第十二話 烏丸通
漆黒の闇空に包まれ閑散とした烏丸通。道路を通る車は全くと言っていいほどいない。いや、何台かが停まっているといえばいいのだろう。何かから守るように、道路を走る白線に対して垂直にまるでバリケードのように停められ、小銃の銃弾すらをも跳ね返す厚さの鋼鉄製でつくられ、紺色に塗装されたフォルムに白い文字で治安維持委員会と書かれた軽装甲機動車という名の装甲車。まるで迫りくる魔物を拒むかのような気配を放っている。
「指揮所、こちら第1小隊。烏丸通の封鎖を完了」
『第1小隊、こちら指揮所。了解。警戒を開始せよ』
通信を担当する治安維持委員と指揮所との間でやりとりが繰り返されていた。
「小隊長……なぜ、ここを封鎖するんですか?」
「あまりよく知らんが、本部に対しての攻撃予告が来たそうだ」
そう言うと小隊長は小銃を構えなおした。
「この街を襲ってくる脅威は、治安維持委員会が処理しないとな」
「そうですね。そう言えば俺、明日彼女にプロポーズするんですよ。でも、こんな夜遅くに駆り出されちゃ寝不足でくまができちまいますよ」
「ははは。目にくまができてる男は不格好だからな。早く任務が終わればいいさ。ま、お前には上手くいくとは思えんがな」
静まり返った烏丸通の中で、1台の軽装甲機動車の周辺では笑い声が響いた。
いくつかのアンテナが立つビルの屋上に1つの人影があった。その影の主は柵へとゆっくり歩むと、首をぐるりと回し、周囲を見回した。まるで京都魔術都市の風景を吟味するかのように。
「ここが京都魔術都市……。私をどれだけ楽しませてくれるでしょうかね。この街は」
突然、ビルの下を走る道路から大きな音が聞こえた。それは、車の走行音が聞こえない烏丸通だった。1台の大型タンクローリーがまるで1つの終着点に導かれるかのように全速力で走っていた。
「おや……?」
影の主はタンクローリーが走る先を見た。視界に写ったものは、何台かの装甲車がバリケードを組んでいた光景であった。暗い上に遠くてはっきりとは見えないが、何人かが慌しく動いているのが見て取れた。
「ふふ……。肩慣らしも兼ねて、序曲として遊んでみましょうか」
「小隊長、報告します。南の方角からタンクローリーと思わしき車両が警戒線を突破。このまままっすぐ突っ込んできます」
「本当に来るとは驚きだな……。通信班は指揮所に報告! 各員戦闘配置につけ! 防魔壁の構築急げ!」
バリケードでは小隊長の命令を受け、人員がフルに稼働していた。軽装甲機動車に乗り込んでいた治安維持委員は天井のハッチを開けると、上半身を車外に出し備え付けの機関銃に弾丸を装填し始めた。他にも複数の治安維持委員が「ファイア」という掛け声をかけ、魔法を発動した。発動された魔法はまるで方程式のように虚に移項されると、現であるこの世界に青白い業火が現われた。現われたいくつかの業火は合わさり、連なった。それは、まるで構築されたバリケードを守るための壁のようだった。
「小隊長、ファイアウォールの構築を完了しました」
炎の力を用いた防魔壁、ファイアウォールは治安維持委員会における魔術からの防衛手段である。ただ、簡易的なもののため全ての魔法から防御できるというわけではない。高度な魔法や対抗手段が未定義の魔法からは保護できないのだ。この魔法は珍しく、元々持っている魔法とは別に防御するシステムとして新たに習得することができる魔法の一つなのだ。しかし、新たに習得した魔法は能力的に乏しいという事態が発生するのである。これを解決したものがファイアウォールの並列発動である。並列で発動されたファイアウォールは仮想的にパワーを上昇させることが可能であり、並列処理の規模によっては高度な魔法に対抗できる場合があるのだ。
「ファイアウォールの並列発動ができるようになってから、小隊規模の防御も高度なものになったのは技術が進化しているからだろうな……」
小隊長はバリケードの前で燃え盛る青白い炎を見ると、そう呟いた。
「小隊長、タンクローリーが更に接近。ファイアウォールと接触します」
タンクローリーはバリケードを力ずくでも越えようと風を切る速度で真っ直ぐと突っ込んでくる。しかし、バリケードを越えることはできなかった。バリケードの手前でタンクローリーはファイアウォールと衝突した。衝突されたファイアウォールはその衝撃から火の粉を巻き上げるが、魔法の概念があるファイアウォールではタンクローリーが持つ物理エネルギーに対抗することはいともたやすいことだった。
ファイアウォールの効果により物理エネルギーを失ったタンクローリーはスピードが落ち、停車した。
「タンクローリーの停車を確認!」
停車したタンクローリに近づいた治安維持委員がそう叫ぶと、小隊長はタンクローリーの搭乗員を確保するよう命令を出した。その命令に従い、銃を構えた治安維持委員がタンクローリーに近づいたときだった。
「ふふ……。私の序曲のお相手はこの方達ですか」
黒いローブを羽織り、長い髪を纏った頭に先が折れたとんがり帽子を被らせたいかにもハロウィンの仮装と思ってしまうような女性が運転席の屋根に姿を現した。
「だ、誰だ貴様! 早く降りなさい!」
治安維持委員の1人が小銃の銃口を女性に向けると叫んだ。
「あら……ひどい紳士ですこと。失礼しちゃいますわね」
女性は空中にさっと手を振り下ろした。すると、銃口を向けた治安維持委員が痙攣をはじめると、膝をつく暇もなくその場で倒れた。白目を開いて。
「私の名前は藍峰紫乃。私の序曲、楽しまさせていただきましょうか」
彼女の右手からはバチバチという音とともにプラズマ放電のような青白い閃光が瞬いていた。
「藍峰紫乃……き、貴様魔術テロリストか!?」
「ご名答、ご褒美を差し上げますわ」
紫乃はタンクローリーに付属していた消火器を外しとるとホースを治安維持委員に向けると、レバーを握り噴射させた。ホースの口から噴出される泡は重力に逆らうようにふわふわと空中を漂っていった。
「貴様、目くらましのつもりだろうが我らはゴーグルをしているのだ。そんなものは通用しない!」
小隊長は紫乃を馬鹿にするかのように言った。彼ら治安維持委員は跳弾から目を保護するためのゴーグルをつけているのだ。本来の用途は違えども目に襲いかかろうとする消火泡から保護することもできる。
「ふふ。そんなに強気でいられるのはなんででしょうかね。私は電気を操るのですよ」
紫乃は小隊長を含めた治安維持委員達をケラケラと嘲笑った。
「泡消火器というものが電気火災で使われないのはなぜだかわかりますか? 消火器の泡に誘導された電気が消火者を感電させるから……なのですよ」
その言葉を聞いた一部の治安維持委員は靴を引きずらせながら後ろへと退いていった。
「人間の体の半分以上は水分。故に、泡つまり水分によって誘導された電気はより通電性が高いものへと誘導されていくのですよ」
「ふん、所詮魔術で発生した電気なぞファイアウォールで防げてしまう! 残念だが、貴様はここで捕らえられる運命になりそうだな」
そう言った小隊長は、腰につけていたホルスターから拳銃を取り出すと照準を紫乃に合わせた。それに合わせて、部下達も安全装置が連射に切り替えられた89式小銃の照準を紫乃に向けた。
「ふふ。遊んでくださるのですね。ではお言葉に甘えて楽しまさせていただきますよ!」
その瞬間、拳銃を模したように握られた紫乃の右手から青白い閃光が放たれた。それは雷のような勢いと強さで治安維持委員へと襲いかかった。
「ファイアウォール!」
小隊長の命令に従い、治安維持委員はそれぞれファイアウォールを発動した。並列で組まれた炎の壁は襲いかかる雷を弾き返そうと勢い良く燃え盛った。外敵から攻撃されない護られた所から小銃の弾丸を放ち、弾幕をつくる。そして彼らに放たれる攻撃はファイアウォールに弾かれる。言わば、要塞の中から攻撃しているようなものだ。
しかし、紫乃の雷はファイアウォールを抵抗させる瞬間を与えず、いとも容易く打ち破った。破られた壁から容赦なく侵入してくる高圧の電気は空中に漂う泡消火剤へと誘導されていった。誘導されていく電気は通電率が高い導体を求め人間の体へと襲いかかった。電気は瞬間的に走っていく。それから逃げることは不可能だった。
「ふふ。強がっていたくせに手応えが全くないですね。もっと私を楽しませてもらえると嬉しいのですけれどもね」
紫乃はそう言うと烏丸通から去っていった。
烏丸通に残っていたのは、目を開き路上に転がる第1小隊と数台の軽装甲機動車だけだった。
「第1小隊、応答せよ! 応答せよ!」
そして、第1小隊は指揮所の大型スクリーンに表示されている地図から小隊を示す記号が消滅し、指揮官制装置は第1小隊の状況欄に全滅を表示した。
この日、第1小隊は紫乃によって全滅させられた。
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