続・三日前の話
「どこにいるんだろう…」
僕は顎に滴る汗を手の甲で拭いながら、周囲をきょろきょろと見渡した。「必ず見つける」と言ったはいいが、何しろここは遊園地。広いにも程がある。簡単に見つけだすことはできない。
「名前だけでも聞いておけば良かったな…」
名前がわからないから呼び出しもできない。僕は途方に暮れて、ベンチに腰を下ろした。そんな時、目の前にソフトクリームが現れた。
「ん?」
顔を上げると、なんと、そこには、意中の彼女がいたのだ。僕に向かってチョコレートとバニラのミックスのソフトクリームを差し出して、微笑んでいる。天使だ!女神だ!僕の沈んでいた気持ちは吹っ飛び、頭で何かが弾けた。
「あの、食べますか?」
可憐な声だ。細く透き通っている。僕は改めて目の前の彼女に惚れ直した。
「ありがとうございますっ、いただきます!」
僕はソフトクリームを受け取ると、それにがっついた。火照った顔にソフトクリームがついて、彼女に笑われる。僕はそのまま昇天しそうな心持だった。
「あの…お名前、聞いてもいいですか?」
彼女からの質問に、僕ははっと我に返った。そういえば、名乗る時間すらなかった。
「ぼっ、僕は、ニル。ニル・サラタイル」
「ニルさんですね。私はカレン」
「カレンさんか…」
なんて美しい名前だろう。カレンと名付けた彼女の親に僕はハグをしたくなった。
「あの、ニルさん」
「なんですか?カレンさん」
「ニルさんは、本当に私と連れ添う気がありますか?」
「当たり前ですよ!だから僕はあなたに付き合ってくださいと言ったんです!」
「何があっても、私の傍にいてくれますか?」
「勿論です!男に二言はありません」
「そうですか…私、安心しました」
安堵の表情を浮かべたカレンさんは、微笑んだ。その微笑みは全てを浄化するほど美しく、僕の心を緩ませた。
「姫、これが件の男ですか」
緩んだはずの心が、一気に引き締まる。心臓までロープで縛られているように苦しい。
何が起こったかと言うと。カレンさんの周りに、ぞろぞろと黒いスーツを着てサングラスをかけた強面の男達が集まってきたのだ。勿論僕の頭はフリーズしている。
「何やら、ひ弱そうな男ですな」
「この方は私と連れ添う方なのですよ、そのようなことを言ってはなりません!」
「失礼しました、姫。ですが、国を守る軍隊に入れるには、体力面で少々心配が…」
「きっと、大丈夫ですわ。私のためなら、どんな訓練にも耐えてくださるでしょう」
話が呑み込めない。それは僕が馬鹿だからとか、言語能力に長けていないからだとか、そういう理由ではないだろう。
「あの…。話がよく見えないんですが…」
僕が控え目に言うと、カレンさんと強面の男がこちらを見た。そして、男の方が居住まいを正して、僕を見た。
「こちらのお方は、シトラスブルク王国第一王女、カレン・シトラスブルク様だ。今回お前の申し出を受けるに当たり、お前には我が国の国防軍に入ってもらう。訓練を怠らないように」
うん、何がどうなってんだこれ。ははぁ、さてはドッキリだな。うん、そうに違いない。早く種明かしをしろよ。
「ニルさん、今言ったことは全て本当です。私はこの国の王女で、今日は無理を言ってお城の外に出してもらいました。そうしたら、あなたが私に告白なさったのです。私、嬉しくて涙が出そうでしたわ。けれど、私は王族の身。一般国民であるあなたとはお付き合いをすることすらできません。しかし、我が国防軍の元帥になれば、私とお付き合いができる立場になります。なので、これからあなたには国防軍に入っていただき、私を守っていただきたいと思います」
「勿論、この話を断れば、お前は国家反逆罪で死刑だ」
最後に要らないことを言った男のおかげで、僕は首を縦に振るしかなくなった。だが、この状況を今一度冷静に考えてみよう。
彼女は王女。僕は平民。僕が彼女と付き合うには、それ相応の立場がないと無理。そこで、国防軍の元帥になれば、晴れてめでたくその立場を得ることになる、と。ははーん、成程。なかなかと無理を仰る。
「ニルさん、まさか、逃げようと思ってませんよね?」
ぎくっ。今僕がちらと思いついた名案を優しい笑みで消し去る彼女が少し怖くなった。僕は乾いた笑いを浮かべて「まさか」と弱弱しく否定した。
「私、嬉しいですわ。ニルさんのような勇敢な男性が私に求婚してくださるなんて」
いや、求婚はしてない…。とまさか言えるはずもなく、僕は頷いた。
「ニルさん。私のために、軍で頑張ってくださいね!私、応援してますから!」
輝かしい笑みが僕の眼窩に突き刺さる。そこで僕は思い直す。そうだ、僕は彼女に惚れこんでしまったのだ。彼女が何者であろうが関係ない。僕は彼女のことが好きだ。そして彼女もそう思ってくれている。ならば、僕がやるべきことは一つ。
「任せてください。必ずや、元帥の座に就いてみせます」
言ってからしまった、と思った。僕は何を言っているんだ。でも、僕はやるしかない。そういう状況まで来てしまっているんだ。いやでも…。
そんな問答が僕の頭の中で繰り返されるが、過ぎてしまった時間はもう戻らない。僕はきっと、漫画ならば涙を流しているところだろう。だが現実で流せる涙などない。
「お待ちしております、ニルさん」
「はい、カレンさん」
上辺だけ雄々しくなれる僕の器用さよ。
こうして僕は、カレン姫に近づくべく、国防軍に入隊することになったのだ。




