仮想と現実の世界で【4】
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――チトセ達を逃がしたことには変わりない。
クルーエルは申し訳なさそうにしながら、パレストア神殿の中心に座り込んでいた。
「私が力及ばないばかりに……っ!」
悔しそうにするクルーエルに対し、他の者達は案外けろっとした態度でクルーエルを見つめている。
「本当に、申し訳ない……っ!」
クルーエルは皆の顔を見ることができず、頭を深々と下げた。
「チトセを逃がしたことなんて、どうってことはないよ。『業者とは、いたちごっこにしかならない』……、それは覚悟の上だったしね。謝るなら、辞めると騒いだことに対して謝ってよ」
「……むう。だが、しかし……」
神様の言葉を聞いて、余計に申し訳なさそうにするクルーエル。
クルーエルは頭を上げ、それぞれの顔色を伺うと、気まずそうに笑う。
「む、胸が小さいのも、し、身長が低いのも……あ、あとその他諸々、私のコンプレックスで……だな……、その…………」
「仮想と現実でギャップがあるのは、仕方がないと思いますよ。エゼなんて実際の姿を晒せば、普通の健全なお・と・こ、ですし」
エゼフィールがそう言うと、初日と月子、そしてフィラは驚いた表情を見せる。
現実世界では、エゼフィールが男だと言うことは三人にとっては初耳であり、尚且つ衝撃的だったのだ。
「エゼフィールお姉さんは男……? なら、お兄さん……?」
「うーん、普通に『お姉さん』でも構わないわよ。……この世界ではエゼは女の子なんだし」
困惑するフィラに、エゼフィールは誘惑するように顔を近づけて言う。
耳まで真っ赤にしながらも、余計に困惑するフィラは、エゼフィールから離れようとする。だが、フィラのその初々しい態度がよっぽど楽しかったのか、必要以上に顔を近づけた。
それを聞いた月子は、ふふふと怪しい笑みを浮かべると、手首をくいくいと動かして話し出す。
「現実世界の話でしたら、耳寄りな話がありますよぉ。実はここの初日ちゃん……か弱いフリしてますけど、現実世界ではなかなかの怪力なんですよぉ。この前なんか、クラスの男子をぉ……」
「ちょ、月!」
その話をしたとたんに、これまた顔を真っ赤にした初日が月子に飛びかかる。
そのまま二人は大理石の床に転げると、月子が大切に持っていた首がころころと転がっていく。
「事実なんだから、いいじゃないのぉー!」
「誰だって、ネットの中ぐらい憧れを演じていたいのよーっ!」
転がった月子の首がそう叫ぶと、初日も負けじと大声を出す。
そして子供が喧嘩をするかのように、やいのやいのと大暴れしている。
そんなやり取りを見ていると、クルーエルは自然と笑みがこぼれた。
「…………私が馬鹿だった。何に怖れていたのか、今では不思議で仕方が無い。みんな、本当にすまなかった……」
クルーエルは立ち上がり、深々と一礼をすると、顔を上げてから照れくさそうに笑う。
その笑顔につられ、他の六人も顔が綻んだ。
「あ、そーだ。くーちんは現実のこと話してくれなかったから、実際のところ正式な社員の手続きじゃないんだよね……。ってことで……そういうのも兼ねて、みんなでオフ会しない?」
神様は思い出したかのようにそう言うと、それを聞いて喜んでその話に食いついてくる者達がいた。
「私高校生ですし、全ておごりなら……私は行きます!」
「月子も、初日と同じく!」
あんなにも喧嘩していた初日と月子は、瞳を輝かせながら神様を見つめる。
それを聞いた神様は、にっと笑ってみせた。
「神様権限で、おごっちゃいまーす!」
「えっ! エゼ達もおごりですかっ?」
「社会人は、実費負担でお願いしまーす。ボクはそこまでしないよー」
「なんですとっ! 羨ましいっ! 学生に戻りたい……。でも、エゼ行きます。あ、場所はカラオケがいいです……」
エゼフィールは「おごり」という言葉に食いつくが、神様から「実費負担」と聞かされると肩を落とす。そして口を尖らせながら、拗ねるように言葉を吐き捨てた。
「……俺は、是が非でも、行くぞ……。婚姻届を、持参して、行く。くー様と、やっと、結ばれる。ふふふ…………」
まだウイルスのせいでまともに動けないマサムネは、必死になってそう言う。
だが案の定、マサムネの言葉は見事に聞き流された。
「僕は遠慮しておきます……。母の容態もありますし」
「わ、私もえん、りょ……しま……」
フィラが申し訳なさそうに言うと、それに便乗しようとクルーエルも小声で話し出す。
それを聞き逃さなかった神様は、目を光らせてクルーエルを睨み付けた。
「フィラ君は仕方が無いとして……、くーちん、絶対に来い。神様の言うことは絶対……だよ?」
「うううう、私は……やはり、私は無理だ……っ」
クルーエルは頭を抱えてしゃがみこむと、右往左往と首を振る。そこまでではないが、多少震えているのもわかった。
神様は溜め息を吐くと、優しく微笑み、クルーエルの頭をそっと撫でる。
「大丈夫だよ、みんな君に来てほしいと思ってる。勇気を出して、あとは君次第だよ」
「神様……」
クルーエルは神様の言葉を聞くと、項垂れてみせた。
拳に力が入るクルーエルは、また瞳の奥が熱くなる。
――今日は泣いてばっかりだ。
言葉を詰まらせるクルーエルは、心を落ち着かせようと深呼吸をする。
口を開こうとするが、上手く言葉が出てこない。
――不甲斐ない。
唇を噛み締めると、クルーエルの頬を自然と涙が伝う。
神様達は、クルーエルを静かに見守った。
「私は……」
クルーエルは涙を必死に拭うが、次々と溢れ出てくる。
「…………私は、変えたい。変わりたい……現実の私を。…………みんなと、普通に……遊びたい。…………行きたいっ」
止めどなく溢れる涙を、全て拭うことはできない。
クルーエルは、今まで言い出せなかった言葉達を吐き出すと、もう涙を止めることができなかった。
――本当は怖い。
上手く息継ぎが出来なくなってきたクルーエルは、息を荒くする。
「是非、来てくださいね! 私、待ってますから」
「月子も、待ってますからねっ」
初日と月子は、嬉しそうに笑いながらクルーエルに言う。
「僕は行けれないのですが、僕の分まで楽しんできてくださいね! お土産話、待ってますから」
フィラはそう言ってから、微笑んで見せる。
「印鑑、持って……こいよ」
マサムネは親指を立てながら、凛々しい顔付きでクルーエルに言う。
だがその言葉を聞いたエゼフィールは、マサムネの腹部に蹴りを入れる。
「ぐぉっ!」
「おねー様、変態の言うことは忘れて、安心してきてくださいね」
マサムネから鈍い音が聞こえたが、エゼフィールは何事もなかったかのように振る舞う。
涙を流しながらもその光景を見たクルーエルは、ふっと笑みを溢した。
「待ってるからね」
クルーエルの目の前にやって来た神様は、優しく笑う。
「みんな……」
溢れる涙を止めようとは思わない。
クルーエはこの涙が恐怖からでなく、嬉しさで流れることに気付く。
嬉しくて、嬉しくて。
……ただ、嬉しかった。
止まることのない涙を頬に伝わせ、クルーエルは今までになく満面の笑みでこう言う――。
「…………私はみんなが、大好きだ」