第十五話 馬鹿だったあの頃へ
午後の南天を越えた空の下、校舎の中には「こりゃ一体何だ」と考えていた颯太がいた。
緑色の黒板に書かれていく白い数字の列は颯太の頭脳を混乱させていった。
「……だめだこりゃ。まったくわからん」
颯太は小さな声で呟くと、昔のことを振り返り始めた。
――馬鹿なことをやらなければ、こんなにも苦労することはなかったんだろうな……
颯太の脳内に過去の記憶が流れ始めていった。
「八坂! それにおまえら! 面白いことしようぜ」
「なにをしようっていうんだよ……」
颯太の机を両手でドンと叩く友人A。颯太とおまえらと呼ばれるその他の友人はAに「なんなんだ」といわんばかりの視線をぶつけた。
「うちらってさ、馬鹿なほうじゃん?」
「まぁ、否定はできない……か」
颯太の言葉にその他友人は不愉快な顔をしながらうなずいた。
「だろ? というわけでさ、京都魔術都市の中で精鋭と言われる市立桜花高校を受験しようぜ!」
「お前、アホじゃないか?」
颯太はあきれたような視線をAに送った。その視線に気付いたのかAはむすっとするものの、言葉を続けていった。
「確かに、桜花高校はおかしいぐらいの天才な上に魔術が使えないと入れないわけだ」
「わかってるんじゃないか。なら、なんで馬鹿な俺たちで受験しようぜなんて言うんだよ」
「ふっふっふ……。わかってないようだね? 八坂」
「そもそもわかる必要もないだろ?」
颯太はその他友人達とけらけら笑った。
「馬鹿は馬鹿なりに面白いことを追求するものだよ! それに、これでも俺らは、馬鹿だけど魔術使えるじゃん」
「だから、馬鹿だから入れないんだよ。相当に頭がよくなくちゃ入れない学校だ。俺らにとっちゃ無縁な学校なんだよ。わかったら、さっさとあきらめるべきだなー」
颯太はAに説得するかのように言い放った。しかし、その言葉はAには通じなかった上に、その他友人が「たしかに、馬鹿が一斉に受験するってのも面白いかもしれないな!」と言い始めた始末だった。
「お、おい……お前ら馬鹿じゃないか? 何にも面白くないだろ……。俺は、そこらへんの共学の普通科高校に行って可愛い子眺めながら授業受けるからなー」
最後のほうは呆れたように言った颯太。しかし、Aは颯太の肩を叩き、耳に囁いた。
「八坂君。桜花高校は可愛い子が多いという噂ですぞ。魔術を扱う女子高生魔女。悪くないでしょ?」
颯太はその囁きに喜びを見せたが、直ぐにその喜びは消え、真顔になるとAとその他友人に言った。
「俺、桜花高校の受験する」
「よし、みんな受験するわけだ。これは先生驚くぞー」
Aとその他友人は腹を抱えて大笑いした。一方で颯太は、どんな子がいるのかを脳内で想像し始めていった。
――お嬢様風の魔女も悪くないし、天然も捨てがたい……。あ、ツンデレとかもアリじゃないか!?
過去の事を思い出し、あの時は馬鹿な奴らと馬鹿な事をして楽しかったと思い出した颯太。久しぶりに会ってみてもいいかもなと思いながら、微笑んでいた。
そんな、颯太の頭に教科書の角が叩きつけられた。
「八坂。授業は真剣に受けろ。それと、ニヤつくんじゃない。男のニヤニヤは気持ち悪いぞ」
教師の言葉にクラス中は笑いに包まれた。颯太はふと結衣の方を見た。結衣の反応が気になってしまったのだ。
結衣はその視線に気付いたのか、颯太を冷ややかな目で見て呟いた。
「気持ち悪っ……」
「ちょ、待てよ!」
結衣の呟きに颯太は突っ込んでしまった。
――あぁそうか。あいつら、俺を除いて全員落ちたんだったんだっけ……。いや、落ちて当然か。俺が受かってることが極めておかしいだけなんだよな。
そんな事を考えていたうちに、校舎にチャイムが響いた。今日1日頑張りきったと言わんばかりに伸びをするものや、「今日の授業、終わったー!」と叫ぶ者。それぞれに、終業を感じていた。
スポーツジャージ姿の春香が教室に入ってきて、手短にホームルームを終えた。それぞれ帰っていく生徒達と違い、颯太は教卓の前に立ち、作業をしていた春香へと近づいていった。
「あれ、はるちゃん先生、朝と服装変わってませんか?」
颯太は、思ったことを春香に聞いていた。
「八坂ー、余計なお世話だー……っくしょん! あー、これ完全に風邪引いてるじゃん……っくしょん!」
「誰かが噂でもしてるんじゃないんですか?」
「え、先生が大人っぽいって? いやー困ったなー……っくしょん!」
「いや、絶対にないですから。先生は小さいですし、噂されるなら小学生みたいって言われてるんじゃないんですか?」
両手で口を押さえ、マスクのようにしてくしゃみをしていた春香は颯太を睨んだ。
「っくしょん! 八坂、ふざけるのも大概にしなさいよー?」
春香は笑いながら言った。しかし、颯太は笑っていられる状況にいられなかった。
「っうゎっ!? 体が……重い……! なんだこれは……!」
颯太は両肩に重しを載せられたかのように感じているのだ。
「重力制御魔法。私の魔法だからー……っくしょん! これでも、小学生って言い続けるかー?」
「い……言います」
「ふーん」
「うわっ! この野郎……余計に強めてきやがった……!」
颯太の顔が歪み始めてきた。姿勢も、まるでお米の袋を抱えているかのように膝が曲がった状態だ。春香は魔法を強め、颯太にかかる重力を更に大きくした。
「あ? 先生、よく聞こえなかったなー? もう1度いってくれるかなー? 先生、職員会議だから急がないといけないんだよねー」
「い……言いません! ぐはっ……言いませんから!」
「そっかそっかー。なら、今回は勘弁してあげようじゃないの。んじゃ、私は職員会議行って来るからー。……っくしょん! あー、これ絶対に風邪引いてるじゃん。くしゃみが止まらない」
春香は魔法を解き、颯太にかかる重力を元に戻すと、教卓に置いてある紙やファイルをまとめると教室から出て行った。
「はー……。体が軽くなったんだが、足が安定しないというか、どこかふらつくような感じだな」
颯太の体は急激な重力の変化に適応しきれなかったようだ。
そんな颯太の肩が白く細い小ぶりな手で2回叩かれた。何かと思った颯太は叩いた方へと振り向いた。そこには、両手を腰にあててどこかムスッとしている結衣がいた。
「ゆいにゃんじゃん。どしたの?」
「あんたさ、自習の時に勉強教えろとか言ってたじゃん? その……なんていうか……ちょっと来なさいよ! 勉強教えて差し上げるんだから!」
「ものっすごい上から目線だな」
「あんたが勉強教えてくれって頼んだんでしょ!?」
「わ、わかったわかった。とりあえず落ち着け。あれ、まてよ……委員会の巡回って行かなくていいのか?」
結衣をなだめていた颯太は、不意に思ったことに首を傾げた。
「予定表ぐらい見なさいよ! 今日からしばらくはオフなんだよ?」
「へぇ~そうなんだー」
「そうなんだーじゃないわよ! どうせ私が言わなければ、あんた待ちぼうけてることになったんだよ」
「そっかー。ありがとな、教えてくれて」
颯太はニッと微笑んだ。
「……べ、別に礼を言われることなんてやってないんだから! そんなことより、勉強しに行くからっ」
結衣は頬をリンゴのように紅く染め、ぷーっと膨らませると、ふいっと後ろを向き、腕を組んだ。
「なぁ、ゆいにゃん。どこで勉強するの?」
「風紀棟。あそこなら空調が効いてると思うの」
結衣は近くの机上に置いてあった自分の鞄を手に取ると肩にかけ、颯太の方へと振り向くと両手を腰に当てた。揺れる髪が可愛さを増大させているようだ。
「ほら、行くよ?」
結衣は風紀棟へと向かって歩いていった。
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