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獣王の息子  作者: 日向夏
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4、お見舞い

 なんであんな真似ができるわけ?


 紅花ホンファはむっつりしていた。その理由は先日の日高少年の行動にある。

  

 学校裏の神社でむじなに化かされた。


神社の床に井戸があったのは、昔、枯れ井戸を利用して蠱毒を行っていたらしく、そこで死んだ動物霊を祀るためだったらしい。それにしても、雑な造りに他ならない。


 ゆえに、あんな風に数人乗っていただけで、床が落ちてしまう。


 幽霊とかどうか知らないけど、そういう類は多分あるのだろうなと紅花は思う。もっとも、子どもたちの悪戯での事故ともとらえられる。


 そんなのはどちらでもよかった。


 あれから数日、日高少年は学校を休んでいた。検査をして入院、んでもって昨日帰ってきたと聞いた。


 紅花の右手にはしっかり網目のメロンを主役とした果物の籠があった。紅花のおこづかいから買ったものだ。若ママはまともな金銭感覚をつけるため、と中学生の月平均のおこづかいしかくれない。

 

 出費としては、かなり痛い。


 多分、事情を説明したら、若ママもお見舞いのカンパをしてくれただろうが、これはけじめだった。

 

 けじめゆえ、紅花は一人、五百メートル離れたお隣さんの家へと向かうのだった。


 普通、肋骨が折れて軽傷とはいえない・

 

 少年に頼まれたとはいえ、自分がやったことに違いない。少年は、二人を引き上げる際、井戸にぶつかって折れたと説明していたが、あれは紅花がやった。


 折れる感触が腕にまだ残っている。


 力の加減は覚えたと思ったのに、まだ訓練不足だったと痛感する。


 お隣さんのおうちは平屋の一戸建てだった。平屋というが、敷地面積は広く、大地主の名にふさわしいものだろう。

 

 鶏の声が家の裏から聞こえる。


 紅花は庭の飛び石を渡り、玄関の前で止まる。呼び鈴を押そうとするが、ちょっと待てと深呼吸する。

 大きく息を吸い、吐いて、吸って。


 それを数回繰り返して、ようやく落ち着いたところだった。

 よし行くぞと、呼び鈴を押そうとした瞬間。


 コケコッコー!

 

 耳元で鶏の鳴き声が響いた。

 仰け反って、妙なポーズをとる紅花の前には、立派なとさかを持った鶏と、それを持った日高少年がいた。首にタオルを巻き、Tシャツに麦わら帽子といった格好をした少年は、健康そのものだった。






「ごめんね、わざわざ」


 少年は逃亡鶏を捕まえていたらしい。この立派な雄鶏は脱走の常習犯で、よく囲いを飛び出してご近所の飼い犬をいじめに行くらしい。


 紅花は少年に果物籠を渡した。いっそ鰹節のほうがよかっただろうか、と思ったが目が輝いているところをみると、そうでもないらしい。


「キウイ……」


 主役のメロンより、脇役のキウイフルーツに目がいっている。奮発して、国産マンゴーも入れたのに、そちらには目もくれない。

 なぜに、と紅花は一瞬思ったが、あることを思い出した。


キウイはマタタビ科だった気がする。


 少年の目が、まるで鼠を前にしたにゃんこの目になっている。普段は、人間と同じなのに、こういう時だけ、瞳孔が猫みたいに開閉するのかと思った。


「日高くん」


 紅花が声をかけると、はっと我にかえった。


「あっ。ごめん、ちょっと上がっていってよ。かあさーん、おきゃくさーん」


 少年は、玄関の戸を開けると大声で叫んだ。


 すると、足音はなにもしないのに、エプロンをかけたすらりとした女の人が小走りでやってきた。


「あっ、珍しい。アンタの友達?」

「そうだよ、母さん」


少し雑な印象の喋り方だが、別に悪い感じはしなかった。

薄い色素の目や髪で、妙に猫っぽい仕草をしている。すごく少年に似ている。少年の髪を伸ばして二次性徴させずに、プラス十歳したらこんな感じになるのではと思う。


 ハーフと聞いていたが、母方の方らしい。

 母さんというが、見た目はおねえさんと言ってもおかしくない雰囲気だった。くせのある美人といった感じだ。


「うん。お隣さんだよ。この間、挨拶しにきたじゃない」

「えっ、うそ。やだ」


 日高母は、ぱたぱたと服を叩き、髪を揃える。一瞬焦ったのか、尻尾がちらりと見えた。よほど、動揺しているらしい。

 

「いらっしゃいませ」


 とても上品な口調で改めて言った。なるほど、これが本当の猫かぶりか、と紅花は納得する。


「すぐお茶を用意するから」

「いえ、お構いなく。すぐ帰りますんで」


 紅花はそう遠慮するが、日高母子は引かない。


 どうしてもと言われたら、お茶の一杯くらい貰うのが礼儀だろう。

 靴を揃えてお邪魔することにした。


 ふと、少年がなにかを思い出したように、紅花を見る。


「そうだ、ところで、なんの用なの?」

「……私はアンタが平気でうろうろしてる方が謎で仕方ないわ」


 少年のマイペースな反応に紅花は、忘れかけていた怒りを取り戻すのだった。





 

 日高少年曰く、獣人の治癒は一般人の何倍も早いらしい。昨日、病院から退院した時点で、はめていたコルセットは外したし、折れた骨も癒着し始めているという。


 紅花にはよくわからないが、それは確かに早い治りなのだろう。


 それでも二週間は安静にしておけとのことだ。


「せっかくなんで、今週いっぱい休もうって話なんだけど、母さんがひどいんだ。動けるなら、鶏小屋行って卵集めて来いとか、畑の手伝いしろとか」

「うん、けっこうひどいわね」

 

 少年のサボリ癖を抜いても、けっこうこき使われているようだ。しかし、見る限り動き回っても全然痛そうには見えない。

 もしかしたら、それが獣人の基準なのかなと思ったら、口出しすることではないだろうけど。

 

「そのうえ、田中さんは脱走してるし。ひどいよね、迎えにいく立場にもなろうよ。斜め向かいのジョンが可哀そうだよ」

「田中さん?」

「うん、三十四代目田中さん。ラブラドールのジョンをいつもいじめるんだ」


 誰が『田中』なのか一瞬わからなかったが、どうやらさっきの鶏のことを言っているようだ。紛らわしい名前は止めてもらいたい。


 応接間らしき座敷に渡され、紅花はちょんと出された座布団の上に座る。隣は仏間なのか襖の向こうからほんのりお線香の匂いがする。


 少年は麦茶と焼き菓子が入った器を持ってくると、座卓の上に置いた。


 少年は座布団の代わりにいつも愛用しているクッションを抱っこして座る。かなりお気に入りらしい。


「ごめんね、変なことに巻き込んで」

 

 ぺこりと謝る少年に紅花はむっとする。


「謝るのは私のほう。その、骨、折れたの私のせいでしょ」


 紅花が言うと、日高少年は気まずそうに目をそらした。隠しようもない。


「大体、あいつらが言い出したことでしょ。日高くんが怪我することなかった」


 怒るつもりはないのに、気持ちが高ぶってしまう。

 もし、紅花があのとき少年Aの手をつかんで持ち上げたとして、手を折っていた可能性は高い。でも、ある意味自業自得だと思う。皆を危険にさらす場所へと行こうと言ったのは彼であり、その行動に責任を持つべきだと紅花は思う。


 助けに来た日高少年が怪我する必要はない。


 あっ、そっか。


 紅花はなんで自分が怒っているのか今気が付いた。


 どうして、彼一人が怪我をしなくてはならないのか、憤りを感じていたのだ。


 力を加減できなかった自分に対しても、周りを巻き込んで迷惑をかけていたクラスメイトにも。


 別に、日高少年には非がないのに、当たる相手が他にいないのでそんな態度に出てしまう。


 うわあ、ガキだあ。


 自己嫌悪で、思わず自分の頭をポカポカ叩きたくなる。


 そんな紅花をよそに、日高少年はキウイを嬉しそうに嗅いでいた。果物セットからとってきたのだろうが、なんだか目がとろんとして危ない表情をしている。


 へらへらしたまま、座卓に突っ伏し、顔を横にして紅花を見た。


鎌谷かまたにくんは、野球部だから手を潰しちゃだめだよ。今、ちょっとやる気がなくてサボってるけど、そのうちまた練習始めるから。あれでも将来ゆーぼーなんだよ」


 日高少年は、締まりのない顔で言う。うひひっと笑っては、キウイを嗅いでいる。

 

 ぐでんぐでんの酔っぱらいみたいな雰囲気に、紅花は思わずひいてしまう。


「それに、僕以外の誰かだったら、山田さんがやったってばれちゃうよ」


 あっ。

 

 そうだったと思い出す。紅花はまだ、自分の種族のことについて話していない。もしかしたら容姿と名前でわかる者もいるかもしれないが、できれば黙っていたい。

変な噂を聞きつけ、妙な行動に出る者が出たらどうしよう、それが前の学校であったからだ。


 日高少年が誤魔化してくれたと同様に、少年Aもとい鎌谷くんが黙っている理由はない。自分の手を潰されたら、慌てふためくだろうし、たとえ助けたとしても紅花を責める可能性もある。


 そう考えると、日高少年は鎌谷くんだけじゃなく紅花も庇ってくれていたことになる。


 紅花はきゅっと唇を噛んだ。

 なんともいえない気分を紛らわせるために、焼き菓子をとって口に頬張った。梨を使ったフィナンシェでアーモンドの匂いが香ばしくて美味しかった。ごくんと飲み込むと、麦茶を一気飲みする。


 紅花は大きく息を吸って、吐く。なにかいろいろ考えて、唸った挙句ぱんっと自分の両頬を掌で叩いて気合を入れる。


 そして、日高少年の目を見据える。


「ありがとう」


 ごめんなさいと謝罪する気はなくなった。だから違う言葉を使って言った。


 日高少年は一瞬、目を丸くすると、またほわーんとした表情に戻る。


「ふふふ。いいよー、別に。こっちもいーもの貰ったしー」


 いつの間に尻尾が出ていて、髪の毛がぴくぴく動いている。


 あれ?


 もしかして、日高少年には猫耳のほうもついているのだろうか。思わず手が伸びていたが、それはアウトだった。両手というか両前脚というか、少年はそれで頭を押さえた。すっかり猫化していた。前脚には肉球はあるのだろうかと、気になってしまう。


「じゃあ、ちょっとお願いがあるけどいーいー?」

「なに?」


 ふふふふっと笑いながら、日高少年は右前脚をぽふっと紅花の手の上に置いた。むにっと温かくて柔らかい感触がする。

 やはり肉球もついているらしい。


「名字じゃなくて、名前で呼んでくれない? 颯太郎そうたろうって名前だけど憶えてる?」


 覚えているけど、なんでまたそんな提案をするのだろう。


「そしたら、僕は紅花ホンファちゃんって呼ぶね。いや、短くして紅ちゃんのほうがいいかな」

「ええっと、それにはなにか意味が?」

「うん、家で話すとき、山田さんちのお嬢さんじゃちょっと長いでしょ。こっちのほうが楽なーんだー」

「……そうね」


 紅花は呆れた声出していた。

 紅花としては日高くんのほうが颯太郎くんよりも短いのだが、相手が名前呼びなら合わせろということだろう。


 そう言うわけで、日高少年改め颯太郎少年である。


 颯太郎少年がさすがに危ない雰囲気になってきたので、紅花はキウイを取り上げた。

 ほわわんとした少年は、そのまま抱き枕にしていたクッションに顔を埋め眠ってしまった。


 これ、どうしよう、と紅花は取り上げたキウイを見てため息をついた。

 

 颯太郎母に渡して、さっさと家に帰ろうと、きょろきょろしていると、猫の鳴き声のようなものが聞こえた。


 鳴き声のほうへと向かうと、台所があり、そこで颯太郎母がキウイを転がして遊んでいた。


「……」

「……」


 かろうじて意識は残っているらしく、気まずそうな颯太郎母と目があう。


「これ、持って帰りますね」

「……」


 紅花の言葉に、颯太郎母は名残惜しそうにキウイを見ながらコクンと頷いた。


「すみません。お邪魔しました」


 颯太郎母にそう言うと、紅花は日高家をあとにした。


 日高家にはマタタビの類は厳禁、そう心に刻んだ。




 


 家に帰ると、若ママがなにやらごそごそと準備をしていた。いつものエプロンにジーンズのラフな姿じゃなくて、スーツみたいなのを着ていた。がちゃがちゃと触っているのはアタッシュケースだけど、中から油と火薬の臭いがした。


「若ママ。お仕事?」

「うん、いつもの義姉ねえさんの手伝いよ」


 若ママが義姉あねと呼ぶのは、つまり紅花の実の姉だ。

 若ママは紅花から見たら義姉となる。ただ、赤子のころからずっと若ママが本当のお母さんにかわって育ててくれたので、義姉さんと呼んだことはない。


「お留守番ちゃんとできる? ミケにちゃんと護衛頼んでおくけど」


 三つ頭の猫は、任せろと言わんばかりに、尻尾をぴんと立てている。気まぐれなところはあるが、けっこう頼りになるニャーベラスだ。


「多分、今日は大丈夫。そんな感じしない」


 アレが見えるのは、心がナーバスになっている時が多い。そのためだろうか、家にいる間にアレが見えたことはほとんどない。


 ただ、それを過信して、一度、引きこもろうとしたら、普段より強いアレを呼び出してしまった。

 近くに若ママがいたからよかったけど、誰もいなかったら食いちぎられていただろう。


 紅花がリスクをおかしてまで学校へ通うのも、そんな理由がある。


 実際、半年くらいなにも見ずに過ごせたことはあった。その学校では友だちもちゃんとできたし勉強も楽しかった気がする。

 途中、紅花の種族のことについて、突撃してくる奴らさえいなければ、もっと長くいられただろう。


 人外には人権がある。でもひとでなしであることには変わりなく、それをとやかく言う一般人は多い。まず、一般人と人外と分けている時点でその溝は深い。


 それでも、なんとか社会に溶け込んでいるのは、利害の一致があるからだ。


 人外の能力や性質には、今の科学ではまだ解明できないものが多く、それゆえ、研究対象となりやすい。


 山田家も数十年前から医療機関の研究に協力しているが、未だ能力や体質に多くの謎が残る。


 紅花はカレンダーを見る。

 月に一度、赤い丸を付けられた日は、検査の日だ。


 特に若い個体である紅花の場合、有用性が高いらしい。


「じゃあ、行ってくるから。夕飯はシチューを食べてね。いま、作ったばかりだから」

「わかった」


 若ママはずっしりしたアタッシュケースを軽々と両手に持つ。中には、正直合法といえないものがたくさん入っている。もし、警察官に呼び止められたら一発でアウトだろう。


 若ママにはこういう『お仕事』をしてもらいたくない。でも、器用だからつい姉さんも頼みたくなるんだろう。


 人外は一般人より身体能力が優れた種族が多い。それゆえか、『汚れ役』も回ってくる。


 紅花は、コンロの前に立ち、大きな寸胴の蓋を開ける。中には具がたくさん入ったクリームシチューがあった。サラダボウルみたいな器をとると、おたまで縁すれすれまで入れる。


 バケットと米粉の食パンを切って、軽くトーストしていただく。

 飲み物は、アーモンドミルクを用意した。


 ミケがごはんをねだるので、仕方ないのでおやつの茹でささみをあげる。

 

 ミケのはぐはぐという咀嚼音をのぞけば、部屋の中では時計の秒針の音しかしない。


 お行儀が悪いけど、ご飯をテレビがあるほうの部屋にうつして、テレビをつける。


 まだ、時計は六時過ぎで、テレビは子ども向け番組か、相撲か、もしくは似たり寄ったりのニュースしかなかった。


 消去法でニュースにすると、どれも同じニュースで持ちきりだった。


 立てこもり事件で、すでに五時間が経過している。犯人は、すでに二人殺しているらしい。 

 遠目だが映像に犯人の姿がうつっている。


 そのこめかみには、角らしきものが生えていて、その身の丈も掴んでいる人質と比較すると、二メートルをこえているようだ。


 やめてよね、もう。


 鬼の系統だとわかる。


 ただでさえ怖がられやすい種族なのに、そのうえ殺人を犯してしまったらおしまいだ。


 その時点で、人外は人権を放棄される。


 紅花は冷めた目でニュースを見ながら、シチューを口にした。


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