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仮想と現実の世界で【4】



   ***



――チトセ達を逃がしたことには変わりない。

 クルーエルは申し訳なさそうにしながら、パレストア神殿の中心に座り込んでいた。

「私が力及ばないばかりに……っ!」

 悔しそうにするクルーエルに対し、他の者達は案外けろっとした態度でクルーエルを見つめている。

「本当に、申し訳ない……っ!」

 クルーエルは皆の顔を見ることができず、頭を深々と下げた。

「チトセを逃がしたことなんて、どうってことはないよ。『業者とは、いたちごっこにしかならない』……、それは覚悟の上だったしね。謝るなら、辞めると騒いだことに対して謝ってよ」

「……むう。だが、しかし……」

 神様の言葉を聞いて、余計に申し訳なさそうにするクルーエル。

 クルーエルは頭を上げ、それぞれの顔色を伺うと、気まずそうに笑う。

「む、胸が小さいのも、し、身長が低いのも……あ、あとその他諸々(もろもろ)、私のコンプレックスで……だな……、その…………」

「仮想と現実でギャップがあるのは、仕方がないと思いますよ。エゼなんて実際の姿を晒せば、普通の健全なお・と・こ、ですし」

 エゼフィールがそう言うと、初日と月子、そしてフィラは驚いた表情を見せる。

 現実世界では、エゼフィールが男だと言うことは三人にとっては初耳であり、尚且つ衝撃的だったのだ。

「エゼフィールお姉さんは男……? なら、お兄さん……?」

「うーん、普通に『お姉さん』でも構わないわよ。……この世界ではエゼは女の子なんだし」

 困惑するフィラに、エゼフィールは誘惑するように顔を近づけて言う。

 耳まで真っ赤にしながらも、余計に困惑するフィラは、エゼフィールから離れようとする。だが、フィラのその初々しい態度がよっぽど楽しかったのか、必要以上に顔を近づけた。

 それを聞いた月子は、ふふふと怪しい笑みを浮かべると、手首をくいくいと動かして話し出す。

現実世界(リアル)の話でしたら、耳寄りな話がありますよぉ。実はここの初日ちゃん……か弱いフリしてますけど、現実世界(リアル)ではなかなかの怪力なんですよぉ。この前なんか、クラスの男子をぉ……」

「ちょ、月!」

 その話をしたとたんに、これまた顔を真っ赤にした初日が月子に飛びかかる。

 そのまま二人は大理石の床に転げると、月子が大切に持っていた首がころころと転がっていく。

「事実なんだから、いいじゃないのぉー!」

「誰だって、ネットの中ぐらい憧れを演じていたいのよーっ!」

 転がった月子の首がそう叫ぶと、初日も負けじと大声を出す。

 そして子供が喧嘩をするかのように、やいのやいのと大暴れしている。

 そんなやり取りを見ていると、クルーエルは自然と笑みがこぼれた。

「…………私が馬鹿だった。何に怖れていたのか、今では不思議で仕方が無い。みんな、本当にすまなかった……」

 クルーエルは立ち上がり、深々と一礼をすると、顔を上げてから照れくさそうに笑う。

 その笑顔につられ、他の六人も顔が綻んだ。

「あ、そーだ。くーちんは現実のこと話してくれなかったから、実際のところ正式な社員の手続きじゃないんだよね……。ってことで……そういうのも兼ねて、みんなでオフ会しない?」

 神様は思い出したかのようにそう言うと、それを聞いて喜んでその話に食いついてくる者達がいた。

「私高校生ですし、全ておごりなら……私は行きます!」

「月子も、初日と同じく!」

 あんなにも喧嘩していた初日と月子は、瞳を輝かせながら神様を見つめる。

 それを聞いた神様は、にっと笑ってみせた。

「神様権限で、おごっちゃいまーす!」

「えっ! エゼ達もおごりですかっ?」

「社会人は、実費負担でお願いしまーす。ボクはそこまでしないよー」

「なんですとっ! 羨ましいっ! 学生に戻りたい……。でも、エゼ行きます。あ、場所はカラオケがいいです……」

 エゼフィールは「おごり」という言葉に食いつくが、神様から「実費負担」と聞かされると肩を落とす。そして口を尖らせながら、拗ねるように言葉を吐き捨てた。

「……俺は、是が非でも、行くぞ……。婚姻届を、持参して、行く。くー様と、やっと、結ばれる。ふふふ…………」

 まだウイルスのせいでまともに動けないマサムネは、必死になってそう言う。

 だが案の定、マサムネの言葉は見事に聞き流された。

「僕は遠慮しておきます……。母の容態もありますし」

「わ、私もえん、りょ……しま……」

 フィラが申し訳なさそうに言うと、それに便乗しようとクルーエルも小声で話し出す。

 それを聞き逃さなかった神様は、目を光らせてクルーエルを睨み付けた。

「フィラ君は仕方が無いとして……、くーちん、絶対に来い。神様の言うことは絶対……だよ?」

「うううう、私は……やはり、私は無理だ……っ」

 クルーエルは頭を抱えてしゃがみこむと、右往左往と首を振る。そこまでではないが、多少震えているのもわかった。

 神様は溜め息を吐くと、優しく微笑み、クルーエルの頭をそっと撫でる。

「大丈夫だよ、みんな君に来てほしいと思ってる。勇気を出して、あとは君次第だよ」

「神様……」

 クルーエルは神様の言葉を聞くと、項垂(うなだ)れてみせた。

 拳に力が入るクルーエルは、また瞳の奥が熱くなる。

――今日は泣いてばっかりだ。

 言葉を詰まらせるクルーエルは、心を落ち着かせようと深呼吸をする。

 口を開こうとするが、上手く言葉が出てこない。

――不甲斐ない。

 唇を噛み締めると、クルーエルの頬を自然と涙が伝う。

 神様達は、クルーエルを静かに見守った。

「私は……」

 クルーエルは涙を必死に拭うが、次々と溢れ出てくる。

「…………私は、変えたい。変わりたい……現実の私を。…………みんなと、普通に……遊びたい。…………行きたいっ」

 止めどなく溢れる涙を、全て拭うことはできない。

 クルーエルは、今まで言い出せなかった言葉達を吐き出すと、もう涙を止めることができなかった。

――本当は怖い。

 上手く息継ぎが出来なくなってきたクルーエルは、息を荒くする。

「是非、来てくださいね! 私、待ってますから」

「月子も、待ってますからねっ」

 初日と月子は、嬉しそうに笑いながらクルーエルに言う。

「僕は行けれないのですが、僕の分まで楽しんできてくださいね! お土産話、待ってますから」

 フィラはそう言ってから、微笑んで見せる。

「印鑑、持って……こいよ」

 マサムネは親指を立てながら、凛々しい顔付きでクルーエルに言う。

 だがその言葉を聞いたエゼフィールは、マサムネの腹部に蹴りを入れる。

「ぐぉっ!」

「おねー様、変態の言うことは忘れて、安心してきてくださいね」

 マサムネから鈍い音が聞こえたが、エゼフィールは何事もなかったかのように振る舞う。

 涙を流しながらもその光景を見たクルーエルは、ふっと笑みを溢した。

「待ってるからね」

 クルーエルの目の前にやって来た神様は、優しく笑う。

「みんな……」

 溢れる涙を止めようとは思わない。

 クルーエはこの涙が恐怖からでなく、嬉しさで流れることに気付く。

 嬉しくて、嬉しくて。

 ……ただ、嬉しかった。

 止まることのない涙を頬に伝わせ、クルーエルは今までになく満面の笑みでこう言う――。

「…………私はみんなが、大好きだ」

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