神、降臨【2】
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ラクナノから数分、『イズの洞窟』の出入り口前に二人は立っていた。
「やっと着いたよぉ。ささ、早くBOTを狩ろう!」
今か今かと地団駄を踏みながら、キラキラと光る瞳をしている神様は、その言葉を発したと同時に体を洞窟の出入り口へと向かわせる。
三歩四歩と足を動かし前へ進むが、五歩六歩から前に進まない。
神様は後ろから何かに捕まれていると分かり、首だけを動かし後ろを見た。
「くーちん、離してよ」
「断る」
無邪気に笑う神様に、クルーエルは素っ気なく答える。
神様はクルーエルの巨大な手から逃れようと必死にもがく。
「時間がなくなるよぉ」
「駄目だ。君にはやるべき事がある」
「だって……」
神様はその整った顔で子供のようにだだをこね、頬を膨らませた。
クルーエルは、そんな神様を母親のように説教する。
「前の惨劇を忘れたのか? 君が罪もないプレイヤーもBOTごとBANして、クレームの嵐……。私も他の者達も、あの時は大変だったんだぞ?」
そうクルーエルに言われた神様は動きを止め、頬を膨らませながらクルーエルを睨む。
「BOTが減ったら、くーちんのせいだからね!」
「それは構わない。……ほら、神様」
「……わかったよぅ……」
クルーエルの言葉に観念したのか、神様は最後に小さく舌打ちをしてから渋々と自分のソフィアの箱を出した。
神様のソフィアの箱は、他の者達とは違って特殊な形をしており、画面の中身も特殊なアイコンが並んでいた。神様はその中から『神の声』と言うアイコンをタッチする。その瞬間、空から現実世界で聞き覚えのあるチャイムが鳴り響く。
チャイムが鳴り響くのを確認した神様は、持っていたソフィアの箱に口を近付け、言葉を発し始めた。
「えー、運営からのお知らせです。只今から『イズの洞窟』にて、神様による神様の為のBOT狩りを行いまーす。被害を増やしたくないので、イズの洞窟には近付かないようにお願いしまーす」
神様の声は空から降り注ぎ、『GNOSIS』の世界に響き渡る。
神様は言い終えると、ソフィアの箱を口から離し、クルーエルを見た。
「これでいいんでしょ?」
「うむ、上出来だ。……これで少しはクレームも減るだろう」
満足そうに神様から手を離し、腕を組み嬉しそうに頷くクルーエルに対し、神様は大きく溜め息を吐き呟いた。
「クレームも減ったかもしれないけど、BOTも減ったかもねぇ……」
「…………何か言ったか?」
「いいえー、なんでもないよー」
満足そうなクルーエルに呆れた表情で返事をする神様は、洞窟の出入り口へと向かう。
「さっ、早く行こっ! 早く行かないと、BOTが減っちゃうからね」
神様は今さっきまでの不服そうな表情とは裏腹に、無邪気に声を出し、笑顔で足早に洞窟の中に入っていく。
クルーエルもそんな神様の後に続いた。
洞窟内に入ると、十数人の適当な装備をしたキャラクター達が無心にMOBを狩る姿が目に入ってくる。
因みにこのゲームでのMOBとは、いわゆる『モンスター』の事。
そして、そのMOBを無心に狩る適当な装備のキャラクター達こそBOTである。
その中の数人のBOTが、クルーエル達の目の前で光に包まれ消えていった。
その光景を見た神様は嫌悪感を露にし、軽く舌打ちをする。
「やっぱりログアウトしてるし……」
神様はそうぼやくと、クルーエルは笑いながら神様に言った。
「ぼやいている暇があるなら、早く狩った方が良いと思うが?」
「……分かってるよー!」
神様は子供のように怒りながら、両手を前に出した。
クルーエルがゴッドを永久アカウント停止にするための武器を出す時に現れた光と同じ様に、神様の両手には光が集まりだす。
その光は次第に大きさを増しながら形を作り、クルーエルの大剣とまた違う、神様が持つには少々アンバランスと言える巨大な銃が姿を表した。
このプログラムは、初日とクルーエルがソフィアの所で種族を決める時に、クルーエルが説明していた『イメージすれば、それを具現化してくれるシステム――KS』を使い、その人が最も使いやすい武器をイメージして構成してくれる、ゲームマスターに備え付けられたプログラムである。
「ほら、さっさと狩るよ! くーちんはMOBを一匹だけにして!」
「……はいはい」
クルーエルは口元を押さえながら必死に笑うのを堪え、胸の間からソフィアの箱を取り出す。『アイテム』のアイコンを押し武器を選ぶ。
「普通の武器を出すのは久しぶりだな」
そう言いながら、クルーエルの背丈とたいして変わらない大剣を装備する。その大剣も赤黒く色付いており、その色がよっぽど好きだというのが見てとれた。
「さて……MOBを一匹にするには、ネフィリムの通常速度ではすぐにMOBも湧いてしまう……か」
クルーエルはそう言うと、またソフィアの箱からアイテムを選び出す。選んだ瞬間、クルーエルの目の前に一つの黄色い液体が入った小瓶が現れる。その浮遊する黄色い液体の入った小瓶を手に取り、にっと笑った。
「一定時間、スタミナが減らない優れ物……スタミナジュース、オレンジ味! 一本なんと、一〇〇ポイントで購入可能だ!」
誰に宣伝をしているのか分からないが、クルーエルはスタミナジュースの入った小瓶を手前に出し、そう言う。そして、小瓶の蓋を勢い良く開けて美味しそうに一気に飲み干す。
「……っぷはー! フレッシュで美味い!」
「……早くしてよ、くーちん」
そんな事をしているクルーエルを見ながら、神様は冷たい視線を送り、言葉を発した。
その言葉を聞いたクルーエルは、神様に微笑みかけ言う。
「すまん、一瞬で終わらせるから待っていてくれ」
そうクルーエルが言い終えた瞬間に《瞬速》を使い、残像を残しながら素早い動きで大剣を上手く使いこなし、MOBを見事に一撃で倒していく。
適当な装備しか身に付けていないBOTでも何発かで倒せてしまうMOBなので、良く育てられているクルーエルの装備とキャラの前ではMOBはザコ同然。
あっという間に周囲のMOBは一匹になり、機械的に動いていたBOT達のタゲは一気にその一匹のMOBへと移り、そのMOBのもとへと集まり始める。
その光景は、まるで死骸に群がり始める蟻の如く。
「うんうん、いいよいいよ~」
その光景を見ていた神様は、その巨大な銃を構え、エネルギーを溜め始めた。
轟音を響かせながら、銃口から光が漏れだし始める。
しかし、BOT達から少しだけ離れた場所にもわんと煙が湧き上がると、そこに一匹のMOBが姿を表す。
そのせいか、綺麗に纏まっていたBOT達が一斉に動き始めてしまう。
「くーちん、MOBが湧いたから早く処理して」
神様はBOTの集まる中心に狙いを定めながら、クルーエルに素っ気なくいい放つ。
クルーエルは苦笑しながら《瞬速》で残像を残しながら一瞬にしてMOBに近付き、すぐにその大剣で倒してしまった。
タゲを失ったBOTはピタリと止まり、動かなくなる。
「よし、私が離れたら発射してくれ」
クルーエルが神様に向かってそう言うと、神様は悪そうに笑ってから、
「やだっ」
と言うと、トリガーに指をかけた。
「ちょ、ま……待て! スタミナジュースの効果が切れて……!」
「あと三秒ねー」
慌てるクルーエルを見て、無邪気に笑いながら神様はカウントダウンをし始める。
「さーん、にー、いーち……」
クルーエルは、神様がカウントダウンをしている間に慌ててソフィアの箱を出しアイテムを漁る。
しかし、無情にも神様はトリガーを強く引いた。
「ぜーろっ」
神様がトリガーを引いた瞬間、眩い光と共に轟音が洞窟内に響き渡る。
その威力は凄まじく、地面に二つの線を描いて神様はずるずると後退していった。
銃のエネルギーが底を尽き、光線を撃ち終えた神様は、土埃の舞う洞窟の中を満足そうに眺める。
「スッキリしたかなー?」
子供のように無邪気にはしゃぐ神様は、早く土埃が収まらないかと待ちわびていた。
「くーちんも巻き込んだけど仕方ないか。後で大西氏に、くーちんの事を頼んでおこう」
神様はそんなことを言いながら、今か今かと土埃が収まるのを待つ。
少しずつだが、土埃が収まってくるとその中に一つの人影があった。
「あれ、残っちゃったかな?」
「あれ、残っちゃったかな? じゃないぞ、神様……」
その影は次第に姿を表し、赤黒い色の瞳が神様をギロリと睨んでいる。
「くーちん無事だったんだね、良かった」
「……感情がこもってないぞ」
土埃にまみれたクルーエルが姿を表すと、残念そうな顔をしながら神様は台詞を棒読みするかのように言う。
クルーエルは全身に土埃をかぶり、折角綺麗に束ねてポニーテールに仕上げた赤黒い色の髪も、悩み抜いた末に選んだ服も真っ黒に汚れてしまっていた。
「君は、そんなに私をBANしたいのか?」
「別にー? くーちんの行動が遅かっただけだよ」
不機嫌そうに言うクルーエルとは対照的に、神様は相変わらず悪気もなさそうに笑いながらそう答えた。
クルーエルは心底やりきれないと感じ、深々と溜め息を吐く。
「本日のくーちんの溜め息は、これで九回目になりまーす」
神様にそう言われてまた溜め息を吐きたくなったが、これで十回目と言われるのも嫌だったクルーエルは、逆に深呼吸をして自分の心を落ち着かせ溜め息を吐かないようにした。
「ここのBOTは一掃したようだし、私はラクナノに帰るぞ」
クルーエルは神様を乗せまいと、《シャドーホース》をすぐに出し跨がる。
だが、神様はいつの間にか目に見えない速さでクルーエルの前にちょこんと座っていた。
「あー、そしたら初日ちゃんと月子ちゃん? ……と、ダンジョン巡りしたいなー」
「君は仕事をしないでいいのか……?」
「BOTを排除するのも立派な仕事だよ。ささ……時間は有限だ、早く行こう!」
クルーエルは首を横に振り、飽きれ顔で神様を見た。だが、ふと笑いが込み上げてきて手で口を押さえ呟く。
「神様らしい……か」
「うん? なんか言った?」
「いや、気にするな。……さあ、行こう」
クルーエルが笑いを堪え、《シャドーホース》の脚を出口に向かわせた。