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神、降臨【1】

 ここは種族を決めた初心者が集う場所――ラクナノの村。広場のような場所を囲み、武具屋や道具屋などの商店が建ち並んでいる。

 村の至る所で、初心者のギルド勧誘の為か上級者であろう者達がプラカードを担ぎ、歩き回っていた。

 そういう目的の人も居るからか、至る所に人集りができ、村と言う割には随分と賑わいをみせている。


 そんな中、あのクルーエルは広場にいた。

 やはりネフィリムという種族の女性と言うのは数が少ないらしく、三メートル近くある大きな体が一際目立つ。

「今日の服装はどれがいいだろうか……」

 大衆の前で堂々と装備を変えるクルーエルは、ソフィアの箱を見ながら悩む。

「やはり、この胸を強調した服がいいな」

 ぱっと選んだのは、はちきれんばかりの胸を布が覆い隠し、腰の紐を解けば何が出てくるのかと期待するほどの破廉恥な格好の物であった。いわゆる、ビキニと言う種類の水着だ。

「でも、やはり少年少女の教育上よろしくないな」

 口を尖らせながら、その大きすぎる胸を強調してみせる。

 初心者達は皆、そんなクルーエルの事を幾度となく見てしまう。

 だが、上級者達にとってそれは日常茶飯事である為、普通にプラカードを担ぎ、何事もないかのように歩いていた。

「…………今日はこれだ!」

 クルーエルはソフィアの箱を勢い良く押すと、ビキニから一瞬にして洋服へと変わる。

 下からヒップラインがわかるピッチリとしたズボンに、胸だけ覆い隠す布にジャケットを羽織るだけのシンプルなものだった。

 クルーエルはその赤黒い長髪を束ね、ポニーテールにする。

「決まったな」

 満足そうにクルーエルは言うと、腰に片手を当て、もう一つの手を頭に当てポーズを決め、ふんと鼻を鳴らした。

「クールビューティー、と言うべきか」

 クルーエルは自分に酔いしれていると、彼女の耳に聞き覚えのある声が入ってくる。

「クルーエルさぁぁん!」

「うん? 初日か」

 クルーエルはその声がする方を向いた瞬間、驚愕した。

「そ、その格好はどうした……?」

「これですか? クルーエルさんに見せたかったんですよ。ふふふ……」

 可愛くフリルがあしらわれている、ピンクと白を基調とした洋服を着た初日は、クルーエルに自慢するようにくるりと回転して見せた。

 膝上のスカートの裾が、まるで花が咲くかのように広がる。

「クラスメイトから貰ったんですよ。因みに、クルーエルさんに貰ったリボンも装備してみました」

 初日の可愛さをより引き立てる為に、このリボンは有るのでは? と疑うほど、赤いリボンは初日の髪を飾る。

 クルーエルは自分の格好と、その可愛らしい格好をついつい比較してしまう。

「ふむ……。今度、ネフィリム用の可愛らしい洋服を作ってもらおうか」

 と、クルーエルは頷き呟いた。

 そんな事を呟いていると知らず、初日は必死にクルーエルに話しかける。

「運営の人と知り合いになったって言っても、誰も信じてくれないんです! このリボンだって貰ったよって言うと、みんな『不正したのか』って……」

 口を尖らせながら、初日は必死に訴えた。そんな姿を見てクルーエルは、初日の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「可愛いな、初日は」

 無邪気に笑うクルーエルにそう言われると、初日の頬が薄紅色に染まる。

 クルーエルはそんな初日を見て微笑み、問い掛けた。

「そう言えば、私に会わなかった間に、その服以外で得たモノはあったか?」

「得たモノ……ですか?」

「友でも、スキルでも、他の装備でも、知識でも……だ」

 ボサボサになった髪の毛を、手で直しながら初日は考える。

「んー……そうそう、クルーエルさんに言われたとおりに、ちゃんと調べましたよ! スキルの上手い使い方とか、スキルのレベルを上げるとステータス値が向上するとか、グノーシスを得た後に追加される『グノーシスレベル』の事とか……」

 調べ上げたことを自慢気に話す初日を見て、にやりと笑うクルーエル。

「ほう、では問題だ。グノーシスレベルはどういうモノだ?」

 クルーエルは、意地悪な質問を初日にする。

 初日は困った表情をしながら、クルーエルのその意地悪な質問に恐る恐る答えた。

「えっと……ステータスが上がって……スキルのレベルを上げるために必要なグノーシスポイントが貰えるけど、レベルが一〇〇までしか上げられない……、でしたっけ……?」

 不安そうにクルーエルを見上げる初日の瞳が涙ぐんでいる。

 初日のその表情を楽しんでいるのか、クルーエルは満足そうな笑みを浮かべ、優越感に浸る。

「最低限はおさえてるな。だが、あと二つ足りなかったな」

「あと二つ……?」

「課金で『グノーシスの忘却』を買うことによって、またレベルを一から上げられて、グノーシスポイントを貰うことが出来るんだ。あと、これはまだ実装されてないが、レベルを満たしていないと使えないスキルが出てくる」

 クルーエルにいじられている事も気付かず関心しながら初日は聞いていた。だが最後のの言葉を聞いた瞬間、初日は思い出した表情をしてからぴくりと体を動かした。

「あ! 『使えないスキル』で思い出しました! スキルを使うのにスタミナが必要だって、なんで言ってくれなかったんですか! この前ずっと飛行してたら、スタミナ切れで落っこちましたよ!」

「ああ。……まさか、知らなかったのか?」

「知らなかったですよ! クルーエルさんが教えてくれないから……」

 初日は口を尖らせ、クルーエルに愚痴をこぼす。

SP(スタミナポイント)HP(ヒツトポイント)、MPは、初歩中の初歩だぞ……」

「クルーエルさん、手取り足取り教えてくれるって言ってましたよね!」

 ぷいっとそっぽを向き、初日の頬が膨れ始めた。

 クルーエルは困り果てた表情をしながら溜め息を吐く。

「……全く、これだから最近の学生は……」

「え! 私、学生だって言ってないのに……。よくわかりましたね」

「クラスメイト云々言っていたではないか……。大体は察しが付く」

 クルーエルは、また大きく溜め息を吐く。

 一方、初日は怒っていたのも嘘のように笑顔になっていった。

「私、実は現実世界(リアル)で女子高校生なんです! セーラー服を着た、可愛い女の子ですよ!」

 初日は胸を張り、自慢気に言う。

「クルーエルさんも、そんな青春時代あったんじゃないですか?」

 ニヤニヤと笑いながら、初日はクルーエルの顔をまじまじと見る。

「……、私は現実世界(リアル)の事は話さない。ゲームはゲームだからな」

 初日のその言葉を聞いたクルーエルは、眉をピクリと動かし嫌悪感を露わにする。

 そんな雰囲気を察して、初日は気まずそうにした。

「くーちんは、現実世界(リアル)の自分を一切話さないからねー。気にしたら負けだよっ」

 そんな時、初日の後ろから無邪気な男の声がしてきた。

 その瞬間、クルーエルの顔が青ざめていく。初日はとっさに後ろを見た。

「そんなことより初日ちゃん、おにーさんを友達登録してみない?」

 銀髪のサラサラヘアーを靡かせ、少年のような顔つきの男がソフィアの箱をちらつかせながら初日に近付いてくる。初日の目を捕らえた瞳の色は、深い海の底のように青かった。

「君はナンパしに来たのか……」

「ふふふ、ボクは罪な神様だからねっ」

 彼は慣れた手つきでソフィアの箱を操作する。

「これでよし」

 そう言うと、初日のソフィアの箱から音が鳴る。

 慌ててソフィアの箱を出した初日は、まじまじと画面を見つめる。

「『神』から友達申請が来ています……?」

「うん。それ、ボクだから是非とも登録しておいてね」

 何が何だかわからない初日は首を傾げ、一応その友達申請を許可してみる。

 隣からその光景を見ていたクルーエルはまた大きく溜め息を吐き、初日に話しかけた。

「名前はあれだが、彼は私と同じで運営側の人間だ」

「そうなんですか。じゃあ、ゲームマスターさんなんですか?」

「いや……違う。このゲームを開発した会社『KAMUI(カムイ)』の社長だ」

 クルーエルにそう言われるが、初日はまだ理解出来ず、ぽかんと口が開いていた。少し間を空けると、やっと理解したようで見る見る表情が変わっていく。

「えええ! 『KAMUI』の社長と言えば、今のVRMMOには欠かせない『本人認証カード』を考案したって言う……」

 驚愕した初日がそう叫ぶと、自分を神様と呼ぶ美青年はとびっきりの笑顔で言った。

「そうだけど、ボクの事は神様って呼んでね。……そうそう、初日ちゃん。もしくーちんの事を知りたかったら、『クルーエル』でネット検索すればすぐわかるよ。『伝説のチーター殺し』とか、『血染めのPK』とか、『負け無しPK』だとか。……色々出て来て面白いよ?」

「だが、『負け無し』やら『伝説』は盛りすぎではないか? 私も負けたことはあるぞ。ギリギリで勝てたと言うのも、何回もある」

 神様にそう言われると、クルーエルはすかさず否定をし始めた。

「それに何故、私の事を『伝説』などと言っているのかが理解し難い」

 クルーエルは、口を尖らせ神様に言う。

「クルーエルさんの昔かぁ……、興味あるなぁ。……クルーエルさんが映ってる昔のゲーム動画とかもあるんですか?」

「それもネット検索すればヒットするよ。『クルーエル 動画』で、検索っ」

「じゃあ、今日ログアウトしたら早速検索しますね!」

 初日は嬉しそうにそう言うと、神様は親指を立て頷いた。その行動を見た初日も、神様の行動を真似て親指を立てた。

「ボク達気が合うかもね!」

「はい!」

 そんな二人を見ていたクルーエルの顔はひきつり、眉をひそめていた。

「君はこんな事をしに来たのか」

 腕を組み、睨むように神様を威圧する。

 神様はそんなクルーエルを見て「ははは」と笑い、その威圧をはね退けた。

「前にフラグ立てたじゃない、ボクもひと狩り行くぜーって」

 嬉しそうに神様は言うと、クルーエルはまた大きく溜め息を吐く。

「君には、社長として本来やるべき仕事があるではないか?」

「大丈夫だよ、副社長に任せてあるからさ」

「また大西さんに押し付けたのか……」

 無邪気に笑う神様に何を言っても無駄だと悟ったクルーエルは、呆れた表情で頭に手を当て、首を横に振った。

「それに、今回はただのBOT(ボツト)狩りだしっ」

 神様はまた親指を立て、腕を前に突き出す。よく見ると、神様の周りには何かキラキラしたモノが光っていた。

「はい! 先生、質問です!」

 クルーエルと神様の間を初日が手を挙げながら割り込み、そう言う。

「ボクは神様だよ! 何ですか、初日ちゃん!」

「はい、神様! BOT狩りとは何ですか?!」

 まるで打ち合わせをしたようなテンポで、受け答えをする神様と初日。

「BOTとは、操作系にチートプログラムを噛ませ、キャラクターを自動操作してレベル上げやアイテム収集等を行わせる事だ。因みにBOT狩りとは、意図的にBOTを活動不能にする事をそう呼ぶ」

 ムスッとした表情のクルーエルは、人差し指を上に出し、初日にBOTの説明をする。

「ふえぇぇ、オンラインゲームも色々大変なんですね……」

「うむ……、最近のBOTはタチの悪い物も出て来ているしな……。技術が進歩するのは良いことだが、その技術を悪用する奴等も増えて困る……」

「まだこのゲームには現れてないけど、攻撃パターンのプログラムを組み込んだBOTも出てきたみたいだよ。まっ、ボクもくーちんもチート関係は、ある意味大歓迎なんだけどねっ」

 神様は不気味な笑みをこぼしながらそう言った。

 クルーエルも鼻をふんと鳴らし微笑む。

「だが私達が優先すべきは、皆がゲームを安全に楽しめる環境作りではないか? 本来の仕事内容を忘れていると、ユーザーからどやされるぞ」

「とか言っちゃって、くーちんだってチーター殺しをしたいくせにー。この仕事に誘った時には、『こんな好条件の仕事はないか』って喜んでたじゃん」

「まぁ、否定はしない」

 クスクスと笑いながら、身内ネタであろう話をしている二人の間についていけれず、ただ聞くだけだった初日のソフィアの箱から軽快な音が鳴る。

 すぐに確認した初日は、その文を音読する。

「猫耳ローブ欲しいから、いつもの場所に来て。月子にも声をかけるように……」

「ふむ、猫耳ローブか……。あれはレア度が高すぎて、なかなか穫れないぞ?」

 初日の音読を盗み聞きしていたクルーエルはそう言うと、また胸の間からソフィアの箱を出す。

 少し操作すると、クルーエルの体を包むように猫耳ローブが装備された。

「私は持っているがな」

 初日に猫耳ローブを見せびらかしながら、ドヤ顔でクルーエルはふんと鼻を鳴らす。

「まぁ、月子が居れば大丈夫ですよ。あの子を連れて行くと、どんなレアアイテムでも一発で出ちゃうんですよ」

 クルーエルの自慢話をあっさりスルーして初日は言った。余りにもあっさりすぎて、クルーエルは大きな体を縮めて、人差し指で地面に何かを書き、拗ね始めた。

「そんな子、本当に居るの? 居るなら是非とも話してみたいねー」

「本当ですよ! 今度紹介しちゃいますね」

 拗ねたクルーエルを後目に、初日と神様は会話を続ける。

 そんな状況に耐えかね、クルーエルはソフィアの箱を操作し、猫耳ローブを装備から外した。

「さぁ、初日も約束が出来たことだ、早く行ったほうがいい。友達も待ちくたびれてしまう」

 無理やり笑顔を作っているのか、引きつった笑顔でクルーエルはそう言った。

 そんな顔を見た初日はクスリと笑い、頷く。

「はい。クルーエルさんと神様は、BOT狩りに勤しんでくださいね!」

「楽しんでくるよ! 初日ちゃんも猫耳ローブ穫れるといいね」

 神様は不気味なぐらいの笑顔でそう言うと、クルーエルの《シャドーホース》に乗り、初日に手を振った。

「では、楽しんできてくれ。またな、初日」

「はい、また」

 優しく微笑むクルーエルを見て、初日も優しく微笑んだ。それを見ると、クルーエルは跨がり《シャドーホース》を走らせた。


 ラクナノから少し離れると、異様に神様がそわそわし始める。

「ああ……どうしよう! ワクワクしたらテカテカして、キラキラしてきたよ」

 馬が風を切る中、クルーエルの前にちょこんと座る神様の全身から、キラキラしたモノが溢れ出る。

 無邪気な子供のように喜んでいる神様を見て、クルーエルは思わず溜め息を漏らす。

「それで、今日の目的地を聞いていないのだが……?」

「ああ! そうだったねぇ、忘れてたよ」

 真剣に馬を操るクルーエルを見上げ、神様は口を開く。

「今日は、パレストア真神国と魔術帝国バントラを繋ぐ『イズの洞窟』にお願いね」

 クルーエルはそれを聞くと、馬を走らせているにも関わらず、神様を見た。

「もしや……、今回イベントでしか出ない限定のレアアイテムを餌に使ったな?」

「ピンポーン、大正解! でも、その限定レアアイテム……まだ出ないようにしてあるんだっ」

 その言葉を聞いたクルーエルは、また大きく溜め息を吐く。

「だって、『敵を騙すにはまず味方から』って言うじゃん?」

「だからと言って、それを何回やって、いくつのクレームが来たか君は解っているのか?」

「今回も『不備がありました』で済ませるからさぁ……。ね?」

 クルーエルをじっと見つめて神様は言う。その神様の周りからは、またキラキラしたモノが溢れ出てきた。

 それを見たクルーエルはまた溜め息を吐く。

「……私は今日、何回溜め息を吐いているんだ……」

「今さっきの入れて七回だね!」

 嬉しそうにそう答える神様に、クルーエルはまた溜め息を吐く。

「あ、八回になったね」

「もういい! 先を急ぐぞ」

 苛立ちを覚えたクルーエルは、《シャドーホース》の速度を速めて目的地である『イズの洞窟』へと向かった。

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