恋に落ちた
決して絶世の美女というわけじゃ無く、
けれどもブサイクだと罵られるわけでは無い。どちらかといえば化粧で飾る方ではない。中の上が妥当というところか。
電車に揺れに押し寄せられてその美を感じた。手提げの中からおもむろに文庫の本を取り出したりしまったり。なぜかそわそわしだす。トンネルを通過する時には窓を見て髪を整え、トンネルを抜ければまた横を見る。
水曜日という週の中だるみがあった。
時刻は21時半をすぎていた。
真新しそうなスーツを身にまとっていたがそのスーツはもう5月に入ったというのに崩れは見えなかった。一方の中身はというと、21時を過ぎてなおスーツ姿で電車に揺られているにもかかわらず、その瞳には疲れというよりも何も考えていないような、いや何か大したことのないことを考えているような感じだった。肩まで伸びたそれを指でくるくるして見たり、足元を見て見たりと瞳以外は忙しいようだった。僕が持っていたスマートフォンはいつの間にか眠りについていた。僕とは真逆に。
無性に触れていたいと願うその手の美しさを感じた。大きく肩に負担をかけるような乳ではない。がその1つ1つの仕草が電車の揺れとともにぶつかってきた。そしてその衝撃は止まった。冷たい空気が車内に流れ込むとともに。
夜空には星も月も見当たらなかった。
雲がかって雨の後の霧のようなものも感じた。
どうやら僕は恋に落ちたみたいだ。