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初心者とチーター殺し【3】



   ***



 視界が真っ暗になったかと思えば、すぐに光が飛び込んでくる。

 初日は目を見開き辺りを見渡すと、そこには見たことのない景色が広がっていた。

 よく見ればここは集落のようで、家が輪になるように立ち並び、その中心には広場のような場所で、芝生が青々と広がり、その中にはよく手入れされた木が一本生えていた。

 その集落を、今までに説明された種族達がこの場所を行き交い、他のプレイヤー達の声で溢れかえっていた。

「あれ……ソフィアちゃん居ない……。ここ、どこ?」

「ここは始まりの村『ラクナノ』と言う」

 クルーエルが初日に近寄り、笑顔で答えた。

 それを聞いても、まだ初日はキョトンとしている。

「あと、スキルにも目を通しておくといい。種族が決まると特定のスキルが増える」

 初日は言われてすぐにソフィアの箱を見た。特殊スキルの欄に《飛行》というスキルが増えていた。普通のスキルの欄にも、《光魔法》と《魔法詠唱短縮》と《MP(マジツクポイント)増加》というスキルが増えている。

「増えてますね……」

「『グノーシスを得る』ことによって、スキルの知識も増えるんだ」

 初日は嬉しくなり、早速特殊スキルの《飛行》を装備し、頭で思い浮かべる。

 低空飛行ながら、初日は浮かび上がる。羽をばたつかせながら、クルーエルの周りをくるくる回る。

「さて……私の役目はここまでだ。もうここからは君一人で頑張ってもらう」

 そう言うと、クルーエルは影から馬を召喚した。

「影で出来た馬……?」

「これはデュラハンのスキル《シャドーホース》。これは持っていても損が無いスキルだぞ」

 クルーエルは話ながら、その《シャドーホース》に跨り乗った。

 それを見て一つ疑問に思った初日は、クルーエルにすぐ質問する。

「何故、他の種族のスキルが使えるんですか?」

「課金すると、他の種族に変更することができる。前に得たグノーシスをそのまま引き継げると言うわけだ。……例えば、セラフィの《光魔法》や、《詠唱時間短縮》などを引き継いでネフィリムになれるということだ。だが、『特殊スキル』のようなスキルは、他の種族になってしまうと使えなくなるから注意してくれ」

 そこまで話すと、クルーエルは特殊スキルの説明をしていなかったことを思い出す。

「…………ああ、特殊スキルの説明をしていなかったな。特殊スキルとは、その種族でしか使えないスキルのことを言う。アクティブスキルやパッシブスキルは他の種族になっても使えるのだが、特殊スキル に関してはその種族でしか使うことが出来ないんだ。……例えばそうだな、セラフィには《飛行》という特殊スキルがあるが、他の種族になると、《飛行》というスキルが使えなくなるんだ。もしリアルマネーの都合がよければ、課金をしてみると数倍楽しめるから良いぞ」

 クルーエルが笑顔で説明をしてくれる。

 それを聞いた初日は、自分には手が出せないな……。と思いながら苦笑してみせた。

「それでは通常業務に戻る。……ああ、初日にこれをやろう」

 そう言って、クルーエルは何かをソフィアの箱から出し、初日に投げる。

「赤いリボン……?」

 とても細かい作りで、リボンの中心には綺麗な宝石が散りばめられていた。

「私からのプレゼントだ。レア度の高い装備だから、大切にするんだぞ」

 優しく頬笑み、クルーエルは馬を走らせ去っていく。

 初日はリボンを握りしめ、みるみる笑顔になる。

「初めて、名前呼んでくれた……。大切にしますよ、クルーエルさん」

 そういって、初日は村を探索し始めた。



   ***



「――……おーい、くーちん。ちゃんと仕事してるかい?」

 クルーエルが馬を走らせていると、空から声が降ってくる。その声は、クルーエル本人しか聞こえない。

「なんだ、社長。私はいつもキチンと仕事はこなしている」

「ここじゃボクの事は社長じゃなくて神様ね、神様」

 自分を神様だと言う陽気な声は、楽しそうにクルーエルに話しかける。

「そうそう、くーちんの本当の仕事、出来そうだよー」

「ほう、……場所はどこだ?」

「くーちんが今さっき居たラクナノだよ。最近よく通報メールで見かける、『初心者殺しのゴッド』ってお馬鹿ちゃんらしいケド。……、お、なんか今、丁度初心者が襲われてるみたい」

 そう神様が言うと、クルーエルは馬を全力で止めた。そして馬を半周させ、今さっき来た道をすぐに引き返す。

「お、早く仕事したいんだね。有能社員はいいねぇ」

「違う。いやな予感がするだけだ」

 そういって《シャドーホース》を全速力で走らせた。


 五分もしない内に、ラクナノが見えてきた。クルーエル視界に人だかりができている所が見える。

「きゃぁーーっ!」

 聞き覚えのある声がクルーエルの耳に入って来た。それを聞いた瞬間、クルーエルの目つきが変わりその人だかりに突っ込もうとする。

「みんな、『チーター殺しのクルーエル』が来たぞ! 道を開けろ!」

 その声を聞いた殆どの者達が、クルーエルに道をあける。

 クルーエルはすぐに《シャドーホース》のスキルを解除し、その場に音を立て着地した。

 その時クルーエルが見た光景は、初日が倒れており、大柄な男が初日の髪に装備されたあの赤いリボンをむしり取っている光景だった。

「かえ……して……」

「なんでお前みたいな青二才が、こんなレア装備してんだよ。没収、没収っと」

 そのリボンをむしり取った大柄な男は、満足そうに帰ろうとする。

「おい」

 クルーエルがその男を呼び止める。その迫力のある声を聞いた人々は数歩後ろに下がり、息を飲んだ。

「なんだよ、このゴッド様になんか用か?」

 彼はクルーエルの事をあまり知らないのか、クルーエルに近付いていく。同じネフィリムであろう大男は、クルーエルと目線はほぼ同じだった。

「ふむ……。神様という中二病的名前は、二人もいらんな」

「はぁ? なんだよ、テメェ。痛い目に合いたいようだな」

 初日は他の人達に助けられ、うっすらと目を開ける。その瞳に映ったクルーエルは、今さっきまで初日が見ていたクルーエルの目つきと違って、鋭くなっていた。

「今日の処刑はどうなるんだろうな」

「楽しみだな!」

 周りは楽しそうに息を飲み、見つめている。

「クルーエル……さん?」

 初日はクルーエルにそう声をかけた。

「君にあげた装備が、こんなことを起こしてしまうとは……。本当に申し訳ない。だが安心してほしい、すぐに返す」

 クルーエルはにっこり笑いながら初日に言った。

 その瞬間、クルーエルのソフィアの箱から音が鳴る。

「よそ見してんじゃねぇよ、ブス!」

 クルーエルがソフィアの箱を確認する隙を与えず、男が大きな刀でクルーエルに斬りかかる。

 クルーエルはエルフのスキルである《瞬速》を使い、見事にかわす。

「ほう、私より先に仕掛けてきておいて、尚且つ不意打ちとは。神様という名が聞いて呆れる」

 もう一度クルーエルは《瞬速》を使い、男の背後に立つ。

「それもその大刀、ドラゴンブレイドじゃないか。使い手に恵まれないと、レアアイテムもただの鉄の塊」

 耳元で囁くようにして、クルーエルは男に言う。

「この……!」

 男はそのドラゴンブレイドを振り回す。

 クルーエルはしゃがみこみ、それを回避する。

「へ、いただき!」

 しゃがみこんだクルーエルに、男はドラゴンブレイドを振り下ろした。

「あぶない!」

 初日が叫んだその時だった。

 クルーエルは、その刀を両手でぱっととらえていた。

「スキル《真剣白刃取り》……。初めてにしては、上手く出来たな」

 にやりとクルーエルが不気味に笑うその表情は、男に恐怖を与える。

 クルーエルは大刀を離すと男は数歩後ろにさがった。

「さて、私は仕事をしに来たのだ。遊びはここまでにしようか」

 クルーエルはそう楽しそうに笑い、男を指差した。

「そうそう、もっとPVP(プレイヤー・バーサス・プレイヤー)……いや、この場合はPKが正しいか。それらをもっと楽しくする機能をもう一つ付けてやろう」

 そういうと、男のソフィアの箱から音が鳴る。

「な、なんだ……? 『強制的に痛覚機能をオンにしました』……だと?」

「ああ、このゲームの目玉の一つ、痛覚機能があることだ。……知ってるか? 人は痛覚で死ねるんだ……」

 クルーエルは怪しげな笑みを浮かべながら言う。

 大男は冷や汗を出して、必死にソフィアの箱をいじる。

「かか……、解除できない……!」

「うん? 解除なんてしなくていいだろう。それに『死なない程度の痛み』だ、安心しろ」

 そう言い、頬笑みながらクルーエルは腕を横に出す。

「さあ、処刑の時間だ」

 周りの人々の中にはその言葉を聞いて、「待ってました!」や「生で処刑が見れるなんてツいているよ!」という声があがる。

 そんな中、クルーエルは自分の手に光を集め始めた。その光が大剣の形に模られていき、やがて本物の大剣が出てくる。それは艶やかな宝石が散りばめられた見事な大剣だった。

「私は怒っているんだ。大切な友人を傷つけられて黙ってられる程、人間が出来ていないのでな」

「待て……許してくれ……」

「いつもならその言葉を聞いて許してやるが、今回はそうはしない。大人しく消え去るんだな」

 そう言って、優しく微笑みクルーエルは大剣を構える。

 男は震えながらドラゴンブレイドを握り、奇声をあげながらクルーエルに向かっていく。

「――……さようなら」

 クルーエルの方が太刀が早く、すれ違い様に男を斬りつけた。

 迫力のある戦いに皆見惚れ、歓声が沸きあがる。

「ぐあぁ……」

 男は倒れこみ、彼の姿が光に包まれ消えていく。

「な、何だ……」

「ああ。この大剣はだな、『永久アカウント停止』のウイルスプログラム……通称『BANプログラム』が組み込まれているんだ。これに斬られたら最後、『GNOSIS』の世界に永遠に入れなくなる」

 クルーエルの頬笑みは、いっそう恐怖を引き立てる。

 男は悲痛な叫びをあげながら、光と共にこの世界から消えていった。

 男が持っていたソフィアの箱がころんとその場に転がると、クルーエルはそれを拾い、アイテム欄からリボンを取り出す。

 その光景を見た周りの人々は、終わったことを知るや否やその場から離れていく。

「すまなかったな」

 初日に声をかけるクルーエルの表情が、最初に出会った頃の表情に戻っていた。

 申し訳なさそうな表情をしてクルーエルは、リボンを初日に渡す。

「大丈夫ですよ! 助けてくれてありがとうございます。……それにしても、クルーエルさんの仕事って……」

 初日が聞いていた仕事と、少しイメージがかけ離れていたせいか、そう聞いてみた。

「ゲームマスターと言っても、私の仕事は少し特殊なんだ。主な仕事は『オンラインゲーム内で不正行為及び、迷惑行為をするプレイヤーを己の判断でアカウント停止、又は永久アカウント停止かを決め、執行する』事なんだ。黙っていた訳じゃないんだがな……」

 大剣を片手で悠々と持つクルーエルは、もう一方の手で頭を掻いた。

 そんな時、初日の持つソフィアの箱からアラームのような音が鳴る。

「あ……、もうこんな時間! まだ色々教えてもらいたいけど……」

「いや、もう帰ったほうがいい。現実世界(リアル)に支障を出さない程度に、な」

 クルーエルのとても優しい表情に、初日は思わず笑顔になった。

「――はいっ! また時間があるときに来ます」

「ああ、そうだ。こちらから友達申請をしておく。よかったら登録しておいてくれ」

 初日はそう聞くと、嬉しくなりいっそう笑顔になった。

「嬉しい! では、また」

 初日はソフィアの箱の『ログアウト』を押し、光に包まれ消えていった。


「可愛い子だったね!」

 また空から楽しそうな声が降ってくる。 

「神様は、ああいう子がタイプなのか」

「そうかもねー。あ、今度はボクが処刑しにいくねー。血が騒ぐなぁ……」

 クルーエルはそう聞くと青ざめた表情になった。

「あれ、具合悪いの?」

「……切実に来ないで欲しい。……通常業務に移る」

 クルーエルはそう言って、とぼとぼ歩きだす。

「あはは、もうフラグは立てたから大丈夫! すぐにでも行くからねっ」

 無邪気な声は、空からクルーエルに向かって大音量で降り注いだのであった……。

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