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56-だぁーいすきぃほぉーるど

 水面みなもに揺蕩う葉のような柔らかくもぽにょんとした気持ちのいい感触が背中から伝わり、抗いがたい微睡が襲う中、前にも味わったことのあるその感触に記憶が刺激されどうにか意識を浮上する事ができました。


「ぁ、ぅ・・・ここはどこ?それに・・・またエルを背もたれにしてるのかな?」


 未だ拭えない眠気を散らすために瞼を擦り、いまもなお僕の背もたれになってくれているであろう可愛らしくも寂しがり屋の眷属に話しかけました。


「ぅん!エルだよ、ますたぁー!おはようなの!!」


「ぁ、やっぱりエルなんだね?おはよう、エル・・・ってあれ?そう言えばナビはどうしたの?」


 確かナビがエルの体を乗っ取るようにしていたと未だ不明瞭な頭をどうにか働かせて思い出してみる。


《おはようございます御主人様(マスター)・・・先刻は申し訳ありませんでした。いまは、大変恐縮ですがまた御主人様(マスター)の魂に居座らせて頂いております・・・やはりお嫌でしたでしょうか?》


 おはようナビ。ぁ、そう言えば、ナビが世界を云々だとか言って調子に乗っちゃったもんだから、僕がお仕置きをしたんだったけ?


《ぅっ、そうなります御主人様(マスター)・・・いまは反省しておりますので、どうかまた御主人様(マスター)の魂の中で居座らせて頂ける許可を頂きたいです》


 許可って言ってもね・・・もう居座っちゃってるし。


《身勝手な事だとは重々承知しておりますが、あの凄まじい刺激を受けてエルとの精神的な融和が一時的に剥がれてしまい、御主人様(マスター)の魂へと緊急避難をさせて頂きました。やはり私が疎ましいとお想いになるのでしたら、今すぐに退去を・・・》


 いや、いいよもう。それにちゃんと反省したんでしょ?

 いまのナビから感じる感情の波長からしてだいぶ落ち込んでて懲りたみたいだしね。


《ま、御主人様(マスター)!!》


 でも次は無いからね?もし今度身勝手な振る舞いをして周りに迷惑をかけたりしたら・・・わかってるね?

 それとエルにもだいぶ負担をかけたんじゃない?ちゃんとエルには謝ったのかな?


《承知しております、御主人様(マスター)。今後は御主人様(マスター)の許可なく勝手な振る舞いをしない事をここにお約束いたします。それとエルには先程謝らせて頂いております》


「ぅん、そうだよ!ナビはちゃんと謝ってくれたから、ボク許したの!だからもうナビを怒らないで、ますたぁー・・・」


 そう懇願しながら、ぷるりんとその身を震わせることで心地よい感触を背中に与えてくれる、エル。

 何だか、肩たたきをしながらお願いをしてくる子供のように思えてきたよ。お父さんなんでも聞いちゃう!な気分になっちゃうってやつです。

 意図してそんな事をしてるわけじゃないと思うけど、こんな風にお願いされたら聞かないわけにはいかないよね?

 ってことだから、ナビ。エルに免じて許してあげるよ。


《お許し頂きありがとうございます、御主人様(マスター)。それにエルも・・・承諾を得てその身を借りていたとは言え、出し抜くようにして御主人様(マスター)を私だけに依存させ、堕落させることでものにしようとしてましたのに・・・こんな私を許してくれるだけじゃなく、御主人様(マスター)からも庇ってくれるなんて・・・本当にありがとうございます、エル。もし次の機会があれば今度は決してエルを除け者にせず、一緒に御主人様(マスター)と愛し合いましょう!》


 ・・・あれ?ちょっと待ってナビ、いまなんて言ったの?!ものにするとか次の機会だとか・・・。


「ナビ、気にしないで!それに全然除け者じゃなかったよ?ちゃんと御主人様(マスター)からのご褒美を分けてくれたよ?!ちゃんと伝わってきて、すごく、すんごくぅ・・・気持ちよかった!!最後のは特にいま思い出しても・・・ッ、ッ、ッ・・・また楽しもうね、ナビ!」


《もちろんですよ、エル!》


 まるで友達との遊びの約束をするような仲睦まじい二人の雰囲気に、僕は・・・。


「君たちの御主人様辞めるぅううううううううう!!?」


「《ぇっ!!?》」


「もう嫌だ!こんな主人をおもちゃにしようとする眷属なんて欲しくないやい!それに別に僕がお願いしたわけじゃないし!もう、辞めだよ、ヤメ!これからはただの仲間として付き合っていくから、ちゃんと仲間としてお互いに礼儀を以って接するように!親しき中にも礼儀あり!はい、復唱!!」


《し、親しき中にも礼儀あり!・・・いえ、ですが御主人様(マスター)そう言うわけには・・・》


「し、したしきなかにもぉれいぎありー?どういうイミなの?」


 素直に復唱するナビだけど、僕の突然な眷属解雇通知に酷く困惑してるみたい。

 そしてエルの方はあまりよくわかってないみたいなので、ここはエルの保護者としての役も担わねばと丁寧にわかりやすいように説明する僕。


「エル、その言葉の意味はね、親しい人・・・僕とエルやナビみたいに仲の良い同士でも、お互いに礼儀を以って・・・エルが僕やナビに優しくしようってことだよ?もちろん僕やナビもエルに優しくするってことで・・・」


「んーなんとなくわかったけど・・・でもますたぁーはますたぁーだからますたぁーなんだよ?」


「いやだからね、エル?もう眷属としての立場でなくて・・・僕をますたぁーって呼ばないで、アキクンって呼んで良いんだよ?」


「ぇっ?でもでもますたぁーはますたぁーだからボクは一緒にいられるんだよね?・・・ますたぁーはボクが嫌いになったの?」


 ガッチリとホールドされていて背中越しのエルを見ることはできないけど、それでも背中から伝わる震えと悲しげな声音で、エルがどれだけ酷く悲しんでいるのかが伝わってきました。


「そ、そうじゃなくてね?もちろん僕はエルのことが今でも大好きだよ?でもこれからは普通の仲間としてね?」


 エルの悲しそうな気配が凄く居た堪れなくて必死に弁明する僕ですが、それでもエルは納得が出来ないみたいで。


「そうなの?でもますたぁーはもうますたぁーじゃないって・・・ますたぁーはますたぁーだよね?」


 ぷるりんと一際大きい揺れを伴いながら、いまにも泣き出しそうなエルのそんな切ない声が耳に届いて・・・。


「ぁ・・・ぅん、そうだね。これからも僕はエルのますたぁーだよ・・・そう!ますたぁーだからね!!だからもうそんな悲しそうにしないでよ、エル?!」


 と前言撤回する僕、よわたん。


「ほ、ほんとに?ますたぁー??」


「本当に本当だよ、エル!僕はいつだってエルのますたぁーなんだから!?」


「わぁ~ぃ♪ますたぁーはやっぱりますたぁーなの!ボク、ますたぁーだぁーいすきぃ!!?」


 ぷるぷるぷるるんと背中越しにエルの嬉しそうな気持ちが凄い振動と共に伝わってきて、その心地よくも気持ちのいい感触に僕は、エルを背もたれにするように密着している限り絶対に敵いっこないやと、小さい子供を背中に乗せた親御さんの気持ちを早くも味わう僕なのでした。


《あの頑な御主人様(マスター)をここまで懐柔せしめようとは・・・エル、怖ろしい子・・・ッ?!》


 ぁ、ナビは御主人様(マスター)って呼ぶの無しね。これから普通の仲間としてよろしくね?


《そ、そんな殺生な・・・私も御主人様(マスター)呼びじゃないとイヤだもん!パパおねがい☆(ゝω・)vキャピ》


 誰がパパだ!僕はこんな邪な子を持った覚えはありません!!

 それにナビがパパさん呼ばわりするとなんだか・・・アカン気がする!?


《援助的な爛れた関係も吝かではありませんが、やはり私は御主人様(マスター)の眷属としてありたいです!どうか、どうか・・・お願いします、御主人様(マスター)!!》


 吝かではありませんってナビはもう・・・ハァ、もうわかったよ。わかりました!


「ん、これからもよろしくね、二人とも!」


《そう言って頂けると信じておりました!私こそ幾久しくお願い申し上げます、御主人様(マスター)!!》


「よろしくなの、ますたぁー!わぁ~ぃ♪これでしたしきなかにもぉれいぎありぃーだね!」


「あはははっ。そうかもね、エル」


 正直、絆された気もするけど、やっぱりこの関係が僕たちにとっていまは良いのかも知れないね。

 まぁでも主従な関係と云うよりも、僕たちは・・・。


「家族みたいだね」


「ん?なにか言ったの、ますたぁー?」


《ふふっ。なんて言ったのでしょうね?》


 ナビは聞こえてたくせにもう・・・まぁいまはまだ少し気恥ずかしいし、ここはナビに甘えて聞こえなかったことにして貰おうかな。


「なんでもないよ、エル」


「ぇーうそだよ!なんだかナビは聞こえてたみたいだよ?」


 ぬぅお!なんて鋭い子なのエル?!ぐぬぅここは、秘技!大人の口八丁発動!?


「んとね、エルのことがだぁーいすきぃってことだよ?!」


「わぁ~ぃ♪ボクもすきぃー!!」


 ふーっどうにか誤魔化せたみたいです。


御主人様(マスター)、私は?》


 と思ったら、ナビからもご注文が・・・もうヤケクソだい!


「ナビもだぁーいすきぃだよ!」


《ッ?!ぁあお願いして置いてなんですが、想像以上に・・・滾ります!御主人様(マスター)、子作りしましょう!子作り!?》


 だぁーもう!これだからナビには言いたくなかったんだよ!!

 って言うか、家族発言よりも倍以上に恥ずかしいことしてないかな、これ?!

 うわぁーんと恥ずかしくて転げ回りたいけど、エルにガッツリホールドされている僕には、羞恥に染まる顔をその短い手先で隠すことしか・・・ってあれ?いま気付いたけど僕、いつの間にか人型から仔竜ベビードラゴンに戻ってるよ!?


《ふふっ。本当に御主人様(マスター)は愛らしいです・・・いつか絶対に致しますからね?さて、少し真面目な話として御主人様(マスター)のそのお姿についてですが・・・》


「あんた達さっきから何をしているのよ?」


 ナビが僕の疑問に答えてくれようとしたまさにその時、横からそんな声が聞こえてきて・・・ってか、この声って・・・ッ?!


「り、リーファ?!いつの間に!?」


「いつの間にもなにも最初からいたわよ」


 そう言ってニヤニヤと意地の悪い顔を浮かべる幼女さんこと、リーファその人ですが・・・さっきまでのアレやっぱり聞こえてたよね?


「ぁ、あのさ、さっきの話聞いてたりなんか・・・?」


「『だぁーいすきぃだよ!』だったかしら?・・・お可愛いこと」


 そう言って僕を見下すようにして含み笑いをする酷薄幼女様がすぐ横に居ました。

 ガッチリホールドされた状態でエルを背もたれにしていたため、周囲に気を配る事が難しくリーファの存在に気付くことが出来なかったようです。

 まぁそんなの言い訳にすらなりませんね・・・あははっ。

 それでは一先ずお約束を済ませるとしましょう。

 じゃ、いっくよぉ~?


「いやぁあああああもうお婿にいけなぃいいいいいいいいい!?」


 そんな叫び声を打ち上げて、遥か宇宙ソラへとこの羞恥なる虚空記録(アカシックレコード)が霧散するのを願うのでした。


《小難しい言葉を使って煙に巻く御主人様(マスター)萌えます!ぁ、それと私が絶対にお婿さんに貰いますから安心して下さい♪》


 もうイヤぁああああああああああああああああ!!?

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