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ウチの幼馴染を引き取っていただけませんか?

作者: くるー

 どうも、俺です。風邪を引いています。うぅ……上半身起こしただけでクラクラするんですけど。もうダメだ、お終いだ。これはきっと風邪なんかじゃなくて、もっと重い病気で、俺はこのまま死んでしまうんじゃないんだろうか? ほら、部屋の隅にいる筈のない幼馴染の幻覚が……あ、幻覚じゃねぇ。


「お前、何してんの?」

「起きた? 学校をサボっていたようだから、迎えに来て上げたの」


 彼女は上でも告げたように腐れ縁の幼馴染だ。見た目は贔屓目ひいきめに見なくても結構可愛い。黙っていれば美しい日本人形のような容姿だ。制服で部屋の隅に膝を抱えて座っている姿は、さながら座敷童だ。目つきが少々鋭い座敷童だが、慣れれば愛嬌あいきょうがあるように見えなくもない。


「サボってねぇ。見れば分かるだろ、風邪だ。ウツすぞ」


 起きた拍子に頭から落ちた、濡れタオルを掲げて見せる。


「風邪だなんて使い古された安直な設定で、騙される私ではないわ。やり直し」

「設定ってなんだよっ! 朝に熱を測ったら38.8度。お前の所為で現在進行形で上がってる気がするわ」

「ふーん、朝にそうなるようにタイマー予約でもしたの? 便利な機能ね」

「そんなエアコンみたいなっ!?」

「ついでにこの部屋の湿度を上げてくれる? なんだか乾燥しちゃって……けほん、けほん」

「エアコン扱いのまま話進めてんじゃねーよっ」


 ていうか今何時だ。枕元に置いてある時計を確認。14時……14時??


「まだ14時ってお前……学校はどうしたんだ?」

「学校……はて? 聞きなれない単語ね」

「ついさっきっ! 自分の口でっ!」

「思い出したわ。彼はこの戦いについて来れそうにないから置いて来たのよ」

「戦ってもないし、そういう事聞いてないしっ!!」

「待って。話が噛み合ってない気がするわ」

「おう。大体お前の所為でな」

「冷静に話の内容を整理しましょう。まず、そうね……湿度を上げてくれるのはいつかしら?」

「そこは整理の必要ねーだろっ! お前は河童かっ? 乾くと死ぬのかっ!?」


 とりあえず湿度を上げました。乾燥した部屋は風邪によくないしねっ!


「誤魔化したって事は、お前こそサボったんだろう」

「……ふふっ、降参よ。なかなかの名推理ね、我が助手ホームズ君」

「大した名推理でもないし、助手はワトソン君だからな。お前は誰さまだよっ」

「そうね。大した名推理は言い過ぎたわ。小学生にでも出来て簡単かつ単純極まりない、余程の馬鹿でなければ気付くであろう……」

「長い長いっ! 長いし言い当てたのに馬鹿にされてるしっ!」


 徹底的に話題を避けようとしているな。長い付き合いだ。それぐらいは俺にも分かる。


「なんでサボりなんてしたんだよ」

「……サボってないわよ。体調が急変したから帰宅させてもらったの」

「なら帰って休んでろよ」

「体調が急変したから、様子を見に来たの」

「その言葉便利だなっ」

「どう? 幼馴染のお見舞いイベントよ。もっと喜んでいいのよ?」

「もう少しお見舞いらしい事をしてから言ってくれよ」

「そう……お見舞いらしい事をして欲しいのね」

「いや、出来れば真っ直ぐ帰って欲しいな」

「わかったわ。それは最終手段に取っておくとして、先ずは……」

「真っ先に実行して欲しいんだけどなぁー」


 静かに荷物を置いたまま部屋を出る幼馴染。嫌な予感しかしませんね。これ。


「濡れタオルを交換してあげるわ」

「おっ、意外にマトモだな」

「私はいつだってマトモよ。貴方がこっそり隠していた巨乳系成人指定DVDを机の上に並べる際も、終始マトモだったわ」

「止めてっ! それ以上は俺がマトモでいられなくなるから、思い出させるのは止めてっ!」

「さぁ、濡れタオル交換のついでよ。身体を拭いてあげるわ」

「えっ? いいよ。そんな寝汗掻いてないっぽいし、なんか恥ずかしいし……」

「分かったわ。じゃあ私の身体を拭いてくれる?」

「なんでそうなるんだよっ! ちょっ、服を脱ごうとするなっ」

「はぁ。あれもダメ、これもダメ……子供じゃないんだから少しは遠慮したらどうなの?」

「それは向こうの鏡に向かって言ったらどうだっ!?」

「キャストオーフ」

「脱がないでっ! 変身のノリで軽々しく脱ごうとしないでっ! 俺が脱ぐからっ!」

「……そう。私もアナタと長い付き合いですもの。そんなにも幼馴染の前で脱ぎたいと言うのなら、止めはしない。全てを受け止める覚悟も出来ているわ。さぁ、曝け出しなさい」

「卑怯じゃねっ!? その盛り上がり方っ」


 脱ぎました。勿論、上半身だけですが。


「ほら、脱いだよ。寒いから早く終わらして……って、なんか顔赤くね?」

「そ、そうかしら? 気のせいよ。それよりこの程度で寒いなんて。もしかしてアナタ……風邪?」

「絶賛風邪の真っ最中だって言ってんだろうが。なんで真相に近づいた風なんだよ」

「とりあえず私に任せておけば安心よ。風邪であろうが、癌であろうが、痴呆であろうが、このタオルで拭けばたちどころよ」

「そのタオル是非売って下さいっ! なんでもしますからっ!」


 あぁ……少し冷たいけど意外に気持ちいいかも。それに拭いている間は静かにしているから、楽でいいわ。はぁはぁと変な吐息が零れていて少し怖かったけど。服を着ながらありがとうと振り返って更に驚いた。やっぱり顔が赤い。


「おい、本当に大丈夫か?」

「大丈夫、問題ないわ。ちょっとした代償みたいなものよ」

「そんな中二設定あったんだっ!?」

「少し横になれば良くなるわ。という訳でおやすみなさい」

「ここで寝ようとするなよっ。ウツるからさっさと出ろ」

「軟弱なアナタの風邪が私にウツるだなんて……プフゥー、クスクス」

「なんでこの後の及んでそんな挑発的になれんのっ?」

「さぁ、私はどんな病魔にも屈しないわよ。やれるものならやってみなさい」

「その上、挑戦的だとぅ!?」

「とにかく、私の事なら気にしないで。さぁアナタもゆっくり横になるといいわ」

「俺が気になるんだよ。少しは気にしてくれよ」

「どうしても気になるのなら、1階の廊下突き当りの部屋に大きめのベットがあるからそこで休むといいわよ」

「なんで俺が自分の部屋を追い出されて、両親のベットを使わなけりゃなんねーんだよっ!!」


 とりあえず、なんとかベットから追い出しました。疲れるから、ほんと、やめてね。なんか部屋の隅で口を尖らせて拗ねてるし。勝手にしてくれよ、本当にもう。様子を見ていると、スクッと立ち上がって机の上に置かれていた林檎に手を伸ばす。


「では、これから林檎の皮を剥くわ」

「あぁ、それはありがたいな。確かに少し小腹が空いていたし……」

「ふふふっ、卑しい顔ね。私が剥く林檎がそんなに食べたいのね?」

「……急に食欲が減退してきたわ」

「いいのよ、我慢しなくても。いつものように、白目を剥きながら涙を溜めて、顔を青くしながら、鼻水と涎を垂らして、半開きの口でアウアウと物乞いをなさい?」

「天地がひっくり返ってもそんな顔した事ねーからなっ!」


 しばらく待つと、兎型にカットされた林檎が皿の上に並ぶ。その皿を持ってベットへと腰掛けてきた。コイツが近づいてくると、若干身構えてしまう自分がいるな。


「今度はなんだ?」

「楽にしているといいわ。私が食べさせてあげるから」

「いいよ。そこまで弱ってないし。自分で出来る事は自分でする」

「……まだそういう態度を取れる力が残っているとわね」


 小声で聞こえ難かったが、何やら恐ろしい事を呟いていたような気がする。しかし、アッサリと皿を手渡してくれたので、それを受け取った。


「どうかしら? この兎。可愛く切れたでしょう?」

「んっ? そうだな。上手く切れてるんじゃねーのか?」

「因みにこんな話を知っているかしら? 空腹の神様の為にその身を業火に捧げた兎の話を……」

「なんでこのタイミングでその話をするの?」

「因みにこの2匹が両親、そしてそれぞれが六つ子の兄弟達で……」

「なんでこのタイミングでその設定を明かすのっ? 食べていいんだろうっ!? これっ!!」


 林檎はスタッフが美味しく頂きました。あぁ……馬鹿な事を繰り返していたお陰でまた熱が上がった気がするぞ。


「なぁ、そこの体温計を取ってくれるか?」

「別にいいけど、どうかしたの?」

「なんか熱が上がった気がして……」

「馬鹿ね。安静にしていないからよ」

「誰の所為ですかねぇー」

「自分の胸に手を当てて考える事ね」

「よくも俺の台詞をーっ!!」


 受け取った体温計で測ってみた結果、体温は38.9度。上がったと言えるような言えないような……まぁ良くなってないのは確かだ。その体温計の数値を彼女が覗き込んでくる。


「おかしいわね。これだけの看病を受けて改善が見られないなんて」

「マトモな看病が1つもなかったからね。仕方がないね」

「なにか原因が……」

「今、俺の目の前にしっかりと」

「もしくはこの体温計が壊れているんじゃないかしら?」

「壊れてんのは俺の身体とお前の頭だ」

「少し動かないでもらえるかしら? 今からアナタの体温を……」


 なになになに? 近い近い近いっ! 静かにしていれば美少女な彼女が、間近にまで迫って、真剣な眼差しで顔や額に手を当ててくるのはちょっと……いや、彼女の事は女としてみていないというか、姉や妹と大差ないんだけど、この距離は流石にヤバイというか、手がひんやりして気持ちいいというか、はぁうぅああっ!! ちょっとっ! 何処に手を置いてんのっ!? それ以上は……


「騒がしいと思ったら、やっぱり起きてたのね」


 と、その瞬間に部屋へと乱入してきたのは俺の母さんだった。ついさっきまで傍にいた筈の幼馴染は、残像すら残さない動きで部屋の隅にしゃがみこんでいる。どうやったの? それ。


「ノックぐらいして入って来いよ」

「はいはい、2人の邪魔して悪かったわね」

「そういうのいいから」

「お見舞いありがとうね。ゆっくりしていっていいからね」

「……ぁ……ぅ……はぃ……」

「今日は食べて帰るのかい? それなら用意するけど」

「ぃゃ……ん……ぁっ……」


 母さんからの視線を避けるように、俺に顔を向けて顔を引きつらせる幼馴染。うーん……この……


「食べて帰るみたいだけど、ここで食べたいらしい」

「ふふふっ、2人はいつも仲良しさんねぇ」

「そんなんじゃねーよ。コイツの所為で熱が上がったんだぞ?」

「その割には顔色は良さそうじゃないか。朝は死にそうでーす、みたいな顔をしてた癖に」

「今でも死ぬ一歩手前だっつーの。俺、そんな食べれないから軽いものにしてくれよっ」

「はいはい。それじゃあね。何にしましょうかねぇ」


 鼻歌交じりに退室していく母さん。部屋の扉が閉められるのを見て、幼馴染がようやくとばかりに深い吐息を零す。


「ふぅ~……急に入ってくるから緊張してしまったわ」

「ウチの母さんとはもう10数年だぞ。いい加減慣れろよ」

「人には得手不得手があるものよ。こんなにも才能溢れる私が完璧ではないという事実が、私をまた魅力的にしてくれるの。アナタも見習うといいわ」

「それで? 魅力的な幼馴染さんは、今日の学校ではいかようにお過ごしになったんですか?」

「……無言よ。私の気品に怖気づいたのか、誰も話しかけてこなかったわね」

「そこまでのポジティブ思考は流石に見習いたいなっ!」

「私にもアナタのような『コイツなら適当に話しかけても大丈夫だろ』オーラが出せればいいんだけど……」

「なにっ!? 俺ってそんな風に思われてたのっ!? 事実なら泣きそうなんだけどっ!!」


 と、まぁこのように彼女がこのように会話できるのは俺しかいない。実の両親ともマトモに会話は出来ず、大体俺の部屋に入り浸っている。


「アナタがいないと……その……息苦しいのよ」

「……はぁ~。これから先、俺がいなくなったらどうするんだよ?」

「それは……困るわ……」


 しょんぼりと沈み込んだ様子の彼女。俺はこの表情に弱い。だから見ないように布団を被る。どーにかしたくても、どーにも出来ない事は世の中に沢山ある。彼女にとってそれが少し身近過ぎただけだ。そういう鬱憤を晴らしたいと言うのなら、それに付き合ってやる事はやぶさかじゃない。少なくとも俺は彼女と一緒にいて、退屈を感じた瞬間はないのだから。まぁ、風邪の日には遠慮して欲しいが。


「とにかくっ! 今日はもうしんどいから、俺は寝るぞ。ご飯が出来たら起こしてくれ」

「分かったわ。そうね、だったら私の取って置きの子守唄を聞かせてあげるわ」

「いやいや、静かにしてくれれば勝手に寝るから……」

「エンダァァァァァアアァァアーーーーーーー!!!!……」

「選曲ぅっ!?」


 やっぱり誰か、ウチの幼馴染を引き取っていただけませんか?

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