない――『もう一人の人格』の方なのだから。

 

 冷泉と同じく現実世界からやってきた代行者のひとりの人格が、俺の中に眠っている。どんな人間なのかは冷泉から聞いた話の内容からしか伝わって来ていないが、少なくとも実力は確かなものらしい。

 

 あの人格と話の一つでも出来れば少しは行動の指針が定まるかもしれないが……しかし残念ながら少年と遭遇した日以降、俺の心に直接問い掛けてきた男の声が聴こえてくる事は無かった。

 

 いつか、直に向き合って会話する機会が訪れるのだろうか。身体の中に得体の知れない獣を飼っているような状況は、正直言って恐い。


 とにかく今は、代理戦争に関する情報を集める事が重要だと思う。その鍵を握っているのはやはり……代行者の一人である冷泉しか居ないだろう。

 

 心の中で今後の方針を考えていた、その時だった。

 

 ホームルームの時間を迎えて担任の先生が教室の扉を開く音が聴こえて来たのをきっかけに、俺は一旦思考を打ち切る。しかしその場に現れたのは、俺やクラスメートの良く知る担任とは違う『全然知らない』人物だった。


「――初めまして」


 一瞬にして静寂となった教室内で、クラスメートの衆目を浴びながらも淡々と教壇の上に立ったその人物は、堂々と自らの名前を告げた。


「今日から君たちの担任代行を務める事になった本条夜空ほんじょうよぞらです。短い期間の代行になると思うけど、どうぞよろしくね」


「担任代行……?」

 

 初耳だった。

 

 教壇の上に立っていたのは、既に幾度も登校したであろうはずの創世学園では今まで一度も見掛けた事のなかった、二十代程度に見える若い女性だった。

 

 周りのクラスメートも誰ひとり知らされていなかったのか、このタイミングで突然現れた謎の人物に対して困惑した様子を隠し切れていない。

 

 俺の方はと言うと、このつい最近経験したようなシチュエーション自体が思わず最近転校してきた女生徒の姿をダブらせたので、気が付けば隣の席に視線を向けていた。

 

 しかし、気付くのが随分と遅かった。そういえば隣の席に居るはずであった冷泉瑠華は、まだ教室内に現れていなかったのだから。

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