表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣王の息子  作者: 日向夏
28/32

26、白い家 後編

 真奈まなは軽々と古床ふるゆかを抱えていた。


 紅花ホンファはそれについていく。

 後ろには駿すぐるがいる。目はうつろで、口の端からよだれが垂れていた。


 真奈が案内した場所は地下室だった。重々しい扉を開ける。

 消毒液とさびの臭いが鼻についた。


 中は思った以上に明るく、清潔だった。ただ、銀のトレイの上に並んだメスが黄色い光に反射して不気味に光っていた。


 あれに自分が突き刺され、中身をとりのぞかれるのかと思うとぞくっとした。


 逃げたい、逃げ出せない。


 真奈は古床を下ろすと、奥にあるベッドを指さす。普通の眠るためのそれではない、手術のオペで使うようなものだ。


「そこに横になって。大丈夫、すぐ終わるわ」


 すぐ終わる?


 紅花を切り刻み、その内臓を移植する。すぐ終わるわけじゃない。

 

 それに……。


 紅花はベッドに横たわる。するとすかさず、真奈ががちゃりと紅花の手首に枷をはめる。


「これは!」

「だって、動いたら危ないでしょ?」


 そう言って足にもはめようとする。

 紅花は手でそれを振り払った。


「あら? 動いちゃうじゃない」


 真奈の表情に変化はない。唇だけ歪めて笑みを浮かべたままだ。


「!?」


 紅花は言い返そうとしたが、それよりも目に入ったものに気を取られた。気絶したままの古床に、駿すぐるが近づいている。その虚ろな目のまま、すんすんと鼻を動かしている。


「古床さんに手をださないで」


 しかし、真奈は一瞬それに目をやり、また視線を戻す。かちゃかちゃと鋼鉄の枷をもてあそんでいる。


「にいさーん、食べちゃ駄目よー」

「早くとめてよ!」


 紅花がいらいらしながら、ベッドから起き上がる。


「ちゃんと寝て。メスの手もとが狂っちゃう」

「古床さんの安全が先よ!」


 どんっ、とベッドを叩いた。ベッドはよほど丈夫にできているらしい、紅花の手がしびれるほど叩いたのに、壊れるようなことはなかった。


 ああ、ここで。


 ここで、真奈も駿も内臓を入れ替えているのだ。動かないように固定して、きっと麻酔もきかない身体だろう。


 でも、それとこれとは別だ。


 真奈たちには同情してしまう。好きで病気になる生き物なんていない。生きながらえるために尽力するのは間違いじゃない。


 でも、それは紅花だって一緒だ。


 やってられるか。


 逃げる算段はまだつかめない。でも、ここにいてどうなる? 真奈もそうだが駿はなにをやらかすかわからない。


 紅花は枷がはめられた右手でその鎖を掴んだ。力を入れる。手の甲に腕に血管が浮き上がる。筋肉が一瞬膨れ上がるとともにその腕を持ち上げた。

 がこっと間抜けなくらいあっけなく鎖がはずれた。紅花の手の枷は取れていない。床にセメントで埋められた部分が根こそぎ引っこ抜かれている。


 紅花の周りにはあのうねうねが漂っている。気持ち悪い舌を伸ばし、紅花を食らおうとする。


 怖くないといったら嘘だ。


 でも、そこで怖がっていたところで、ただ餌になるだけだ。


 餌、はは、笑わせる。


「うそ?」


 間抜けに目を見開く真奈に紅花は、セメント付の鎖を投げつけた。モーニングスターの形状をしたそれは、真奈の肩にぶち当たる。骨が砕ける音がする。


 本当に笑わせる。


 いつもそうだ、怖がり動けなくなりそのせいで襲われる。


 よくよく考えてみればいい。


 誰の方が強く、誰の方が生態系の上に立つかを。

 

 無理やり引き抜いたせいで、紅花の手首は擦れて血がにじんでいた。でもそれは一瞬で、元通りになる。


 不死者、今現在、知られている人外の中でもっとも強者と言われる一族。


「ねえ、約束をたがえる気?」

「そんなものする気もないでしょ。私の中身、手に入れたら用済みなんでしょ」


 きっと食らわれるだろう。その血肉に不死身の能力が宿っている。


 私の血は私のものだ。

 私の肉は私のものだ。


 どうしてこいつらにやる義理がある。


「なら、あの子はどうなってもいいの?」

「今、それを無視してことをすすめようとした相手がいう言葉には思えない」


 古床のほうを見るな。

 

 考え方を冷静にしろ。


「それに、弱い人間かばっても何の役に立つのかな」

「さっきはあたふたしてたじゃない?」

「だってクラスメイトだよ。消えちゃうといろいろ面倒じゃない?」


 古床はどうなってもいい、自分さえ助かればいい。

 そう見えるといい。


 紅花が真奈に逆らえないのは古床がいるから。逆に古床さえいなくなれば、力で負けることはない。相手が二人いることさえ気を付ければ大丈夫なはず。


 ただ問題は消耗戦になることと、ここが真奈の家であることだ。


 扉はあかない、窓もあかない。

 

 どこから逃げ出せばいい。真奈から家の鍵を奪い取ればいいだろうか。


 いや。


 紅花は走った。手に枷を持ったまま、セメント片を振り回す。


 横目で駿と古床の横を通り過ぎる。


 今、古床を助けるわけにはいかない。


 ごめん。


 頭の中で両手を合わせながら走り去る。無情な人外になりきろう。最初からそうすればよかった。


 あいつらの狙いは紅花だ。紅花を捕まえることが最優先で、古床のことは二の次のはずだ。


 地下室を抜け、台所に向かう。椅子を一脚もつと二階の階段を上る。

 何もない、アンティークドレスが散らかっただけの部屋に向かう。


 紅花は右手の枷を見る。その右手を左手で握り、そのまま潰す。骨が砕ける音が気持ち悪い。だらんとした右手が再生する前に、枷から手を引き抜いた。


 鎖の長さは一メートルほど。紅花の身長は百五十くらい。

 

 椅子を使えば足りる。


 二階の部屋の隅っこに向かう。そこには空調用に換気扇がとりつけてある。そこに、セメント片がついた鎖を引っかける。


 そして、そのまま引っこ抜いた。頑丈にとりつけられたそれを物理のみで引っこ抜く。

 

 外側のケースがはがれた。まだ羽とその奥についている。


 紅花はもう一度鎖を引っかけて引き抜こうとする。


 だが、背中にずどん、ずどんと衝撃を感じた。


「兄さん、ごめんね。ちょっと味が落ちるかもしれないけど、ミンチにするわ」


 背中が熱い。散弾が埋まっている。制服が血まみれで、ぼろぼろに破れている。沸騰するような感覚とともに散弾が紅花の皮膚からぽろぽろと落ちてくる。


 紅花はそれを無視して、換気扇の羽を引き抜く。外から光がこぼれてくる。


「いいなあ、その再生力。本当にうらやましい」


 うっとりした声がする。その後ろで奇妙な歯ぎしりとも何とも言えない音がする。真奈だけでなく駿も来ている。

 

 ならば、遠慮なくここから逃げ出すだけだ。


 羽を引きちぎりもう一度というところで、がしゃんと音がしてまた背中に衝撃を受ける。今度は後頭部にもあたる。


 脳の損傷はきつい。再生に時間がかかる。

 

 二日酔いに似ていると言われる頭痛がする。急激な飢餓感と倦怠感、その場で蹲りたくなる。でも、それではいけない。

 

 近づいてくる。その前に引き抜かなければ。


 しかし、鎖を引っかけようにもうまく引っ掛かる部分がない。もう一枚引きはがせば、紅花が抜けられる穴ができるはずだ。


 痛い、頭が痛い。

 

 がちゃんと音がする。また弾を込めている。

 

 再生が間に合わない。それでもやる。また、背中が熱くなる。

 

 本当にミンチにする気だ。


 内臓なんて入れ替えなくても、不死者の祝福を受ければ問題ない。だけど、紅花は彼女たちに祝福を与えるつもりはない。たとえ一瞬同情したとしても、それは彼らを許しうる材料に足らない。


 それに、もう紅花は別の奴に祝福を与えている。


 紅花はそう何人も抱え込めるほど、心が広くない。


 なにやってんのよ。


 耳鳴りがする。銃弾を受けた身体が震える。


 なにもかもが遠くに聞こえ、視界もぼやけていく。それでもやらなくちゃ。


 紅花が外に逃げて助けを求める。そうするだけでいい。


 姉さんたちを呼んだらすぐ来てくれる。


 そしたら、古床も助け出せる。


 換気扇がとれないなら破壊する。

 力を込める。鎖を思い切り振り回し、換気扇を壊しにかかった。


 そのときだった。


 ばこっと、間抜けなほど簡単に換気扇は外れた。外側から力がかかり、家の内側にそれが落ちる。紅花が振り上げた鎖はその換気扇をすり抜けて、猫っ毛の人物に当たった。


「あっ!」


 側頭部をセメント付の鎖に殴られるのは、颯太郎だった。間抜けなくらい吹っ飛び、そのまま部屋の内側に落ちた。


 この上なくかっこ悪い登場だった。


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ