残雪の声
残雪の声を
聞いたことがあります
アスファルトに覆われた道の外れの
ケヤキが根をはる冷たい土の上に
冬に置いていかれた残雪が ひっそりとうずくまっていたのです
その頃には
春の足音が聞こえていました
吐く息に 凍えるような白さはすでにありませんでした
吹きつける風に 突き刺すような鋭さもすでにありませんでした
冬はとうに 街を旅立っていました
私は
山の蒼さも埋め尽くす 雪の白さを知りません
温暖なこの街に 雪が降り落ちることは滅多になくて
その冬も たった三日しか降ってきてはくれなかったのです
触れると溶ける粉雪が
風に煽られながら落ちてくるのを ただ眺めていました
ときどき ふと惹かれて手を伸ばしました
触れた粉雪は 冷たさを残すことなく溶けてしまいました
残雪は
今にも溶けてしまいそうでした
きっと その朝まで残っていたのが奇跡だったのです
すでに 土の茶色が起きていました
私は一度かがみ 残雪に手を伸ばしました
指の腹に 冷たさがしみました
それが 残雪のものなのか 土のものなのか それとも朝のものなのか
私にはわかりませんでした
手を離すと 雪は指の形にくり抜かれ 土が覗いていました
立ち上がり離れようとした時
残雪の声が 聞こえました
透明な冷たい水を見上げる 川底にある小石のようでした
西から吹き渡る風に揺らされる 丘に咲く野花のようでした
とても小さくて 聞き逃してしまいそうな声でした
とても穏やかで 聞き惚れてしまいそうな声でした
振り返ると 残雪はすでにいませんでした
むき出しの指先に 誰のものかわからない冷たさだけがしみていました
残雪の声を
聞いた朝でした
拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
二月の季語『残雪』をテーマに書きました。
批評批判大歓迎です。もっと私自身の思い描く世界を表現したいので、感想酷評、友人への紹介も期待しています。
長編の作品を幾つか載せる予定ですが、いずれもまだ修正中ですので先は長そうです。
少なくとも月に一度は、短編や童話や詩を載せるつもりなので、気が向いたらお読みください。
繰り返しますが、本当にありがとうございます。