第十七話 黒き侵入者
琴音は何にしようか、腕を組み、軽く上を向いた。
「そうですわね……。ここは魔術科らしく、魔法技術基礎でいかがです?」
手をポンと叩いた琴音が言うと、結衣が反応した。
「魔技……。ちょっと嫌いな教科なんだよね」
「なら別の教科にします? でも、将来の魔術師、もしくは治安維持委員になる以上は魔法技術基礎は重要な教科ですわ」
「なぁ、ちょっといいか?」
颯太は、琴音達の会話に水を差すかのように言った。
「八坂さんどうされました?」
「思ったんだがな、教えることで優劣を競うよりもさ、簡単なクイズみたいなので競ったほうが簡単で早く終わるんじゃないか?」
「確かにその方が断然合理的ですわ」
香凛が颯太の意見に肯定の意を示した。
「あんたさ、意見を提案したからには出題する問題も考えてるんでしょうね?」
結衣は少し威圧的に颯太に質問した。
「い、いや。考えてない……。そこんところは佐伯さんに任せたほうが……」
「この役立たずが」
結衣は軽く舌打ちした。
「提案しただけなのに、こんなに言われるか!?」
「琴音さ、悪いけど出題してくれる?」
「ええ、構いませんわ。そうだ! 八坂さんも一緒に答えてはいかがです?」
「俺か? いや、遠慮しとく」
颯太は軽く手を振った。
「そんな事言っておいて、実は参加したいのではないのですか?」
「いやいや、そんなことないからな!」
「琴音。早くしようよ」
結衣が琴音と颯太の会話を遮るように、出題を催促してきた。
「そうですわね。では行きますわ!」
颯太は思った。女子というものは、無駄にテンションが高くなりやすいな……と。そう思わせているのは、帰りたいと思っている颯太と優劣をつけようとしている結衣達との温度差なのだろう。
しかし、帰りたいと思っている颯太なのだが、結末を見てみたいという興味感も持っているのだ。勝負というものは人に興味を持たせてしまうのだ。
「三問先取で勝ちですわ。では、第一問!」
出題をしようとする琴音の目はどこか輝いているように見えた。赤縁眼鏡のレンズ越しに映る目は宝玉のようだ。
「温度制御魔法において、大きな特徴はなんでしょうか」
琴音はニッと笑った。一方で、結衣は顔を歪ませ、必死で思い出そうとしている。そんな彼女を尻目に、颯太は蓋が緩く締められていたペットボトルを何気なく取ると、コーラを口に流し込んだ。颯太にとっては少しぬるいように感じた。
「あれですわ! 広範囲に効果を与えられるですわね!」
「正解ですね。温度制御魔法は、広い指定域を制御することが可能なのが強みですわね」
「香凛に答えられるなんて……。なんか悔しい」
「優秀なのに勝てないのですか。まぁ、精々頑張りなさい。あなたの意中の人の前で恥を晒してしまいなさい」
勝ち誇っているかのような香凛が発した言葉に颯太は飲んでいたコーラを勢いよく吹き出した。この部屋の中にいる男は颯太のみだ。特殊な性癖でない限り、意中の人というものは颯太を示していることになるからだ。
「ちょ、は!? な、な、なんで、こいつが意中の人にならなきゃなんないわけ!?」
結衣も相当にパニックな状態に陥ったようだ。
「あら、結衣さん違うのですか?」
結衣の反応を見てニヤニヤする琴音。
「ち、違うし。こ、こいつなんかに興味があるわけないじゃん」
「ふーん。なら、なんで結衣は八坂に勉強教えていたわけ?」
「確かに気になりますわね。何か理由でもあるのですか?」
頬を紅く染める結衣を問い詰めるかのように香凛と琴音は質問していった。
「そ、それは、借りを返してるだけだから!」
「気になりますわね……」
眼鏡をフレームをキッと上げて結衣をジロジロと見る琴音。
「いっ、いいから、早く次の問題行きなさいよ! それに、三問先取なんだから、一問ぐらい取られても問題ないし!」
結衣は流れを無理矢理変えるかのように反撃をかました。
「まぁ、仕切りなおして第二問にいきますわ。魔法技術におけるMILCとは何のことでしょうか」
「あれだ! 虚線通信でしょ! 虚線通信!」
どこか負けられないと思った結衣は、即答した。
「正解ですわね」
「ど、どうよ。さ、さっきのはわ・ざ・と負けてあげたんだからっ!」
どこか強がる結衣。
MILC。通称虚線通信とは、現の世界における、光通信や衛星・無線通信などという物理的な通信手段ではなく、虚の世界を伝送路と仮定して扱う、仮想的な通信方法のことだ。物理的通信と違い、秘匿性に優れており、回線を両者で開設することで通信することが可能であるとされる通信方法だ。しかし、現在は実用化には至っておらず、治安維持委員会技術研究本部にて実用化を目指し研究されている。また、虚線通信は政府間通信や軍用通信など秘匿性が求められる分野において、期待の眼差しが浴びせられている。
「同点ですわね。勝負は長くなりそうですわ」
琴音はふふふと笑っていた。
「琴音。次の問題を早く出していただけるかしら」
「では第三問ですの……」
その後、三問目では結衣が点を取り、四問目では香凛が点を取得という一進一退の攻防戦。状況は二対二だ。
そう、次の問題で結衣と香凛の勝敗が決まるのだ。
「見事に、一進一退ですわね。勝負としては面白い状況ですけれどもね。では、第五問ですわ」
「香凛。あんたには負けないから」
「それはこちらのセリフですわ。私と勝負したことを後悔させてあげますわ」
結衣と香凛の間では視線がぶつかり合い、プラズマ放電が発生するかのような勢いだった。
そんな状況を打ち破るかのように部屋のドアが少し丁寧に開けられた。
艶のある黒く長い髪は毛先まで揃えられている。芸術品のような白い肌。鋭いように見えつつも、優しさに溢れていそうな目。引き締まった口角。そんな凛々しさを持つ顔だけでもクールで大人びているのだが、治安維持委員会の黒い制服に包まれた体躯が更に大人っぽさを醸し出している。
「あら、人がいたの。みんなにぎやかそうね」
「黒川教官!」
突然の来訪者に一番に反応したのは結衣だった。
「うふふ。そんなにかしこまらなくてもいいわよ。あ、そうだ! いい機会だしあだ名でもつけてもらおうかしら」
姫子は口元を手で軽く覆うようにして笑いながら言った。
姫子と生徒の間には、壁があるような感じだ。それは、治安維持委員という、近寄り難いような肩書きがあるからだろう。言い換えれば、学校の中に警察官が駐在しているようなものだ。生徒から見れば、少し近寄り難くなってしまうものなのだ。姫子は、あだ名をつけさせることによって生徒との壁を小さくしようとしたのかもしれない。
「じゃ、じゃあ黒川教官はどのようなあだ名がいいのですか……?」
「それを聞いちゃう? そうねー……はるにゃんみたいに、ひめっちって呼んでも構わないわよ?」
「くろちゃん……とかでも……構いませんか?」
結衣はどこか上目遣いな目線で姫子に聞いた。
「くろちゃん……ね。なかなか面白いわね。うふふ」
「ところで、黒川さんは何をしにここに来たのです?」
「あ、そうそう。この部屋にコーラを置き忘れていっちゃったのよ」
「くろ……ちゃんってコーラ飲むんですか?」
「それって、どこか偏見に聞こえるわね。私だって炭酸飲料は飲むわよ」
腰に手を当て、不満そうにする姫子。
「あ、くろちゃん。コーラってどんな容器のですか?」
「赤いラベルのなんだけどね。見つからなかったら見つからないで構わないんだけどね」
「ねぇ、あんた赤いラベルのコーラ見てない?」
結衣は、我関せずと言わんばかりにコーラを飲んでいた颯太に質問した。
「さあ? 見てないな。……あれ、もしかして何気なく飲んでたこれってもしかしてもしかしたりして……くろちゃん先生のだったりしたり……するわけないよな。あはははは」
「あ、八坂くん。そのコーラ私のだ」
姫子は、颯太が持っていたコーラのペットボトルを指差した。指差した先、ペットボトルの赤いラベルには”黒川”と黒インクのペンで書かれていた。
「くろちゃん……。それ、本当ですか?」
「そうよ。教官室の冷蔵庫にいれてたんだけど、たまにはるにゃんが間違えて私のを飲んじゃうから、私のって証拠で名前を書いてあるの。あ、別に私の飲みかけ飲んじゃったかな? ごめんね、そんなところに置きっ放ししちゃったから飲ん……あら、鴨里さんどうしたの?」
「や、や、八坂! あんた、なんでくろちゃんの飲みかけのコーラ飲んでんのよ!」
結衣は颯太の胸倉をつかんでいた。結衣は怒っているように見える。
「女性の飲みかけを飲むなんて女の敵ですわね」
「琴音さんに同じ意見ですわ」
琴音と香凛も面白半分と見えてしまわない感じに参戦してきた。半分笑っている顔は、面白いことになることを期待しているかのように見える。
「あー、そんなに気にしなくてもいいのよ? 別に私の飲みかけだし、コーラぐらいならまた買ってくるから」
「くろちゃんは黙っていてください。こいつが悪いだけですから」
颯太は内心思っていた。(なぜ、何気なく飲んでしまったのだろう……)そして(ゆいにゃん、なんか怖い……)と。
「あんたなんでくろちゃんの飲んでんのよ!」
「それ、さっきも聞いたじゃん」
「うっさい。うっさい!」
結衣は顔を紅く染め、手をやたらめったらに振りまくっていた。その姿はどこか幼く見えてしまう。
「ふふっ……。鴨里さんたち青春してるって感じね。ちょっとうらやましいかも」
にこやかな表情を見せる姫子。風紀委員の招集や活動の時に見せる、北風のようなクールな表情ではなく、春風のような暖かい感じがしていた。
「え、どこがうらやましいんです?」
視線を結衣から姫子に移した颯太。しかし、そんな彼に、結衣が颯太の持っていたコーラのペットボトルを奪い、横振りの一撃をかました。
「いてっ! ちょ、何するんだよ」
そんな光景を琴音や香凛、姫子はくすくすと笑っていた。
「あ、そうだ。みんな、ちょっとい…………!」
結衣たちに話そうとしていた姫子の声を鋭く、重い、鉛玉の炸裂音が遮った。
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