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誰かの代わりの世界認識  作者: 双場咲
榊原修の世界認識
13/20

第13話 戦闘後、ピースオブメモリー


          ★

          

「……撤退、したの?」

 

 銀髪の少年が突然この場を立ち去ってしまった光景を目にして、私は決して安堵の気持ちを抱くことは出来なかった。代わりに抱いたのは、危機意識だけだった。

 

 少年の撤退を追う素振りも見せずに見届けていた、榊原修らしき男。彼が次に行動する一挙一動を見逃さないようにと、私は神経を研ぎすましている。


 おそらくは、何かしらの『交渉』が二人の間に交わされたのだろうと想像した。

 

 それはいいとして、問題とするべきは自分自身の今後だろう。この場に取り残された彼が、果たして私の知っている榊原修であろうがなかろうが、『転送武器ウェポン』を取られてしまっている現在、対抗出来る手段はなにひとつ残されてはいなかったのだから。




 二人の戦いが始まってから間もなくお互いに跳躍し、上空で苛烈な空中戦を繰り広げ始めた頃だった。私は地面に這いつくばっていた体勢から身体を起こして、戦いの様子を地上から見届けていた。


 身体を貫かれた銃撃が、『転送武器』による攻撃では無かったことが幸いした。

 

 出血は既に止まっており、貫かれた右肩の感覚もある程度戻って来ていた。戦闘行為を続けられる程では無かったけど、この場から動き出す分には問題無い。その程度に私の身体は回復していた。


 そんな現状分析を終えて、私は空に舞う二人の代行者達の姿を仰いだ。


 注がれた視線は空中戦を終え、地上に降りてからの一瞬の攻防が終わる最後の瞬間まで、一度たりとも外れることは無かった。「見届けていた」とは言ったものの、実際の所は二人の戦い振りに「見とれてしまった」と表現した方が正しかったのかもしれない。


 その中でも榊原修らしき男の剣捌きは、剣の所有者であるはずの私自身が唖然としてしまう程に圧倒的で、自分との技量差を認識せざるを得なかった。


 極めつけは、最後に見せた『突き』の一撃だった。少なくとも……私には同様の一撃を放つ事は出来なかったと思う。結果としては決まらなかったものの、あの速度域に今の私が達する事は不可能だと思う。決まった場合の威力はどの程度だったのか、想像するだけで身の毛がよだつ。


 本来、重量を生かして斬りつけることが私の『青龍刀』という武器の性質だった。その性質を考慮すれば『突き』という攻撃自体があまり見かけない類の物ではあったのだけど、そこは彼が所持している本来の『転送武器』を駆使する事で可能な持ち技を転用してみせたのだろう。


 しかしながら、所有者であるはずの私が再現出来ない攻撃を彼はいとも簡単にやってみせた。その事実こそが、これ以上無い程に実力の違いを見せつけられていると意識してしまう。


 また彼の猛攻に押され気味だったものの、相変わらずの飄々とした様子で最後まで対応して見せた少年の実力も確かな物だった事は言うまでもない。実際に対峙したからこそ分かる。あの代行者には、最後まで底の知れない雰囲気を漂わせる物があった。


『何か』があると感じ取れてしまうのに、その正体が掴めない。霞みがかった霧を相手にしているような感覚を受けた。その結果が、つい先程に止めを刺される寸前にまで追い込まれた私自身だった。


 最後の攻防で、少年は抵抗する姿勢を見せることも無く『突き』の一撃が僅かに届かないであろうと看破していたように思えた。その見切りの速さもさる事ながら、仮に届いていたとしても果たして本当に仕留められたかどうかも怪しい。私とはまるで生反対の戦い方で、それを正面から捻じ伏せられなかったのは……


 二人の戦いを振り返ってみて、思わず弱音を零してしまいそうになった瞬間、彼がこちらを振り向いた。その姿には、なぜかあの尋常でない殺気を感じられない。私の青龍刀を手にまま、悠然とした佇まいで歩み寄ってくると、そのまま対峙した。

 

 昼間の出来事から、立場が入れ替わってしまったかのようだった。まさに今、私は彼に生殺与奪の権利を握られてしまっている。それに抗おうとする気概は、今の私には既に存在していなかった。しかし、死を覚悟した状況で掛けてきた彼の言葉は意外なものだった。

 

「この剣は貴様の物だろう?」

「……そう、だけど」

 

 彼はそれを握っている右手を差し出し、確認を取ってきた。今更ながら、私が青龍刀の持ち主であるかどうかを。それはこれまでの推測が、ある程度的中していた事実を意味していた。


 彼は――榊原修じゃない、別の人格だと。


「安心しろ、借り物は返す」

「……私を殺さないの?」

 

 私を蔑んでいる訳でもない、警戒している訳でもない、彼は実に淡々とした表情を浮かべていた。そんな態度に対して自暴自棄になった訳じゃない、しかし聞かずにはいられなかった。


「貴様の剣が無ければ、こうして俺が表に出てくる事が無かったのは事実らしい。だが、義理立ては一度だけだ。再び剣を借りたとして、貴様が俺の敵であるのならば躊躇いなく殺そうとするだろう。あの男にそんな意思は皆無だろうが、気を許さない方が身のためだ」


 ようやく彼の口から、決定打となる台詞が聞けた。そしてそれは、図らずとも昼間に自分が榊原修に対して突きつけた『最後通告』の意味と合致していた。同じ代行者と対峙しているはずなのに、身体が竦んでしまう。そんな自分が滑稽に思える。


 私は心境を悟られないように、必死に言葉を紡いだ。


「……それを決めるのは私よ、『あなた』じゃない」

 

 場合によっては挑発とも捉えられそうな発言だったけど、それは私自身の拘りで、こんな状況でも揺るがない意思が込められた言葉だった。


「……それもそうだな」

 

 苦笑いを浮かべながら、彼は青龍刀を地面に落とした。その瞬間、まるで電池の切れた機械のように倒れてしまい、私はようやく肩の力を抜く事が許される状況を迎えたと安堵した。


 ……さて、どうすればいいのかしら。

 

 地面には間の抜けた顔をして寝ている榊原修と、私の青龍刀が並んでいる。どちらを『拾うべき』か、選択を迫られてしまった。


          ★


 辺りがほの暗い。気が付けば俺は、いつの間にかよく分からない部屋の中に入り込んでしまったらしい。天井に電灯が付いてはいたが、それは部屋全域を照らすまでには至らなかった。真っ当な部屋というよりは、隠し部屋と例える方が容易かったかもしれない。


 部屋の暗さに目を凝らせば、奥には見たこともない機械が置かれていた。

 

 大きさにして人間一人が収納出来てしまう程の巨大な機械だった。機械の中心には大量のケーブルが繋がっており、部屋の最奥にまで引かれている。そしてケーブルの先には、小型ではあるがこれも謎の機械が大量に並んでいた。


 まるでこの部屋自体が、その機械を運用するためだけに作られた存在であるかのように、巨大な機械は威圧的な存在感を漂わせている。そして機械の隣には、俺の見知った黒服の人間が一人たたずんでいた。


 その瞬間、ようやく俺はこの場所に至るまでの記憶を呼び起こす事が出来た。


「ようこそ、私のラボへ。歓迎させてもらおうか、『シュウ』」

 

 月影――俺をここまで案内してきた男の姿があった。

 俺が求めている、『探し物』の在り処を知っているらしい。

 それが果たして真実かどうかは知らないが。


「……他の参加者はどうした?」

 

 この場所に来るまでに簡単な説明は受けていた。しかし不明な点も多いのも事実だったので、俺は率直な質問をぶつけた。


「これから戦うであろう参加者達と、今の段階から対面する訳にもいくまい。今回の戦いは、一種の情報戦でもある」

「敵を見つけ出す事が最初の戦い、という訳か」

「その通りだ。だが安心しろ、今頃他の部屋に案内されているはずだ。ラボと言ってもこの部屋だけでは無いのでな、この建物全てが私に管理されていると言ってもいい。先に言っておこう、ご希望とあれば『顔を変える』事も可能だが、どうする?」


「先ほど説明してた『偽装行為』という奴か」

「無血の虐殺者として、名の知られているお前には聞いておこう」

 

 相変わらずよく喋る男だ、そう悪態をつきながら最後に尋ねてきた言葉に対して軽く思案する。常識的には考えられないような月影の提案ではあったが、事情を理解している俺はあっさりと拒否する事にした


「……必要無い。顔を知られている方が、探す手間を省ける」

 無血の虐殺者――相変わらず、『虚しい』通り名だった。


「ふっ、確かにその通りだ。お前の実力を考えれば危険な行為でもなかろう」

「いちいち思わせ振りな態度を取るな、俺は今でも貴様の話を信じてはいない」

「……すぐに分かる、楽しみにしておくことだ」


 月影は俺の身体を通り過ぎながら部屋の入り口まで歩き、こう語った。


「『代理戦争』の幕は間もなく開かれる。そこでお前が何を得るのか、あるいは何を失うのか、その一部始終を見物させてもらおう。望みを叶えたいのならば、戦う事だ。戦い、命を散らし、屍を踏み越え、その先に待っている結末に辿り着く事を私は期待している」


 ――人殺しが迎える結末など、たかが知れている。

 ――地獄、俺の死に場所には相応しいかもしれないな。


「……その結末とやらを見物して、貴様は何を得るんだ?」

「お前がこの戦いに生き残った時、それを教えてやろう」

 

 月影はそう言い残して、この奇妙な部屋から立ち去った。


          ★


 また、夢を見ているらしい。


 前にも見たことがあった、謎の男が二人だけ登場する夢だった。いや、謎の男というわけでもないか。少なくとも名前だけは判明している。


『月影』、そしてどういう訳か俺と同じ名前を持つ『シュウ』という男。


 彼らはこの後どうなったのだろうか。そんな夢の続きが気になったが、俺は別の事を考えていた。


 平凡で平和な日常、それが未来永劫続くと信じていた。そこには根拠なんて無かったし、理由なんて無かった。だが少なくとも、俺はもう戻れないだろうと、そんな予感めいた何かを感じている。


 冷泉瑠華、あれから彼女はどうなったんだ。俺がこうして夢を見ているという事は無事だったのだろうか。それとも、間に合わなかったのか。


 夢ならば早く覚めて欲しい、生まれて初めて俺はそう思った。でも、後で後悔した。なぜなら、現実は常に突き付けてくるから。

 

「やらないといけない」事を。

 そして、『自分の役割』を。


 そこに逃げ場所なんて無い、泣いても謝っても変わることはない。当たり前の事実に、目を背け続けて来た。でも、プロローグはもう終わりらしい。これから、俺自身の戦いがスタートする。


 ――さあ、『代理戦争』の始まりだ。

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