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獣王の息子  作者: 日向夏
12/32

11、祝福と呪縛


 小さいころからずっと言われてきたことがある。


「耳は見せちゃだめよ。見せるのはとても恥ずかしいことだから」


 獣人の耳は四つある。少なくとも、颯太郎は四つある種類の獣人だ。そういう獣人は人間との混血が多い。母さんも同じく耳が四つある。


 一組は本物の耳で、普段は髪に隠れている、もう一組は人間っぽい耳でこれはほぼ飾りといっていい。人間との混血で、耳の形だけ残ったとか、人間に紛れ込むために擬態として進化したとか言われている。そのため、普通にしていれば、特に獣人と気づかれることはない。


 そういう獣人が本物の耳をだすことは酔っぱらったおじさんが道端でげーげー吐いたり、幼稚園でおもらしすることよりも恥ずかしいと聞いたのでちゃんと母さんの話を聞くことにした。母さんも耳が出ないようにいつも気をつけていた。


 何度か母さんの耳を見たことがある、三角の黒い耳で父さんが二人きりのときだけ出していた。「素敵だよ」とつんつんつついていたけど、颯太郎が見ているのに気が付くと二人とも、世界が終ったみたいな顔をして固まった。


 多分、二度と覗き見はしないほうがいいんだろうな、と幼子ながらに思った。


 おじいちゃんはそんな二人を見てすごく羨ましそうにしていて、そのたびに、おばあちゃんに飛び膝蹴りを食らっていた。ひいおばあちゃんはそれを見て、ものすごく笑っていたのでけっこうひどいひいおばあちゃんだと思う。ひいおばあちゃんはおじいちゃんの母さんだ。


 おばあちゃんからも言われたことがある。これも絶対約束だよと言われたことだ。


「危ない目にあっている人がいたら助けなさい。いつかお前のためになるから」


 危ない目にあう人ってどういう人だろうか。多分、人っていうから人間は人だろう、颯太郎は半分人外だけどそういう意味で人外も人だと考える。じゃあ、駄目なのは食人鬼だろうかと区別をつける。

 

 困った人は助けなさいって、幼稚園でも言っていたか。ちゃんと守る、大丈夫だって言ったら、ぎゅっと抱っこされた。


「助けなさいね、そうすればお前のためになるからね」


 よくわからないけど、おばあちゃんはとても悲しそうにしていた。


 その意味がわかるのはしばらく後のことだった。


 ある日、鏡に映っていたのは自分にそっくりなおにいさんの顔だった。でも、その顔は元気がない。元気がないと思ったら、口から血を吐いていた。ころんと首が転がって、その向こうにとても怖い何かを見た。


 何を見たかまでは覚えていない、ただ、人ではないことだけはわかった。


 それをおばあちゃんに話したら、痛いくらい抱っこされた。


「助けるから、絶対助けるからね」


 ずっと泣きながら抱っこされた。


 おばあちゃんの背中越しに鏡が見える。少し大人な自分の顔がうつる。さっきとは少し雰囲気が違う。でも、結末は同じで転がっていく首。


 それからだろうか、颯太郎の目にこれから死ぬ人の顔が見えた。

 おばあちゃんの言うとおり助けた人もいた。助けられなかった人もいた。


 それに意味があるのかわからなかったけど、助けられる努力をした。結末はいつも一緒じゃなくて、なにかするごとにかわっていく。


 颯太郎の鏡の姿も変わっていった。でも、結末だけは変わらなかった。


 ただ、その変化は、誰かを助けたあとによく起こった。

 もしかしたら、誰かを助けると未来が変わるのかなと思った。おばあちゃんが人助けをしなさいと言ったのはそのせいかなと思った。


 不思議なのは、死相が見える人はみんな人じゃない生き物が関わっていた。人や人外もだけど、たまに妖怪の類も関わっていた。


 颯太郎には力が足りない。子ども一人にできることは限られる。

 

 だから、知識で補うことにした。


 足りないものを補うことにした。


 酷い奴だなって颯太郎は思う。

 誰かを助けるのは、結局自分のためでその人のためだって思ってない。だから、できるだけこっそりやることにした。お礼を言われるだけ、気まずかったし、何より他人の死が見える能力ってあまりよくないことらしい。おばあちゃんから引き継いだその能力だけど、おばあちゃんもとても苦しんでいた。


 たぶん、その能力のせいで何度も血を見てしまうからだろう。あまり、そういうのは得意じゃないってわかった。


 颯太郎はそういうのはけっこう平気だった。

 

 たぶん、獣人だからそういうのが得意というのがあるのだと思った。深く考えたことはなかった。


 考えたことはなかった。






 鶏の鳴き声が聞こえる。田中さんだ、朝から張り切らなくてもいいのに。


 布団をかぶって眠る。


 その次に、目覚ましの音が鳴る。


 がちゃんと消して、もう一度寝る。


 するとしばらくもしないうちに、襖が思い切り開いた。


「こらー! 早く起きなさい!」


 布団をひっぺがすのは母さんだった。

 眠い、すごく眠い。


 布団に張り付いてこらえる。

 それでも母さんは無駄にパワフルなので布団ごと颯太郎を振り回す。

 振り回すのだが。


 いつもとちょっと様子が違った。


 ちらりと薄目を開けて母さんを見る。


「あんた、ちょっと大きくなった? なんだか重いんだけど」

「そう?」


 よくわからないやと起き上がる。今ならギリギリご飯を食べて、間に合うだろう。いや、お隣さんの車に乗せてもらったら、あと三十分は楽できるだろうか。


「……」


 やっぱり、止めよう。電車に間に合うかなと逆算しながら、制服に着替える。


「もう、早くご飯食べてよね」

「はーい」


 着替えて軽く顔を洗ってから、居間に向かう。


 居間には父さん以外全員がそろっていた。確か、父さんはフィールドワークとやらで、地方にいっている。


 おじいちゃんとひいおばあちゃんが座っている。母さんとおばあちゃんはおかずを準備していた。

 

 今日は焼きジャケだったので、少しテンションが上がった。


 ご飯をよそっていただきますと手を合わせる。

 おじいちゃんは無言でテレビを見ていて、ひいおばあちゃんはもう食べ終わったのか、仕事の準備をしていた。ひいおばあちゃんはまだ現役で、大学で勉強を教えているすごい人だ。


 シャケを口に入れる。


「……」


 なんだろう、いつもと味が違う気がする。

 美味しいのは美味しいのだけど、ちょっと物足りない気がする。ごはんをぱくぱく食べて、シャケも皮まで残さず食べる。


 お腹が空いているのだろうか。


 物足りないので、ご飯をよそう。


 シャケは無くなったので、おかかをかけて食べる。


「野菜も食べなさい」

 

 おじいちゃんが、ホウレンソウのおひたしを寄せてくれる。鰹節がいっぱいかかっているのでそれも食べる。

 

 ご飯がなくなった。


 もう一度よそう。


「全部食べろとは言ってないぞ」

「お腹すいた」


 気が付けば、座卓の上にあるおかずは全部食べていた。炊飯器の中も空になっていた。


「成長期かなー」


 のん気に言うのは、母さんだった。


 おじいちゃんとおばあちゃんは無言で、ひいおばあちゃんだけは「いってきます」といって仕事に出かけていった。


 ひいおばあちゃんは、家族の中で一番クールだ。大概のことでは動揺せず、孫が猫又の嫁を連れて来たときも、一人茶をすすっていたらしい。


「颯太郎」

「なに?」


 おばあちゃんが真剣な顔をしていた。おじいちゃんは素知らぬ顔をしつつも、じっと颯太郎を見ていた。


 お母さんだけは夕飯のごはんの量をどうするか考えていた。


「ちょっと様子が変ね。今日は学校を休みなさい」

「えっ? いいの」


 思わず嬉しそうな声を上げたら、おばあちゃんから拳骨を食らった。


 うん、我が家で一番手が早いのはおばあちゃんだ。






 おじいちゃんもお仕事にでかけて、母さんは洗い物をしている。

 

 おばあちゃんも仕事に行くかと思ったら、お休みした。


 今日は二度寝できると思ったら、おばあちゃんに着替えなさいと言われた。その服はどう見ても、よそいきのもので着替えるのが面倒なのでいつも通りTシャツに短パンに変えようとしたら、また殴られた。


 おばあちゃんは怖い。

 おじいちゃんは年中〆られている。変な夫婦だと思う。


 どこへ行くかと思ったけど、車には乗らない。歩いてついて来いという。服装は黒い訪問着を着ていた。着物を着るのでどこかに買い物でも行くのだろうかと思ったが、違うらしい。

 

 ついたのはお隣さんだった。


 ぐらんと頭が痛くなった気がした。


 その上に、ぽんとおばあちゃんが手をのせる。


「あんたはちゃんと頭下げる用意しておきなさい」


 ぐっと顔を歪めるおばあちゃんに、颯太郎は大人しく頷いた。


 




 呼び鈴を鳴らし、出てきたのは山田家のおねえさんだった。たしか、紅ちゃんの義理のおねえさんだと聞いた。


 おばあちゃんは深々と頭を下げる。

 颯太郎も真似して頭を下げる。


「申し訳ないことをしたわ」


 おばあちゃんは何か知っているのだろうか。

 颯太郎はよくわからないと首を傾げるが、くんっと鼻を鳴らした。


 とても美味しそうな匂いがすると思った。


 なんだろう、お魚でも焼いているのだろうかなと思う。


「いえ。その様子だと、特に副作用はないみたいね」

「ええ、まったく」

「なら、仕方ないわ。それはうちの紅花が選んだことだから」


 紅ちゃんがどうしたと言うんだろう。


 玄関を上がって、スリッパに履き替える。

 見た目は洋館だけど、中は土足厳禁なのが島国っぽいなあと颯太郎は思う。


 エントランスには左右に伸びた階段があって、おねえさんが上がるのにおばあちゃんと颯太郎は続く。コの字に伸びた廊下を左に曲がって、つきあたりの部屋に入る。


 美味しそうな匂いがドアを開けると一層強くなった。

 なんだろう、この感覚は。

 とても全身の産毛が立つ感覚。


 思わず涎があふれそうになって、ごくりと飲みこんだ。


 その音に注目したのは、おねえさんともう一人部屋の中にいた人物だった。


 背の高い男の人だった。

 黒い髪に金色の目をしている。色彩から、紅ちゃんのおにいさんだとわかる。この前来た時もいた気がしたけど、颯太郎は一人で帰るように言われた。

 

 おにいさんはお姫さまが眠るようなベッドの前に座っていた。その足元に、三つ頭がついた猫が片目を開けて丸くなっている。たしか名前はミケと聞いた。


 ベッドに近づくほど美味しそうな匂いがする。


 でも、同時にものすごい忌避感がある。


 これ以上近づいてはいけないと、なにかがいっていた。


「その子が颯太郎くん?」 


 おにいさんが言った。

 おばあちゃんが頷く。

 颯太郎も頷く。


「そう、元気そうだってことはそういうことなんだね」


 そういうことってどういうことだろう?


 颯太郎が首を傾げていると、おにいさんは立ち上がった。そして、ベッドのカーテンを開いて見せる。


 中には紅ちゃんがいた。

 少し顔色が悪そうだ。


 なんだろう、体調が悪いのかな。


「君がそうしたんだよ」


 おにいさんは笑いながら颯太郎を向いていった。


「えっ?」


 なんだろう、なんで紅ちゃんの体調が悪い理由が自分なのだろうか。

 あれ?


 なんかおかしいな。


 颯太郎は、ふと思い出す。


 昨日はなにをしていたっけ?


 すごく疲れていて、一日中寝ていた気がする。


 とてもお腹が空いたので、こそっとおやつを食べた。おじいちゃんがこっそり持っていた内緒のおやつなので、あとでばれたら怒られるかなとか思ったけど食べた。


 それでは足りなくて、ジャム用にとっておいたイチゴを全部食べて、庭に出てサクランボの木に登って食べた。

 

 卵は冷蔵庫からとるとばれちゃうので、飼っている地鶏のものをとってきて全部茹でて食べた。


 お肉とお魚が食べたかったけど、なくて我慢した。

 そのあとすごく眠くなって寝たら、朝になっていた。


 なんでお腹が空いたんだろう、なんで疲れていたんだろう。

 

 その原因になったことを思い出そうとする。


 あれ?


 一昨日はどうやって帰って来たんだろう。


 一昨日の土曜日は確か、紅ちゃんを誘って……。


 思い出そうとして、口をおさえる。胃液が上流してくる。


「今更、吐きだしても無駄だよ。床が汚れちゃうから」


 おにいさんの物言いは冷たい。


 でも、仕方ない。


 吐いたところで何になる。とうに消化してしまっただろう。


 あのとき、颯太郎は抗えぬ欲求を満たした。


 香り立つ肉に食らいついていた。


 颯太郎は、紅花を食べた。


 それが事実だ。






 居間に通されて、紅茶を出される。

 甘い香りがする焼き菓子が置かれたが、とても手を付ける気にならなかった。


「不死者のことはどれくらい知ってる?」


 おねえさんにたずねられた。


「うちにある蔵書は大体、目を通しています」


 父さんが集めた本だ。暇さえあれば見ている。暗記するほどじゃないけど、どれも軽く読んでいるはずだ。


「つまり、ある程度は端折っていいレベルの知識はあるわ」


 おばあちゃんがフォローする。


 おにいさんは紅茶を飲む。どうぞ、と言われると飲まなくてはいけない気がして、颯太郎は口に含む。

 元々、紅茶は好きじゃないし、味もわからない。今日は特にわからなかった。


「じゃあ、不死者の祝福と呪縛を知っている?」

「はい」


 不死者には、その血肉を与えることで相手に祝福を与え、奪われることで呪縛をかける。


 祝福は怪我を治すことから、その身体を不死者に作り変えることもできる。


 対して、呪縛は相手にどんなに餓えても苦しくても死ななくする。恐ろしいことに、これを受けたものの多くが食人鬼グールにかわる。


 颯太郎は、どうだったろうか。


 紅ちゃんの肩に食らいつき、貪った記憶しか残っていない。


 もしかして、昨日からずっとお腹が空いているのはそれが原因だろうか。


 その不安を取り除くように、おねえさんが首を振る。


「安心して。それは普通の不死者化よ。これから、食欲も体重も増すけど、食人鬼になったわけじゃない」

「今のところね」

「不死男くん!」


 おにいさんはおねえさんに怒られてしゅんとなる。尻に敷かれているのだろうか。


 おねえさんが代わりに話しだす。


「紅花は、颯太郎くんを呪っていないわ。ちゃんと祝福という形で、君に血肉を与えたの。だけど、一つ問題があって」

「ええ、問題でしょうね」


 おばあちゃんが颯太郎の頭を掴んだ。

 そして、髪の毛をまさぐる。普段、髪の毛に埋まっている丸い耳を出す。


「先祖返りですもの」


 先祖返り?


 それはおかしいなと颯太郎は思う。颯太郎の父さんは普通の人間だけど、母さんは猫又だ。ハーフ猫又だから、別に先祖返りじゃない。


「人虎の」


 人虎?


 たしか大陸のほうにいるという獣人だ。


「颯太郎は祖先に人虎の血が混じっているわ。この子は変わった猫だと思ってたみたいだけど。まあ、そう言い聞かせたのはこっちだから」


 おばあちゃんが呆れた顔で言った。


「猫じゃないんだ」

『違う』


 なぜか、おにいさんとおねえさんの両方から否定された。


 獣耳に卑賤はないっておじいさんは言っていたので、あまり変わらないものと思っていた。


 薄々思っていたが、やはり違うようだ。


 そんなことより人虎だと何が問題なんだろうか。


「古い人虎の血が出ている。古い人虎は何を食べていたかわかるかい?」

「……人」


 夜な夜な虎に姿を変え、人を襲っていたという記録を読んだ。古い文献でどこまで本当かわからないが、獣人の中にはそういう気質の者が多く、一部は食人鬼として存在している。


「君は、紅花に傷を治してもらったみたいだけど、その後、君は紅花を襲った、それであってる?」

「……はい」


 抗えぬ欲求だった。ただ、甘い匂いがして、それを食いちぎりたくて仕方がなかった。


 目の前にいるのはクラスメイトなのに、身体がその肉を欲していた。


 身体が言うことを聞かず、思考ができなかった。


 気が付いたときには、血まみれで息絶えた紅ちゃんがいて、口の中は鉄の味でいっぱいだった。


 驚いて、放心して、そのあと、紅ちゃんの身体が修復しはじめたのは覚えている。


 その後、思い切り張り飛ばされた。


 たしか、「初めてだったのに!」とか叫んでいた。


 そこで記憶が途切れた。

 たぶん、一昨日の記憶が飛んでいるのはそこのところが原因な気がする。


 おにいさんは、少しニヒルな笑いを浮かべて頬杖をついていた。おばあちゃんはそれにぴくりと眉を動かしたが、何も言わなかった。

 おねえさんは不安そうに二人を見ている。


「紅花はおいしかっただろう?」


 にやりと笑うおにいさんに颯太郎はぴくりと動く。


「うちの家族の中でも、一番若い個体だし、なにより匂いがいいらしい。あの子の周りには、いつも捕食者が狙っている。狂わせるなにかが漂っているらしい」


 おにいさんは淡々と述べる。


 捕食者、それが誰を意味しているのかわかる。


「生意気盛りで腹が立つが、あれでも妹なんでね」

「すみません」

 

 謝っても意味がないと思う、でも謝るしかない。


 おにいさんは颯太郎の顔をじっと見る。じっと見て何かを考えている。


「紅茶は飲んでくれたようだね」


 半分ほど、飲んだ。味はまだわからない。


「なにをすればいいんでしょうか?」


 考えるべきだろうけど思い浮かばない。代わりに食いちぎられたらいいのだろうか。


「なんでもするかい?」

「……」


 颯太郎は頷く。

 

 おばあちゃんが悲痛な顔で見ている。


「君はちょっと特殊な力を持っているみたいだよね。お婆さん譲りのさ」

「貴方におばあさんなんて言われたくないわ」


 少しとげのある言い方で、おばあちゃんが返す。


「でも、孫でしょ」

「それは事実ね」

「かな美さんの力を受け継ぐっていうなら、こっちも好都合なんだ」


 かな美とは、おばあちゃんの名前だ。おにいさんもおばあちゃんと元々知り合いなのだろうか。


「うちの妹を守ってもらえないか」

「!?」

 

 颯太郎は目を見開いた。


「すでに一回そういう目にあっただろ。そういうことだよ」

「でも、それは……」


 もし、颯太郎がまた、この間みたいに狂ってしまったらどうする気だ。助けるどころか、襲いかねない。


「一昨日のように狂うことはもうないだろう。君には理性というものがある。それを失わなければいい」

「そんなことが可能ですか?」

「可能じゃなくて、やれっていってるんだよ」


 ぞくりとする目線が颯太郎に突き刺さった。


 これは、この間の吸血鬼の比じゃないな、と颯太郎は感じる。


 すごく怖い。本能的に、こいつを敵に回すなと言っている。


 そんな雰囲気がその視線から感じられた。


「それに、祝福を与えたのは紅花だ。妹の意思も尊重したい。でも、それだけじゃ甘すぎるから」


 青年はにっこりと笑って、紅茶を指さした。


「僕の血を飲んでもらった」


 笑顔で衝撃の告白をするおにいさんに、颯太郎は思わず「うげっ」と口をおさえた。


「不死男くん!!」

「山田!!」


 おねえさんとおばあちゃんが、おにいさんに向かって叫ぶ。


「それでも甘いほうだと思ってるよ。寛大すぎる処置だよ」


 急に味がしないと感じていた紅茶から、鉄の味が広がった気がした。


「紅花になにか危害を加えるなら、君が飲んだ僕の血が、君を呪縛する。量は少ないけど、僕は紅花よりずっとその力が強いから」


 おにいさんはナイフを手にすると、己の指先に傷をつけた。そして、半分残った紅茶に血を流しいれる。


 赤い血が紅茶をさらに赤くする。


「それを飲み干してくれない? それぐらいできるだろ?」


 妹の騎士ナイトくん、と。


 颯太郎は、血の味のする紅茶を飲み干した。






 家に帰るとき、おばあちゃんも颯太郎も無言だった。


 おばあちゃんは颯太郎の手をじっと握りしめていた。


 そして、山田家と日高家の中間あたりで、ふと足を止めた。


「おばあちゃん?」

「……ごめんね」


 なんでおばあちゃんが謝るんだろう。

 首を傾げるとぎゅっとさらに手を握りしめられる。


「こうなることはわかっていたのよ。避けようと思ったら避けられたの」


 おばあちゃんは颯太郎よりもずっと広く未来が見えるらしい。


「でも、あえて颯太郎には、こんな目にあってもらった」

「どうして?」

「颯太郎が死なないためだから」


 何度やっても変わらない未来を変えるためだ。


 だから。


「不死者になってもらったの」


 おばあちゃんはそう言った。


 颯太郎はふと、田んぼの方を見た。水を張ったばかりの田んぼは鏡みたいに颯太郎たちの姿を映しだしていた。


 そこには、いつも通り、少し大人の颯太郎がうつっている。


 そして、いつも通り、絶命した。


 ただ、変わったのは、うつった颯太郎の服装が以前と変わっていた。


 それから、死ぬまでの時間がほんの少し長くなっていた。


 ただ、それだけだった。



 


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