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獣王の息子  作者: 日向夏
19/32

18、こわいもの、こわくないもの

 

 放課後、ニートがいっていたことが紅花は気になっていた。

 ネットで調べようと思ったけど、紅花の部屋にパソコンはない。教育方針として持っていないのだ。

 

 携帯で調べてもよかったけど、こういうときは詳しい人に聞くのが一番だと思った。


「ふーん、やっぱそういうの興味あるのー」

 

 千春さんがキーボードを打ちながら言った。

 文芸部の部室は今日もガラガラだ。いつも昼休みに行っているから、今日は誰か違う人もいるかもしれないと思っていたけど、そんなことはなかった。


 ちょっとほっとしている。


 先日、あれだけ噂話をしてくれただけに、一言頼んだらすぐ調べてくれた。


「ちょっと気になって」

「ああ、わかってる。わかってるから。うんうん、そういうのって気になるわよね」


 何も言うな、お前は同志だ、と千春さんの目が輝いていた。おさげをばさっと蹄で書き上げると、カタカタとキーボードを鳴らす。なんということだろうか、こうして目の前でどうやってキーボードを打っているのか見ているのにまったく意味が分からない。どうやって蹄で叩いているのだろう。


 ちなみにマウスのクリックもよくわからない。

 恐るべき山羊人間だ。


 千春さんは、慣れた様子で検索画面にキーワードをのせていく。

 

 『ビスクドール連続殺人事件』、巷ではそのように言われているらしい。どこかで捜査情報が漏れたのか、殺された女性たちが着飾られて、椅子に座っている様子がそれによく似ていることから言われている。


 マスコミの餌食になるにふさわしい題材だろう。

 

 千春さんは、見た目は可愛い山羊さんなのに、なかなかエグいものを探してくれる。


「どうする? なんか再現した写真とかあるけど、そういうの苦手?」


 さすがに本物の写真ではないらしい。物好きな人が警察やマスコミが流した情報を元に、こんなものではなかったのかと再現しているらしい。


 たとえ、そういうものでも苦手な人も多いだろう。

 でも、紅花はそういうもので怖がるタマではなく、なによりもっとひどい目にあっている。


「平気なので開いてください」

「はいはい」


 そこには薄暗い写真が一枚あった。

 女性がドレスを着せられて、椅子に座っている。

 顔はうつむき、手はぶらんと下がっていた。


 本当に人形みたいだ。


 その上、服の内側では、内臓を抜き取られ、綿が詰められているという。


 ニートは食人鬼オーガの仕業かもしれないと言った。すなわち、それは抜き取った内臓を食している可能性があることを示している。


 んぐっと、胃液があがってくる。唾を飲みこんで押し流す。


 今度の被害者は、高等部とはいえ同じ学校の生徒だ。紅花の先輩だ。

 

 紅花は自分がずるくて臆病だと思った。名前も顔も知らないその先輩に対して、可哀そうだと思う。でも、それ以上に、自分はこうなりたくないと思う。

 

 この学校の生徒が被害者なら、その人の行動圏内に犯人がいるということだ。東都学園の生徒はいろんな場所から来ている。その人の行動範囲と紅花のそれが重ならないでほしいと願う。


 ただ、そんな感情からふとこんなことが口にでていた。


「そういえば、千春さん。最近、高等部で学校に来ていない人とかいませんか?」


 中等部の彼女にこれを聞くことは間違っているし、変な勘ぐりをさせるだけだろう。

 馬鹿な質問をしたと、頭を抱えたくなった。


「そう言われても」

 

 情報通の千春さんだからだろうか、腕を組んでいる。


「わからなくもないけど」

 

 えっ、と紅花は目を丸くする。


 千春さんはそう言って、なにかパソコンをまたいじり始める。携帯につないでいたネットワークを切り、なにやら別のネットワークに切り替えている。


「なにしてるんですか?」

「学校のネットにつないでるの。お父さんのパスワードで入れるから」

「……」


 それっていいんだろうか、と紅花は思う。

 織部先生は困らないのだろうかと、考えつつパソコン画面を覗き込む。


 千春さんはどこぞの共有ファイルに入っていた。そこには、名前が羅列されており、一目で名簿とわかる。

 

 中等部と高等部のネットワークが一緒で問題はないだろうか、というかパスワード知っていたら簡単に入れるのか、セキュリティ甘くないかといろいろ考えていたが、最低限のことはされているらしい。


「うーん。わかるとしたら名前と出席簿くらいかな。それ以上細かいのは個人情報だから、見つからないなあ。調べようと思えば、調べられることしか入ってないわ」


 うん、そのほうが安心する。

 ぜひぜひ、セキュリティはもっと強化してくれと言いたくなる。


「とりあえず、ここのところ休んでる人の名前ピックアップしておくね。あと、事件の考察してるサイトあるけど、アドレス入れとく?」

「ええっと、できればプリントアウトできませんか?」

 

 ちょっと図々しいと思いつつ申し出る。


「はーい、わかった。ここのプリンタ古いから白黒しか出せないけどいい?」

「大丈夫です」


 紅花は古びたプリンターの前に立つと、コンコンとノックする音が聞こえた。


「どうぞー」


 千春さんの返事とともに入ってきたのは、颯太郎だった。


「あっ、紅ちゃんもいたんだ」


 颯太郎はそう言うと、足音をさせないまま千春さんの元に向かう。


「なーにー?」

「ちょっと聞きたいことあったんだ、千春姉」


 颯太郎は千春さんに慣れた様子で話しかけていた。

 

 ふーん、と紅花は思う。


 颯太郎は紅花と同じくクラスでも浮いている。一日中、鰹節と煮干しを食べて昼寝している奴だ。

 

 普通に仲がいい人なんていないと決めつけていた。


 知り合いなのかといえばそうだろう。

 若ママたちの知り合いに織部先生と颯太郎のおばあちゃんがいる。織部先生と颯太郎のおばあちゃんが知り合いの可能性もあるし、その場合、千春さんと颯太郎にも接点があってもおかしくない。


 なにより、獣人同士なので自然と話が合うのだろう。


 紅花は、プリンターから印刷物がたらたらでてくるのを待つ。

 

「えー、あんたも同じこと聞くのね」

「同じこと?」


 同じこと?


 颯太郎がちらりと紅花を見る。


「ほら、そこ、プリンターからでているから、あんたは書き写しなさい。ここ、印刷枚数制限あるのよ」


 そう言って千春さんが紅花のほうへと蹄を向ける。


 颯太郎が近づいてきて、紅花が持っていた印刷物を覗き込む。


 ふわんとやわらかい猫っ毛が紅花の頬をかすめた。颯太郎は、ぱちぱちと数回瞬きをした。まるで、カメラのシャッターを押したような動きだった。


「うん、わかった。千春姉、ありがとー」

「あいよー。今度、良い感じの葉っぱ持ってきてねー」

 

 颯太郎はそのまま部室を出て行く。


 紅花は自分が持っている印刷物を見る。

 今さっき、千春さんにまとめてもらった名簿が一番上にあった。欠席が多い生徒は十数名いるが、女子生徒は七名ほどだろうか。


 暗記、早っ!


 紅花はそう思いつつ、千春を見る。


「すみません。助かりました」

「うん、いいよー」

「また、なにかあったらお願いします」


 そういって、部室をあとにした。


 

 



 紅花は少し早足になる。いや、早足では間に合わないので、誰もいないことを見計らって階段を飛び降りる。無駄に洒落た螺旋階段の中心に身を乗り出す、ふわっとスカートが舞う。足をばねにして、トンとつま先で着地する。少し勢いがついて前のめりになったが、すぐ持ち直す。


 三階から一気に一階へ。


 無理やりなショートカットをした先に、目当ての人物がいた。


「颯太郎!」

「どしたの、紅ちゃん?」


 紅花が三階から飛び降りようとも、平気な顔をしている。たぶん、紅花より颯太郎のほうがもっと上手く着地できるだろう。たぶん、一度くるんと宙返りをくわえる余裕があるはずだ。


 紅花は颯太郎の前に行くと、人差し指を立てて彼の肩をつついた。


「どうするつもり?」

「どうするって、これから帰るつもりだけど」


 嘘だ、と紅花は直感した。


 猫みたいに目を細めて微笑んだ顔をしているがなんか胡散臭いと思う。


「あんた、事件について調べるつもりでしょう?」

 

 紅花はぐいっと指に力を入れてもう一度つつく。


「だから、今、千春さんのところに来たんでしょ?」

「それを言うなら、紅ちゃんもじゃないの?」


 颯太郎は、首を傾げながら言った。


「紅ちゃんは危ないから、帰った方がいいよ」

「あんたも帰りなさいよ」


 紅花はあくまで興味本位だった。正直、情報源がニートだ。本当かどうか怪しい。だからこそ、つい調べてしまっただけだ。

 

 もし、それが本当だとして、紅花がやるのは、その殺された人物の行動範囲に入らないようにすることくらいだ。


 殺人鬼だろうが食人鬼だろうが、会わないことにこしたことはない。


 紅花は颯太郎の襟首を掴む。そのまま引きずる。よく、若ママが愚兄にやっている運び方だ。


「今日は、送ってあげるから一緒に帰るよ。電車待たなくていいから楽だよ、後部座席でいつものように寝てなよ」

「そういう気分じゃないから」

「言う事、聞きなさい。颯太郎の癖に」


 まるでいじめっこみたいな言い方だ。でも仕方ない。颯太郎は、紅花に借りがある。紅花の言う事は聞くべきなのだ。


 颯太郎はずるずる引きずられながら、紅花を見る。


「紅ちゃん」

「何よ?」


 紅花は機嫌悪そうに答える。


「食人鬼怖いでしょ?」

「……なにいってんの?」


 足が一瞬止まりそうになった。止まっていない、だから気づかないでほしい。


「食べられることは怖いでしょ?」

「誰だって、嫌じゃないそれ」


 皆、好き好んで食べられる人なんていない。それは、死と直結することだ。


「でも、怪我は怖くないみたい。それどころか、死ぬことも他の人より怖がってない」

「……何言ってるの?」

「だって、この間の食事の時、全然平気そうだった。井戸のときもそうだったし、吸血鬼のときも。あれは、怖がるというより、ちょっと違うかんじだった。危険だと思っているけど、対処できる冷静さはあった」


 だけど、と颯太郎は付け加える。


「あの粘性生物のときと、……僕のときはすごく怖がってたよね。なにも動けなくなるくらいに」


 足が止まる。


 首筋がざわっとする。


 大きな前脚で押さえつけられ、牙が食い込み、そのまま肉を引きちぎられる。


 フラッシュバックする記憶の中で、そこにいる颯太郎は人ではなかった。ただ、血に飢えた虎がそこにいた。


 一瞬手が緩んだすきに、颯太郎はくるりと身体をひねって紅花の手から逃れた。

 

 夕日が窓から差し込み、影が伸びる。


 赤い光に黒い影が立つ。それが獣の形にかわっていくように見えた。


 驚きで手が震える。それをおさえる手も震える。


「紅ちゃん優しいよね。普通許さないよ」

「なにが」

「許してくれたから、僕はここに正気でいるんでしょ」


 颯太郎はにいっと笑う。唇から八重歯が小さくのぞく。


「大丈夫、僕はそんなにへまはしないから。だから、安心して縁側で日向ぼっこでもして待ってればいいよ」

「うち、縁側ないもん」

「うちの貸そうか、日当たりいいよ」


 軽口を叩くことはできる、でも、もう一度颯太郎を捕まえることはできない。


 颯太郎は廊下を足音も立てずに歩く。


「紅ちゃんが優しいから、僕は騎士ナイトになれるんだよ。かっこよくない?」

「かっこよくない」

「ひどいなあ」


 口では言い返せる、でも、身体は動かない。


 颯太郎はどんどん離れていく。


「大丈夫、おうちでおにぎりでも作ってて。おかかとじゃこを混ぜたやつが好きだなあ」

「……」


 こいつ、誰が作っていたかわかっていたのか。


 紅花は毒づきたくなった。


「じゃっ」

「ちょっと!」


 颯太郎はそのまま走っていった。

 体重を感じさせない走りに紅花は追いつけない。


 追いかけようとも思わなかった。


 颯太郎が完全に見えなくなった。


「さいあく」

 

 大丈夫だと思ってたのに。

 うまくいくって思っていたのに。


 ばれていたみたいだ。


 紅花は颯太郎が怖かった。


 捕食者が怖かった。


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