38-ムチプリこそ至高
「さて、行くわよ」
夜が明けて幾ばくも経たない中、そっとベットから起き上がった私は、音を立てない様に細心の注意を払いながらも身支度を済ませた。
昨日は、リサに引き留められて結局はアイツ・・・アキクンを向かいに行くことは叶わなかったけど、今日こそは絶対に向かいに行こうと思う。
確かにリサが懸念している通り、一度あの穴に落ちてしまえば地上に戻るのは至難の業になるだろうけど、それでも危険な場所とは露程も思わずに、アキクンを死地に向かわせてしまったのはこの私だ。
まだ一日しか経ってないし、あの無神経さと図太さを感じさせるアキクンの事だから、きっと今頃は尋常じゃ無い数のスライムに囲まれながらも、馬鹿みたいな事をして何だかんだと生き永らえている筈よ。
でももしかしたら一人寂しく心細い気持ちになって、私の名前を呼んでいるかも知れない。
そう思うと、少しだけ、そう少しだけだけど、心配になって焦る気持ちが湧いてくる。
だって、これでも私はアキクンの契約者で御主人様なんだもの。従魔を心配する気持ちは、当然あって然るべきだわ。
だから、この気持ちは当たり前のことであって、特別アキクンの事を想っているわけではないのよ。
何を好き好んで、女と見ればデレデレと鼻の下を伸ばすような、そんな変態仔竜を気にかけなきゃいけないのよ?!
しかもアキクンのステータスを前に確認した時、種族スキルの中の竜眼って項目に魅力ってのがあったわ。
それであのメルをも虜にしてしまったのだと思うの。だって可笑しいのよ、あのメルよ?あのメルが幾ら可愛いらしい仔竜だからと言って、あんな抱っこしたり撫でたりなんてするわけ無いのよ!
いやまぁ少し言いがかりなのかも知れないけど、何事も飄々と流すメルが、あそこまで興味を示す対象がアレな事以外では考えづらいのよね。
だからって訳じゃ無いけど、今回はメルの力は借りずに私だけでどうにかしようと思うの。
それに責任も取れない主人じゃ、今後私への忠誠心が揺らいで、きちんと稼ぎ頭として働いて貰えなくなってしまったら、何のためにあそこまでの資金投入してアキクンを呼んだのか分からなくなるわ。
「って事だから、どうにかしてアキクンを助け出さないと・・・」
「そうねぇ。ちゃんと助け出さないといけないわねぇ」
「でしょ?だからこうして朝早くからメルにバレない様に家から出て・・・ってあれ?」
何故か私の独り言に答えが返ってくるわ?何かしら家妖精とでも出会ったのかしら?
「おはよう、リーファ。どこに・・・って言わなくても分かってるのだけども、敢えて聞くわ。どこに行くのリーファ?」
「ッ?!」
この声はどう考えても私がお茶目にやらかしちゃた後に、理不尽な躾けと称した虐待疑惑のある臀部百叩きの刑の執行前のあの怖ろしい声音を感じさせる、メル本人の声だわ。
な、何故バレたのかしら・・・まさかこの家に気配探知の魔導具が仕組まれているのでは・・・ッ?!
「リーファ?訳の分からない事ばかり考えて無いで、ちゃんと私の質問に答えてくれるわよね?それでどこに行くのかしらこんな時間に」
「ッ、とぇっと・・・お花を摘みに行こうかと思ったのよ!部屋の中にある花瓶に刺してる花だけじゃ寂しいと思ったの」
「花を摘みに、ね・・・こんな時間に摘みに行く必要はあるのかしら?それに変に自己主張してくるあの花なら一輪だけで十分だと思うわ。あんなのが何本も生けられたら流石の私も止めに入らないといけないと思うし」
正直、不気味なのよね・・・なんて言ってくるメル。失礼じゃ無いかしら?あの可憐で美しいベアトリーチェちゃんの何処が不気味だと言うのよ?!
自己主張する様に迫ってくるあの姿が健気で可愛いのにね。まったくメルは美的センスが可笑しいんだから、嫌になちゃうわホント。
「まったくメルは、ベアトリーチェちゃんの良さが分からないんだから・・・まぁ仕方ないから今回は一輪だけ探しに行くとするわ。それじゃ失礼するわね、メル」
「な、名前があったのね、あの不気味花・・・って、ちょっと待ちなさい!誤魔化されないわよ、リーファ!!」
ちっ、やっぱりダメだったわ。もうここは正直に目的地を言うしか無いわね。どうせリサから既に聞いているだろうし。それにこんな状態になったメルからは決して逃げられない事は、今までの長い付き合いで分かって居るわ。それにメルはきちんと事情を話せばわかってくれるわよね。
「わ、わかったわよ!ちゃんと話すから、聞いて頂戴。私、ダンジョンに潜ったアキクンを迎えに行くわ。私のために危険な死地に向かったアキクンを見捨てる訳にはいかないの。契約者として、主人として、ケジメを付けてくるわ」
だからそこをどいてメル!と私の熱意を込めてそう伝えたから、きっとメルはどいてくれるはず。だっていつでもメルは、何だかんだ言っても私の味方で居てくれたもの。だから今回もきっと・・・と思っていたら、信じられない事にその期待を裏切るように首を横に振るメルの姿がそこにあった。
「ダメよ、リーファ。事情はリサから全て聞いたわ。アキクンが向かった場所は、Sランクに指定されている危険地帯って事じゃない。そんな所に、最近やっと洗礼を受けたばかりの貴方一人を行かせることは、私は決して許さないわ」
「そ、そんな・・・」
そう言うメルの表情からは、幾ら私が何を言ったところで、決して意見を変える事は無いと言う強い意志を感じさせられた。
こうなったメルを説得出来た事は、一度だって無い。だから私はその考えに直ぐに至ってしまい、酷く打ちのめされた気分になってしまった。
「そんな顔をしないでリーファ。私もリーファと同じでアキクンが心配よ。それでも私は貴方一人で行かせる訳には・・・」
でも、それでも、メルが理解してくれなくても、いえ違うわ。メルは私の事を心配して言ってくれてるのは分かっているの。
メルには心配させてばかりで悪いのはわかるけど、それでも私はアキクンを見捨てる事は出来ない。
「だからね、私も・・・」
「ごめんなさい、メル」
「ぇ、どうしたのリーファ?」
「それでも、それでも私は行かないといけないの!!アイツを、アキクンを迎えに行くのは私だから!?」
そう啖呵を切って、私の前に立ちふさがるメルの横を無理やり押し通ろうとして、
「ッ、だから最後まで話を聞きなさいっていつも言ってるでしょ、リーファ?!」
「アイタ」
ポカンと頭をメルに叩かれてしまった。いつもよりは若干優しめなゲンコツだったから大して痛くなかったけど、直ぐに手が出るのはメルの数少ない欠点の内の一つだと思うわ。
「さ、最後まで何を聞けば良いって言うのよ、メル?!」
「だからね、私も一緒にアキクンを迎えに行くって言ってるの!?」
「へぇ?」
予想だにしない事を言われた私は、ポカンとレディにあるまじき呆け顔をしてしまったけども、メルと私以外誰も居ないからノーカウントなのだわ。
それにメルの恰好をよく見てみれば、いつもお店に出てる時に着てる前掛けをした普段着では無く、魔術使いがよく着てる様な野暮ったいフードを着用していて、まるで冒険者の様な装いだった。
「ふふっ、どうリーファ?こう見えても私、昔は少しは名の知れた魔術師だったのよ?久しぶりに着てみたけど、なかなか似合うでしょ?少しは見直したかしら?」
そう言うメルは、まるでファッションショーでもするかのように私の目の前でクルクルと回ったり、攻撃呪文を放つポーズをしたりと私に見せつけて来た。
何だろう、この居た堪れない気持ちは・・・そうよ、思い出したわ。まだ私が実家の御邸に居た頃、母様がまだ女学生の頃に着ていた制服をこっそり着ていたのを見て、凄く見ちゃいけないのを見た気がして、その後の夕食は母様の顔を見れなかった。だって母様の顔を見たらあの光景を思い出して、吹き出しそうになっちゃってご飯を食べるどころじゃ無かったのよ。
それでだけど、何でそれを思い出したのかと言うと、メルの恰好は確かにカッコ良く見えなくは無いんだけど、やっぱり久しぶりに着たからか、少し窮屈そうで、所々ムチムチとしてて今にもはち切れんばかりに服が何だかギチギチと音が聞こえて来そうなんだもの。まぁでも母様のあの破壊力のある格好よりは幾分かはマシなんだけどね。
「ぁ、ぅん。凄く素敵だと思うわ・・・ぇえホントに」
少し目を逸らしてしまったのは、仕方が無いと思う。
「やっぱりそう?ふふっ、まだまだ現役かしらぁ~たまには私も運動がてらダンジョンに潜るのも良いかも知れないわね」
「ぁーぅん、そうね・・・ぁ、でも念のため服装は一度仕立て屋に見させた方が良いと思うわ。久しぶりに着たのでしょ?どこか解れているかも知れないわ」
今回は急いでいるから目を瞑るとして、常日頃からそんな恰好で表を出たら、メルの評判が下がると可哀想だわ・・・ぁ、でも一部の男性陣からは評価がうなぎ上りになるかもだけど。特にアイツなら鼻の下を伸ばし切るだろうし・・・なんだかムカついて来たのだけども。
「確かにそうね、ありがとリーファ・・・って何で急に不機嫌そうなの?ぁ、ごめんなさい。急いでいたわね?じゃリーファも身支度は終わってるみたいだし、早速行きましょうか!」
そんなはち切れんばかりの・・・張り切ったメルの姿を眺め、余り人目に付かない様にダンジョンに潜らねばと決意を新たに、アキクンを向かいに行くためにお店の扉を開いて、いつの間にか昇っていた朝日に色んな意味で無事に帰って来れますようにと密かに願う私なのでした。




