36-オトコノコはいつだって前屈み!?
「なるほろな、やっぱアノ巣窟から来たんやなぁ。その子見てからに、そやないかと思ったわぁ」
エルを艶めかしい流し目で見つつ、僕の此処までに至る話を聞いて、自身の推測に間違いが無かった事にシュセンちゃんが一人納得したようです。
「うげぇ。アノ粘液生物の巣から来たのか、おのれら。流石の吾でもあそこにはもう行きたくないのじゃ。前に一度、興味本位で足を運んだ事があるのじゃが、意思疎通も出来ぬし、四方八方粘液生物塗れで気色悪うて、早々に退散したのじゃ」
その時の事を思い出したのか、おもらしラキちゃんが自身を抱きしめるかのように身震いして居ました。
んー確かにスライムだらけで気味が悪かった気もするけど、あそこに居たスライムたちは、結局はただの戦闘狂の大和魂溢れるそんな気の良い奴らだったと思うんだよね。まぁエルと出会えたからそう想えただけかもしれないけどさ。
「ボクの家族の悪口は許さないんだから!!」
ぷんすかぷんとその言葉に反応したエルが、おもらしラキちゃんの前であのジャンピングテクニックを披露しました。
「ぬぅお!なんじゃその目まぐるしい動きは?!しかも不規則な動きかと思うたら、放物線を描いた軌跡を残して、美しい幾何学模様を描き出すとは!?お主、只者じゃ無いと見たのじゃ!!」
シュセンちゃんにその身を喰われてしまって、前より一回りも小さくなったエルは、そんな障害を物ともせず、寧ろその身軽になった躰を活かして、そのジャンピングテクニックを芸術の域まで極めていました。
「そんな事より謝って!ボクの家族を悪く言うのは許さない!!」
「むっ、お主の家族だったのか・・・それは悪い事をしたのじゃ。家族を悪く言う者は決して許せるものじゃ無いからの・・・ごめんなさいなのじゃ」
意外にも素直に謝ったおもらしラキちゃんを見て、その謝罪を聞き入れたエルは、
「ん、許す!!ますたぁー抱っこ!!」
そう言っておもらしラキちゃんを許したかと思ったら、僕の腕の中にすっぽりと納まってしまいました。
せっかくだからと少しだけ撫でてあげながら、そのままエルを抱えたまま話を進める事にします。
「そう云った経緯で此方の階層に来たのですが・・・もしかしてここが最下層だったりします?それでこの階層を踏破したら、このダンジョンから脱出するための出口に行き当たりますか?」
シュセンちゃんの様なラスボス感溢れる鬼族が現れたって事は、この場所がダンジョンの最終エリアなのではと思い、その考えを口にしてシュセンちゃんに回答を求めました。
「そやねぇ。一応ここがこのダンジョンの最終階層やねぇ。この先にダンジョンボスの特殊部屋があるんやけど、そこに居てるボスを倒せれば外に出る魔法陣が現れる仕組みになってるんよ。そやからそこから帰りや良いと思うわ。ちなみにやけど、ここより下にも階層があってな、隠しボスとしてうちらが待ってはったりするんよ?」
まぁうちらが気に入った子しか呼ばへんけどなぁとの事らしいですが、そうなると何故にシュセンちゃんたちが僕たちの前に現れたのかと、誰もが抱く疑問を聞いてみると、その話題になった瞬間、我慢出来なかったかのように、話しに割って入ったおもらしラキちゃんが、
「この状況を見せられたら黙ってられるかあほぉ!!」
とそう言って、僕たちの目の前にあるドロップ品の山を指差しながら、鬼の首を取ったかのように僕に向けて罵声を浴びせて来ました。
「久方ぶりに挑戦者が現れたかと思うたら、一瞬で吾の配下「うちが用意したんやけどなぁ」ッ、シュセンは少し黙っとるんじゃ!そ、そいでこの階層に配置してた、シュセンが用意してくれた配下共を全て屠りよってからに!非常識にもほどがあるのじゃ!!それに他の階層も通らずにインチキしおって「まぁあの巣窟からやったらしゃぁないわなぁ」ッ、だから邪魔をするでないシュセン?!」
ぐだぐだなお叱りを始めるおもらしラキちゃんからは、その幼い姿も相まって、どこか難しい話を一生懸命に話す親戚の子の様に見えて来た僕は、
「ぅんぅんそうだね。いきなり殲滅しちゃった僕たちが悪いんだよね。ごめんね、おも・・ラキちゃん」
生暖かい眼差しを向けながら、シュセンちゃんとの遣り取りを眺めつつ、僕は、先程のおもらしラキちゃんに倣って、そう素直に謝罪を口にしました。
「そ、そうなじゃ!おのれらが悪いのじゃ!!ってかなんじゃその眼は?!それにいま、何を口走ろうとしてたのじゃ!?またおも、粗相した事を言うのじゃったら、吾にも考えるがあるのじゃぞ!!」
浴衣の片方の袖を捲し上げそう啖呵を切るように迫って来ますが、やっぱりどう見ても癇癪を起したお子様にしか見えなくって、微笑ましい気持ちになってしまいます。ですが、それでも流石におもら・・・ラキちゃんの言う通り、粗相してしまった事には僕にも責任があるので、この辺にしたいかと思います。
「さっきから失礼な事を思っててごめんね、ラキちゃん。これからは悪口を交えずに、ラキちゃんって呼ぶから安心してね?」
「そ、そうじゃな。そう素直に謝れば吾も許してやっても良いのじゃ・・・ってラキちゃんって何なのじゃ?!」
「ぇっと、名前がイバラキって言うみたいだから、ラキちゃんって呼びたいんだけど・・・やっぱ馴れ馴れしいかな?」
流石に馴れ馴れしいかなと心配になってきてそう言った僕に、助け船を出すかのようにシュセンちゃんが賛同してくれました。
「なんやかいらしい言い方やないの。うちもこれからはそう呼ばして貰うわ。な?ラキちゃん」
「ぐぬぅ!シュセンがそう言うなら吝かでも無いのじゃが・・・なんじゃろなこの下に見られてる感は・・・納得し辛いのじゃが」
むむっと納得し切れないのか思い悩むかのように腕を組んでいるラキちゃんの事はひと先ず置いといて、
「やっぱりこのドロップ品はお返しした方が良いですか?流石に量も量ですし、お困りになりますよね?」
流石にエルが行った蹂躙劇に、僕も思うところがあったのでそう畏まって訪ねてみたら、
「んー別にかまへんよ?ってか先からなんよ」
と少し機嫌が悪そうにシュセンちゃんがそう返してきました。
嬉しい事にドロップ品については別に問題は無さそうですが、それなら何故急に不機嫌になったのか分からなかった僕は、素直に疑問を口にすることにしました。
「ぇっと、何か拙かったですか?もし僕に何か問題があるのでしたら、善処したいとは思いますが」
「それやそれ。なんよラキちゃんにはタメ口しよって親しそうにしてからに、うちにはよそよそしく畏まるやなんて、えげつないとちゃう?」
うち悲しいわぁと本当に悲しそうな顔をするシュセンちゃんに、慌てた僕は、つい思ってたことをそのまま口ずさんでしまい、
「ご、ごめんなさい。ラキちゃんも思ってたより年上だったから、シュセンちゃんも遥かに年上じゃないかって・・・アイタ」
ぽかんと突然シュセンちゃんに頭を小突かれてしまいました。
「あかんよ、アキクン?おなごに年の事を言いはるんわ。確かにラキちゃんよか年上やけど、そないなえげつな事言いよると、やいとすえるで?」
眼が全く笑って無い笑顔を見せられ、ビクついた僕はすぐさま謝罪を口にして、
「も、申し訳ありませんでした!!」
と十八番の土下座に入る前にエルを抱えた腕から降ろして、そのシークエンスに入ろうとしたところを、わしっとシュセンちゃんに僕の頭を持ち上げられた事で中断され、そのまま僕の顔をシュセンちゃんの艶めかしい顔まで近づけさせられて、
「そないな事せんでよろし。そないな代わりに今後はうちの事も親しいするんよ?もし次もまた畏まったりしよったら・・・食べてまうからな?」
そう至近距離で舌なめずりをしたかと思ったら、僕の鼻先をぺろりと舐められてしまいました。
「わ、わはりまひた」
余りの突然な事に上擦ってしまう僕は、前屈みになりそうです!
《・・・御主人様、人の体で無くて良かったですね・・・》
何処と無く非難する声音な気がするけど、気のせいだと思う事にします。
「わかればよろしおす」
そう妖艶に微笑むシュセンちゃんには、敵う未来は一生来ないだろうなって僕は思いました。
《私は決して負けませんので。取り合えず、チョロ御主人様を誘惑する術は学ばせて頂きたいと思います》
・・・もう好きにすれば良いよ!?




