エピローグ
今日はついに……『オフ会』の日、か。
昨日は早めに床に就いたのに、結局ぐっすりと眠ることが出来なかった。
カーテンの隙間から漏れる光が、私の目の辺りに丁度当たって……眩しい。
私はもう少し、もう少し……と思いながら、頭まですっぽりと布団を被った。……だが無情にも、頭の上辺りから目覚まし時計のベルが鳴り響いている。
煩わしさを覚える私は、しぶしぶ目覚まし時計のスイッチを切ると、芋虫のように布団から出ることにした。
寝付けなかったのには、もちろん理由がある。
私自身、『オフ会』なるものに出たことが無い。
……いや。『Blood Rain』の時に一度だけ、こっそり行ったことがあるか。
あの時は断ったものの、本当は行きたくて行きたくて……仕方がなかったんだ。
日時も場所も、掲示板に書いてあったから、オフ会の会場にまで行くことは可能だった。
行っては見たものの、結局中に入ることはなかったが……。
…………今では、懐かしい思い出だな。
私はそんなことを考えながらも、大あくびをする。
自分の情けない声が、六畳ある部屋の中に響く。
本当は、この声を聞くだけで嫌悪感が湧き出てくる。
…………いや、この声だけじゃない。
顔や胸、身長。そして、性格。
……『現実の私』を見ているだけで、昔の事を思い出した。
童顔だ、小学生だ、アニメ声だ……と罵声を浴びせられたあの日々は、忘れたくても忘れることが出来ない。
世間では「イジメ」と呼ばれているソレを受けて、私は学校に行けなくなったことを、今でも覚えている。
人が怖くなった。
……でも、人と関わっていたかった。
だから、不登校になったあの日から、私は仮想世界にのめり込んでいったんだよな。
そんなことを考えながらも、私はいつも着る洋服を探す。
大きめの黒いシャツに、大きめなズボン。
私はぶかぶかのパジャマを脱ぎ捨てると、我ながら感心できるスピードで着替えた。
後は顔を洗って……、マスクをつけて、帽子を被ればいい。
鼻歌交じりで洗面台へと向かう。
洗面台に備え付けられた鏡は、鈍く輝きながら私を映す。
長らく手入れしていなかった髪の毛は、だらだらと伸び放題。そんな前髪を分けて、自分の姿を見ないように手早く顔を洗う。
近くに置いてある筈のハンドタオルを手に取り、顔を拭くとまた鈍色に鏡が光った。
…………本当に、大丈夫だろうか……と、不安が過ぎる。
こんな自分を変えたい、と思うのは本当だ。
だが、ここ最近は『クルーエル』という『完璧な自分』でしか、人と対話をしていないんだ。
正直、こんな私を見てがっかりするんじゃないか。
そう思えて仕方が無いんだ。
……でも、これが良い機会だとしたら。
私はまた、新しい私になれるのではないか。
今までの私と、決別することが出来るんじゃないか。
不安と共に、期待も膨れ上がる。
私は思いきってハンドタオルを洗濯機に投げ込むと、使い捨てマスクをつけてから、深々とニット帽を被る。
さぁ、時間だ。
久しぶりの外だから、早めに行かないとな。
私は靴を履くと、ドアノブを握る。
震える手で恐る恐る玄関の扉を開け、輝く外の世界へと足を踏み出した――。
一年近く、苦戦しながらも書きました……。
思い描いていたとおりには書けたのですが、まだまだお見苦しい点もあったかもしれません。
また、『チーター殺しのクルーエル』のテーマは「(黒夜白月の考える)最大のギャップ」になっております。
だからこそ、「クルーエルのリアルは最後までとっておきたかった」のです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
これを含めれば、完成させた作品はやっと2作品目……。
まだまだですね。