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魔術特殊部隊  作者: 未来
第1章 風紀委員会
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第十一話 教官室

 風紀棟の1階にある教官室。キャミソールの上にフリルがついた淡い緑色のワンピース、その上に袖が七分に伸びたカーディガンを羽織った姿の春香は革張りのソファーに足を組んで座り、姫子の淹れた紅茶の香りを楽しんでいた。その姿はまるで子供が大人ぶっているかのようだ。一方、紅茶を淹れた姫子はオフィスチェアに座り、パソコンのスクリーンに表示されている報告書を読んでいた。治安維持委員会の制服を纏い、黒縁眼鏡をかけてパソコンに向かうその姿からは、春香とは違って大人の風格のようなものが感じられている。

「なんでひめっちは椅子に座ってるだけで大人っぽいんだろうなー。こんなの不公平ー」

 姫子は、オフィスチェアをくるりと回し、パソコンから愚痴をこぼしている春香のほうへと向きなおし、見下すような感じで見た。

「普通に業務をしているだけですけど。はるにゃんは小さいから大人っぽく見えないだけですよ」

「ストレートに突いてくるなー……。すこしはオブラートに包んだ表現ってのがあるんじゃないのー」

 ちょっと怒った感じの春香からは、まったく大人の風格が感じられなかった。低い身長故なのだろう。そんな春香を見て、姫子もクスクスと笑っていた。

「ところで、はるにゃん。委員会から送られてきた報告書にいくつか気になる点が……」

「んー、どれどれー」

 春香は椅子から背を起こし、姫子へと近づくとパソコンに表示されている報告文書を斜め読みし始めた。その報告書は治安維持委員会の本部が作成したもので、治安維持委員会が保有する各情報網を活用し、収集した情報を総合的に判断し、現在の状況を考慮し今後の対策を報告したものが書かれていた。

 視線のスクロールが突如として停止した。それと同時に春香のデスク上にあるパソコンを操作し、アプリケーションを起動した。表示されたウィンドウにはIDとパスワードを求める画面が表示されていた。カタカタという音を立てて薄いキーボードを叩く春香。

「ひめっちー、厄介事が増えたかもしれない……。あ、そうだ。棚からさー真っ赤なファイル取ってくれない?」

 ログインに成功し、パソコンの画面に表示されているウィンドウは治安維持委員会関係者のみにしかアクセス権が与えられていないもので、様々な情報を各種現在状況の一括把握ができるデータベースだ。その情報量から治安維持委員会の中では京都魔術都市が詰まっていると言われているのだ。

 姫子からビビッドな赤色に染められている分厚いファイルを受け取ると、ファイルを開きぱらぱらと紙をめくっていった。

「失礼しまーす。春香先生ーレポートの件で聞きたいことがあるんやけどー」

「比叡かー。まー、中に入れよー……って何勝手に教官室に上がりこんでるのー」

 春香はそうは言っているもののドアを開き入ってきた比叡を長ソファーに座るよう、手で指示した。比叡は春香が何を指示したのかを悟り、長いソファへーと腰掛けた。

「で、春香。レポート手伝ってほしいんやけ……」

 比叡の頭に分厚いファイルの角が直撃した。

「何様のつもりだ。なれなれしいにもほどがあるぞ。少しは敬意を持っとけよー」

「……春香、教えて」

 比叡は、再度頭をファイルで叩かれた。赤色のファイルを持った春香は、革張りのソファーの前でくるっと回ると、腰を下ろした。

「やっぱり、春香先生ってどんだけ頑張っても小学生みたいやなー」

「おい比叡。内申下げてもいいのー?」

「じょ……冗談やて。やっぱ西の人間ってのはボケとツッコミが重要やん?」

「どこがボケてるんのだろうかねー。それと、京都と大阪を一緒にされては困るからー」

 革張りのソファに座った春香はファイルを再度開くと、開かれたページを比叡に見せた。

「統一連合……ですか」

「比叡。知っているよな? 京都先端技術研究所付属病院を襲撃したことを理由に、制圧に行ったとこだ」

 春香が言い終わったとほぼ同時に、レーザープリンタが2枚の紙を吐き出した。春香はその紙を取り、軽く確認すると1枚を比叡に渡した。

「本当はエイルにも説明しておきたいんだけどねー……。まー別にいいかなー。その紙を見て。先日、北部の管轄エリアに当たる、特殊な液体の精製工場でやばい液体を満載したタンクローリーが何台か盜まれたんだよね。で、こいつを見て」

 春香はもう1枚の紙を比叡に渡した。受け取った比叡は、紙に書いてある内容を読み始めた。読み始めたときだった。教官室のドアが勢いよく開けられた。

「でー、昨日のさ……!?」

「春香ちゃんー。裁縫道具貸して」

 開けたのはエイルだった。まるで自分の家のように雑に開けて、教官室の中に入ってくると肩にかけていた鞄を面倒臭そうに地面に置いた。

「まったくもうー……どいつもこいつも勝手に教官室に上がりこんできてー……」

「まぁ、にぎやかなのもいいんじゃないのですか? はるにゃん」

「ひめっちがそう言うのなら仕方ないなー。エイル、裁縫道具ならそこの机の上に置いてある私の鞄に入ってるはずだからー」

 春香は面倒くさそうに革製の鞄を指差した。エイルは指し示された鞄を開けると、中身をゴソゴソと探り始めた。

「春香先生ならランドセルのほうが似合うんやないのー?」

 比叡の頭にファイルの角が直撃した。

「いやーお恥ずかしながらさースカートをどっかに引っ掛けちゃってさ、破けちゃったんだよね」

「エイルちゃん。どれくらい破れてるの?」

 姫子に訊かれたエイルは大きく破れたスカートを掴んで見せた。思いっ切り破れているスカートから、ちらちらと白い太ももと下着が見えている始末である。

 エイルは、春香の鞄から裁縫道具が入った箱を取り出すと比叡がいるというのに躊躇いを見せず、スカートを脱ぎ修繕しようとし始めた。

「馬鹿っ! ひめっちと私だけの時なら歓迎だけどさー、男がいるんだから隠すなりしないとー。とりあえず、私のジャージ貸すからそれでも穿いときなさいよ。あと、スカートも貸して」

 ひょいっと革張りのソファーから降りた春香は、ロッカーを開けて緑色のスポーツジャージのパンツを取り出すと、エイルに渡した。エイルは机の陰でスカートを脱ぐとジャージを穿き、破れたスカートを春香に渡した。破れたスカートと裁縫道具が入った小さいメルヘンチックな箱を持った春香はひょいっと革張りのソファーに座ると、針に糸を通し、裁縫を始めた。

「ま、ちょうどいいや。エイルにも説明しておくかなー」

 春香の手はスカートを縫うため動いているが、口からは先ほど比叡に説明した内容が発せられていった。

「それで、盜まれたタンクローリーと、昨日事故ったタンクローリーの管理番号が一緒だったんだよねー。んでもってさー、事故ったタンクローリーの運転手が統一連合の構成員って状況」

 更に春香の話は続いていった。その話の途中で、花の香りが部屋中に漂ってきた。姫子が紅茶を淹れたのだった。花柄のティーカップに注がれた紅茶から漂う香りはまるで花畑を思い浮かばせるかのようだった。制服姿の姫子が紅茶を淹れる姿からは大人の女性な感じが漂ってきていた。春香は革張りソファーの横にあるサイドテーブルに自分の紅茶を置かせると、更に話を続けていった。

「ちなみに言うとね、盜まれたタンクローリーにはメルトールシュが満載なんだよね。エイル、メルトールシュについて答えてみて」

「えっとー……たしかー……あ、思い出したっ! 過度の衝撃で爆発のあとに、現域崩壊を起こしちゃうやつでしょ! あとー、これのお陰で科学が進んだんだっけ」

「まー、だいたい正解ってところだねー。」

 そう言った春香は持っていた縫い針を裁縫道具についている針刺しに突き刺すと、花柄のティーカップに潤い程よく膨らんだ薄紅色の唇をつけた。

「で、私が思うにはー……昨日のは、攻撃途中で事故っただけだと思う。で、合計5台が盗まれているわけだから……あと4回、昨日の事故以上の惨劇になるのは事実かもしれないの」

 針刺しから針を引き抜き、再び縫い始めた春香。縫われていく紺色の糸はスカートの裾まで辿り着くと、春香の手で操られ小さな玉となった。裁縫道具が入った箱から小さなはさみを取り出すと、余分な糸をチョキっと切断した。

「さて、説明は終わりっ! ほら、とりあえず応急処置的な事はしておいたから。あとは業者に頼むなりして直してもらいなー。まったくさ、ドジなことするなよなー」

 針を箱の中に戻すと、軽く膝を叩いた春香は手を伸ばしてスカートをエイルに渡そうとした。が、短い手では届くはずもない。春香が渡そうとしているのに気がついたエイルは春香に近づき受け取った。

「いやー、春香ちゃんありがとー。んじゃ、春香ちゃんに姫ちゃんばいばーい!」

「エイル、ちょっと待とうか。ジャージ返してもらわないと」

「あ、忘れてたー。にしても、これウエスト小さくないー?」

「余計なお世話だ。さっさと返して」

 エイルは比叡の死角に入るために机に隠れ、ジャージを脱ぐとスカートを穿き始めた。比叡はエイルを意識してかエイルの方を向かないように他の方向へむけてはいるものの、どうにかして見れないかと目がエイルの方を向いていた。

「おい、こら。何見ようとしてんだ」

「い、いや。見とらへんよっ!」

 春香の意地の悪い目で睨まれた比叡は全力で否定した。しかし、否定の甲斐虚しく「嘘ついてるんじゃないよー」という声とともにファイルで頭を叩かれた。

「んじゃ、改めてー、春香ちゃんに姫ちゃんばいばーい!」

 エイルは穿き終えたようで、地面に置いてある鞄を肩にかけるとその声を発し教官室から出ていった。

「レポートは明日仕上げるとするかなー。じゃ、比叡も帰るわ。ほな明日ー」

 エイルが帰るのにつられて、比叡も教官室から退室した。


 教官室は元々の人数状態に戻ったものの、一気に人が消え去ったことにより静寂に包まれたように思えた。そんな部屋の中にノイズ混じりの無線音が響いた。まるで、静寂と闇に包まれた庭園で泣き続ける蛙のように。

読んで下さりありがとうございます。

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