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(医者なんか来るんじゃなかった)
たかがデキモノごときと思って町医者で済ませたのがそもそもの間違いか。
翌日は上司の計らいで有給になった。ガーゼを当てられた左頬をなでながら医者の前に座った哉斗は、その診断に不満を隠そうともしない。
「いやあ……普通の膿瘍とは違うようなんですけどねぇ」
あまりに汚らしいデキモノは、医者ですら顔を背けるほどの臭気を放っていた。だから内臓系の疾患に関する検査まで一通りをされたのだが、その回答は『原因不明』である。
「もっと大きい病院で、詳しい検査をお勧めします」
こんなやぶ医者よりも俺のほうが、と哉斗は思う。夕べのうちにインターネットでいくつかの情報を当たった。結果、これは『粉瘤』であるという結論に達したのだ。それでもわざわざ病院へ足を運んだのは、有給に対する建前と、素人では出来ない医療的な処置を望んでだ。
(医者なんか来るんじゃなかった)
粉瘤なら切開して、中の膿芯を搾り出してしまえばいいだけの話だ。素人の俺ですら解ることにもったいぶった説明をつけて、さらに医療費をぼったくろうとするから、頓珍漢なことになる。
医者になるやつなんて皆そうだ。勉強は出来るかもしれないが、人間として根本の部分が緩んだバカばかり……結局は化膿どめを処方されただけであった。これで検査費も含めての代金をきっちりとふんだくるのだから、儲かるのも当たり前だ。
家に帰り着いた哉斗は、薬袋をがさがさと開けた。案の定、飲み薬と軟膏のちいさなチューブ。少なくとも市販薬よりは効くだろう、これは使ってやってもいい。
テーブルの上にその袋を放り出した哉斗は、洗面所へ向かう。左頬に貼られた絆創膏の違和感がはなはだしい。
「あのばばあ」
いかにも不器用そうな、太った看護婦だった。だが初老にさしかかろうと言う年齢は、いかにもベテランの風格を感じさせるものだったのだ。絆創膏ぐらい真っ当に貼ってくれて良かろうに。
(医者なんか行くんじゃなかった)
後悔しながら鏡を覗けば、分厚く当てられたガーゼの表面にぽっちりと、黄色くにごった液体が染み出していた。あれだけしつこく膿を搾り出し、消毒液できれいに処置していたはずなのに、すでにこの有様か。
「本っ当にやぶだな」
膿汁で湿ったからだろうか、紙絆創膏の端がぺろんとめくれていた。哉斗はそれを指先でつまみ、勢い良く引き剥がす。腐汁をたっぷり吸い込んだガーゼは洗面台の中に落ちた。
べちゃり
重すぎる音だ。それに、ひどく不快。少し汗ばんだ手で叩いたような、そんな湿り気と肉質を感じる音だ。恐る恐る洗面台を覗きこんだ哉斗は、えづきあがってくるものをこらえようと口元を押さえた。
まったく嫌悪しか感じない。それがさっきまで自分の体の一部だったとは、信じたくも無い……ちょうどガーゼと同じ大きさに剥がれ落ちた皮膚。日焼けあとのように表面の薄皮だけが落ちたのではない。ぽってりとした厚みの、わずかに脂肪と肉まで付着させた、汚らしい生ごみが陶器の肌に張り付いているのだ。
あわてて鏡を覗けば、左頬は大きく抉れていた。だが、奇妙なことに流れ出しているのは血液ではなく、どろりと粘っこい黄色い膿なのだ!
(あんなやぶ医者になんか行くんじゃなかった)
他に理由など思い当たらない。医療ミスだ。誤診である。もしくはあのババア看護婦の処置ミスか。
「あんな病院、二度と行くもんか!」
腹立ち紛れに棚から引き抜いたタオルを傷口に押し当てて、哉斗は忌々しげに呻いた。