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獣王の息子  作者: 日向夏
22/32

幕間、山田家家族会議

 山田家では定期的に会議を行う。


 お父さんとお母さんがまだ眠る前なら、けっこう頻繁にやっていたし、その頃は、オリガ姉さんやアヒム兄さんもちょくちょく家に来ていた。


 理由としては、お父さんがやらかす頻度がかなり高かったため、家族ぐるみでいろいろ相談する回数が多かった。

 そのころはまだ紅花が化け物たちを引き寄せることも今に比べて少なかった。


 そして、今回、なぜオリガ姉さんたちまで呼んでその会議が行われたといえば。


「今回集まってもらった件ですが」


 司会は若ママが取り仕切る。


 うちの中であまり使われない広間に皆集まっている。天井にシャンデリアがあり、アンティークの長テーブルがあるだけの簡素な部屋だ。多分、近世あたりの貴族の会議室といえばなんとなく想像がつくだろうか。


 近代的なところといえば、若ママの前にはノートパソコンがあり、ケーブルを通してプロジェクターとつながっている。白い壁はそのままスクリーンのかわりになっている。


 若ママが一番奥に、左側に紅花とオリガ姉さん、右側にアヒム兄さんとニート、後ろにプロジェクターの微調整をしている愚兄がいて、テーブルの真ん中にニャーベラスのミケが陣取っている。


「ゆゆしき事態です」


 若ママが深刻な顔をする。


「家計が大変です」


 間抜けに聞こえる台詞だった。


 深刻そうな若ママの表情につられていた皆は顔をゆるませる。


「なんだ、そんなことなの由紀子ちゃん」

 

 オリガ姉さんが、笑いながら言った。


 しかし、それに対して若ママは渋い表情だ。


「そんなことじゃないんです。オリガさん」


 若ママは手を上げて愚兄に指示を出す。

 愚兄は調整していたプロジェクターを壁に合わせる。すると、若ママがパソコンを操作して、壁に画面が映し出される。


「これを見てください」


 そこには円グラフがあった。


「これは、我が家の収入を示したものです。現在、オリガさんとアヒムさんの分の収入も、この中に入っています」


 大体、円の半分くらいが若ママたちの月収の合計で、四分の一が不動産による利益、残りが雑収入だ。雑収入の中にはおそらく月に一度の定期検査も含まれている。


 兄さん、姉さんの分の収入まで若ママが管理しているのは変な感じだけど、若ママが税理士免許を持っていて信用されているからだろう。基本、二人の通帳は管理しているけど、お金には手をつけていないはずだ。


「それがどうしたっていうの?」

「はい、次が支出をあらわしたグラフです」


 ぽんっとキーボードを叩くと、新しい画面に切り替わる。


『……』


 紅花は思う。我が家は裕福なほうだと。

 

 だけど、そこには収入をこえる支出額が書かれてあった。


「はい、赤字です」


 うん、赤字だ。しかも、けっこう大きく額が上回っている。


 我が家にはニートをのぞき、高給取りが多いと思っていた。でも、それをはるかにこえる支出があるなら、裕福と言えるのだろうか。


「実は、お義父さんが眠られてから、けっこう家計はぎりぎりだったんです。それが、先月とうとう赤くなってしまいました」


 お父さんは、けっこう文化的にも生物学的にも価値があるらしい。その研究協力でかなり収入を得ていたと聞いた。


「一体なにが原因なの?」

「そうですね」


 オリガ姉さんとアヒム兄さんが難しい顔をする。ニートはぽけーっとしており、ミケの尻尾をつついてちょっかいをかけて噛みつかれていた。


「まず、食費でしょうか」


 新しいグラフがでてくる。


 我が家の食費は半端ない。軽く普通の人の十倍は食べる。


 よくテレビに出るフードファイターなんかあるけど、ああいう人たちはけっこう胃下垂が多いんじゃないかって思う。毎食何キロも食べているわけじゃないと思う。


 でも我が家では、基礎代謝も半端ないわけで、もし減らそうものなら、普通に栄養失調になる。冗談ではない、本当に倒れる。


 特に、大怪我をしたとき、もしくは死んで蘇ったとき、そのカロリー消費は半端ない。一時的にカロリーを補うために油脂を摂取するくらいだ。オリガ姉さんはバターを、アヒム兄さんはオリーブオイルを好む。

 紅花は普通にチョコレートを食べる。バターとかオリーブオイルは嫌すぎる。


「最近、会社厳しくなったんでしょうか、接待費落ちにくくなったんじゃありませんか?」


 図星なのかオリガ姉さんとアヒム兄さんが顔を歪める。


 ニートだけはミケに猫パンチを食らっている。


 紅花は自分がここにいる意味あるのかなあと思いつつ、とりあえずいる。なんか参加しないとしないで妙に寂しいからだ。


「ということで、外食を控えてください。自炊を頑張ってください。それでだいぶ節約できるはずです」

「ちょっ、ちょっと由紀子ちゃん! 自炊って」


 オリガ姉さんが慌てる。


「オリガさん、お米は洗剤でとがないでください」


 冷めた目で若ママが伝える。

 オリガ姉さんはメシマズだ。


「ちょっと、それは難しいと思うの」

「うん、そう思う」


 紅花が同意する。その部屋にいる者全員が同意する。


 その程度にメシマズなのだ。


 若ママはふうっと息を吐いた。


「そうなると、他のところで切り詰めるしかありませんよ」


 若ママがオリガ姉さんの通帳を見る。


「オリガさん。先々月あたり、海外ブランドでなにか買物しませんでした?」

「ええっと、下着をいつものところで」


 オリガ姉さんはお洒落さんで、全身は大体海外ものだ。


「今、円安って知ってますか?」

「えっ、ええ」


 若ママの目がすわっている。


「海外旅行、いいですよね。出張のついでとか。ついつい旅先の気分で多めに買っちゃうってことはありますけど。ちゃんと、円に換算して買ってますか?」


 若ママがじっとオリガ姉さんを睨む。

 

 オリガ姉さんがたじろぐ。


「ブランドってあれですよね。現地でしか手に入らないとか、店舗限定とか、そういうのって財布緩みますよね?」

「だって、限定よ! 国内じゃ手に入らないじゃない!」


 身振り手振りを加えて力説するオリガ姉さんに、若ママは微笑む。


「自炊と浪費を切り詰める、どちらがいいですか?」


 オリガ姉さんの金色の瞳に絶望が宿った。


 知ってる、こういうときの若ママには敵わない。誰も敵わない。


「姉さんはいつもそうですよ。カードがあるとすぐそういう風に使うんですから」


 アヒム兄さんが眼鏡をくいっと上げながら言った。


 しかし、家計切り詰めの鬼となった若ママは、アヒム兄さんにも牙をむく。


「アヒムさんはちゃんと食事は自炊しているようですね」

「はい、今はパスタにはまっています」

「そうですか。パスタって、オリーブオイルたくさん使いますね」

「はい。必需品です」

「では、直輸入せずに量販店で買ってもらえません? オリーブオイル」


 アヒム兄さんの顔がかたまる。

 若ママの表情は変わらない。


「エクストラバージンオリーブオイルでしたら、普通にスーパーにも売ってますよね。あっちのほうが安いんじゃないんですか?」

「それは、味が違うんですよ! 本場のものと一緒にしないでもらいたいです」

「でも、同じオリーブオイルじゃないですか?」


 若ママは笑っている、でも目は笑っていない。


「どこが違うんです? それと前から思っていたんですが、使い過ぎじゃないでしょうか? 水の代わりに飲むって、普通に水じゃいけないんですか? 最近の水道水は美味しいですよ」


 紅花はご愁傷様と手を合わせるしかない。


 しかし、アヒム兄さんとしても引き下がれない。


「水とオリーブオイルは成分が違います。いわば、食事の一種です。これは減らすわけにはいきません! これだけは絶対引けないのです!」

「そうですか……」


 若ママがそっと俯く。

 

 アヒム兄さんは、言い過ぎたかと少し慌てた様子になる。


 だが、甘い。


「では、かわりに一角獣教へのお布施の額を減らしてください」


 言い切った。

 たぶん、こちらが本命だろう。


 アヒム兄さんは一角獣教の信者だ。一体、どんな宗教なのか一度聞いてみたら、若ママにもオリガ姉さんにも嫌な顔をされたので、あんまりよくないところだろう。信仰の自由として認めているけど、そこにお金をたくさん入れるのはどうにもよくない。


 オリガ姉さんに続いて、アヒム兄さんもがっくりと肩を落とす。


 次に来るのは誰かと言えば。


「不死男くんって、無駄遣いしないよね」

「そうだよ。我が家に素敵な奥さんがいるのに寄り道なんてする必要ないからね」

 

 キリッとした顔で愚兄が言う。


「うん、お仕事で忙しいのに、休みの日もどこにも出かけないで家にいるしね」


 正直迷惑なくらいだ。会社の人とたまにゴルフとかキャバクラにでもいって帰ってこなかったらいいのに。


「由紀ちゃんのためなら、僕はなんだってやれる」

「ありがとう、不死男くん。じゃあ、来月はあと残業百時間追加でいけそうね」


 笑う鬼がいると紅花は思った。


「不死男くんの事務所、人手不足なんだからしっかり働かないと悪いよ。せっかく、残業代しっかり払ってくれるところなのに」

「由紀ちゃん、それ、労基にひっかるよ。過労死しちゃうよ」

  

 労基、すなわち労働基準法である。


「不死男くん、不死身だから大丈夫よ」


 若ママ怖い、本当に怖いと紅花は思った。


 では、若ママはどこを切り詰めるのかといえば、それはないだろう。

 現在、山田家の不動産収入は全体の四分の一である。それでもって、その物件を所有し、運用しているのは若ママだということに触れておく。


 そうなると、最後に皆の視線が集まるのは、さっきからずっとミケと遊んでいるニートに集まる。


「ん? なに?」


 全員が呆れた顔をする。


 最近、働き始めたとはいえ、こやつは元々無職だ。ここ数年、ちょくちょく変わる彼女の家に転がり込んでいたが、働きもしない大飯食らいは捨てられる。


 職をえたとしても、いつまで続くかわからない。


 これは仕方ないと皆そういう目で見ている。


 若ママだって慈愛の目で見る。


「恭太郎さん、月々の食費をいただきたいんですけど、それくらい払ってくれますか?」

「ああ、そんくらいなら」


 ニートとしても、兄弟の家とはいえ、転がり込んで食費すら払わないというつもりはないらしい。


「それはよかった」


 若ママはそっと金額を提示した紙を見せる。


「……」


 ニートの口があんぐりとあいて塞がらない。


「失礼ながら、手取りのお給料いくらもらえるか調べさせてもらいました。ちょっと、足りない分はあるけど、サービスしておきますね」

「ええっと、収入の九割持っていかれるんですけど」


 山田家の食費は普通の家の十倍以上する。たとえ自炊で頑張っても仕方ない。外食は定期検査のあとくらいしかとらないけど、それでもそのくらいする。


「本当なら、あと二割増しの金額なんですけど、毎月赤にするのは悪くて。ボーナスが出たら、足りない分はそこから引きますね」

「ボーナス払いもあるの!」


 ニートの悲壮な表情、たいして目は笑わないまま唇だけ笑みをたたえる若ママ。


「はい、あります」

「ちょっと待って! 普通、家族ってそういうのもっと優しいもんじゃない? ねえ。とっても、二万か三万が普通でしょ?」

「うちは普通じゃありませんし」


 それに。


「月三万円なら、毎食パンの耳になりますけどいいですか?」

「高くない? パンの耳、高くない?」


 ニートが何を言おうとも、決定事項だった。


「由紀子さん、これ、恭太郎の通帳です。振込になっているので」

「ありがとうございます」

「やめてーーー」


 アヒム兄さんと当人をのぞいてやりとりする。


 紅花はここにいても意味なかったな、と思いながらミケの肉球をぷにぷにと押さえた。


 ただ、これでなんだかんだで若ママもニートに弁当を作るだろう。そうしたら、わざわざニートが昼飯をたかりに紅花の元にくることもなくなるし、ドッグフードがご馳走に見えなくなるだろう。


 しっかり働け。


 紅花は、落ち込んで膝をつくニートを見て思った。

 


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