50-待て、しかして・・・
「ぅっ・・・ここは・・・?」
ぼんやりと視界が開ける中、意識を水面から浮上するようにして目を覚ました訳だけど、一体何がどうなったんだっけ?
ぁ、そうだ。確か僕は、あの後すぐに気絶させられたのだった。
僕が気絶させられてから、どのぐらい時間が経ったか分からないけど、順繰りに何があったか思い出したいと思う。
あの後、転移魔法特有の眩しさに目を焼かれ、次に視界に映したのは・・・何処かも知れないエントランスホールだった。
頭上には見事なシャンデリアがあり、両脇には上の階へと渡るための階段がある、そんなテンプレな洋館と思わしき構造のそんな建物の中に、僕たちは転移したみたい。
「うぇっ、やっぱり転移魔法だったの?!ってか、ここどこ!?」
《此方は郊外にあるとある洋館になります。念のため建物内をサーチした所、人の気配がありませんので、何も問題は無いかと思われます》
ちょ、何が問題無いって言うの?!もう、マジでいい加減にしないと、許さないからね!?
メルさんと結託して、一体何をしようって・・・ハッ!そう言えば僕、未だにメルさんに抱き抱えられているままだった?!
「ちょ、放して下さい、メルさん!!大丈夫、決して逃げたりしませんから?!貴方のその気持ちは十分わかりました。と、取り合えず話し合いましょう?」
余り頭上を見ると精神的に持ち堪えられそうに無いので、何処を見るでもなく目線を彷徨わせる僕、震えが止まりません。
「・・・ハナシ・・・してくれるの、アキクン?」
あれ?あの耳障りで気持ちの悪い野生の獣の様な声が、今はあの優しくも慈愛を感じるメルさんの声音に戻って居るだと?!
良かった、どうにか理性を取り戻せたんですね、メルさん。
今のメルさんなら僕の話を聞いてくれるはず。そう一縷の望みを得た僕は、一先ず体の震えを止め、彷徨わせた目線をあの美しくも慈愛に満ちたメルさんの顔に向けるべく、頭上を仰ぎ見たらば・・・
「ニッコォオ」
「ヒィ!?」
だ、ダメじゃん!全然理性を戻したようには見えないんだけど?!
あの気持ち悪い眼と涎を垂らさんばかりの半開きの口が、凄く気持ち悪くてゾワって鳥肌が立ったんだけども?!
ぇっ、じゃ今の声は一体・・・ぁ、も、もしかしたら、今さっきの出来事だから、まだ顔の方がお戻りになって無いだけなのかも?
そ、それに、あの朱き濁流は、その流れの跡を残すも今は止まっているみたいだし・・・ぅ、ぅん、きっとそうに違いないよね。
取り合えず意思疎通を図ってみてっと・・・
「き、急だったからちょっと驚いちゃって、変な声出しちゃってごめんなさい」
「・・・良いのよ、アキクン」
ぉ、本当に意思疎通できる!?
正直、無理かなって思ってたけど、これならどうにかなるかも知れない!
「あ、ありがとうございます・・・そ、それで、申し訳無いのですが、一度放して頂いても宜しいでしょうか?べ、別に逃げようって訳じゃ無くてですね、きちんと対面してお話したいなぁ~っと思いまして・・・そ、そしたら、メルさんのご期待にも添えるかと思うのですよ。ほ、ほら僕、メルさんの事好きですし?」
そう僕が語ると、あの気色悪い顔が晴れて、美しく朗らかな元のメルさんの顔に戻ってくれました。
「ま、まぁ、こんな私を好きになってくれるの、アキクン?嬉しいわ・・・そ、そうね、少し取り乱したわね。それじゃ、少しお話しましょう?」
と甘い蜜を頬張ったような凄く嬉しそうな顔をして、僕の願いを聞き届けてくれたのか、そっと僕をメルさんの腕の中から降ろしてくれました。
「そ、それでね、アキクン。わ、私と一緒にね・・・」
「ぁ、すみません。少し用事を思い出したので、ここで失礼します。それじゃ、また!」
ダッシュ!ダッシュ!!猛ダッシュ!!?
メルさんが何かを言って居ましたが、最後まで聞いて居られません!!
その内容が、清らかな体を快楽の園に誘うそんな甘い誘惑だったとしても、今の僕には受け入れる事が出来ません。
無理です!絶対に無理です!!
だって、あんな恐ろしい体験をした後で、その被疑者が幾ら美しい姿だとしても、一度でもあの恐ろしくも気持ちの悪い獣欲を向けられたら、もう二度とメルさんの気持ちに応える事が、僕には出来そうにもありません!
だから、だから・・・形振り構わず、後ろを決して振り返る事もせず、ただ只管に前へ前へと、この恐ろしい獣の巣から一刻も早く逃げ出さねばと恐怖に縺れそうになる足を必死に動かし、走り続ける僕、ボルトも目じゃないよ!?
「・・・そう。残念ね、アキクン・・・バインド!!」
「ぐぼきゅっ!!」
あともう少しで、この館の正面玄関と思われる扉に辿り着けそうだったのに、急に体の自由が利かなくなって、そのままもんどりを打って顔から地面に倒れてしまいました。久しぶりのディープキッス、そろそろ受け身を覚えたいです。
それにしても、一体何が・・・う、動けないだと?!僕の体が縄で雁字搦めに締め上げられて、身動きが取れません!?
これはもしかして、前にリーファがお仕置きを受けた時に、メルさんが発動してた拘束魔法では?!
ッ、そんな事よりも、早く逃げ出さないとこのままじゃ・・・ッ!
「だ、ダメよ、アキクン?そんな風に女性を騙して逃げ出そうだなんて・・・わ、私、悲しいわ」
そう言って、俯きながら僕に近づくメルさんの姿が、幽鬼さながらに悍ましく見えてしまい、恐慌に陥った僕を誰が責められようか?!
「ヒィ!ご、ごめんなさい。もうしませんから許して下さい!だ、だからもう近づかないでお願い!!ぃ、ぃひぃ、だ、誰か助けてぇえええええ!?」
そんな僕の様子に嗜虐心を擽られたのか、その俯けた顔を正面に戻したメルさんの表情は・・・
「うひぃいいい!?あぶべっ、べばぁ、だ、だれかぁああああああああああああああああ!?」
声にならない叫びを上げる事でどうか察して頂きたいです。
《むっ、流石にこれ以上は、御主人様の精神が持ちそうにありませんね・・・エル、お願いします》
「わかった!任せて!!」
「ぇ、エルも一緒に来てたんだね?!た、助けてエル・・・あぶっ、あぼぼぼぼぼっ」
「ますたぁーゴメンなの!ちょっとおねんねしててなの!!」
少し申し訳なさそうなエルの声が聞こえてきて、それに対し抗議の声を上げようとするも、僕の顔にエルが張り付いてきて口の中まで侵食されてしまい、ついに息が出来なくなって・・・
《今は安らかにお眠りください、御主人様・・・良い夢を》
見れるか!あほぉおおおぼぼぼぼぼっ・・・ガクッ。
・・・そうだ、思い出したよ。
そうやって僕は、ナビの計略により、エルに気絶させられたのでした。
何か言い訳はあるかな、ナビ?
《・・・・・・・・・・・》
ふっ、またもだんまりなんだね、ナビ?
もう!いい加減にして!!もう今度の今度は許さないんだからね?!
次にシュセンちゃんに会う機会があったら、ナビの処遇をそこで決めるから覚悟するんだね!?
《そ、そんま殺生な・・・》
ネタに走るのは良いけど、今回は、僕本気だから・・・。
《ッ!!》
やっと事の重大さに気づいたのか、凄く慌てた様な気配が伝わってくるけど、取り合えず今は放置したいと思います。
それは何故かと言うと・・・
「やっと起きたのね?アキクン♪」
その声を聴いた瞬間、ガタブルと体の震えが突如始まり、動悸も激しくなり、自然脈打つ音も大きくなって、その鼓動を聞く事で他の音を遮断し、心の平穏を保とうとする僕、絶賛タイガーとホースがランデブーで吐きそうなう。
「あらあら急に震えちゃって、顔も青褪めてどうしたの?・・・って、その体勢だと辛いわよね?でもね、アキクンがまた罪を犯さないためにも仕方がない事なのよ?」
そう言えば、体の震えだけでは考えられないぐらいに揺れが酷いです。その所為で吐き気がさらに増してる気がします。
そんな体調に異常を来す原因が、目前に迫る恐怖以外にもあるのかと、少し冷静になって疑問に思った僕は、ここでやっと自身が宙吊りになって居る事に気付きました。
あの拘束魔法によって簀巻きにされたまま、強制的にミノムシスタイルを絶賛体験中みたいです。
ちなみにですが、垂れ下がって居る場所は、転移後の場所と変わらずのエントランスホールで、頭上を見上げ吊り上げられた先を確認したら、あの見事なシャンデリアがありました。
吊り上げられる恐怖だけでは無い震えによって、酷く振動する僕を縛るその縄づてに、シャンデリアの方にも揺れが響いている筈ですが、まったくビクともしてない所を見ると、サスペンスで起きる様な落下事件は起きない様で一安心・・・この状況で安心って何言ってるんでしょうね、ははっ。
「もう!そんな虚ろ眼をして絶望に浸る姿も可愛いわ、アキクン♪大丈夫よ、あとでそんな絶望なんて考える暇も無く、たっぷり・・・」
アイシテアゲル
・・・これにて僕の物語も終わりみたいです。
儚くも短い夢の様な異世界生活・・・を送れたかは分かりませんが、それも今思えば、前の世界に居た頃より充実していた気がします。
暴君幼女に言われるままに、夥しいスライム群を屠り、暴虐幼女には真の痛みを教えられ、虐待幼女にはダンジョンに落とされと、幼女に関わった事がまず間違いだったと最初に思い浮かぶあたり、碌な事が無かった気が・・・いやいやいや、極端に考え過ぎてるからそんな事しか思い浮かばないのかも?!
そ、それに、色んな出会いもあって充実した交流がありましたし?!
大和魂溢れる粘液生物、ロリコン門番、女神だった何か、猫神もえきゅん、三下漢女系純情派、暴君幼女予備軍と偏執な愛を主に抱く従者、ギルドの看板娘、謎な魅惑な魔女、過激系おつかい組、撫でりんこジャンキー粘液生物、失禁鬼幼女、痴女鬼、そして目の前に居る名付しがたい女神系アンゴルモア・・・この世界で出会えた人々が、個性的で自分に正直に生きている姿は、とても羨ましく尊いモノなんだって・・・なん、だ・・・っ、て・・・
「ニッコォオ」
「・・・・・・・・・」
ふっ、僕は間違っていたようですね。
まず先に想い、考え、導き出し、行動する事は一つでした・・・・・・
「誰か助けてぇええええええええええええええ!!?」
無理だと分かって居ても、この恐怖を少しでも和らげる事は、余計な事を考えるのでは無く、ただ只管に助けを求める事なんだって!?
決して、いつもピンチな桃色姫様の様に助けられるそんな存在じゃ無かったとしても、救いを求める事は決して恥ずかしい事では無く、誰もが主張しても良い大切なエマージェンシー何だって事を僕は伝えたい・・・だから、もう一度言うよ!
「誰か、誰か・・・助けてくださぁああああああああい!!」
今、世界の中心はここにある・・・ッ!!?
そんな、僕の切なる願いを聞き届けたかのように、ついぞ辿り着けることが出来なかった、この牢獄からの唯一の脱出口になる正面玄関の扉がバン!と勢い良く開き、そこに現れたのは・・・
「待たせたかしら!!真打ち登場なのだわ!!」
今、嘆きの底に沈み、牢獄に囚われし者を救わんとす、勇者がここに・・・。




