第十三話 自習
鐘の音が響き渡る学校の校舎。今日も朝から学校生活が始まるのだ。夕刻まで授業を受ける一日。颯太もその一日を過ごす一員であるのだ。
ホームルームの時間が終わり、担任である春香が足早に颯太達の教室から退室していく。数分間の準備時間の後に教科担当の先生が来て、授業が始まるシステムだ。
「ゆいにゃんー。一時間目ってなんだっけ」
机に突っ伏して隣に座る結衣に話しかける颯太。机の上には筆箱のみ置かれている。チェック柄で布製の筆箱だ。
「たしか、虚現物理の授業じゃなかったかな。……あと、ゆいにゃんって言うのやめてよ!」
結衣はつい、言葉の最後を大きな声で言ってしまった。その声に反応し、クラスの視線が少しの間、結衣に集中した。
「あらあら鴨さん、風紀委員同士で仲よさそうじゃないのー」
「仲良くなんてないからっ! 別にこんな劣等野朗に気なんてないからっ!」
「いや、まて……劣等野郎って俺の扱い酷くないか!?」
結衣とその後ろに座るクラスメイトとの会話に突っ込んでしまった颯太。
だが、颯太の突っ込みは華麗にスルーされてしまったようだ。
「ふーん。劣等野郎ねぇー……。で、どうなのどうなの? 結局のところ付き合っちゃってるの?」
「いや、普通にありえないでしょ。こんなやつ」
「そっかそっかー、まぁ付き合ったなら私に言ってよね。」
「いや、言わないからね。仮に、こ・い・つ以外と付き合ったとしても言わないからっ」
結衣はそう言うと、鞄の中から虚現物理の教科書とノートを取り出した。結衣の後ろに座る女子生徒はむすーっとしながらもいつものノリと感じつつ授業の準備をし始めた。
虚現物理学という授業は、桜花高校においては魔術の授業といっても間違いではない。虚現論……つまり魔術において基礎的な知識をつけ、魔術について深く理解するというのが授業の目的だ。
その授業の担当教師なのが楠春香。つまり颯太と結衣の担任である。彼女は先ほどホームルームのために教室にやってきた。身長は140cmあるかないかというくらいの小柄な高さのため、成人しているのかと疑ってしまう。更に、レースであしらわれた薄い桃色のワンピース。胸のあたりにある金属製のボタンがアクセントのような感じである。しかし、その服装が幼さを更に出してしまっているのだ。
これで性格も純粋無垢であるならば、校内に潜んでいるロリコンと呼ばれる幼女を好む者達から、好意のまなざしで見られるだろう。しかし、春香の性格は面倒くさがりなのだ。言葉遣いも粗いと思わしきことが多い。そんなところがいいという変わった性癖のロリコンがいると言えばいるのであるのだが……。
とはいえ、初対面の人から見たら、一瞬、大人なのか子供なのかを混乱してしまうことが発生してしまうことがあるのだ。
そう、1時間目の授業はそんな春香がやってきて授業をするのだ。閉じられた扉がガラリと開けられ入ってくる人は小さな楠春香…………ではなかった。別の教師だった。
予想外の人物が教室に入ってきたことに生徒達は「なんだろう」とざわついていると、すぐに喜びの顔を見せ始めた。教師が発した「楠先生は事情があって来れないので自習ということで」という言葉があったからだ。
一時は「楠先生どうしたのだろう」という声が出回っていたが、しばらくするとそんなのどうでもいいと言わんばかりに、自習という名の放課が始まったのだ。まじめに勉強する者もいれば、近くの人とおしゃべりをする者もいる。教師は「後は任せた」と言うと職員室へと戻っていったのだからやりたい放題な状態だ。
「ね、ね、ゆいにゃん」
「…………何ですか」
訝しげな表情を見せ、颯太の方を向く結衣。結衣の右手にはペンが握られており、机には教科書と薄めの問題集が開かれていた。勉強をしていたことが伺える。
「いやー、この問題がわからなくってさ。教えてほしいなって」
「そうですか。ご自分でなさってください……と言いたいとこなんですが、この前のお礼ということで、今回は特別に教えてあげても……いいんだけど?」
「ほぉ……そんなに言うのなら、お言葉に甘えてお願いしようかな。劣等野朗と呼ばれたこの俺が1位をとれるくらいの教え方で」
「なんか頭にくるわね……。まぁいいわ。劣等野朗に優等生の私が教えてあげるんだから感謝しなさいよね!」
「優等生って自分で言うかねぇー……」
颯太は、結衣に聞こえないだろうと思い、小声で呟いた。
「聞こえてるけど? 言っておくけど、新入生テストは1位だったし、4月の下旬にやった魔術力検定で一級だったんだから!」
颯太の呟きを聞いてしまった結衣は椅子から、颯太の横に立つと胸を張り、反論のつもりで言い放つと右手で颯太を指差した。
そんな結衣の姿を見た颯太は言った。
「クラスの目線も気にせずによくそんなことできるね。ゆいにゃんってすごいや。さすが優等生」
結衣を挑発するかのように言い放たれた颯太の言葉は、結衣の耳から脳へと伝い、その言葉を理解したのか「も、も、もしかして…………」と怯えたような声を発しながら周囲を確認した。結衣の目は、誰も見ていませんようにという願いが溢れているかのような、オロオロとした感じが溢れ出ていた。
そんな思いは通じるはずもなく、結衣の目に映る光景はクスクスと笑うクラスメイトの姿だった。
結衣は感情に動かされるかのように、ギギーっという音を立てて椅子を勢い良く颯太へと近づけて座った。ゆらりと揺れる結衣の髪から花のようないい香りがした。顔を赤く染める結衣がどことなく可愛く見える。
「あんた、こんな恥ずかしいことになった責任とってよ!」
「責任って……どうすればいいんだよ?」
含み笑いがこもった颯太の問いに、結衣は人差し指以外の指を曲げると颯太に見せつけた。
「1位。1位とれなかったらケーキ奢りね! 丸いホールのやつで!」
「ちょ、ちょっと待てよ! ケーキ奢りって……」
「なにか文句でも? それにエイル先輩と昨日、賭けをしたじゃない」
結衣の威圧する目の気迫に、颯太は負けてしまったようだ。
「……わ、わかった……」
「やっりぃ! じゃ、あんたが1位とれなかったらケーキよらしくねっ! でも…………私も、あんたがいい順位とれるように教えてあげてみるから」
嬉しそうな表情を見せ、小さく両手でガッツポーズをする結衣。最後の言葉は、どこかモジモジとしていた。
「んじゃ、俺がゆいにゃんにケーキ奢らなくて済むように教えてくれよ」
「うるさいわね。で、どこが分からないの?」
結衣の問いに「ここなんだけどさ」と指差して答える颯太。颯太の示した問題を見ようと、颯太が開いた薄い問題集を覗き込むと、その問題を解くために考えはじめた。
考え終わった結衣は「この問題はね……」と颯太に解説していった。
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