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ネットストーカーにご用心っ!【2】

「……まただ」

 そんな時だった。両手を頬にあてながら顔が綻んでいたはずの月子は、急に真面目な顔をすると辺りを見渡し始めた。

「また、『誰かに見られてる』気がする……」

「ふむ……それが『迷惑行為』そうならば、私でよければ相談にのるぞ?」

 クルーエルはフライパンに水を注ぎ、大きな葉っぱで蓋をしながら月子にそう言う。

 俯き不安げな表情の月子を初日は心配した。

「クルーエルさんはここのゲームマスターさんだし、相談した方がいいと思うよ? ほら、最近ネットストーカーとか多いって言うし……」

「そうだよね……、怖いもんね……」

「うむ、ネットストーカーは怖いぞ!」

 初日と月子の会話を遮るように、クルーエルは声を張りあげる。

 焼き上がった目玉焼きを二枚とも同じ皿に盛り付けながら、眉をつり上げてクルーエルは真剣に二人に訴えかける。

「私も昔、ネットストーカー被害にあってな……」

「えっ?! クルーエルさんがですか?」

 クルーエルから目玉焼きを強引に奪い、クルーエルのその言葉を聞くとつい叫ぶようにして言ってしまった。

 初日の一言余計なのは、今に始まったことではない。だが、「クルーエルさん『が』ですか?」と言った初日の言葉が、クルーエルの頭の中で何回もこだまして聞こえた。

 クルーエルは地面に両方の膝と掌をつけて、愕然とする。

 そんなクルーエルの姿を見た初日は、自分がマズイ事を口走ってしまっていたということにやっと気付く。

「あ……えっと、クルーエルさんがストーカー被害にあうとか、考えられなくて……つい。……あ、でも、クルーエルさんのファンとか……ほら、多い……ですし……」

「……そんな私でも、前のオンラインゲームで何度も同じ男にPKを挑まれたんだ……。全て返り討ちにしてやったがな……」

「あ、前のオンラインゲームって『Blood Rain』の事ですよね。ちゃんと動画見ましたよ!」

 初日はクルーエルにバレないように、ちゃっかり二枚の目玉焼きを頬張りながら、このどんよりとした空気を変えようと、この前神様が言っていた動画の事を話し始めた。

「あの再生数の多い動画のクルーエルさん、凄かったですよ! ばっさばっさと敵をなぎ倒していくあの姿、本当に格好良かったです! 今のクルーエルさんとは、身長も雰囲気も違いましたけど……」

 初日がその話をした瞬間、クルーエルは寂しそうな表情を浮かべる。だがその時は顔を俯いていたので、クルーエルがそんな顔をしているとは、誰も想像しなかった。

「月子も知ってます。『BR』って略して皆さん呼んでますよね?」

「VRMMOの中でも、五本の指に入るほどの人気のオンラインゲームだとか……。でも、動画で見る限りだけど、斬りつけたキャラから出る血がリアルで怖いな……」

 二人が話していると、クルーエルはむくっと起き上がり腰に手を当てる。その表情は今さっきの寂しそうな顔とは反対に、得意気な表情を浮かべていた。

「あれはPKを主に楽しむゲームだからな。『BR』の魅力はそのリアルなまで『血の表現』だ。そのこだわった表現のせいか、今では十八歳以下のプレイは禁止になっているがな……」

「ほえぇ、じゃぁ私達できませんね」

「ははは……そうだな」

 そんな普通の会話を楽しんでいたのだが、やはり月子の表情が強ばっている。

 そんな表情をしている月子を見かねたクルーエルが近くに寄り、月子の肩をぽんと叩く。

「心配するな。私がついている」

「……はい」

 クルーエルが優しく微笑み、月子を気遣う。そのお陰か、月子もふっと笑顔をこぼした。

 ……そんな時だった。

 クルーエルのソフィアの箱から、PKを挑まれた時に鳴るあの音がする。

 それは余りにも一瞬の事だったので、初日も月子もその瞬間は何が起こっているかなんて考える暇もなかった。

 気付いた時には、クルーエルは月子をかばう形で大剣を構えていて、その大剣からはギリギリと音がする。

 クルーエルは顔を歪めながら、口を動かす。

「噂をすれば、なんとやら……」

 クルーエルがジロリと睨むその先には、青い髪をしたポニーテールの男が居た。

 その男が装備する双剣がクルーエルの大剣とぶつかり、ギリギリと言う音をたてていたのだ。

 その男は顔を上げ、大きなクルーエルを見た。左目に眼帯をしていて、右目の瑠璃色の瞳がクルーエルを映す。

「俺のどんな噂をしていたんだ?」

「自分自身に問い掛けてみるといい」

 クルーエルは渾身の力で大剣を振り上げる。

 その力に押された男は後退し、体勢を立て直して双剣を構えた。

「うわっ……。私、あの顔タイプ」

 初日がそう呟くのも頷ける。

 神様とはまた違ったタイプの整った顔立ちをしていて、どちらかと言えば妖艶。左目に当てている眼帯が、その妖艶な顔立ちをより引き立てていた。

 ただひとつ残念な箇所を言うとしたら、その男の種族が『機人』のせいか、動く度に「ギーッ、ギーッ」と音がたつことぐらいだろう。

「それで、何の用だ」

「俺の用なんて、一つしかない」

 男は双剣を構えると、《瞬速》で一気にクルーエルまで詰め寄る。

 クルーエルは後ろの方に居る月子をかばうように大剣を構えた。

「クルーエル! お前にだ!」

 そのまま男はクルーエルに双剣を向けて斬りかかる。

 それをクルーエルはなんとか、大剣で受け止めた。

「……もしや、君は!」

「やっと思い出してくれたか」

 お互いの剣が激しくぶつかり合い、音を立てる。

 クルーエルはなにかを思い出したのか、顔色がみるみるうちに青くなっていく。

「やっと、やっと見つけたんだ。もう逃がさない、クルーエル!」

「てっきり月子に付きまとう『ストーカー』だと思ったが……、君だったのか、マサムネ!」

 嬉しそうに笑うマサムネと言う男とは対照的に、とても嫌そうな顔をするクルーエル。

 そんな二人の会話を聞いた月子は、マサムネが「自分をストーカーしている人物」ではないと知ると、自分の頭を両手で掴むと上に高く突き出してクルーエルとマサムネを見つめた。

「お二人は、お知り合いなのですか?」

 そう月子が聞いたとたん、クルーエルとマサムネは口を揃えて叫ぶ。

「違うっ!」「そうだとも!」

 二人揃って口を揃え言うが、全く違う答えを言う。

 月子が二人の言葉を理解できずにきょとんとしていると、クルーエルは大剣構えてマサムネに《瞬速》で近付くと大剣を大きく振り上げた。

「君が勝手に付きまとっているだけではないか!」

 クルーエルは振り上げた大剣を、マサムネ目掛けて力任せに降り下ろす。

「付きまとっている訳じゃない! お前が逃げるからだ!」

 マサムネは声を上げてそう言いながら、《瞬速》でその攻撃を見事に回避する。

 回避してからマサムネは、クルーエルに向かって叫んだ。

「クルーエル、俺の嫁になれ!」

 マサムネが叫んだ愛の告白は、ラクナノの中に居る全てのプレイヤーの耳に入る。勿論、初日と月子にも、その言葉ははっきりと聞えた。

「断る!」

「俺と結婚してくれ! 現実世界(リアル)でいいんだ!」

「尚更断る!」

「じゃあ現実世界(リアル)の住所を教えてくれ! 婚姻届を送……」

「断固断る! 大体、私が現実世界(リアル)で女だとでも思っているのか?」

「勿論だ! もし男だったとしても、それがお前だと言うなら受け入れる!」

「本当に勘弁してくれ……」

 二人のやり取りに興味をもった他のプレイヤー達が、クルーエルとマサムネを囲むようにして見物を始めていた。

 当の本人達は話すことに必死すぎて、回りに人集りが出来ているということに気付かない。

 そんな状況を見て、初日と月子はどうしたものかと眺めていた。

「へろー! そこのカワイコちゃん達、この神様とダンジョン行くよ! ……って」

「あ……神様!」

 どこかのリゾート地にでも行けそうな服装の神様が、初日と月子の目の前に現れる。

 神様はクルーエルが居ないことにすぐに気付くと、辺りを見回す。すると、すぐにいがみ合っている二人の姿を見つけた。

「……あれは何? 痴話喧嘩?」

「なんか……昔からの『ストーカー』っぽいですよ?」

 初日が苦笑しながら神様に言うと、少しばかり状況が飲み込めたのか神様は何かを企むようににっと笑う。

「とにかく面白い状況って事かな?」

「……そう言うことにしておきます」


 ……一方、クルーエルとマサムネは同じような言い合いを続けていた。

「だから、住所だけでも……」

「だーかーらー…………今さっきから、同じ事を何回言わせれば気が済むんだっ!」

 クルーエルはマサムネに同じ事を何回も言わされ、しつこくされたせいなのか顔を真っ赤にして怒り始める。

 クルーエルは素早い動きで胸の谷間からソフィアの箱を出し、大剣を装備から外してしまう。その代わりに手光を集め、あのBANプログラムが入った大剣を手元に出した。

「さよならだ!」

 クルーエルがその大きな体を限界まで素早く動かし、何かのスキルを使う。するとクルーエルの体は赤く光出すと、すぐにマサムネに突進していく。

 ……だが、その攻撃は虚しくも神様の手によって阻止された。

 クルーエルの目の前に現れた神様は、そのプログラムの組み込まれた大剣を素手で止める。すると、瞬く間に大剣は光に戻り消えていく。

 その瞬間、赤く光っていたクルーエルの体はその赤い光を失う。

「なぜ邪魔をする、神様!」

「ちょっと落ち着こうよ、くーちん」

 神様はクルーエルに無邪気に笑いかけると、マサムネをまじまじと見た。

 神様がクルーエルと親しく話していたのと、その神様にジロジロと見られたことでマサムネは苛立ちを覚える。

「お前、クルーエルの何なんだよ」

「うーん、何だろうね」

 より無邪気に笑う神様とは対照的に、より苛立ちを覚えるマサムネ。

「お前はクルーエルの彼氏なのか!」

「ははは……。まさか、無い無い」

 マサムネの言葉に苦笑しながら手を振る神様。

 その言葉を聞いたマサムネはほっとしていたが、当のクルーエルは鬼の形相で神様を睨んでいた。

「マサムネ君だったかな? 君がそんなにくーちんと結婚したいっていうなら、提案がある。マサムネ君が勝ったらくーちんを好きにしていいってルールで、改めてPVPをやらない? その方が見ている皆が楽しめるし、くーちんもマサムネ君もやる気が出るでしょ?」

 にこやかに神様が提案をすると、マサムネの口元がみるみるにやけていく。

 そんなマサムネとは裏腹に、クルーエルの表情は鬼の形相で視線を送っているのとプラスして、神様に対しての殺意も送り付けているようだった。

 当の神様といえば、クルーエルが凄まじい勢いで怒っていることを、わかっていて無視しているのか、本当に気付いていないのかはわからないが、そんな状況でも無邪気に笑っている。

「おおおお、俺は良いぞ! 興奮する!」

「……ならば、私が勝ったらマサムネをBANでいいか?」

 きっと何をいっても神様は話を聞かないと知っていたクルーエルは、深呼吸をして自分の怒りを静めて言う。クルーエル自身は冷静で居るつもりなのだが、端から見たら相当怒っているということは見てすぐにわかった。

 無表情でそう話すクルーエルの提案を無邪気に笑う神様は、「いいよ」と頷きながら言う。

「では、手加減無しだ。準備をするから少し待て」

 クルーエルはソフィアの箱を胸の谷間からから出し、アイテム欄から戦闘用に強化された赤く光沢を放つ鎧を装備する。鎧なのだが、クルーエルの趣味でなのか巨大な胸の谷間が相変わらず見えていた。

「因みに、今回のPVPにチート行為並びにゲームマスターの権限を使用したら、強制的にそれを使った人の負けになるから、気を付けてね」

 クルーエルがBANプログラムの大剣を出そうとしたが、神様が付け加えてそう言った。

 不機嫌そうにクルーエルは軽く鼻をふんと鳴らすと、ソフィアの箱からBOT狩りの時にも使ったあの大剣を取り出す。

「あと、観客に被害がでないように透明な壁の中で戦ってもらうから、そのつもりで」

 神様からのその言葉を聞いたクルーエルとマサムネは一回こくりと頷く。

 準備を整え終えたクルーエルは、マサムネの姿をみてふんと鼻を鳴らす。

 マサムネは準備もせずに、クルーエルが支度が終わるのを待っていたのだ。

「随分、余裕そうだな」

「まぁ余裕と言うより、俺の本気装備はこれだからな」

 一見普通の人間にしか見えない機人だが、両手の甲から生えるように伸びる剣が機人であると物語っているようだった。

 マサムネは体の一部一部をチェックし、落ち度が無いかだけ確かめる。

「準備万端だ」

「俺もだ」

 二人はそう言うと少し距離を置き、向かい合う。

「はーい、観客は広場の外に出てねー。ほら、初日ちゃんも月子ちゃんも手伝って!」

 神様は強制的に初日と月子を使い、観客を広場の外に誘導する。

 初日は鶏に追いかけられたりと色々あったせいか、へとへとに疲れ果てながらも観衆を外へと連れ出す。

「私と月は運営の人間じゃないのに……」

 と呟きながらも、初日はその業務を淡々とこなす。

 月子はと言うと、観衆に紛れ込んでしまっていて手伝える気配もない。……と言うより、他の観客達と紛れて、この『祭』が始まるのを楽しみに待っているように見えた。

 観衆を無事に外へと連れ出すと、神様は空に向かって「大西ぃー! 壁出してー!」と叫んだ。

 すると、広場全体をぐるりと囲むように数字の浮かぶ壁が現れていく。その壁は青い空に永遠と伸びていく。

 その壁は少し経つと数字が消え、透明な色に変わっていく。初日はその壁が現れた辺りを触ってみる。

「……本当に壁がありますね!」

「その壁、デスマッチにも出来るよっ」

 神様は不気味に笑いながら言うと、初日は苦笑しながらあしらうように返事をした。そして「月を探してきます」と言い、逃げるようにして神様から離れていった。

「さて、『PKK(ピーケーケー)のマサムネ』の力量を見よっか」

 PKK……プレイヤーキラーキラーとは、PKを故意に狩るプレイヤーの事をそう呼ぶ。

 神様は珍しく真剣な表情でそう呟くと、クルーエルとマサムネを見つめる。

「じゃあ、始めちゃって!」

 そうかと思えば、すぐに神様は笑いながらそう言った。

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