現実世界で「はじめまして」【1】
エピローグその後。
オフ会の話になります。
文字数少なめなので、ご了承くださいませ。
「遅い、遅い! ボクは待ちくたびれそうだよ!」
薄暗い大部屋の中で、マラカスを両手に持ちそれをぶん回している黒髪の美青年がふてくされて言う。
天井には今は懐かしのミラーボールがくるくると回り、大きな液晶画面が眩しく光を放っていた。
「いやいや、女の子だから準備とかあるんでスって」
その美青年を宥めるのは、髪の毛を逆立てた金髪の不良っぽい青年である。鼻や耳に大量のピアスを付けていて、顔だけ見ていると「怖い」としか思えない。
その不良青年はてのひらサイズの機械を操作し、自分の歌える曲を探しながらそう答えた。
「いや、俺に会う為に準備をしているに違いない! ああ、愛おしのクルーエル!」
黒渕眼鏡をかけたスーツ姿の好青年は、鼻息を荒立てながら手に持っている紙を握り締める。
それを見た不良青年は、その紙を見て眉間にシワを寄せた。
「本当に婚姻届持ってくるとか、引くッス」
「うるさい、ネカマめ」
「見た目と中身のギャップがドン引きッス、変態さん」
「お前に言われたくない。ネカマめ」
そんな言い合いを始めた二人を、死んだ魚の目で見つめている美青年。
「ボクからしてみれば、二人ともギャップが激しいよ」
「神様はギャップを感じませんね。それだけいい顔立ちしているなら、何故メディアに顔を出さないんスか?」
不良青年の言葉を聞くと、美青年はグラスに注がれたいっぱいの水を口に含み、飲み込んでから溜め息を吐いた。
「ボクはマスメディアが嫌い、それだけだよ。――それより、遅い!」
怖い顔をしていた美青年は、一転して可愛らしく怒り始める。
その様子を見て、不良青年はそれは聞いてはいけなかったのだと言うことを悟り、その話題を続けることを断念した。
「そうッスね、来ないッスね……」
「う、うう、くーたん早くこぉぉいぃぃぃぃいいいぃ!」
好青年が待ちかねて紙を握りしめたその時、ゆっくりと部屋の扉が開いた。
「ど、どうもこんにちはー……」
短髪の若い少女がひょっこりと顔を出す。その瞬間、好青年の顔色がみるみる真っ赤になっていく。
「あ、ああああ、ああ」
「はじめまして、が正しいのかなぁ」
好青年はソファから飛び上がり、扉に駆け寄る。そして、シワシワ担った婚姻届をその少女に差し出す。
「け、結婚してくださいいいいぃぃぃぃい!!!」
「えっ、ええ! いや、私……初日、ですよ?!」
「……は?」
「いえ、だから。初日ですって! クルーエルさんじゃないですよ、マサムネさん」
好青年は黒渕眼鏡を外しハンカチでレンズを拭くと、またかけ直して短髪少女を見た。
「いや、いやいや。お前はクルーエルだ」
「いや、いやいやいや。私は初日ですって」
「いや、いやいやいやいや。お前は――」
「初日ぃ、学生手帳見せてあげればぁ?」
その後ろから、腰までの長髪をした翡翠色の瞳をした少女がそう言う。
「おお、そうだね。月子、ナイス!」
「えへへー、そうでしょぉ」
すると、短髪少女は慌てて鞄の中を漁り、学生手帳を好青年に見せつけた。
「…………始沢、初日?」
「はいっ、私の本名です!」
短髪少女はどや顔を決めてから、笑顔を振り撒く。それを聞いた美青年が口を開いた。
「あれ、初日ちゃんは本名でゲームしてたわけ?」
「あ、はい。月子も本名ですよ!」
「そうですよぉ。月子は、朧夜月子っていいますぅ」
黒髪長髪の少女は、大きな胸を見せつけるように挨拶をする。その姿を見た短髪少女は、「こら、月子! またそのポーズして!」と注意した。
「あれ、じゃあ、おねー様マジで来なかったッスか?」
不良青年が残念そうな顔をすると、短髪少女は「あれ」と言ってから辺りを見回す。
「私の後ろにくっついて来てたんですが……」
その言葉を聞いた美青年はふうと息を吐いてから、きっぱりと言った。
「逃げたね」
「逃げたッス」
「マサムネさんが気持ち悪いからですかねぇ?」
「月子っ! 本当のことはいっちゃダメ!」
「俺は気持ち悪くないっ!」
美青年に続き、次々と言葉を発する。すると、長髪少女が「あ」と声をあげた。
「わっ…………、わわわ、私……わた…………」
長髪少女の声を聞いた短髪少女も、「あ」と声をあげる。二人とも視線を外に向けているので、あとの青年達も扉に近付きその視線の先を見た。
「わ、わわ……わた…………」
扉からひょっこりと顔を覗かせる小さな物体……いや、女の子が居た。その子は黒で統一されたぶかぶかの服を着ている。だらだらと伸ばしたと思われるボサボサの髪の毛の上に、季節外れのニット帽。顔の面積の半分を覆う大きな使い捨てマスクをしていて、前髪で瞳が見えない。
一瞬見ると、「なんだ、この生物は!」と叫びたくなるような姿であった。
身長が一五〇センチも満たないその女の子は、ガタガタと震えながらこちらを見ている。
「わ、わた……」
「クルーエルさん! どこいっちゃってたんですか」
短髪少女が女の子にそう言う。すると、青年達は目を丸くしてその子を見た。
「未成年……?」
「ち、違う!! 私はこれでも二十五歳……だっ!」
美青年が首をかしげながら言うと、女の子……もとい、小さな女はなんとも可愛らしい声で叫んだ。
その瞬間、辺りは沈黙に包まれる。
そして、そこに居たもの達は驚きを隠すことなく同時に叫んだ。