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獣王の息子  作者: 日向夏
14/32

13、眼鏡と愚兄とニート


 中間テストは、案外悪くなかった。

 理由としては、わからない部分は若ママが丁寧に教えてくれたし、比較的テストは優しめに作られていたからだ。


 悪くなかったといっても、よくもなかった。

 

 返ってきた答案を見せると、愚兄が鼻で笑ったので脛を蹴っておいた。

 あとで、若ママに〆られていたが、どうみてもご褒美の顔だった。


 そういうわけで、ここ最近は実に平穏な一日を過ごしていた。


 クラスメイトたちは、紅花に対して当たらず触らずな態度をとるようになっていた。そういう立ち回りだと理解したらしい。


 少し変わったと言えば、お昼ご飯の時間くらいだろうか。


「おにぎり、たらこ?」

「バターしょうゆ味」


 森林浴をしながらのごはんは美味しい。

 晴れた日はここでごはんをとるようになっていた。


 颯太郎少年のお弁当の量は段々増えていって、三段重ねの特大タッパーで打ち止めになった。なったが、まだお腹は余裕らしい。自分の頭の大きさと変わらぬおにぎりを食べている。

 少し歪なおにぎりだ。


 紅花は若ママが作ってくれた小さなおにぎりをもぐもぐ食べる。サッカーボールおにぎりみたいな大味じゃなくて、ひとつひとつ丁寧に具やふりかけが違うのだ。最近は、ひじきと梅の生ふりかけが紅花の好物だ。


 お腹いっぱいになったら、ベンチに横になる。

 

 颯太郎少年は大きな木の幹の前に丸くなっている。毛づくろいをするように手の甲で顔を撫でている。


「ねえ、颯太郎」


 紅花は少年のことを呼び捨てにするようになった。そうだ、紅花のほうが、立場が上なんだから、敬称なんてつける必要なんてない。颯太郎少年なんて周りくどい、颯太郎で十分だ。


「なーにー?」


 颯太郎は眠いらしく間延びした声だった。


「ここ、誰が手入れしてるの?」


 ひそかな疑問だ。

 誰も来ないのによくやるなあと思う。


「用務員のおじいちゃん、もう定年過ぎてる人」


 委託で来ているらしい。温室が現役だったころから手入れしていたので、今も時間が空いたときにやっているとのことだ。


「この間、腰痛がひどいって言ってたから、さすがにそろそろ辞めるよってさあ」

「そうなの」

「最近では、ここらへん、野良犬が多くてそれも追い払うのも大変なんだって」


 学校内に入ってきたら大変だろう。だからといって保健所に頼むのも気が引けるようで、大人しい小さいうちに拾ってきては、飼いならして飼い主を見つけていたらしい。

 校内にいる猫も餌付けとともに、避妊手術をしていたらしい。


「そういう仕事もしてるんだ」


 それは少し残念な気がした。

 なんか優しい用務員さんなんだと思った。


「だから、こんな庭作れるんだろうね」


 骨組だけの鳥かごみたいな温室に支柱のように大きな木、その周りの植物は色とりどりで、季節ごとに綺麗な花を咲かせるのがわかる。

 こういう場所はぜひともとっておきたい。


「次来る用務員さん、この仕事引き継いでくれるといいなあ」

「いいねえ」


 そういう真面目な人ってそうそういないと思う。世の中、さぼれるならさぼりたいと思う人が多いはずだ。

 山田家も基本働き者が多いが、一人どうしようもない奴がいる。愚兄は一応働いているので、愚兄ではない。


 ふと、紅花は颯太郎を見た。


「ねえ、颯太郎って兄弟いないんだよね?」

「うん、一人っ子だよ。前に弟か妹が出来たんだけど、生まれなかったんだ」

「そう」


 悪いことを聞いたかなって思う。


 そう言えば、獣人と人間のハーフは生まれにくい。遺伝子の差異で子ども自体ができにくかったり、虚弱な個体ができやすかったりするらしい。


 だが、稀に強い個体も生まれると聞く。


 そう考えると颯太郎が先祖返りだということも理解できる。個体として強かったから、ハーフとして今まで生きてこれたのだろう。


 ハーフ獣人が少ない割に、先祖返りで人間同士の間に獣人の形質を持ったものが生まれる率が高いのはそこにも原因がある。

 数は少ないものの個体として強いハーフ獣人は繁殖力も強いとのことだ。

 うん、深くは考えないでおこう。


 それにしても、随分穏やかに育ったものだと感心する。確かに、紅花を襲ったことは変えられようもない事実だが、今の颯太郎は完全に猫だ。しかも、ただの猫じゃなくイエネコにしか見えない。


 紅花は家の関係で何度か人外の集会に参加したことがある。そのとき見た虎型の獣人はとても気性が荒かったことを覚えている。


 人外の中には不死者の血肉を狙うものが多くいる。若ママと姉さんに、離れないでといつも集会のときには言われていた。

 子の二人がいるときは、他の人外たちは近寄ってこない。多分、相手にして敵うと思わないからだろう。


「紅ちゃんはおにいさんがいたよね。けっこうおっかない」

「おっかない?」


 おっかないのは、姉さんだ。


 紅花が眠っているうちに、颯太郎は紅花の兄弟たちに会ったのだろう。成り行きとはいえ、あれだけ血肉を与えたのなら、彼の不死化は始まっているはずだ。今、こうして颯太郎が普通に学校に行っているのも、紅花が眠っている間に兄弟たちが色々やってくれたのだと思う。


「姉さんじゃない? 兄さんは、三人いるけど」

「おねえさんは怖くなかったかな。三人もいるんだ」


 驚いた様子で颯太郎が聞き返した。


「うん。そこそこ頼りになる眼鏡に、使いものにならないニートに、存在が害悪な愚兄がいる」

「へえ、ニートがいるんだ、大変だね」

「そう。お金が無くなると、妹にもたかってくるの」

「ろくでもないニートだね」


 早く仕事見つけてほしいわ、と思いつつぼんやりしながら上を向く。伸びた木の枝と温室の骨組の隙間から青い空が見える。


 そのまま目を瞑ると、ゆっくり寝息を立てた。






 その日の放課後だった。


 若ママの迎えはまだ続いていた。

 もう少ししたら、ちゃんと電車通学しようと思うけど、もう少しだけもう少しだけと甘えていた。


 いつも通り、ホームルームと掃除を終え、帰ろうとするとちくんとなにか視線を感じた。

 第六感というのだろうか、監視されているような雰囲気。

 

 ちらっと周りを見てみる。

 中庭が見えるがもうそこにはあの粘性生物はいない。

 死亡フラグも見えない。


 気のせいかな。


 紅花はいつも若ママを待っている校門へと向かった。






 翌日、雨が降っていたので、温室には向かわず文芸部の部室に行った。千春ちはるさんがいつも通りノートパソコンをかたかた鳴らしていた。

 

「こんにちはー」

「こんにちは」

 

 そう言ってキーボードを打つのをやめない。それにしてもどうやって蹄でキーボードを打っているのか謎だ。

 本当に謎だ。


 紅花は椅子に座ってお弁当を食べ始める。今日は、朝から曇りがちだったので、おにぎりは余分に作っていない。

 

「そうだ。山田さん」


 カタカタと音を鳴らしながら、千春さんが話しかけてきた。


「なんですか?」


 紅花はお茶を飲みながら聞き返した。


「新しい用務員さんが来たんだけどさ、知ってる?」


 ああ、やっぱり変わったんだと紅花は思いながら、「そうなんですか」と感心したふりをした。


「ああいうのっておじさんしかこないと思ってたんだけど、かなり若い人だったわ」


 千春さんが目をきらきらさせていった。


「しかも、かなり格好良かったの」

「そうなんですね」


 意外にもこういうところはミーハーなのだなと紅花は思う。


 正直どうでもいい、校内に住むにゃんこの世話と温室の手入れをしてくれたら、相手が岩男ゴーレムだろうと、蜥蜴人間リザートマンだろうと関係ないと思う。


「そういう話も食いつかないか」


 千春さんは少し残念そうに紅花を見た。生返事だったのがばれたらしい。


「じゃあ、こういう話題はどう?」


 千春さんが紅花にノートパソコンを向ける。そこには、なんだか妙な掲示板があった。


「なんですか、これ?」

「いわゆる学校裏サイトってやつかな」


 ああ、と紅花は手を打った。これがテレビとかで有名な奴かとまじまじと見る。想像していたのと違うのは、携帯じゃなくパソコンから見ているせいだろうか。


 中身は、先生の名前を呼び捨てで書いてあったり、とある生徒の名前を名指しで書いてあったりした。

 

「……」


 正直、あまり気分がよくないものだとわかった。

 そっと目を離す。


「山田さんの話題も一時期上がってたけど、見る?」

「遠慮しておきます」


 どんなことが書かれているかわからないし、こういう場所に上がる話題なんて聞かないほうがいいだろう。


 精神衛生上良くない。


 でも、普通、転校生とはいえ、こんなところに名前を出すなんて本当に趣味が悪いと思う。


 せっかく大人しくしているのに台無しだ。


「皆、暇なんですか? そういうの、書くのって」

「暇というか、なんかねえ。もし、そういうの書かれる筋合いがないのに書かれていたら、胸を張っておくといいわ。つまり、相手が自分に嫉妬していることだから。私も自分の名前があるとすごくぞくぞくするもの」

「……」


 けっこう曲者なのかな、と紅花は千春さんを見る。見た目は織部先生に似ているけど、中身はそうでもないのだと思う。


「ただ、山田さんのこと話題に出すのって大体いつも同じ人みたいね」

「そんなのわかるんですか?」

「うん、名前は時々変えてるけど、IDは二つだけだし、文体の癖も同じみたいだから同一人物だと思う。別に悪いことは書かれてないんだけどね」


 そう言われても気持ち悪い気がする。


 誰か紅花が知らない人がずっと自分の話題にしているということか。こういう匿名性の高い掲示板で。


 それにしても。


「千春さん、よくわかりますね。それ」

「うん、長いから」


 長いとか言われても。


 なんとなく敵にしないほうがいいと思う紅花だった。


「あっ、じゃあ、こういうのならどう?」

「なんですか?」


 画面は同じく裏サイトだったが、話題の種類がさっきと違った。


 『東都市七不思議』と書かれている。


 東都市、すなわちこの東都学園がある場所だ。市とついているが、それはやたらめったら広いだけで、人口密度は薄い。人口は十万人をこえないくらいだ。

 

 紅花の今住んでいる家の周りもけっこうな田舎だが、それは日高家の田んぼや山が広がっているだけで、少し離れるとベッドタウンとして住宅が並んでいる。一応、東都市とは隣町だけど、こちらに比べるとずっと都会に見える。


「ここ、首都圏に近いけど、妙に寂れてるのよね。この学園がなかったらもっと寂れてただろうけど、そのぶん、けっこう楽しげなスポットは多いのよ」


 ここでいう楽しげなスポットとやらについて紅花は、楽しくなさそうと思うしかない。たぶん、紅花と千春さんの価値観はけっこう違っていると思う。


「昔、犬神の一族がいたとかさ。西からわたってきた一族で、蠱毒なんかもこの辺で作ってたっていう伝承あるの知ってる?」

「きいたことがあるような気がします」


 なんか記憶に新しいなあと紅花は思う。


 先日の神社の床が抜けた事故のあと、あの場は埋められたと聞いた。

 その際、何やらお祓いとかたくさんしたらしい。

 

「他にも、食人鬼が住んでいた廃屋があるって知ってる」

「知りません」

「ええ、うちのお父さんが小学生のころに実際あったらしいわ。食人鬼が人を襲って、その廃屋でいつも食べていたって話」


 いや、もう聞きたくないんだけどと紅花は思う。


「もうその時の食人鬼は捕まっているんだけどね。他に昔、事件がここらへんで頻発していたんだけど、それも七不思議に数えられているのよ」

「そうなんですか」

「ええ、こちらは食人鬼じゃなくて殺人鬼の話なんだけど」


 若い女性ばかりを狙い、殺害し、飾り立てるという猟奇連続殺人犯の話だ。


 どこかで聞いたことがある気がする。


「なんか覚えない?」

「あるような気がします」

「だよね」


 千春さんは裏サイトとは別にニュースサイトを立ち上げる。千春さんの携帯を使って電波を拾っているためだろうか、少し動きが遅い。

 ようやく立ち上がった記事を見せられる。


「これ、そっくりじゃない?」


 それは、テレビでずっと話題になっている連続殺人事件の話だった。


 紅花の肌にぞくりと鳥肌が立った。




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