第七話 伏見と琴音
先日の箒飛ばし事件は不幸なことに事件の一部を見ていた春香によって拡散されてしまった。授業中の話のネタにされてしまい、聞いた生徒達は友人達に会話のネタとしてしゃべり、それを聞いた友人はそのまた友人へと喋っていき……その事件を知っている人は鼠算のように増えていった。そして…風紀委員にも知ってる人が現れたのだ。
「ふぅぁー。校内巡回疲れたなぁー」
「せやな。そや、後でハンバーガーでも食べに行かへん? 八坂くんと鴨里さんとでな」
校内巡回を終えた颯太、結衣と比叡は風紀棟にある教室にいた。彼らは校内巡回を終えて教室に置いてある荷物をまとめて帰ろうとしていた。校内巡回をする際は荷物などは風紀棟の教室に置くのである。
「寝屋川先輩。なぜハンバーガーなのですか?」
「よくぞ聞いてくれた! 安いからってのもあるんやけど、実は紹介しときたい人を店に待たせてるんだわ」
腕章の安全ピンを外しながら訊いた結衣に学ランのボタンを全開にした比叡が答えた。
「そうですか。紹介したい人がいるなら仕方ないですね行ってあげます」
結衣がそう言った瞬間だった。教室のドアがガラガラという音を立てて開けられた。
「あらぁ、誰かと思えば箒を投げた鴨里さんではありませんか」
「へー。誰が入ってきたと思えばあなた達でしたか」
ドアを開いた伏見香凛は結衣に目線をぶつける。対抗して結衣もぶつけ返す。2つの目線がぶつかり合った。目線の衝突地点はまるでプラズマ放電のようにバチバチっという音を立てそうな勢いだった。
何が起きたのかという疑問感と鳩が豆鉄砲を食らったような驚きを含めた目で颯太は結衣と香凛を見ていた。
「香凛さん抑えて抑えて……」
香凛についてきていた佐伯琴音は香凛の前に立ち、なだめ始めた。
「あの…あなた達誰ですか?」
「あらぁ、あなたは噂の八坂さんではないのですか?こーんな女に箒を投げられるなんてご愁傷様よねー。ちなみに私の名前は伏見香凛ですわ」
背は結衣と同じくらいで胸囲は結衣よりも若干ありそしてサラサラでサテンのような光沢を持った腰よりやや高いところまである髪が綺麗であった香凛は手を口にかざすようにして笑っていた。
「あ、ちなみに私は、佐伯琴音って言いますの」
肩のあたりまで伸びた黒髪に毛先の方はパーマがあてられている髪型にやや太めの赤いフレームの眼鏡を装着していた琴音は軽く胸を張り自己紹介をした。
(いやー風紀委員会ってある意味いいかもな。こんな可愛い子いるんだし。捨てたもんじゃないな!)
颯太は風紀委員会に対してとてもくだらない思想を抱いていた。そんな颯太は置いておいて結衣と香凛は自分よりも膨らんでいる胸に完全に羨ましさや敵意を含めた視線を送っていた。
「そ、そんなことよりも……なんであなたたちが教室に入ってきたのよ!」
「あらぁ? 失礼しちゃいますわね。私達は先ほどまで校内巡回をしてきたのですよ?」
風紀委員会の校内巡回というものは基本的に1班3人編成で行う。ただ、1班で校内全部を見回るよりも複数班で見回れば効率的に見ることができ監視の目を更に光らせることができるという理由から複数の班で校内巡回ということになったのだ。香凛たちの班も校内巡回を終えたので風紀棟に戻ってきたということだ。
「香凛さん。こんなところで喧嘩腰になってはいけませんよ。風紀委員なのですからもっと穏やかに生きてはいかがですか」
琴音が結衣と香凛の間に入り香凛をなだめる。
「そうですわね。私、伏見香凛はこのような方達と関わるほど暇ではありませんからね。ならば、早く帰りましょうか琴音さん」
「えぇ。そうですわ。さ、帰りましょう帰りましょう」
そう言った香凛と琴音は自分達の鞄をとりに行った。
「暇で悪かったわねっ!」
鞄をとりに行く香凛達の背中に喧嘩腰のセリフをぶつけた結衣。いろんな意味で仲がよさそうに見える。
「では、私達はこれで失礼させていただきますわ。ごきげんよう」
香凛はそう言い残すと開きっぱなしのドアから出ていった。
「こんな結衣と香凛ですけど、どうか仲良くしてやってくださいね」
琴音は颯太と比叡に申し訳なさそうに言うとペコペコと頭を下げ後ろ歩きで教室から出ていった。廊下の方からは「香凛さーん! 待ってくださいー!」という声がフェードアウトしていくように聞こえた。
「えーっと…ゆいにゃん。さっきの人達は誰だったんだ?腕章をつけてたから風紀委員というのはわかるんだけども……」
「あいつらですか。同じ中学だった子です。それと……ゆいにゃんって呼ぶのはやめてくださいっ!」
結衣は暫しの沈黙を破って質問した颯太に答えた。
「ふーん。ま、いいや。待たせてるわけだしさ、早よハンバーガー食べに行かへん?」
比叡の提案に颯太と結衣は賛同し、各々鞄を持ち教室から出ていった。