幕間、とある獣人の災難
不死王とその血族について。
不死王、一般的にそう呼ばれる。容姿は黒髪、金目、彫の深い顔立ちをしている。
身長は百八十五前後、状態により数センチ変動する。体重に至ってはその変動はさらに激しい。基本は百五十キロ前後と、比重を考えると一般人の二倍近くある。これは、筋肉や骨、血液に至るまで人と構成が違うことを如実に示している。
その構成は、不死王の血族、眷属にも準ずる。
現在、純粋な意味で不死者と言える個体は不死王と呼ばれるオリジナル一体のみである。最古の記録で紀元前、伝承によればさらに前にそれらしい生き物は存在する。
また、人型をしていなくとも、『封』や『太歳』は不死王の肉のことを示しているのではないかという説がある。
その理由としては、不死者の増え方が理由に上げられる。
オリジナルの不死王に血肉を与えられたものには、不老不死に準ずる力を持つことができる。人魚の肉とよく似た効用だが、人魚の場合、拒絶反応があり摂取することで多くの個体が死亡する。
不死王の場合、その血肉を与えられることは、祝福と言われ、現在のところ拒絶反応は現れた例はない。その能力は、不死王の血族、眷属にも下位互換として持っている。
ただそれは、祝福として血肉を摂取した場合に限る。
不死王およびその血族、眷属、以下不死者の意図しないところで、血肉を摂取した場合、その力は呪いとして降りかかる。
不死者の祝福は、相手の肉体をより死ににくくする。不死身ではなく、死ににくくする。
驚異的な再生能力は、手足を千切ろうと、内臓を潰そうと、首を斬りおとそうと再生する。ただ、それにも制限があり、体内にある不死者の細胞がなくなった時点で効力を無くす。
再生の上限をこえた場合、その不死者は死亡する。
不死者の祝福については、与える不死者の持つ能力と与えられる血肉の量、そして与えられた者の細胞の適合性によって能力は大幅に違ってくる。
基本、不死王の近親者ほど力が強い。能力も遺伝するが、混血を重ねるごとに力は弱まっていく。便宜上、不死者は、不死王の血縁もしくは祝福を受けた中で、一度絶命してもよみがえることが出来る者を言う。
その定義は曖昧であるがゆえ、歴史上、不死者であることを知らずに天寿を全うした例もある。死後、不死者の血縁が現れたことで明らかになった場合もある。不死者の寿命はその受け継いだ血肉の量、体質によってまちまちである。
現在、公式に不死王以外の個体でもっとも長寿なものは、不死王の伴侶とされている。千歳を超え、なおかつ三男二女を不死王との間にもうけている。
その次に長寿の個体は、その長子であり同じく齢千をこえる。今現在、不死王の血族の中で不死王に続く力の強い個体であり、現在、不死王の孫、ひ孫にあたる個体はすべてこの長子の流れを汲むものである。
しかし、実質一族をまとめているのは、長女と二男である。それには、能力面というより精神的面が強い。
長く生きた個体ほど、人格にぶれが大きくなるのが不死者の特徴であり、一世紀ほど前から不死王およびその伴侶の人格は著しく変わっている。
また、不死王は突如、休眠に入ることがある。休眠期間中、誰からも邪魔されない場所へといき眠り続ける。それは、半年から二十年とそのときの状態によって変わるとされる。数世紀に一度の割合であるとのことで、その時点で不死王が人間とまったく違う時間軸で生きていることがわかる。
不死王という存在は、人と同じ形をして、なおかつ繁殖も可能でありながら、まったく未知の生物である。
どうして、生殖が可能であるかという点も謎ながら、その異常な再生能力も解明されていない。
ただ、比較的、わかっていることは、不死王の血肉にはプリオンタンパク質に似た性質があるということだ。ゆえに血肉を与えられた個体は、食らうことで体内を変質させられる。だが、現在地球上にあるプリオンには、そこまで複雑な変質をもたらすものは存在しない。ゆえに、プリオンと同じものとして扱いには困っている状態である。
地球より元からあるものかどうかすらわからない。
それが不死王という存在である。
ぺらぺらとレポートを眺めて、ヴォルフはため息をついた。
かなりかみ砕いて、口語的にわかりやすくしてあるらしいが、それでも眉間にしわを寄せる。
文章が十行以上並んでいる点で、ヴォルフにとって苦行でしかないのだ。半分も読まずに投げる。
白い前髪部分をいじる。
ヴォルフの頭は悪くないが、学がない。この極東の島国と違い、ヴォルフの母国では獣人に大きな差別意識が残っている地方がたくさんあった。
そんな中、人狼として生まれたヴォルフは、物語の悪役として扱われ義務教育の大半を過ごしてきた。耳や尻尾を出そうものなら、火をつけられることもあるくらいだ。
人狼とばれた時点で、学校をさぼるようになったのはいうまでもないし、それからろくでもない奴らと付き合い始めた。そんな奴がまともな職につけるわけがない。
しかし、人間に擬態する方法を完璧にマスターしたら、小遣い稼ぎの方法はいくらでもあった。
その頃、ようやく人狼が他より優れた生き物だとわかるようになり、名前をヴォルフと使うようになった。昔の名前は、どうだったろうか、ごくごく普通のありきたりな名前だったことだけ憶えている。
十代半ばから、この島国出身の男に気にいられた。理由としては鼻のいい番犬が欲しいとのことで、もってくる仕事もうまみが多かった。自然とそいつの傍にいるようになり、嫌でもカタコトながらこの国の言葉を覚える羽目になった。
そいつも数年前におっ死んじまって、仕事がいきなり減った。
それでも食って行けたが、こちらの言葉がわかる獣人を探していると言われてそのまま海を渡った。
その仕事もとうに終わったが、なんとなく住みついている。仕事も死んじまったおっさんの知り合いというのがいて、そいつに斡旋してもらっている。
尻尾に火をつけられないだけ、気楽な国だと思う。戸籍は以前の仕事で死んだ奴のをありがたく頂戴したので、住むところも確保できている。
別に好きじゃないが、悪くもない今の生活で、持ってこられたのが今の仕事だった。
「別に獣人じゃなくてもいいんじゃねえの?」
ヴォルフは電話の相手先に言った。送りつけられた資料をパラ読みし、半分も理解しないままライターで火をつける。安っぽい鉄の灰皿じゃ、大きさが足りなかったようで、テーブルに燃えカスが落ち、慌てて消した。
電話の向こうから、なにやら笑い声が聞こえる。
外の雑音だろうが、こっちとしてはまるで千里眼でのぞかれて笑われている気がしてならない。とても腹が立つ。
真っ黒になったテーブルをしかめ面で眺めたまま、電話を続ける。
「そいで。今度はなんだって?」
吸血鬼の根城に忍び込めとかいういかれた奴だ。今度は、何をしようと言うんだ。
「はあ? 次は学校? 中学校」
学校か、それならばまだいい。中学校と言ったらあれだ、まだ義務教育中のなにかだ。正直、一番頭にくる年代だろうが、病気臭い群れの中に混じるよりずっといい。
「あれか? この間の奴だな。そいつら観察すればいいのか。だけど、大丈夫か?」
確か一度顔を合わせている。多少、髪型や格好を変えるが気付かれやしないだろうか。物覚えが悪い子だったらいいが。
そんなヴォルフに、依頼主はとんでもないことを言い出した。
「……美容外科は予約してる?」
信じられない一言とともに、安アパートの呼び鈴が鳴った。
「……迎えもよこしたから安心しろ?」
相手の言葉を反芻しながら、自分の身の危険をさっして、窓から飛び降りた。
だが、相手は何枚も上手だった。
携帯電話を片手に、車から手を振る依頼主がいた。
すでに先回りされていた。
こうして、ヴォルフは二十数年の付き合いの顔とおさらばする羽目となった。