61-叫びたくなるこの気持ち
「さて、気を取り直して行こうか!」
僕たちが居た客室から少し離れた場所で、仕切り直しとばかりにそんな掛け声を出して、先程までのやり取りを無かった事にしたい僕。
だってウチの愛らしくもマスコット的な存在のエルが、変態枠への加入なんて認められませんよ?!
それに僕の眷属として、エルなりに考えて献身的にやってくれた結果なのだと思いますし。
そ、それにまぁ身体を綺麗にする分には良いかなって……もちろん、お花摘み的なことはNGですけど?! それダメ絶対!?
と、取り合えずのエルについてはそのぐらいにして――ナビ、ちょっと良いかな?
《なんでしょうか、御主人様?》
この船のデッキはどこにあるのかな? ちょっと……外の景色が見たくてさ。
《なるほど……ですが、いま私たちが居るのは既に航路上にある船の中ですよ? ここから逃げ出すのは流石に難しいのでは無いでしょうか》
ちっ、やっぱりナビにはお見通しか。
その通りだよ、ナビ。いまから僕は……この船から脱出する!?
《……一応お聞きしますが、何故そのような無謀なことをされるのですか?》
ちょ、無謀ってナビ……まぁそうかも知れないけどさ。
でもね、それでも僕はここから逃げ出さなくちゃいけないんだよ! それは何故かって言うと……
なんで僕がアイドルなんてモノにならなきゃいけないんだよぉおおおおおおお?!
声を大にして叫びたい所ですが、僕が逃亡を計ろうとしていることに敵に勘付かれてしまってはいけませんので、いまは心の叫びとして身の内に響かせるだけとします。
それにしても、何をとち狂って僕がアイドルなんてしないといけないんだよって話ですよね。
しかも当の本人である僕に何の承諾も無しに話を進めるわ、結局事後承諾の確認もしないわで、ホントなに考えてるんですかねあの無責任幼女様は?!
それに男の娘アイドルってなにさ?! もうホント訳が分からな過ぎて頭が可笑しくなりそうだよ!? 絶対に受け入れられない!!
っと言って、あの暴君幼女様ことリーファが聞き入れないことは火を見るよりも明らかです。
ですので、リーファとそれに追従する敵にバレないようにして、早急にこの船から脱出せねばなりません。
リーファの話が本当なら、出航して幾らも経ってないみたいですし、今が最大の最後のチャンスなのだと思われます。
どの程度港から離れたかはわかりませんが、どうにか頑張って遠泳するか、エルにでもお願いしてボート状に変形してもらって、それで陸地を目指せば良いかと思います。少し楽観的過ぎるかも知れませんが、形振り構ってはいられない状況です。
そう言うわけだから、誰にも気づかれずに逃げ出せるルートを教えてくれないかな、ナビ?
《……やはり厳しいかと思われるのですが。それに御主人様は勘違いされておりますが、この船は……》
ぁあ、もういいよ別に。やっぱりナビはあちら側の味方なんだね? さっきも僕が異論を挟まないようにだとかで勝手に眠らされてたみたいだし?
僕の愛人だ眷属だなんて言っても、ナビは全然僕の味方じゃないもんね? もう良いよ! 自分で探すから!?
船だと言っても広さはたかが知れていますしね。ただ懸念されることは、リーファに追従する敵こと他のメンバーに出会うことで起きるであろう妨害行為ですが。
本当はナビに他のメンバーの居場所を探索して貰って、隠密に行動をすることが望ましいのですが、ナビは当てにならないみたいですから仕方がありません。
《いえ、ですから御主人様一度落ち着きまして、私の話をお聞き下さい。この船はですね……》
何を聞くって言うんだよ?! なにをどう説得しようと、僕が男の娘アイドルなんてものには絶対にならないんだからね!?
ッ、このままナビと口論してたら、幾ら僕が外の空気を吸いたいからって言っても、あまりにも戻ってくるのが遅いと不審に思ったリーファが探しに来るかも知れない。
すぐにでもデッキに出て、誰にも気づかれないようにして海に飛び込まなくちゃ!!?
だんだんと不安が募って来た僕は、ナビの忠告を無視して、いまにも走り出しそうな気持ちを抑えながらも、気づかれないよう慎重にデッキに向けて足を運ぶのでした。
「ふーっ。どうにかここまでは、誰にも会わずに済んだみたいだね」
デッキへの出入り口と思われる場所に無事到着した僕は、そんな言葉と共に一息つきました。
ですが、依然敵の陣地にいる訳ですから気を抜いてはいられません。それに今から大海原へとこの身を投じる訳ですし、むしろ気を引き締めて事に当たらねば!
まぁでもその前に敵に見つからないことが前提なのですが――デッキに誰も居ないと良いのだけども。。。
と、そんな僕の淡い期待は叶えられることは無く、僕たちが出入り口を潜り抜けた先に待っていたの……
「ぉ!なんじゃお主、やっと起きたのか? そうじゃ折角だしの、一緒にデッキからの景色を眺めぬか?」
「なんやアキクンが来よったんか?……おはようさん、アキクン。よお眠れたん?」
デッキで待ち構えていたのは、鬼っ娘の二人でした。
ぐぬぅ、やはりそう上手くはいかないか……それでもこの二人ならまだ大丈夫かも――いやいやここは慎重に行くべきですね。
「おはよう、シュセンちゃん。それにラキちゃんもおはよう。うん、よく眠れたよ。ただちょっと寝疲れちゃって、外の空気を吸いに来たんだ……ってあれ?シュセンちゃんその恰好は――」
「それは良かったわぁ。……どやろか?少しイメチェン言うんのを試してみたんやけど……似合うてる?」
少し照れたような表情を浮かべながらも、艶のある流し目を送ってくるシュセンちゃんですが、その姿はなんとあの痴女スタイルを廃した、お淑やかな京美人スタイルでした。
今まで着崩していた着物をきちんと羽織り直し、煙管を持った姿はとても絵になります。
それと着崩れた痴女スタイルで齎されていたエロティシズムは残念なことに減少してしまいましたが、それでも完全に無くなった訳ではなく、むしろ時折見せる着物の裾から覗く生足や首元の鎖骨と云ったチラリズムが目を楽しませ、オトコゴコロをグッと捉えて離しません。眼福であります。
「くふっ、あの女狐もたまには役に立ちよるなぁ。アキクンが前にも増して舐め回すように見よるから、うち火照ってまうよ」
そう言ってしなやかな動きでさらにチラリズムを加速させ、その魅惑でエロティックな箇所を増やしていくシュセンちゃん。
そして、段々とその動きで着崩れ始めた着物が開けて行って、その先にあったのは――
「ちょ、シュセンなにをしておるのじゃ?! 急に脱ぎだしよってからに! それにお主もお主じゃ! 吾の誘いを無視したばかりか、シュセンばかり舐め回すように見おって! この助兵衛が!?」
「す、助兵衛って幾らなんでも言い過ぎじゃない?!」
突如齎された、凄まじく心外なレッテルを貼られては敵わないと思った僕は、声を荒げる事で否定しようとしますが――
「言い過ぎでは無いのじゃ! 最初に会うた時から思ってたんじゃが、お主のシュセンを見よる眼は、助兵衛以外の何者でも無いのじゃ?!」
真実はいつも一つなのじゃ! と犯人を追い詰めるかのようにして、僕をビシッと指差すラキちゃん。
何故かそんなフレーズを言われてしまったら、その言葉の通りに頷かずにはいられなくなり、そんなぐうの音も出せない状況に貶められた僕を助けてくれたのは、いつだって眠りなんて要らない相棒ことナビでした。
《流石に今のはシュセン様に非があるかと思われますが、イバラキ様?》
「そやなぁ、確かにいまのはうちが悪ふざけが過ぎたわ。堪忍したってな、イバラキ」
僕を擁護するナビに倣うようにして、シュセンちゃんも僕に助け舟を出してくれました。
まぁ助け船も何も、本当にシュセンちゃんに非があるのですが……僕はいつだって健全なオトコノコなだけです! 助兵衛じゃないもん?!
「ぐぬぅ、彼奴を甘やかしよってからに……ッ、そうじゃ?! ならば、先も言うたが、吾と一緒にデッキから眺める景色を堪能しようではないか! それを了承するのなら、許してやっても良いのじゃが? どうするのじゃ?」
ちらちらと僕を窺うようにしてそんな提案をするラキちゃん。
まぁそれぐらいなら良いかな? それに隙を見て海に飛び込む事も出来るかも知れないですし――
「わかったよ、ラキちゃん。それで許してくれるのなら、一緒に景色を楽しもうかな」
「よしよしなのじゃ! ならば、吾が見つけたこの船一番の景色が堪能できおる場所を案内しようではないか?! こっちじゃ! こっちにある船首からの眺めが素晴らしいのじゃ!」
そう言って、嬉しそうに僕の腕を取り、船首までの道を案内し始めるラキちゃん。
幼い外見からして、まるで自分だけが見つけた秘密の場所を自慢するのが嬉しくてたまらない愛らしいお子様みたいで、無事にこの船を脱出できるか不安ばかりの僕でしたが、その姿に癒され微笑ましい気持ちになれました。
「わかったから、そんなに急かさないでラキちゃん! それにいまは仔竜の姿だから、そんな風に腕を掴まれたら足が浮いちゃうよ」
「またお主……アキクンが、他の女子に目移りせぬようしっかりと掴まえとくのじゃ! それにもう着くのじゃからこれぐらい我慢するのじゃ」
他の女子もなにも、僕と鬼っ娘の二人以外誰もデッキには居ないみたいですから、そんな心配も杞憂だと思うんだけどね。
そんなやり取りも束の間、ラキちゃんの言った通りすぐに船首に到着したようです。
僕たちが先程まで歩いてきた板張りの床から数段上にあがった所が船首になっているようで、ラキちゃんが僕の手を取りその身体を浮かせるようにして、お行儀悪く段を抜かすようにして駆け上がりました。
「どうじゃ、この景色は?! 素晴らしいとは思わぬか! まさに絶景じゃな!?」
目をキラキラとときめかせるようにして輝かせて、船首から見える光景を絶賛するラキちゃん。
やはりお子様には、船での旅は冒険心を擽るモノがあるのかも知れませんね。
なんて大人ぶる僕も、ラキちゃんに触発されてしまったようで、期待を胸に抱きその光景を堪能しようとして、一旦ラキちゃんの手を解き船首に備え付けられている欄干に手を伸ばし身を乗り出すようにして、その光景を目の当たりにしました。
「どれどれどんな感じ? そこまで言われちゃ見なきゃ損ってもんだよね――って、ぇえええっ?!」
目の前に広がった絶景は、僕が驚愕するのも仕方の無いほどの予想だにしない光景でした。
「どうじゃ、どうじゃ? 世界の果ても見渡せぬほどの光景とは思わぬか? 素晴らしい白き大海原と言えよう?!」
た、確かに目の前に広がった絶景は、世界の果ても見渡せないほどの開放的で素晴らしい眺めですが、その大海原は大海原でも……
「雲海じゃないですか、ヤダぁあああああああああああ?!!」
「ぬぅお?! いきなりどうしたのじゃ、急に叫び出してからに?! っと、そうか! アキクンもこの絶景の素晴らしさに心を打たれ、つい叫び出したくなったのじゃな? よぉしぃ! 吾も負けておれんのじゃ!? たぁーまぁやぁーなのじゃぁああああ!!?」
ラキちゃん、その掛け声は間違ってると思う?!
って、そんなツッコミよりも、これは一体どういうこと……?!
《ですから、再三ご忠告しようとしたではありませんか》
な、ナビ……さっきまでのは謝るからさ、説明して欲しいんだけど?
《謝辞は要りませんよ、御主人様。私の日頃の行いが悪い所為で、御主人様が私を邪険にされるのは仕方が無いことだと思いますので……ぇえ、そうですとも》
ッ、だからごめんってば、ナビ! どうにか機嫌直してさ、状況の説明をお願いします!
《……冗談ですよ、御主人様》
な、ナビ……ありが――
《ですが、私は御主人様の眷属として、常日頃から苦楽を共にする味方でありたいと思っています。それを疑われるのは、流石の私でも堪えてしまって……ッ、御主人様からの愛情が不足しており、スペック値の低下が見られます! 分析能力の低下に伴い現在の状況を判断することが非常に困難です――》
ぇえええ?! あ、愛情不足って、なにそれ?! 幾らなんでもそれはちょっと可笑しくないかな?!
《なにを仰いますか! 眷属とは、主の寵愛無くしては能力の向上どころか、存分に本来の力を発揮する事も適わないのですよ?!》
そ、そうだったの?! でもいきなり愛情って言われても僕はなにをすれば……
《簡単なことですよ、御主人様? いまならば、ただ一言、私を愛していると仰って頂ければそれで……》
ぇっ、そんなんで良いの? もっとなにか厳しいこと言われるかと思ったよ。
ナビにしては謙虚というか、いじらしいと言うか……まぁそれぐらいなら応えても良いかな?
愛してるよ、ナビ?
《ノンノンです、御主人様。もっと心の内から滾らすようにして、熱いパトスをぶつけるように私を愛してると!》
ぇーなにそれ……って、はいはいわかりましたよ!
ナビ! 愛してるよぉおおおお!!
《もっとです! もっと!! 情熱的に私を求めるようにして、心の奥底にあるリビドーを私にぶつけるように……ッ?!!》
ナビ――
「愛してるよぉおおおおおおおおおおおおお!!?」
《キマシタ! キマシタワァアアアアア!!? 御主人様からの私を求めるリビドーがビシバシと伝わってきて……濡れました?!!》
「なんじゃ、なんじゃ?! 急に大声で愛を叫びよってからに?! ッ、そんなに吾のことが欲しいのか?! ぐぬぅ、しかし吾は未だ未熟の身……しかしじゃ! アキクンがこれほどまでに吾を求めるのならば、その程度の些事、関係ないのじゃ?!」
祝言待ったなしなのじゃぁあああ!? と白き大海原に向けて叫び出すラキちゃん。
ついついナビに乗せられちゃったけど、流石にこれは意図しておりませぬ! 早々に否定しないとあとが大変になることは、ポチたんの件で懲りてるなう。
「ちょっと待って! いまのはラキちゃんに言った訳じゃ無いんだ!!」
「……なんじゃと? では誰に言ったのじゃ?」
先程までの喜色満面な笑顔が消え去り、下手なことを言えば首ちょんぱも辞さぬと言いたげな、恐ろしくも静かな怒気を孕んだ視線をラキちゃんが向けてきました。
突然ふっと湧いた死亡フラグに、どうしてこうなった?! と今すぐにでも叫び出したいですが、ここは上手く切り抜けねばなりません!
ですからここは――
「せ、世界にさ……この美しい絶景を作り出したこの世界につい感動して、愛を叫んじゃったんだよ!」
「………………」
残念な子を見る目でみられたなう。
「ハァ~……そう言う事にして置くのじゃ。吾もいきなりのことでついはしゃぎ過ぎたしの。……まったく、恥ずかし屋さんなのじゃから」
どうにか切り抜けられたようでしたが、残念な言い逃れをした僕にラキちゃんは呆れてしまったのか、そんな言葉を残して船首から離れて行ってしまいました。




