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62-迫るロスカットの恐怖

 ラキちゃん、怒らせちゃったかな?

 せっかくあんなに嬉しそうにして、船首から見える雲海からなる絶景を楽しんでたのに。

 ラキちゃんを追いかけて、謝りに行こうかな。


御主人様(マスター)、よろしいのですか? そのようにして悠長に構えてらっしゃっても》


 ッ、そうだった?! 僕は、一刻も早くこの船から脱出しないといけないんだったよ!

 ラキちゃんには悪いとは思うけど、ここは一先ずここから脱出する事を考えないとね。早くしないと追手が現れるかも知れないし。

 でも、どうやって脱出すれば良いんだろうか――ふと船首にある欄干から覗くようにして下方を見てみると、モフモフでふわふわの雲が流れ、それらをかき分けるようにして今僕が乗船している船が突き進んでいます。

 って、ホントこれどういうことだってばよ?! ぇ、なに、ここってもしかして空の上とか言うんじゃないよね?! それとも異世界の海には雲みたいな何かが流れているとかそんな話なのかな?


《落ち着いてください、御主人様(マスター)。いまから私がご説明致しますので》


 ぁ、ごめんね、ナビ。今度はきちんと聞くから詳しい説明をお願いね?

 先程まではナビの話も聞かず行動してしまったので、今度はきちんと話を聞きたいと思います。

 それに何だかいまのナビは、先の僕からの愛の叫びを受けてからなのか、優しげな声音と何処か甘ったるくもかいがいしい雰囲気を醸し出していて、まるで本物の従者のような眷属ぷりを発揮していました。


《本物のも何も、私は従者と何ら代わらない眷属の身なのですが……まぁそれは良いと致しまして。それでご説明させて頂いてもよろしいので?》


 ぁ、ぅん、どうぞ。


《それではご説明させて頂きます。まず始めに、御主人様(マスター)も薄々お気づきになられているかと思いますが、この船は海上を走る船舶では無く、天空を航行する飛行船です。その名をノアと言い、神ギルシュッメア様が所有されている宝具の一つのようです》


 うげぇ?! やっぱりここ雲の上なの!? 流石は異世界! 空飛ぶ船もあるなんてファンタジー溢れる世界って感じだよね!


《いえ、この世界でもこのような飛行船なるものは珍しいようです。その証拠にイバラキ様のあのご様子からわかるように、他の皆さんも大変驚かれていました。それにただ飛行するだけならば、個々の魔法や能力で可能ですし、また移動手段も転移魔法など便利なモノがあるようで、この世界では航空機の開発はあまり進んでいないようです》


 そうなんだ? 確かにそんな便利な移動手段があるのならわざわざ飛行機なんて作らないもんね。

 それなのにこんな木造船みたいな宝具なんてモノを所有してるなんて……やっぱり神ギルシュッメアは侮れないよね。

 その神ギルシュッメアがあの暴君幼女様のスポンサーなんだよね……どうにかお願いして辞めてくれないかな?


「んーそれは無理かな? だって私も君がアイドルをしているところを是非とも観覧したいんだもの」


「ッ?!」


 突然、僕の思考に割って入ってくるようにしてそんな言葉が返ってきましたが……もうヤダよホント! この世界の読心術を修めてる率高過ぎやしないか?! このままだと本当にノイローゼで鬱になりそうなう。


「あははっ、ごめんねぇ? 神だとかやってるとさ、邪な考えで取り入ってくる輩とかを選別するために必須なんだよね。まぁでも同等以上の神だとか心を閉ざす修練してる奴とかには使えないんだけどねぇー。あと、人をおちょくる時に使えるから私は重宝してるよ?」


 神も大変なんですね。って思ったら、最後ので台無しだよ?! もうホントいい加減にして! この世界の住人にはまともな人ってか神は居ないの?!


「残念ながら居ないねぇー。割とまともな連中は、早々に他の世界に旅だったり、自分たちの領域に引き籠って出てこないしね。それに頭の固い連中は、前の大戦でほとんど消滅しちゃったからねぇー。いやぁー恨むなら君の親御さんたちを恨んでみたらどうかな? ……なんてね♪ 私としては、前より窮屈じゃなくなったこの世界が割と好きだから、キョオコ達には感謝してるんだけどさ」


 ぐほっ?! やっぱり母さんたちと知り合いだった!? もう嫌だこの世界……母さんたちが何をしたかはわからないけど、きっと勇者で世界救っちゃった系の話だと思う。でもさ、そんな世界で母さんたちの冒険譚とか別に聞きたくないし、関わりたくないよ! だって、そんな身内が起こしたアレコレなんて聞いててもろくなことが無いと思うし。

 それにこの神ギルシュッメアの話を始めとして、ポチたんや他のみんなの話を見聞きする限り、この世界で色々とやらかしてるみたいで、世界を救った母さんたちに畏敬の念を感じる前に、羞恥で悶えそうだよ!

 それとその弊害で、僕が男の娘アイドルなんてことになってる気がするんだ……もし前の世界に帰れたら、取り合えず父さんに蹴り入れてやる!

 ぇ? そこは母さんじゃないのかって? バッカおめぇ、僕もまだうら若き身空を散らしたくないよ……家庭内ヒエラルキー教えてやるかい?


「あははははっ、ホント君は面白いねぇー?! 流石はキョオコたちの子だよ! いやはやホント君がこの世界に来てくれて良かった。良かった。これで暫くは退屈しそうに無いよ」


 凄く底意地の悪そうなことを言いだす神ギルシュッメアを睨んでやろうと、その声が聞こえる場所を振り返るようにして見た先に居たのは――


 腰まで伸びた綺麗な金髪を靡かせて、美の女神も裸足で逃げ出しちゃいそうな美貌を備え、そしてあの回想で見たフード姿とは違った、煌びやかな衣装に包まれた神ギルシュッメアが顕現していました。

 まぁそんなことよりも――


「ちょ、私への感想それで終わりなの?! もっとさこう細部に至るまで、私の美しさだとか聡明さだとかもっと褒めてくれても良いんだよ?」


 そんなことよりも! その神ギルシュッメアだけが姿を見せた訳ではなく、その傍らにはあの……


「そうよ、メア様の言う通りだわ! それにちゃんと口に出して褒め称えなさいよ!! メア様はね、私たちのすぽんさぁ様なのよ? アンタがアイドル活動するための生命線なんだから、ちゃんとしてよね! 申し訳ありません、メア様。あとでコイツにはよく言いつけて置きますので」


 あの、いま最も出会いたくない、ペコペコと神ギルシュッメアに胡麻をするようにして権力者にはめっぽう弱いことが明るみに出た、太鼓持ち系幼女様ことリーファその人でした。


「あのさ、リーファちゃん? そこまで畏まらなくて良いんだけど? 別にそんな風にしなくてもスポンサーの件を蔑ろにしたりしないからさ。だから普通にしてよ、お願いだから」


 リーファのあまりの腰の低さに少し引き気味に顔を引きつらせて、そう懇願する神ギルシュッメア。

 そう乞われたリーファは、神ギルシュッメアには申し訳なさそうにしながらも、僕には睨みつけるという理不尽さを見せながら、


「わかりましたわ、メア様。これからは出来るだけ善処致しますわ。ほら、アンタもこっちに来て、メア様を褒めちぎるなりして接待しなさいよ!」


「いやだからね、アキクンにもそこまでさせなくて良いから……いまは」


「ほら、聞いたでしょ! メア様が御所望なのだから、あとでちゃんと接待しなさいよ? アイドルはね、枕の一つや二つすぽんさぁ様と共にするのも仕事の内よ? わかったらとっとと人化の術で男の娘になりなさい!」


 そんな訳の分からないことを喚き散らす、リーファのその顔を思いっきり引っ叩いてやりたい気持ちをいまはグッと抑えて、まさかとは思いつつも淡い期待を抱かせずにはいられない気持ちで、リーファに問い質すことにしました。


「リ、リーファさん? 何故ここに居るのかな? 確か部屋で休んでるって言ってたよね?」


 僕のそんな問いに先程から僕を睨みつけていた目をさらに険しいものにさせながら、リーファが答えました。


「ふん! それはね、メア様からアンタがこの船から逃げ出そうとしているって聞いたから追いかけて来たのよ!!」


 そうリーファに罵倒されるような勢いで言われ、僕はいまマージンコールを言い渡されロスカットの恐怖に怯えるトレーダーのような心境で絶望に苛まれながら、死んだ魚の眼でリーファのすぐ傍らにいる神ギルシュッメアに目を移すと、


「ごめんねぇーいまここで逃げられちゃうと私の楽しみが減っちゃうからさ……てへぺろぉ♪」


 と、そんな軽薄な言葉が返ってきて……僕は唯々この世界の理不尽さに呪わずには居られませんでした。

 もうこの際、祟り神にでもなったろうかと鬱々とした感情を募らせ始める僕でしたが、その祟り神になる前に僕の貞操が散らされるのは目に見えているので、どうにかこの状況を打破する糸口は無いものかと必死に頭を回転させます。

 ですが、ただ単に考えるだけではまた読心術で心を読まれてしまいますから、ここは会話を続けることで意識を逸らせる作戦で行きましょう。


「そ、そう言えば、メルさんはどうしたの? さっきから見えないんだけど……」


「ん? ぁーメル……あの変態のことね。この船には乗って無いわよ。魔導具店を長期間空ける事はできないって言って、目から血を流しながら見送ってくれたわ。ちょっとしたホラーで夢に見そうだわよ。まったくあの変態はもう……どうしてこうなったのかしら」


 深い溜息と共に当たり前のようにメルさんを変態呼ばわりするリーファの様子からは、以前のような本物の姉妹に向ける情愛は失われつつあるんだなって寂しく思い……まぁどう考えてもあの変態が悪いので擁護も何も無いのですが。

 何処かで「ヒドイ?!」と云った叫び声が轟いた気もしますが、取り合えずあの変態が居ないとしたら脅威の段階が少しは下がったと見て良いでしょう。

 脅威が和らいだことに少し安心しますが、何も解決していない事に気付き、ならばと少しでも味方の陣営を増やすべくとある人物についても聞くことにしました。


「そっか変態は居ないんだね。それは良かったと思うけど……あとエリスちゃんはどうしたのかな? おまけでヒルデさんも」


 確かあの回想の中で、今回の一連の出来事になにか思う事があったようで、リーファを更生させるだとか凄く頼もしいことを言ってた気がするんだよね。

 そんな志を持ちつつあるエリスちゃんなら、今の状況はまさしくこの頭のおかしい幼女様ことリーファを断罪すべき所業と云えます。

 エリスちゃんだけなら少し頼りないのですが、その従者であるところのヒルデさんならこの状況を打破する手段を持ち合わせているかも知れません。あの人無駄に能力値高いと思いますし。

 そうして藁にも縋る思いでその二人の加勢を期待したのですが、やはりこの世は儚くも無情であり……


「あの二人も乗ってないわよ。確かモラルゥが何だかんだって言って、それを広げ活動する為に学び直すって言って、あの館から出て行ったわね。何かの宗教にでも入信したのかしら?」


「そ、そうですか……」


 崇高な志を得たエリスちゃんならきっと、いつかこの世界を良き道へと導いたりしちゃう先導者になれるんでしょう……が、それではいまの僕が救われません!

 いまここに倫理破綻幼女様に甚振られ、救いを求める仔竜が居ますよ?! カンバック!! モラルゥ宣教師エリスちゃん!!?

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