34-全て遠き桃源郷
僕が突如訪れた祝福の時を過ごしていると、お約束とばかりにお邪魔虫が現れるのが世の常でして。
「にゃ!にゃにをしとるんじゃシュセン!?その様な破廉恥な行為はダメなのじゃ!!」
なんて無粋な声が横から聞こえてきます。おもらしラキちゃんハウス!!
「そやで無粋やと思うんよ、おもらしラキちゃん?ぁあ、ほんなら羨ましいんやな?ほい、代わってあげようなぁ」
そう言いながら、僕を抱きしめたまま立ち上がったかと思ったら、そのまま僕をおもらしラキちゃんに手渡してしまいました・・・祝福の時が!?
「べ、別に羨ましくなんか・・・ってシュセンまで酷いのじゃ!?っとと。ぐぬっ、どうせまたこやつが良からぬ事を考えてるのじゃな」
「ぁあせっかくのメルさんぶりの祝福の抱擁タイムが?!もう!おもらしラキちゃんステイ!!まったくこれだから・・・ひぃ!」
祝福の時間を突然奪われてしまって、僕がついそんな事を口ずさんだものだから、天国から地獄へとおいでやすぅと、鬼の名に恥じない怖ろしい顔で僕の顔を覗き込むおもらしラキちゃん。あわわ。
「そんなにシュセンの抱き心地が良かったのなら、吾の抱擁も是非に受けて貰うのじゃ」
そんなありがた迷惑な抱擁は受け取れませんと、ここは正直にお断りの言葉を述べねばと思います。
「いえ、そんなさっきおもらしした子の抱擁はちょっと・・・匂い移りそうだし」
「な!誰の所為でお、おも・・粗相をしてもうたと思ってるのじゃ?!それにちゃんと既に着替えてるのじゃ!!」
ぇっ?と、おもらしラキちゃんの恰好をよく見てみると、確かにいつの間にやらヒヨコ柄の可愛らしい浴衣に着替えて居ました。
シュセンちゃんの斬新な着物の着こなしに目が行き過ぎて、おもらしラキちゃんの事は、意識の蚊帳の外どころか存在すら忘れかけてたので、気付きませんでしたよ。仕方なくない?
「ぁーそうみたいだね。でもお風呂はまだでしょ?やっぱり匂うんじゃ・・・」
と最後の言葉を言う前にブチン!と何かが切れる音がしたかと思ったら、急に底冷えする笑い声が聞こえ始め・・・
「あはっ、あはははははははっ!!そんなに吾の抱擁を受けたいと申すか!じゃ心置きなく受け取ると良いのじゃぁああああ!?」
リーファの御蔭で危機管理能力が上昇中の僕は、流石にこれはマズイと気づき、エルに助けを求めようと声を掛けたら、
「え、エル!た、助けて!!」
「・・・流石にますたぁーが悪いと思う!!」
そんな殺生なお答えを頂き、僕は、いつだって幸福のあとには絶望が待っているんだ・・・と悟りを開こうとして、
《どう考えても御主人様が悪いので甘んじて受けて下さい》
うわぁあああんどこにも味方が居ないよぉおおお!!?
「往生するのじゃぁあああああああああああああああ!!?」
バキ、ボギッ、バッキン!?
「痛い!痛ぃいい?!鳴っちゃいけない音鳴っちゃってるから!もうヤメテぇえええ!!折れちゃぅううう!?」
《御主人様はドМなんでしょうか・・・ふむ今後の私への好感度UPのためにも、ここは見極めねばなりませんね》
そ、そんわけあるかぁあああ!!冷静に分析してないで助けてぇえええええ!!?
「遠慮せぇんで吾の抱擁を受けるのじゃ!どうじゃ天にも昇るほどじゃろぉおおお!!」
「ほ、本当に昇天しちゃうからぁああああああ・・・ぁ、もう、ダメかも・・・ガクッ」
「ぁ!ますたぁー!!」
《エル、大丈夫ですよ。御主人様の気絶はひとつのお家芸みたいなものなのですから、ここは温かく見守るのが眷属としての務めです》
「ぇ?そうなの??ますたぁーも大変なんだね!」
ナビ、あとでおぼえ・・・がくっ。
「くふふっ、ほんまかいらしくておもろいわぁ・・・久しぶりに楽しい時間を過ごせそうやねぇ」
「ほれ、起きなんし」
「んにゃ?母さん?」
ぺちぺちと頬を軽く叩かれて意識を浮上すると、目の前には僕の事を覗き見るシュセンちゃんの顔がありました。
「くふふっ。残念やけど、あの子らとはちゃうよ?それにうちは、まだややこは生んだ事あらへんからなぁ・・・でもこんなかいらしい子なら生んでみてもええかもなぁ」
ハッ!やってしまいました!!起き抜け一番の母さん発言!?
朝はいつも母さんに起こして貰ってたので、ついつい起き抜けに言っちゃうんですよね・・・それでたまに学校で居眠りしちゃった日には、先生に「私は男なんですがね」なんて言われて教室中の大爆笑を頂いたものです。
ってそんな事よりも!
「ぁ、あの、もしかして母さん・・・竜ヶ峰 景織子さんとはお知り合いで?」
ともう確信めいているけど、出来れば違って欲しいと願いながら聞いてみたらば、
「んーそやねぇ・・・そないなもんやなぁ。連れとも言えなくもあらへんしなぁ」
ぐふっ、やっぱりか・・・もうこの世界の住人みな母さんたちの知り合いだとか思ってた方が良いかも知れぬ。
こう立て続けに出会うって事は、絶対ポチたんやシュセンちゃん以外にも居そうなんだもん・・・ハァ、あまり聞きたくないけど、いつか母さんたちの武勇伝とか聞かされるかも知れない。
正直、身内の異世界勇者伝説とか聞きたくないので、ここは詳しい話は聞かないで置こうっと。
「やっぱりそうなんですか・・・ぁ、それでなんですが、どうしてここに・・・」
と僕が次の話に移ろうとしたら、
「な!お主、キョオコの知り合いなのか?!」
なんて声が掛かりまして・・・おもらしラキちゃんハウス!!
「なんや気づかんかったん?ってそやぁ、イバラキはまだ魂を視る目『鬼眼』が出来ひんかったなぁ・・・この坊やキョオコの子やよ」
「うげぇ!マジかなのじゃ・・・っていつまでシュセンの膝に居るんじゃ!」
ぇっ?そう言えばさっきから物凄く心地の良い感じが後頭部からするなぁと思ったら、これシュセンちゃんの膝なの!?
って事はこれは俗に言う、膝枕ですか!?はわわっ、いつの間にか桃源郷に座してたみたいです・・・おやすみなさい。
「なんでそこでゆっくりと瞼を閉じるんじゃあほぉ!って、だから寝るんじゃないのじゃ!はよそこからのけぇえええい!!」
とおもらしラキちゃんが、僕の体を持ち上げ強制的にシュセンちゃんの膝から退去されてしまいました。
「ちょ、ヤメテ!第二の理想郷を僕から奪わないで!!いやぁああ僕ここに住むぅうううう!!」
せっかく気持ちが良くて、仄かに薫る香しい匂いが鼻腔を楽しませる、そんな最高の場所をオトコノコから奪おうだなんて、このおもらしっ子は鬼か!?
「なんやそこまで強く望まれると恥ずかしいんやけど・・・まぁまた次があったらしてはるさかい」
ほやからまたなぁとシュセンちゃんにそう宥められて、どうにか落ち着き払う事が出来ました。
《御主人様は、本当に欲望に忠実ですよね・・・素敵です》
何だろうか、素直に褒められた気がしないんだけど・・・あと、それを素敵って想えるナビさんが少し残念かと思いました。
《残念な子ほど可愛いんですね?わかります》
ナビ、怖ろしい子!?
そんな遣り取りをしていると、読心術を使うシュセンちゃんが、
「ほんま仲良しさんやねぇ。羨ましいわぁ」
なんて言いまして・・・・って、だから!!
「ちょ、シュセンちゃん!もう本当に読心術使うのヤメテ頂けませんか?!」
「そない言われてもなぁ・・・わかった、わかったよって、そない泣き顔見せんといてぇなぁ。うちが悪かったさかい。今からはしぃひんからなぁ?な、許しておくれやすぅ」
僕がプルプルと震えながら、まるで小さい子が親に強くお願いをする時みたいに、目尻に涙を溜めてシュセンちゃんを睨んで居たら、やっとわかってくれたのか、手を合わせ小首を傾けながら、そう許しを請うシュセンちゃんを導き出すことに成功しました。
《御主人様、素晴らしいです!今の御主人様のお姿は、メモリーにきちんと保存させて頂きましたので》
ぇっ?!それはちょっと恥ずかしいんだけど!!
あとそれとシュセンちゃんの許しを請う姿がぐっと来るからそっちもお願い!!
《仕方ないですね・・・その代わりですが、今後御主人様の愛らしい姿をスナップし続けますので、お許し頂けますよね?》
ぐぬぅ!致し方あるまい!!ってかナビなんだかこっちの弱みを握りつつ、交渉してくるのヤメテくれない?
《・・・それよりもシュセンちゃんをお許しにならないのですか?お待ちになって居ますよ》
ぁ、それは悪い事を・・・ってもうナビったら、もう!!
取り合えずは、シュセンちゃんとの事を進めないとね。
「もう読心術を使わないって約束してくれるのなら、許します」
「わかったわ。もうしぃひんよ。これで許してくれるんやねぇ。ほいでやけど・・・なんでここに居るん?」
「そ、そうなのじゃ!なんでいきなりこんな所に来てるのじゃ!!ここに至るまでの階層ではお主らは見んかったんのじゃ!!」
「ぁ、それはですね・・・」
と僕は、この鬼畜エリアに来るまでの事を話し始めました。




