ネットストーカーにご用心っ!【1】
「ついに見つけたぞ……クルーエル!」
ロニオとジュリの戦いに勝利し、神様とクルーエルを乗せた《シャドーホース》が走り去る姿を、木陰からひっそりと覗く怪しい人影があった。
少し動く度に「ギーッ、ギーッ」と言う音をたてながら、その人影はぶつぶつと呟く。
「待っていろ、クルーエル。今度こそはお前を……」
片方の目がギラリと光ると、その人影は高々に笑うのだった。
***
クルーエルの何時もと変わらない一日が今日も始まる。
燦々(さん)と降り注ぐ太陽の光が、赤黒く輝くクルーエルの髪の毛を綺麗に魅せていた。
「うむ、今日は気に入った服を着ていることだ。平和な一日を期待しよう」
クルーエルはその身長、胸共に巨大な体を今日もラクナノの広場にて見せびらかす。
今日の格好は、相変わらずの胸の谷間を覗かせ、生足が三分の二も見えているスレスレの服であった。
だがお気に入りと言うだけあって、そのイヤらしさもそこまで感じることはなく、これこぞクルーエル! と思わせてくれる格好だった。
「この染色は上手くいったしな……。今日の八時間は良い事がありそうな気がするぞ」
主に黒く染められた服には模様が入っており、よくその模様を見ると和柄の模様が散りばめられていた。和服をコンセプトに作った洋服で、色によっては可愛らしくもなる。
そんな洋服を黒く染め、模様をクルーエルカラーである赤黒い色に染め上げているので、どちらかと言えば『カッコいい』と言える色合いだ。
クルーエルがまた自分自身に見とれていると、初日の声が遠くの方から聞こえてきた。
「クルーエルさーん! 今日はお誘いありがとうございまーす!」
「お、来たか」
クルーエルは右手をおでこに当て、遠くを眺めるように見た。
フリルのあしらってあるひらひらしたスカート姿の初日が、大空で羽根を動かしクルーエルに近付いてくる。
その光景を見たクルーエルは、お腹に力を入れて思いっきり叫ぶ。
「おーい、初日! スカート姿で皆の上を飛行すると、パンツが見えてしまうぞ!」
「え……、えぇ!」
初日は優雅に広場の上を《飛行》していた。だがよくよく下を見ると、上を眺めてソフィアの箱を使い、スクリーンショットを撮っている者が何人もいた。
スクリーンショットとはオンラインゲームにおいての「写真機能」の事である。
「き……きゃぁ!」
初日はスカートの中身を見えないように手で押さえ、声を高々にあげる。すぐに《飛行》のスキル解除をし、降りた所から急ぎ足でクルーエルのもとまで行く。
「うわぁぁん! クルーエルさん、何でもっと早く教えてくれないんですかー!」
「うーん……。ゲームだからって大丈夫だと思ってた君が悪いぞ?」
「ふえぇぇ……。恥ずかしくて学校行けないよぉ……」
初日は顔を赤らめながら、目に涙を溜めて大きなクルーエルの影に隠れる。
クルーエルはそんな初日の姿を見て大声で笑い、初日同様に目に涙を溜めた。
呼吸を整え、クルーエルが辺りを見回す。
「……そう言えば、月子だったか? その子はどうした?」
「……あれ、ついてきてた筈なのにな」
二人は今日、神様考案の『ダンジョン巡り』をしようと集まったのだ。
前回のイベント『BOTを誘き寄せるためのアイテムの出ないイベント』から正式なイベントに切り替わったのだ。
……ただ、その時に有名な掲示板は炎上し、公式サイトにもクレームが殺到したのは言うまでもない。
初日はキョロキョロと辺りを見回すが、月子が居ないようで首をかしげていた。
「まぁ神様も少しだけ遅れるようだ。メールかチャットをしてみたらどうだ?」
「……そうですね」
初日が腰のポシェットからソフィアの箱を取り出し、メールのアイコンを押そうとしたその時だった。
「はぁーつぅーひぃー!」
その声は何処からともなく聞こえてくる。
初日は辺りを素早く見渡すが見当たらない。
「ちょっと月! 何処に居るの?!」
「上だぁよー!」
その声を聞いた初日は、すぐに空を見上げた。
すると、青空にキラリと光るものがあるかと思えば、それがものすごいスピードで落ちてくる。
目を細め、それが何なのかと確かめると、初日は顔色を悪くする。
「ちょっと! 何であんた落ちて……」
目を真ん丸くしながら叫ぶ初日が目にしたのは、金髪で髪の毛を二つに結んだ女の子の生首。それが、クルーエルと初日のいる場所目掛けて落ちてくるのだ。
初日が声をあげて叫んでも、それのスピードは衰えることなく二人に近付く。
初日はまるで隕石のように落ちてくるそれが怖くなり、とっさにその場から離れる。少しして振り向くと、まだその場にはクルーエルが残っていた。
ラクナノ中に轟音が響き渡り、それと同時に土埃が広場覆をう。
その生首がクルーエルを直撃すると、その衝撃なのか土埃が辺りを包んだのだ。
その光景を見ていた初心者達は悲鳴をあげる。
「ちょ……! クルーエルさん、月!」
初日は慌てふためくが、その場所に近付いても土埃で視界が見えなくなっていた。
「……初日の友達は、こんなにアクティブなんだな」
土埃が徐々に収まり始め、うっすらとクルーエルの姿が見えた。
クルーエルの大きな胸の辺りに埋もれている金髪の生首も見える。
生首を両手で優しくしっかりと掴んだクルーエルは、自分の大きな胸からその生首を引き剥がす。
それを見ていた者達は安堵すると、次々と拍手をする。
初日もクルーエルと生首が無事であることを確認すると、ホッとした。だがニヤニヤと笑っている生首を見ると、呆れ果てた表情をする。
「…………、月は変わり者ですよ……」
「月子は変わり者じゃないもん! 体を張ったネタ師なんだもん!」
生首こと月子は、クルーエルの両手の中で声を張り上げ言った。
初日には、月子の純粋に輝くその紫色の眼が痛くて仕方がなかった。
そんな事とは知らないクルーエルは、首をかしげて月子に問う。
「ネタ師とは……何だ?」
「ネタ師とはですねぇ……、他の方を楽しませるような事をする人……ですかね!」
瞳をより輝かせながら、月子はクルーエルに説明する。
だが、横から初日が口を挟む。
「簡単には、『変わった事をする人』ですかね」
「ふむ……、よくわかった」
「えー……、『面白い事をする人』なのにぃー」
頬を膨らませながら月子がぼやくが、二人にはその言葉は届いていなかった。
「ところで、月子……だったな。君はデュラハンなのか?」
「はいっ! この種族がネタ的に面白そうだったので!」
デュラハンの説明を初日にした時、クルーエルも「ネタのような種族だ」と言ったのだが、こうも簡単に言われてしまうとクルーエルの気持ちも少しばかり切なくなる。
クルーエルはそんな切ない気持ちを飲み込み、次の言葉を口にする。
「君の体は何処に行ったんだ?」
クルーエルの両手の中で、月子は考える素振りをする。素振りといっても、表情だけだが。
「月子の体、なんか攻撃されてるような気が……」
それを聞いた初日は、すぐにスカートの中が見えないように押さえてから、《飛行》を使う。
円を描いた広場の上から、その回りを隈無く見渡した。丸い広場を囲むようにして染色屋やら武具屋、道具屋などが並んでいる。
「あ……! 居た!」
首を無くした体は武具屋の後ろ辺りに居て、確実に広場に向かおうとしているみたいなのだが、なかなか進まない。何故なら、数匹の鶏のMOBに攻撃されており、当の月子の体は倒れ込んでいるのだ。
「んもう!」
初日は急ぎその場所に行くと、《飛行》のスキル解除をする。そして解除してすぐに魔法を唱え始めた。
それは簡単な魔法なので、すぐに唱え終える。
「《フラッシュ》!」
それは初期段階に覚えている《光魔法》の一つで、効果は目眩ましのみでダメージなどは与えられない。
その光を見た鶏達は、よろめき後退る。
その隙を狙って初日は月子の手を握ると、一目散に広場へと走った。だが、初日の後ろには怒り狂う鶏達の群れが必死に追いかけてくるのだ。
「きゃぁあっ! 助けてくださいクルーエルさぁん!」
初日と月子の体は、クルーエルと生首だけの月子目掛け走ってくる。
クルーエルは、助けようにも両手で月子を持っていたので、簡単には助けることができなかった。
「クルーエルさんでしたっけ? 月子をあの鶏の軍団目掛け、ボーリングの様にポーンとしちゃってください!」
「……この首を、か?」
「はいっ! この首でぽーんっと!」
月子の顔は自信満々と言いたそうな顔をしている。
クルーエルはその月子の言葉を承諾し、月子の頭をがっしりと掴んでボーリングで投げるときのポーズをとった。
「痛覚機能がオフになっているとは思うが、痛かったら言ってくれ」
「はぁいっ!」
クルーエルは目を細め、よく狙う。そして、広場の外れまで迫ってきていた初日に向かって叫ぶ。
「初日、《飛行》しろ!」
「えっ……でも……っ! パンツ――」
「早く!」
クルーエルは怒鳴るように初日に言った。
初日は渋々月子の腕を掴み《飛行》する。普通は人を掴んで飛行するものではないので、初日が思った以上に高度が上がらない。
それでもクルーエルにとっては十分だった。
狙いを定め、見事なフォームで月子の頭を投げる。
高速回転しているせいか、月子の頭は金色の玉のように見えた。
その金色の玉は鶏の群れ目掛け突っ込む。
月子(正確には月子の頭)に当たった鶏達は、面白いように四方八方へと飛んでいく。
一応それも攻撃だと認識されるようで、鶏達は次々と消えていき、お金とアイテムがまるで空から降るように落ちてきた。
その中のアイテムにはキラキラと光るアイテムもある。
「…………ゴールドエッグ、か」
クルーエルは、月子の頭を回収しに広場の外れまで来ていた。
目を回した月子の頭を回収すると、所々に散らばっているゴールドエッグと言うアイテムを見つめる。
「クルーエルさん……、ありがとうございます……」
初日はへとへとになりながらも、月子の体をそっと下ろすと《飛行》のスキルを解除した。
初日もキラキラ光るそれに気付き、クルーエルに問い掛ける。
「クルーエルさん……これって?」
「鶏から出る『レアアイテム』だ……。こうも容易く、しかもこんなに出るとは……」
クルーエルが眺める先には、無数もの卵が散乱していた。
金色に輝くものと、普通の卵。ざっと見ても金色に輝く卵と普通の卵、同じぐらいの量があるように見えた。
たが『レアアイテム』と言うだけあって、このアイテムは出にくく設定されている。鶏を一〇〇匹倒して一〇個、多くて二〇個。それくらいの確率であることはクルーエルが一番よく知っていた。
そんなゴールドエッグを半分も出してしまう月子の特殊な能力が、実際とても凄いモノなんだとクルーエルは実感する。
「本当なんだな……」
「本当です」
クルーエルと初日がそう会話していた時、目を回していた月子が正気に戻る。
月子の体は自分の頭を持っていてくれていたクルーエルから手渡しで受け取ると、たちまちどや顔をして見せた。
「月子の作戦は大成功だったようですね!」
「ああ、月子のお陰だ。ありがとう。……ところで月子、君にルート権があるから聞くのだが、このゴールドエッグは拾っていいか?」
クルーエルはそう聞くが、月子は目をぱちくりとさせながらクルーエルを見つめる。
「ルート権ってなんです?」
「君が優先でアイテムを取れる権利だ。MOBを倒したのが君ならば、当然ルート権も君になる」
「そうなんですかぁ……。いいですよ、取ってください」
月子は元気一杯に笑いながら言うと、それを待っていたかと言わんばかりに、近くに居たプレイヤー達もゴールドエッグを拾い出した。
クルーエルはゴールドエッグを三つだけ拾う。
「これって何に使うんですか……?」
「……食べるぞ」
初日が首をかしげていると、クルーエルは大きな胸の谷間からソフィアの箱を取り出し、アイテム欄からフライパンと薪を選択する。すると、クルーエルの目の前にその二つが現れた。
薪に火を付けてからフライパンを熱し始めたクルーエルは、一つだけゴールドエッグの殻を割り、中身をフライパンに流し入れた。白身の中に丸い黄身がふっくらと浮かんでいて、そのどちらもキラキラと輝きを放っている。
「んーまそぉ!」
月子は口から涎を垂らしながら、フライパンの中身を眺めていた。
クルーエルは仕上げに水を少量流し込み、蓋の代わりに大きな葉っぱでフライパンに被せた。
水を注いだフライパンはグツグツと音をたてていたが、暫くすると音が静かになる。
「頃合いだ」
クルーエルがフライパンに被せていた葉っぱを取ると、その瞬間に香ばしい香りが辺りを包む。真っ白な白身の中心に肌色に色づいた黄身が顔を出す。
「月子、食べるか?」
「……いいんですかぁ? 是非とも頂きまぁす」
クルーエルは気前よくソフィアの箱からお皿とフォークを取り出すと、そのお皿に焼いた卵をのせて手渡す。
月子は片腕に自分の頭を挟み込むと、その手で皿を持ち、反対の手でフォークを器用に使い焼いた卵を口へ運ぶ。
一口食べた瞬間、半熟の黄身が月子の口の中でほどける。月子は目を輝かせると、両手で頬を押さえた。
「あっついけど、んーまーっ!」
「そうか、それはよかった」
クルーエルは優しく微笑むと、あとの二つも殻を割り、焼き始める。
「クルーエルさん、早く早く!」
「ははは……、急かさないでくれ」
初日は今か今かと、目玉焼きが出来るのを待った。