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獣王の息子  作者: 日向夏
10/32

10、不死と獣

 

「なんか意外」

「なにが?」


 吸血鬼を縛り上げ、それを紅花と颯太郎少年で運んでいた。正直、紅花一人で持てる重さだが、だからといって一人で持つのは癪なのでちゃんと少年にもやってもらう。


 颯太郎少年は四階まで上がると、その吸血鬼をクローゼットの中に押し込む。そして、念入りににんにくパウダーを振りまいて扉を閉めたうえで、クローゼットを倒し、扉口を床に置く。

 

 ものすごく念入りだ。

 さっきも過剰防衛に思えるほど、吸血鬼を切りつけていた。

 相手は食人鬼とはいえ、人型をしている。なのに、颯太郎少年に全く躊躇はなかった。


 見ていてすこし鳥肌が立った。


「そこまでしなくても」


 面倒くさがりに見える少年には思えない。

 

「僕は怖がりだから、こうしないと落ち着かないんだ」


 そう言って、倒したクローゼットの上にテーブルと椅子を重ねていた。


 これも死亡フラグが見えるという弊害だろうかと紅花は考えつつ、自分も他人のことをいえないかもと思い返してみる。


 そういえば。


 今のところ、少年の周りにアレは見えない。

 ということは、こうして回避できたということだろうか。


 紅花はほっとしつつ、何かを忘れていることに気が付いた。


 ゆるふわはまだ見つかってない。

 

「ええっと、ユルカワさんどこだろう?」

「古床さんだよ」

 

 少年のつっこみを受けつつ、フロアを見回す。

 そういえば、もう一つ上の階があったことを思い出して、階段を上る。


 上の階は下と同じ壁紙と絨毯だったが、壁でいくつかに分けられ、ソファやテレビなど近代的なものが並んでいた。対面式のキッチンがあり、ステンレスが鏡みたいに輝いていた。冷蔵庫は業務用みたいな立派なものだった。


吸血鬼のくせに、垢抜けた生活感が浮き彫りになっている。


 ざーざーと音がするのが聞こえた。

 

 紅花は音をたどる。

 お風呂場がある。


 水の音がするというなら、誰か入っているのだろうか。


「いたー? 紅ちゃん」

「だめー!!」


 紅花は颯太郎少年をお風呂場から遠ざける。

 女の子のお風呂をのぞかせるなんてさすがにできない。


 なんでまた、お風呂なのだろうと思う。


 やっぱ綺麗なもの食べたいのだろうか。


 そんなことを考えていると、なんだか腹立ってきた。女の子を何だと思っているのだろうか。


 紅花はおそるおそるお風呂場を覗き込む。


「古床さん、いますか?」


 そっと覗き込む。湯気で曇りガラスがさらに曇っていて、中からザーザーお湯が流れている音がする。


「シャワー中ですか?」

 

 音で聞こえないのかなと、思いながら紅花はあれ? っと首を傾げた。


 吸血鬼に噛まれてゆるふわ、もとい古床は日光アレルギーになっていた。症状には他にもにんにくアレルギーがあるが、たしか流れる水も苦手だったはずだ。さっきいた吸血鬼もどきは皆苦手としていた。


 ごくん、と唾を呑みこんだ。


 水じゃなくてお湯だったら問題ないなんて、屁理屈はないだろう。


「お邪魔します」


 紅花はバスルームの扉を全開にした。

 中にはシャワーだけが流れ、湯船にお湯があふれていた。


 ざわざわと首すじの産毛が立った。


「颯太郎くん!」


 紅花は、颯太郎少年のほうを見る。

 颯太郎少年はのん気に冷蔵庫を開けるところだった。


 彼の周りには真っ黒いうねうねしたものがまとわりついていた。

 真っ黒なそれは目も鼻もなく、ただ大きな口だけが乱杭歯に唾液をしたたらせていた。

 

「だめ!」


 声が届くのが遅かった。


 少年は「なに?」と振り返ったときには、冷蔵庫の扉が開いていた。


 大きな業務用の冷蔵庫だった。


 手を伸ばすが届くわけがない。磨き抜かれたステンレスのキッチンに、冷蔵庫の中が映し出された。

 青い青い顔をした、虚ろな目をした少女、古床が中に入っていた。


 そして、その手には不似合いなボウガンが握られていた。


「っあ」


 颯太郎少年の口から、妙に間抜けな声が聞こえた。ドンっという衝撃とともに、背景がスローモーションに見えた。


 颯太郎少年の胸に、矢が突き刺さり、後ろに倒れていく。少年はその瞬間、何かをみたようだ。ステンレスキッチンのほうを向いたまま納得したようにこくりと頷いた。


 まだ百五十に満たない身体が倒れた。それに、呼応して、古床の身体も倒れる。まだ操られていたということだろうか、冷たい身体は真っ青だがそれよりも少年のほうが先だ。


 紅花は、颯太郎少年に近づいた。


 目は瞳孔が開き切り、口から赤い泡を吹いている。

 全身が痙攣し、その胸にはボウガンの矢があった。


「……っ」


 紅花は頬を両手でかきむしった。

 皮膚が爪に引っかかる。声が声にならない、ただ、ひどく歪んでいる。


 あふれる血液が止まらない。丁度、心臓の真上だ。

 少年の痙攣がどんどん小さくなっていく。


 何度も自分で経験したものだ。


 主要な臓器を破壊されたら、ただ死ぬしかない。

 それが、多少丈夫な獣人であろうと同じだ。


 動かなくなって、冷たくなって死ぬ。

 死んだまま、再び動き出さない、生き返らない。


 それが、普通の人間、人外だ。


 紅花とは違う。


 ステンレスに映った自分の顔には、赤い爪痕が付いている。しかし、血のにじんだそれは瞬く間に消えていく。


 修復していく。


 対して、少年の身体から流れた血は戻らない。修復しない。壊れたままだ。


 彼に巻き付いていた黒いアレが縮んでいく、もう、仕事を終えたと言わんばかりに小さく収縮していく。


 死んでしまう。


 考えている暇はなかった。


 昔きいたことを思い出す。


『本当に必要なとき、大切な人にあげなさい』

 

 それは、とても大切な儀式で、相手の人生を変える大変なこと。

 よく考えて行うべき。


 でも、時間がない。


 紅花はキッチンの戸を開けた。並んだ包丁の中から小ぶりな果物ナイフをとる。


 そして、それを――。


 ぐしゅっと、音がした。赤い飛沫が顔にかかる。長さ十センチほどの刃が手のひらを貫通している。


 自分で突き刺した。


 痛みはあるけど、そんなこと気にしている暇はない。顔をしかめながら一気に引き抜くと、拳をつくり、力を入れた。


 赤い滴が垂れる。それを颯太郎少年の傷口に流し込む。じゅわじゅわと炭酸のように血がはじける、少年の身体が大きく痙攣する。

 

 我慢してね。


 空いた手でボウガンを掴む。貫通した手で胸をおさえる。臓器が出ないように押さえこむと、一気に引き抜いた。

 少年の身体がはねる。それを押さえこみ、流れる血を送り込む。

 

 血が流れる、少年に流れ込んでいく。


 痙攣していた身体が段々落ち着いていく。


 ぴくぴくと触れていた胸が動いている。


 とくっ、とくっ。


 何かが動き出しはじめる。

 

 ゆっくり手を離す。

 

 穴が開いた胸には薄皮がはっていた。

 

 少年の身体の震えは止まっている。

 念のため、ゆっくり胸に耳をくっつけた。

 

 心臓は正常に動いていた。


 紅花はほっと息を吐く。


 よかった。


 心の底から安心する。


 目の前で死なれてはたまらない、そんな真似されたら寝覚めが悪い。

 

 自分が何をしたのか、実感がまだわかない。ただ、少年が一命をとりとめた、それだけでほっとした。


 あっ!


 ほっとしすぎて、もう一人、倒れている人間がいるのを忘れていた。慌てて、古床を見る。


 全身が冷たい。


 紅花は古床を抱き上げると、ソファへと移動させる。 

 なにかないかと探し、もうこのさいこれでいいやと部屋のカーテンを引きちぎった。分厚い遮光カーテンで古床を包む。


 お湯かなにかで温めたほうがいいだろうか。


 きょろきょろとポットがないか、ヤカンがないか探していると、携帯が震えているのに気が付いた。


 若ママからだった。


 充電が半分以下になっている。ずっとかけ続けていたのだろう。


『紅花ちゃん? どうしたの、なにしてるの』


 若ママの慌てた声が聞こえる。怒っているようだが違う。ただ、心配しているのだとわかる。


 すごく胸が痛くなる。でも、今は細かく説明している暇はなかった。


「若ママ、ごめんなさい。でも、今すぐ来てくれる? 場所は……」


 どこだろうかと外を見てきょろきょろしていた時だった。


 ぬるい空気が背中に漂ってきた。


 あれ?


 おかしいな?


 ぷつ、ツーツーツー。


 電話がいきなり切れた。

 充電はまだ三割程度残っている。

 

 アンテナも立っていたが。


 ぴくぴくと動く自分の指が電話の電源を落としていた。


 その指には、黒いぬめぬめしたものが絡みついていた。


 思わず、携帯を投げ捨てて、手を振る。しかし、黒いぬめぬめしたアレは紅花から離れない。軟体動物の足のように紅花にからみついてくる。


 かたんと音がした。

 

 紅花が投げた携帯が誰かの足に当たった。


 そこには、颯太郎少年がいた。


「颯太郎くん」


 さすが獣人だろうか、もう立ち上がれるのかと思った。思ったが。


 彼の身体には先ほどよりずっとたくさんのアレが絡みついていた。そして、紅花にくっついているそれもまた、少年のほうから伸びていた。


 どういうことだ。


 颯太郎少年の死亡フラグは回避したはずだ。なのに今も少年の身体にからみついている。


「颯太郎くん?」


 颯太郎少年はふらふらと紅花に近づいてきた。

 彼が近づくとともに、黒いアレが紅花にどんどん巻き付いていく。

 

 以前見たイソギンチャクが魚を捕食しているような、そんな風にからみつく。

 実際、毒でも出しているのだろうか、身体の反応が鈍く動けなくなる。

 

 動けない紅花に颯太郎少年が近づく。その手を伸ばし紅花の左手を掴んだ。刃物で刺し、貫通した掌。

 しかし、その傷痕はもうない。赤い血糊がかたまっているだけで、その痕跡すら見つからないだろう。


「っあ!」


 少年はそれをどうしたかといえば、顔の前に持って行き、大きく口を開けた。


 ざらり。


 ネコ科特有のやすりのような舌が、紅花の手のひらを舐めた。赤く固まった血糊がかすめ取られ、濡れた唾液の後ができた。


「なっ、なにす……」


 抗議する暇なく、また舐めとられる。

 全身がぞくぞくする。

 ペットのミケに舐められているのとは違う。自分と同い年の、しかも男の子に手のひらを舐められている。

 

 だが、鳥肌の理由はそれだけじゃなかった。


 掴まれた手が黒いアレにからめ捕られていく。少年の振れた箇所からどんどん、紅花を蝕む。


 どういうことだ。


 すると、「グルルッ」と獣の喉が鳴る音が聞こえた。


 ぽたり、粘性の液体がしたたっている。


 こんなに長かったっけ?


 少年の口から八重歯がのぞいていた。

 そこから唾液が落ちていた。


 それから、手の感触がもぞもぞする。


 紅花を掴んでいる少年の手は、いつの間にか前脚にかわっていた。毛皮に覆われた手、大きな肉球が触れて、鋭い爪が伸びていた。


 アメショーなのだろうか。


 白地を基本に黒い縞模様が走っている。尻尾も一緒だ。虎模様自体は珍しくないが、白黒はっきりした縞は見たことがなかった。


「……ちゃん」


 少年がなにか言っている。


 何を言っている?


「紅ちゃん」

「……なに?」


 少年の顔を見る。


 輪郭が変わっていた。つるりとした幼い輪郭の上に白い毛皮がかぶさっていた。

 牙が伸び、頬にかけて黒い縞模様が走っている。


 そして、人間らしい耳は毛皮に埋もれ、いつも元気よくはねていた頭から何かが生えてくる。


 耳だった。

 獣らしい耳だ。

 

 ただ、その形は三角というより丸く、猫の形状とは言い難かった。


 猫と言うより、おそらく――。


「紅ちゃん、逃げ……」


 少年の小さな声は、己の喉から出るうめき声にかき消された。


 恐ろしい肉食獣の鳴き声。


 白い毛皮に黒い縞模様。


 大きな前脚。

 

 頭についた大きな丸い耳。


 どうして気づかなかったのだろうか。

 それは、猫とは似て非なる生き物である。


 そして、彼にまとわりつく死亡フラグの意味をようやく理解した。


 なにを勘違いしていたんだろう。


 颯太郎少年は他人の死亡フラグが見える。


 でも、紅花が今まで見てきた死亡フラグはすべて自分のものだった。


 少年と同じように今回たまたま、他人のものが見えたというのか?


 違う、違う。


 いつも通り、自分のフラグを見ただけだ。


 ただ、颯太郎少年にまとわりついていたから、彼の死亡フラグと勘違いした。

 

 それだけだ。


 本当は。


「逃げて」


 少年の口はそう動いていた。でも、同時に大きく開かれていた。


 紅花の両肩は、大きな前脚二つにおさえこまれていた。

 彼の姿はもう獣人というより、半獣と言ったほうが正しいだろう。

 

 全身を毛皮に覆われた颯太郎少年。


 彼にまとわりつく死亡フラグは、彼から派生していた。


 そうだ、そういうことだ。


 ああ、もう最悪。


 恐怖とか泣きたいとかいろいろある。けど、目の前の獣が泣きながら大口を開けているからどうすればいいのだろうか。


 可哀そうに見えるなんて言ったらすごく馬鹿すぎる。だから、実際、自分が馬鹿なんだって思う。


 肩に激痛が走る。


 涙をいっぱい浮かべたけど、それをこぼすわけにはいかず、仕方なく食らいついてくる頭を、その大きな耳を握って我慢した。


 今回だけ許してあげる。


 だから、楽にしとめてよね。


 みしりと骨が砕けた。


 意識が遠のいていく。

 

 咀嚼音が聞こえたが、もう何も見えなくなる。


 なにも……。


 ……。


 こうして、紅花は十八回目の死を迎えた。



〇●〇



 ああ、おっかねえな。


 双眼鏡を眺めながら、ヴォルフは思った。斜め向かいの雑居ビル。いい感じにカーテンを剥いでくれたので、中がよく見えた。光源はネオンくらいしかないが、夜行性のヴォルフにとって夜のほうが眩しくなくてちょうどいい。

 

 肉食動物が草食動物を食らう、そんな当たり前の光景だが、それがともに人の形をしていれば異様だろう。いや、今、片方は獣だろうか。想像以上に立派な毛並にヴォルフはぞくぞくした。


 これは雇い主も喜ぶだろう。

 

 それにしても、えぐいな。

 

 いや、今日まで吸血という行為を見てきたヴォルフにとってそれは、ごく普通の当たり前の弱肉強食だったが、肉と血はなんだか違う。なんというか生々しさだ。血を吸うことが基本であり肉を食らわない。だから、調整すれば餌は何度でも再利用できる。


 だけど、あれは無理だろう。

 頸動脈からやられた。大量の血が流れ、それを肉ごとすすり食っている。


 しかも、それを同じ年代の子ども同士でやっていた。

 趣味が悪すぎる。


 だが、それを仕掛けたのがヴォルフだった。


 ある実験に加担するために。


 肉を食らっていた少年が呆然としている。獣化がとけ、ただの血まみれの子どもがいる。


 その目の前には、血まみれになり事きれた少女がいる。端正な顔立ちを真っ赤に染め、肩と首の肉が引きちぎられていた。その肉は、呆然とした少年の腹におさまっている。


 さて、どうなるだろうか。


 少年は動けず、少女は死んでいる。


 時間が止まったまま、どれくらい経っただろうか。


 ヴォルフの主観では十秒ほどだったが、少年にとっては何十分、何時間、何十時間にも感じられただろう。


 ぴくりと動かぬはずのものが動いたらどう思うだろうか。


 少女の全身が痙攣する。床にまき散らした血が、生き物のように動く。食い散らかされた肉片が少しずつかたまっていく。


 それらは少女の身体へと戻っていく。それでも破損された部分は補いきれない。なので、ゆっくり他の身体の部位から、補填していく。


 ふざけた能力だ。


 どういう仕組みになっているのか、未だ解明されていない。これがわかれば、人類にとって何よりも福音になるだろう。


 少女が虚ろな目のまま、身体を起こした。


 その顔立ちは幼いながら、独特の色気を持っていた。人形のように切りそろえられた長い髪に、琥珀色の目。和と洋が見事に入り混じった空気に、将来が楽しみになる。


 あのビルの王を演じていた吸血鬼にとっては、とても美味しそうなお姫さまだったろうに。


 だが、本当に貴重なのはその容姿ではなく、その血肉に宿った力だった。


 現在、人外で一目を置かれている存在として、不死王の一族がある。その不死王の娘、それだけで誰もが目の色を変えるだろう。

 

 その血肉を与えられたものに、不老不死の力、その断片を授ける。それが、不死王の祝福であり、それに劣るものの下位互換の能力がその血族にも宿っている。


 ただ、奪おうとするものには呪いを与えるといういわくつきのものだが。


 ああ、うらやましい。そんな力が欲しい。


 でも、呪われるのが怖い、どうにかして祝福を貰えないものだろうか。


 そんな私利私欲の権化たちのお手伝いをする金の亡者がヴォルフだった。札束のために、いけ好かない吸血鬼の巣に入り込んだ。

 

 プライドだけでどこか浅はかな吸血鬼を利用し、舞台を揃えるために。


 不死王の娘の友人をさらい、それを助けさせるため。その際、友人を重傷に追い込み、祝福を与えるため。


 出来過ぎた舞台だったのに、とんでもない誤算がでてしまった。


 なんだよ、あの獣。


 ぶるりとヴォルフの尻尾が震える。そうだ、ヴォルフは名前の通りの種族だ。

 

 これは武者震いだと誤魔化すため、ヴォルフは前髪をいじって気を紛らわせる。一か所だけ白く染めたメッシュは、かっこ悪いと吸血鬼もどきどもに笑われたが、お前らこそかっこ悪いだろうと言い返したくなる。


 ただ、吸血病にかかっただけなのに、自分が高貴な吸血鬼に生まれ変わったと信じていた。


 愉快な話だ。


 虚ろだった少女は、ようやく気をとりもどしたらしい。全身をかき抱き震えていた。震えていたと思ったら、次の瞬間、目の前の少年を殴り飛ばしていた。少年は弾丸のように吹っ飛び、ソファにめり込んでいた。


 不死王の血族、不死者はとんでもない怪力だというのは本当のようだ。


 そろそろ、ここを離れたほうがいいかもな。


 ヴォルフは髪に隠れた耳をぴくりとさせる。


 スピード違反の車がどんどんこちら側に近づいてくる。尋常ではない速さだ。


 不死王の血族を敵に回すな、それはヴォルフの家で代々言われていることだ。


 敵に回したくない。


 それくらいわかっている。


 たとえ、不死者の長、不死王が数年前から休眠期間に入っていると噂に聞いていたとしても。


 命大事に。


 それがヴォルフのモットーだった。


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