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血塗れの過去【2】

過去編その①です。



   ***



――――これはまだ、「VRMMOは、一日に八時間まで」という法律が無かった頃の話。

 その当時、VRMMOという新しいジャンルの頂点に立っていたのは、『Blood Rain』というアクション要素の高いRPGであった。

 そのゲームの魅力と言えば、「血」だ。敵を斬れば血が噴き出し、べっとりと血塗れになる……ただそれだけ。

 それでも、数多くのユーザーを虜にしていく。評価すべき点を挙げれば、その当時に既存した数多のオンラインゲームを凌ぐシステムとか、ゲームバランスの良さ、素早く対応する運営、アバターの自由度、キャラクターの美しさなど……。

 こだわりすぎた「血」が気持ち悪く、それを理由に辞めていくユーザーも居たが、それでもその人気は衰える事を知らなかった。


 そんな人気絶頂のVRMMOの中に、天才プレイヤーと呼ばれる者が現れる。

 その者の名前は『神威』。

 彼は幾多のオンラインゲームで名声を残していたが、放浪の末に『Blood Rain』で身を落ち着けようとを決意した。

 彼は自分の居場所を作ろうと、『Blood Rain』で『チーム』を作ることにする。彼がチーム『片翼の天使』を作ると、入りたいという志願者が現れたと思えば後を絶たず、瞬く間に『Blood Rain』で最大のチームへと成長した。


 ……そんなある日のこと。

 『Blood Rain』で最も大きな街、『ルニャス』の外へ出た草原の中には、大きな岩がぽつりと置かれている。

 その岩の上に座る神威はそよ風を全身に感じながら、作られたとは思えない快晴の空を眺めていた。

 神威は座りながらも深呼吸をすると、清んだ空気が全身に流れる血液に行き渡る感覚がして、彼の表情は自然と綻びる。

 銀色の髪が風に揺れる神威に、近付く一人の女が居た。長身の赤黒い色をした長髪の女は、これまた赤黒い瞳を輝かせながら神威に近付いてくる。

「あのっ! 神威さん!」

 女の声を聞いた神威は、首だけをその女に向けた。

 神威は彼女の格好を見ると、溜め息を吐く。

 一目見た瞬間に初心者だとわかる軽装の鎧を身にまとい、見栄を張って買ったのか、初心者にとっては扱い難い大剣を背負っている。

 そんな見た目から初心者そうな女に、神威は優しく微笑んで見せた。

「……なんだい?」

「やっぱり神威さんだ! わっ、私はクルーエルと言いまふっ!」

 クルーエルと名乗る女はよっぽど嬉しかったのか、目を真ん丸くすると、顔を真っ赤にしながら口を動かす。彼女は緊張しているのか、言葉の最後で噛んでしまうと、それを聞いた神威は鼻でふっと笑った。

「ボクは自己紹介しなくてもわかるよね?」

「は、はひぃ!」

 耳まで真っ赤にしながらも声が裏返るクルーエルの姿を見た神威は、腹を抱えて笑い出す。

 神威の体が揺れる度に、彼の細やかな銀色の髪がふわりと揺れた。

 そんな神威の姿を見たクルーエルは、頭の天辺から煙が出そうなほどに顔を真っ赤になる。

「ごごごごご、ごめんなさいぃ! ふれ……嬉しくて、つひ……」

 両手を自分の頬に当て、必死になって神威に説明するクルーエル。神威の事を直視できないのか、彼女の目はずっと泳いでいた。

 神威は目に涙を溜めながらも、片側の手首をくいくいと動かし、呼吸を整えてから話し出した。

「いや……。こちらこそ、笑ったりしてごめんね。君があんまりにも初々しくて、なんだか微笑ましくなって……」

 未だに目が泳いでいるクルーエルを、見つめながら話す神威だったが、彼女の動揺した姿に見事失笑してしまう。

「……と、ところで、君もチームの志願者かい?」

 息を荒げて呼吸をする神威は、顔の真っ赤なクルーエルに問い掛ける。

「はいぃ! 私、憧れの神威さんがいるこの『片翼の天使』に所属したいですっ!」

 クルーエルは大きな胸に手を当ててから、声を荒げて叫ぶ。その声は、胡麻粒くらいの大きさになるまで離れた人にも聞こえるくらいの声量だった。

 その声に驚いた神威は、目をぱちくりとさせていると、クルーエルは大声でまた叫ぶ。

「神威さんが大好きなのです!」

 告白とも取れるその言葉をクルーエルが叫ぶと、そよ風が止み、小鳥はさえずるのを止め、辺りが静まりかえってしまった。

 そんな沈黙の中、神威が腰掛ける岩の影から大きな笑い声が聞こえてくる。

「ははは! 初対面で告白かよ。ウケる!」

「ちちちちち、違います! ここ、告白、だなんてっ! ただ憧れで……。い、いや、そうじゃなくってー……。うううううう!」

 岩の影から現れた金髪の男は、大きな槍を肩にかけながら大きな声で笑う。

 その言葉を聞いたクルーエルは、顔を真っ赤にしながらも、しかめっ面をしてからその男に負けじと言った。

「あははは! こいつおもしれぇな。……神威さん、こういうイジリやすい奴も、チームには必要だと思うんだけど」

「こらっ、カミナ。初心者をいじめないのっ!」

「……へいへーい」

 カミナという男は、黄金色に輝く髪の毛をかき上げる。

 クルーエルは、カミナのハナマス色の瞳を見て、不思議と神威の青い瞳にどこか似ていると思ってしまった。

 神威は岩から降りると、意地悪そうに笑うカミナの髪の毛をくしゃくしゃにする。そのあとに、クルーエルを見て気まずそうに話した。

「まったく……、ごめんね。こいつ、性悪でさ。……あ、こいつはカミナって言うんだ。仲良くしてあげてね」

「こんな初心者と誰が仲良くするかっ」

 カミナは睨み付けるようにクルーエルを見る。

 そんな悪態をつくカミナを見て、緊張しっぱなしだったクルーエルの闘争心に火がつく。恥ずかしくて赤くなっていたクルーエルの顔は、カミナに対する怒りでさらに赤さを増した。

「私からも願い下げる! 誰が君と仲良くするものか!」

 クルーエルはそっぽを向くと、頬を膨らませる。神威は、そんな二人を見てから溜め息を吐く。

 静かだった草原がざわめき、風が吹き抜けると、三人を優しく包み込んだ。

「……とにかく、よろしくね。クルーエルちゃん」

「……、はいっ!」

 クルーエルは神威の言葉に反応すると、満面の笑みで一言答える。

 それを見た神威は笑顔を返し、カミナはそっぽを向いてから照れくさそうにした。



   ***



 三人が出逢ってから、一ヶ月が経つ。

 初心者であったクルーエルは、その一ヶ月の間に目まぐるしい成長を遂げていた。

 指導したのが神威だからか、もとからクルーエルに素質があったのか……。

 どちらにしてもクルーエルの実力は、自称・神威の右腕と豪語するカミナとほぼ互角なほどになっていた。

 そんなクルーエルを見て、「こんな胸が大きいだけの女に、俺が抜かされるわけがない」と思っていたカミナは焦りを覚える。カミナも負けじと経験を積み、クルーエルに劣らないよう努力を惜しまなかった。

 クルーエルとカミナは常に神威と行動を共にしながらも、お互いをライバルと認め、切磋琢磨しあう。

 神威はそんな二人に肩入れし、二人と過ごす日々をただ楽しんだ。

 クルーエルとカミナが『神威の両腕』とまで呼ばれるようになると、TVT(チーム・バーサス・チーム)(チーム同士が戦うこと)では前線を任せられるようになる。

 神威が、クルーエルとカミナのことを肩入れし過ぎていた事実はあったが、それ以上に二人が強くなることを、チームメンバーはただ喜ぶばかりだった。


 それからまた、一ヶ月後の話しになる。

 神威のチーム『片翼の天使』で、オフ会を開こうという話が持ち上がった。日取りと場所を決め、参加する・しないで大いに盛り上がる『片翼の天使』のメンバー。

 その中で一番はしゃいでいたのは、カミナであった。

「神威さんも来るんだろっ! 来るよな、な?」

「皆が行くなら、行くしかないよー」

「うひゃー! 憧れの神威さんと、色々な話が出来るのか……。俺、すげー感激だぁ!」

 『片翼の天使』が拠点に置く街、『ルニャス』の酒場の中で、カミナは喜びのあまり机の上に飛び乗り、雄叫びを上げる。

 いつもならば神威とカミナの近くで一緒に騒いでいるクルーエルは、部屋の隅で腕を組み、この光景をただ見つめていただけだった。

 そんなクルーエルを見かねたカミナは、軽いステップを踏みながら彼女に近付く。

「クルーエルも、オフ会に来るだろー?」

 カミナは楽しそうに笑いながら、クルーエルに問い掛けた。

 だがクルーエルは苦笑するばかりで、返事をしようともしない。

「なぁ、来るよなー?」

 ふくれっ面でカミナは再度確認すると、寂しそうな表情をしながらクルーエルは答えた。

「……すまんが、私はオフ会には行けん」

「なんでだよー! どうしても外せない用事とかあるのか?」

「……いや、そうじゃない」

 そう言うと、クルーエルはぎこちなく笑って見せる。

 カミナにとってその笑顔は、クルーエルが寂しさを隠すために必死になって作っているようにしか見えない。

「お前……」

「ま、まぁ、私の分まで楽しんできてくれ! ……少し経験値でも上げてくる」

 カミナはクルーエルに話しかけようとしたが、彼女は逃げるように人の賑わう酒場を後にした。


 彼らは明くる日も明くる日も、時間を忘れるほどに楽しい時間をこの『Blood Rain』で過ごした。

 そう、『彼女』が現れるまで、は。



   ***



 『片翼の天使』のオフ会が終わって数日後。

 神威の元に、「チームに入りたい」という志願者が現れる。その志願者をルニャスの酒場に招き、神威は申請手続きを行っていた。

 紺碧の髪の女はにっこり微笑むと、紫紺の瞳で神威を見つめていた。

「ほんまもんの神威さんに出会えるなんて、うちは幸せもんやなー」

 女は物珍しそうに神威を眺めてから、次にぺたぺたと触り始める。

 迷惑そうな顔をする神威は、苦笑しながら彼女の手を止めた。

「それで……、名前はチトセさん……だよね?」

「そうやでー、チトセさんやでー」

 神威に両手首を掴まれたチトセは、へらへらと笑う。

 そんなチトセを見て困惑した神威は、掴んだ手をそっと離すと話を続けた。

「じゃあ手続きをしようか。申請画面を送るから、待っていてね」

 空中に指をかざし、浮かび上がる画面を操作する神威。

 その様子を見ながら、チトセは怪しく笑いながら話しかけた。

「うち、オンラインゲーム初めてでなー。噂に聞く神威さんに、少しでも近づけたらええなー思って。神威さんはネットで有名人や。甘いマスクと親切な性格から、ファンクラブまであるんやろ? きっとそのアカウントを売ったら、高額になると思うんや」

「……ははは、そんな発想したことないよ。それに、このアカウントはボクの大切なモノだ。明け渡そうなんて思わないよ。……チトセさんは凄いことを言うね」

 チトセの言葉に眉をひそめる神威だったが、すぐに笑顔で受け答えた。

 浮かび上がる画面を、ただひたすらに操作する神威をただじっと眺めているチトセは、怪しく笑うのを止める。

「にゅはは、うちはお金が大好きやからな。ついつい、そんなことしか考えられへんのや。ほんま堪忍なー」

「ああ、別に構わないよ。アカウントハックの対策も充分されているこのゲームで、そうそうそんなことが起こり得る訳がないしねー」

 神威は淡々と作業を進めながらも、微笑んで見せた。

 チトセは、机の上に用意してある水の入ったグラスを持つと、それを一口飲んでから机の上に戻した。

 神威とそれほど話すことがなくなってしまったチトセは、つまらなそうに辺りを見回すと、離れた席に腰かけるクルーエルと目が合った。

 クルーエルは目が合った瞬間、チトセに向かってにっこりと会釈する。

 それを見たチトセも、満面の笑みを返した。

「あの子も『片翼の天使』のメンバーなんか?」

 チトセは、クルーエルに指をさしてから神威に聞く。

 その方向を見た神威は、「ああ」と言ってからチトセを見て話す。

「そうだよー、クルーエルって言うんだ。なかなかの才能の持ち主なんだけど、ちょっと他の人達と距離感があるんだよね……。もしよかったら、仲良くしてあげて。……っと、手続き終わったからー。これからよしくね、チトセさん」

「……ん、ああ。ほな、よろしゅう頼んます! 神威さん。じゃあうち、早速あの子と話してくるわ」

 神威に笑顔を向けられて、チトセも笑顔を返した。

 そのまま席を立ち、クルーエルの方に歩くチトセは、去り際に横目で神威を見ると、不敵な笑みをこぼす。その表情を悟られないように、すぐに普通の笑顔に戻してから、クルーエルに近付く。

 クルーエルは赤い飲み物を飲んで落ち着いていると、チトセは強引に隣に座り、クルーエルの肩に手を添えた。

「今日から『片翼の天使』のメンバーになりました、チトセっていいます! 仲良うしてなー、クルクル!」

「……クルクル?」

「あんたのあだ名や! うちは親しみを込めて、『クルクル』って呼ばしてもらうで!」

 楽しそうに話してくるチトセを見て、クルーエルもつられて笑顔になる。

 なによりクルーエルにとって、チトセが言った「親しみを込めて」という言葉が、何よりも嬉しい言葉だった。

「……よろしく!」

「よろしゅう頼んます」

 クルーエルとチトセは手を取り合い、軽く握手をする。

 神威はそんな二人を見て、ふっと笑った。


 その日を境に、毎日のように『Blood Rain』に来ていたカミナはパタリとログインしなくなる。

 その後に続くようにして、神威もログインの回数を減らしていった。


 それから二週間後、世界に反響を呼んだ悲劇の事故が起こる。

 ……VRMMOに没頭していた少年が、帰らぬ人となったあの事故が。

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