53-懲りないからこそ変態ゆえに
最初の頃は屋内のためもあってか、拘束魔法や幻惑魔法などで比較的周りに被害を及ばなさい魔法を放ち、お互いに力量を図る様にして様子見をしていた二人でしたが、魔法での制圧が難しいとみるやすぐさま肉弾戦へと移り、そして・・・。
「うにゃぁああああ!これでも喰らうのにゃ?!」
「うふっ。その様な大振りの攻撃では無意味と知りなさい?!」
ポチたんが獣の様なアクロバティックな動きで翻弄しつつ攻撃を加えますが、対したショタ狂いことメルさんの方はその攻撃をもろともせず、合気道のような武術で迎え撃ちそのポチたんの攻撃をすべて受け流していました。
「にゃんと?!幾らこの姿が慣れないからといってもにゃ、普通の人間にここまで対処されるにゃんて?!」
「ふふっ。これでも昔は冒険者として最前線を歩んだ身。この程度の攻撃で怯むと思っては困ります。だけど、こちらに決めてが無いのも事実。困ったわね」
苦虫を噛み潰すかのように顔を歪めるメルさん。
一方ポチたんの方も人型の姿に未だ慣れていない様で、アクロバティックな動きを見せるも、素人目からもぎこちない動きだと一目で分かるほどでした。
「うにゃ、参ったのにゃ。これ程までに人型が動きづらいにゃんて。元の獣の姿に戻ればこの人間ぐらい一捻りなのにゃけど、あの姿をアキクンに見せてもしも怯えられたら・・・婚約破棄にゃんて絶対に嫌なのにゃ?!」
お互いに攻め手を決められず、苦心しながらも戦闘を続けること暫し、ついに痺れを切らしたかのように最初に行動に移したのは、メルさんでした。
「ッ、仕方がありません。本当はアキクンにも飲ませて、一晩どころか二晩でも三晩でもハッスルしようかと思ってたのだけども、もう一瓶あるからそれを半分ずつ口移しで飲むしかないわね・・・んんっ!なんて良い考えなのかしら?!って、いけないわ。今はまずこの泥棒猫さんを始末しないとね」
そう不穏な事を口ずさみながら一旦大きくポチたんから距離を置き、あの豊満な胸元から桃色の小瓶を取り出したかと思ったら、呷るようにしてその中身を一息に飲み干しました。
「ぷはっ!・・・うふっ。飲むだけなら精力が増すだけなのだけども、それに加えてこの法術を使えば・・・『金剛蓮華』!?」
一息に呪文を唱え魔法名を発したメルさんの体が仄かに輝きだし、その光が収束すると何処かメルさんの雰囲気が神々しいものに変わりました。
それに血色も良くなったようでお肌のハリも艶々のピッチピチで、女性の皆さん垂涎の美容技術が爆誕?!
「あら?アキクンから厭らしい目線がするわ・・・待っていて。この泥棒猫さんを始末したら、すぐにでも極楽浄土へ導いてあげるわね」
僕を求めるその目線は獣欲に濡れているのでしょうが、先程発動した魔法によって神々しさを得たメルさんは、何処か淫靡さも相俟って蠱惑的な雰囲気へと変化していました。
もし初見でメルさんのいまの姿を見たのならば虜になってしまうのでしょうが、如何せん獣欲に濡れた悍ましい姿を知る僕には、唯々気持ち悪さが込み上げるばかりです。
「ふんなのにゃ!アキクンの目線の何処が厭らしいのかにゃ?どう見ても醜女を見るそれにゃ。幾ら外面を取り繕っても、滲み出る醜悪さが隠せてないのにゃ」
「なんですって?!そんな事は無いわ・・・ッ、もう絶対に許さない!」
僕の顔を伺いポチたんの指摘が間違ってない事に気付いたのか一瞬だけ悲しげな顔を見せるメルさん。
ですが次の瞬間には顔を怒りに染めたメルさんが突進するかのように物凄いスピードでポチたんに肉薄し、鳩尾を狙うようにして拳を突き出しました。
「にゃんのこれしき?!」
迫る鉄拳をものともせず、俊敏な動きで避けるポチたん。
「ッ、これも躱すのね?!」
渾身の一撃を躱されたメルさんは、額に汗を浮かべ苦しそうに口を零しました。
「んにゃ、いまのは危なかったのにゃ?!んにゃぁ、このままだと押し切られてしまうかもにゃ・・・本当はこの技も少し怖い感じににゃるから使いたくにゃかったけど、背に腹は代えられないのにゃ。アキクン、お願いにゃからあまり見ないで欲しいのにゃ」
何やらポチたんも奥の手があるみたいですが、僕を気にしてか行動に移る事を躊躇ってそう僕に告げると、頭にちょこんと乗った猫耳が何処か悲しげにぺたんと折れる姿は愛玩動物のそれです。
「ポチたん気にしないで!僕はどんなポチたんでも受け入れるし、決して怖がることなんて無いから安心してよ!?」
僕のためにいま戦ってくれているポチたんを怖がることなんてあるわけがないのです。
それにいま僕が出来る事は、不甲斐無いですがポチたんを信じ応援する事だけですから。
「んにゃ?!ウチの事をそこまで言ってくれるにゃんて・・・そこの人間じゃにゃいけど、これが終わったら即挙式なのにゃ!?」
挙式?ぁ、さっきのお嫁さん云々の話をこの後の祝勝パーティに掛けてるのかな?ん、それならもちろん・・・
「もちろんOKだよ!楽しみにしてるね!!」
「うにゃぁあああん!やる気が漲って来たのにゃ?!すぐに終わらせて挙式を執り行ってにゃ、次の日には新婚旅行に出てそのあとに初夜をにゃ・・・うにゃにゃ!もう怖いもんにゃんてないのにゃ!!」
僕が祝勝会開催の同意を示したら、とても嬉しそうにあの猫耳で高速ダブルストロークを披露し、お得意のドラムテクニックを魅せつけ始めました。
「じゃあ、いくにゃよ?!・・・魔眼『威圧せし獣魔の目』」
そう魔法名を発すると、ポチたんの対の眼が突然大きく見開き、その美しい金色の瞳を残し白眼を黒く染め始め、まるで夜空に浮かぶ月の様な美しさと妖しさを孕んだ、まさしく魔眼と称せるものへと変貌しました。
さらにポチたんの表情も獣の様な獰猛さへと変じ、まるで大型の獣を前にしたような威圧を人型の身でありながらも感じさせました。
そして、その威圧の魔眼を一身に受けたであろうメルさんの様子ですが、全身の肌を粟立たせ大量の汗を吹き出し始め、身動き一つ出来ないようです。
「ぐっ、がぁ・・・」
動けないだけで無く言葉も発せられない様で、もう魔法を唱えることも発動さえも出来ないとあれば、勝負は決したと言えるでしょう。
「んにゃ。ここまでよくやったのにゃ。見るににゃ、あともう少しでSランクの位階に昇格ってところかにゃ?これに懲りないで鍛えればウチを超えられるのかも知れないのにゃ・・・でもにゃ、自身の欲望に飲まれる程度ではそれも遠いのにゃ。自身の業に向き合い、飲み込まれず諫め、その業を以ってすれば望むものいつか手にするだろうにゃ・・・称号とか見るに幼い男の子が好みみたいにゃね?でももうアキクンは諦めて貰うにゃ。それにアキクンは純粋な幼い子とも言えにゃいから、君の希望には添えにゃいはずなのにゃ」
勝負が決まり、勝者としてそして先に到る者としての老婆心からか、メルさんを諭すようにそう語るポチたん。
そしてその薫陶を受けたメルさんはと云うと、魔眼によって縛られた体をどうにか動かそうともがく気配がしますが、指先一つ動かせないようでした。
それでも諦めきれないのか必死に抗い、そしてポチたんが語り終えた瞬間、声すらあげることも出来ないと思われたその口をポチたんが最後に発した言葉に反応するようにして開き、
「ち、違う・・・」
酷く掠れた声で絞り出すようにして否定の言葉を発しました。
「にゃ、にゃんと?!この魔眼を受けてなお喋ることが出来るにゃんて!」
まさか自身の魔眼が破られるとは思ってもみなかったのか、そう驚愕の声をあげるポチたん。
そんなポチたんを気にした様子もなく、ただ先の言葉を否定するために口を開こうとするメルさんですが、魔眼の影響で口元を動かすのさえ辛いのか苦悶の表情を浮かべています。
ですが、それでもなお喋るのを止めようとはせず語り続けました。
「た、確かに私は幼い子が好きだったわ・・・だけど、とある事件があってその志を一度は見失って諦めたの。そんな時に私の目の前に現れたのがアキクンだった。最初に出会った時は、まだ仔竜だったから普通に小動物として可愛いと感じているだけだと思っていたのよ。でも、アキクンがダンジョンに落とされたと聞いて少なからず動揺した私が居たわ。変よね?出会ったばかりで、しかも種族も違っていて・・・でも多分だけど、私は出会ったその瞬間に一目惚れをしていたと思うの。ぁ、でも勘違いして貰ったら困るけど、アキクンの魅力に掛かった訳じゃ無いわよ?それぐらいレジスト出来るもの。それで無事にアキクンがダンジョンから帰ってきて、一安心したと思ったら・・・人化の術を披露するアキクンを見て確信したの。私、この子が愛おしいって。だから、純粋な幼い子じゃなかったとしても、私は・・・わたしは・・・アキクンを愛します」
「「ッ!?」」
予想だにしなかった愛の告白を受けて、ポチたんだけじゃなくその愛を向けられた僕でさえ、言葉を失ってしまいました。
だって、あの獣欲に濡れるメルさんがそんな気持ちでいたなんて露程も知らないどころか、聞いた今でさえ正直信じられなかったから。
それぐらいメルさんのショタ狂い形態は、筆舌に尽くしがたいほどに受け入れがたく、気持ちが悪かったのです。
だから僕は今の話を聞いてもやっぱり素直に受けとめられそうになくて・・・。
「メルさん・・・でも、僕は・・・」
「うふっ。ごめんなさいね、アキクン。辛い思いをさせてしまって。あなたへの想いを抑えられなくて欲望のままに振る舞ってしまったわ。そんな私を受け入れられない気持ちはよくわかるわ。本当にごめんなさい」
そう項垂れるようなメルさんの様子は酷く痛ましく、憐憫を誘うには十分でした。
だから、その言葉に絆されたポチたんがその魔眼を緩めたのは仕方ない事で・・・。
「んにゃ。同じ相手を好きになった者同士、その気持ちは痛いほど分かるのにゃ。ウチもにゃ一目惚れみたいなものだしにゃ・・・ぁ、でもウチの場合は、アキクンから告白されたのにゃけどもね?未だ日が浅いけどもにゃ、どこか懐かしいのにゃ・・・んにゃぁ」
追憶に耽るかのように目を細め黄昏るポチたん。そしていつに間にかその目元を優しげなものにし、黒く染めた眼も白眼に戻してその魔眼を解いてしまいました。
「でも・・・それでも・・・アキクンの初めては私のモノなのだから!?」
「「へ?」」
魔眼の呪縛から解かれたことを一瞬にして理解したメルさんが、瞬時に動き出し僕を抱きかかえ、そう捨て台詞を吐いてこの場から脱出しようと正面玄関の扉の先へと走り出してしまいました。
「んにゃ?!ちょ、ちょっと待つのにゃ?!」
「ぇえええ?!ちょ、メルさん?!」
「アキクンハワタサナイ」
うわぁああああん!またバーサーカーモードことショタ狂い化してる?!
さっきのあれは何だったのメルさん?!幾らなんでも酷いよ!メルさんの気持ちに真剣に向き合うべきかと本気で悩んで、認識を改めようとしてたのに!
そんな僕の気持ちが少しは通じたのか、ぼそっとメルさんから呟きが聞こえてきました。
「一度やっちゃえば刷り込みでどうにかなるはず!私は決して諦めないオンナ!!」
メルさんのキャラがブレ過ぎて僕にはもうワケガワカラナイヨ?!
このままだと本当にどうにかされてしまう勢いなんですが・・・だ、誰か助けてぇええええ!!?
「くふっ。ほんに詰めが甘いにゃんこやね。そんなんやから、あの子らにこの世界に置いてかれたんやないの?」
「にゃ?!お前は・・・ッ!!?」
突如またしても開け放たれた正面玄関の扉に立ち塞がり、逆光を浴びて現れたのは・・・そろそろ夕刻も近いと思うんだけど、この館の玄関先にはスポットライトでも照らしてるんです?
「ソコヲドケ!バインド!!」
「くふっ。そないなもん、うちに効くわけないやろ?ほれレジスト」
メルさんから放たれた拘束魔法が、逆光を浴びた人物を捉えようとしたまさにその時、何でも無いかのようにその人物が払いのけるようにして手を振ったかと思ったら、パシンと甲高い音が響くと共にその拘束魔法をかき消してしまいました。
「ソンナバカナ?!」
「次はうちやね?ほれ少し寝とき・・・『睡魔の誘い』」
「ぐがっ!・・・ソ、ソンナ・・・わたしは・・・い、いや、アキク・・ン・・・」
ドサッと倒れる音と共に苦しげに眠りにつくショタ狂いことメルさん。
僕はと云うとメルさんに押し倒される格好となり下敷きになりましたが、別段何かを楽しむ事もなく、遠慮させて頂く形ですぐさまメルさんから這い出ました。
ちなみにですが、拘束魔法によって簀巻きになっていた僕でしたが、メルさんが眠りに入った途端に魔法の効力が解けたみたいで無事解放されました。
それにしても幾ら見た目がドストライクだとしても、中身がアレ過ぎたら性欲すら湧かないってのを始めて体験しました。
ま、まぁメルさんのあの告白もすべてが嘘だとは思えませんし、きちんと冷静になって話し合えば少しは好意を持てる事もあるか・・も・・・ん、ごめん。今は何も考えたくないや。
当分の間メルさんとは距離を置こうと思います・・・メルさんの事を考えるとトラウマが刺激されて吐きそうなう。
そ、それよりもまず、僕を助けてくれた二人に感謝をしないといけませんよね。
「ポチたん助けに来てくれてありがとう!それに・・・シュセンちゃんもありがとうございます!」
逆光を浴びながらもメルさんを最後に仕留めたのは、そうあのシュセンちゃんなのでした!
「間に合ったようで良かったわぁ。遅くなってかんにんなぁ、アキクン」
申し訳なさそうにして八の字に眉を顰めるシュセンちゃんですが、寧ろベストタイミングな登場と言えるでしょう。
「気にしないでよ、シュセンちゃん。寧ろあのタイミングで来てくれた御蔭で、メルさんも意表を突かれただろうし」
「くふっ。ほんま優しいなぁ、アキクン。っとそやった、ウチ以外にもラキちゃんも来てるんよ?ここの気配に気づいて、うちが先に向かったさかい遅れてるんよ。ほれにアキクンの従魔契約者のリーファって子もいまから・・・」
「まったく次から次へと邪魔が入りますね・・・それにショタ狂いにも期待外れでしたし」
突然、何処かで聞いた事があるような妙齢の女性の声が響き渡りました。
「ぇっ?この声は・・・まさか、ナビなの?!」
「うふっ。流石は御主人様です。私の声だけで正体を見破るとは・・・それだけ御主人様の中で、私の存在の占める割合が高いという事でしょうか?うふふふっ、それは滾りますね!」
やっぱりナビだったみたいです。そう言えば僕がナビを叱りつけて、反省したのか大人しくしているとばかり思っていたのですが・・・ってあれ?いつもの様に頭の中に響くような声じゃなく、普通に鼓膜から伝わってくる生の声なのだけども。
「あれ?なんで普通にナビの声が聞こえるの?確かナビは僕の魂の中に・・・」
「うふっ、ふふふふ。あは、あははははははは!!?」
突如甲高い笑い声をあげるナビ。一体どうしたと言うのでしょうか?それに何処から声が・・・
「受肉したのですよ、御主人様!これで私も貴方様と享楽を共にし、悦楽に耽り性を謳歌出来るというものです?!さぁ私と共に参りましょう!御主人様が望むモノはすべて私がお与え致します?!共にこの世界を牛耳ろうではありませんか!?」
受肉できた事に感極まっているのか、いつも以上に傲岸不遜に語り続けるナビ。
そして未だ明るく夕暮れの前の光が室内を照らしだす中、その光が届いていなかった暗がりの中から現れたのは・・・
「ぇ、エル?ど、どうしてエルからナビの声が聞こえてくるの?!エルになにかしたの、ナビ!?」
あの透き通るような水面を感じさせる瑠璃色の不定形なフォルムで、ぽにょんぽにょんと弾みながら現れたのは、決して僕が見間違えるはずがないエルそのものでした。




