血塗れの過去【1】
文字数短めでーす(´・ω・`)
チトセとの一件から、丸一日が経とうとしている。
今日もクルーエルは仕事のはずなのに、出勤時間を過ぎても彼女の姿が現れることはなかった。
それを不審に思ったマサムネとエゼフィールは、初日と月子、そしてフィラに昨日の事情を聞いていた。
暗い表情のフィラは、マサムネとエゼフィールに一礼すると、申し訳なさそうな顔で口を開く。
「事の始まりは、全て僕にありますね……。僕は『パラシティック』の書き込みを見て、アルバイトをしようと思ったんです……」
ラクナノの外れで五人は身を固め、それぞれがフィラの言葉に耳を傾ける。フィラは草の上に腰を下ろして膝を抱えると、話を続けた。
「メールを送ると、すぐに返信が返ってきました。待ち合わせの場所は『パレストア神殿』。……そこへ向かうと、神殿の中で二つの人影に会いました」
「二つの人影?」
「はい。あの神殿は中が暗くて、姿がはっきり見えなかったので……。一人はわからないのですが、もう一人は声からして、チトセって人だと思います」
フィラは記憶をたぐり寄せながら、マサムネの質問に答える。
すぐにエゼフィールが「それで?」と聞くと、フィラは話しを続けた。
「その時に渡されたのが、『ルータープログラム』です。これを使えば、楽にアイテムを回収できるって言われて……」
そう言うとフィラは肩を落とし、悔しそうな表情を見せる。膝に顔を埋めて、こもった声でフィラは話し出す。
「でも、結局騙されてたんだよね……。ちゃとアイテムを渡したのに、『リアルマネーなんて誰が言った。勿論ゲームなんだから、ゲームマネーを渡すのが普通だ』……って言われて……。皆が手伝ってくれたアイテムも、全部とられちゃったし……」
そんなフィラを見兼ねた月子は、身を乗り出すようにしてから叫んだ。
「フィラ君は悪くないですよぉっ! だって、だって、フィラ君はお母さんの治療に使うお金が必要だっただけじゃないッ!」
「いいんです、月子お姉さん。騙されていた僕が悪いんですから」
「フィラ君……」
フィラをかばうように月子が口を出したが、フィラ自身はそれを望んではいないようだった。
いたたまれなくなった月子は、悔しそうにするフィラに思いっ切り抱き付いた。
ふうと溜め息を吐いたマサムネは、二人のやり取りを見てから初日を見て言葉を口にする。
「フィラの話しはわかった。……それでクルーエルの方だが、何があった?」
「……詳しくはわかりません」
「わからない?」
「……はい。私にわかった部分は、チトセって人と、『BR』をやっていた時に何かあった……と言うのと、クルーエルさんの弱みを、チトセって人が握っている……。ただ、それだけ」
いつになく表情が暗い初日の脳裏には、あの時に見たクルーエルの怯えた目と、彼女が消える間際に残した「ごめん」と言う台詞が何度も浮かぶ。
そんな初日を見て、またマサムネは溜め息を吐く。
どうしようもないわだかまりがに襲われ始めたマサムネは、近くにあった木の幹に殴りかかる。木の全体が大きく揺れると、枝達が一斉にざわめいたかと思えば、小枝や木の実がぽろぽろと落ちてきた。
「クソッ! あの時、俺達も着いていけば良かったんだっ!」
「今悔やんだところで、後戻りできる訳じゃないわ」
エゼフィールは腕組みをしながらも険しい表情で、落ち着きがないマサムネを宥める。
マサムネを宥めているつもりでも、エゼフィールの足は軽快なリズムを刻んでいて、本人も落ち着いていないようだった。
「お前がゲームマスターになるから、こんな事になるんだろう!」
「はぁ? 八つ当たりはやめて欲しいわ」
マサムネはエゼフィールの首元を掴み、怒鳴るように言い散らかした。
マサムネの行動に怒りを覚えたエゼフィールは、マサムネの首元を掴み返してから睨み付けた。
「やめてください! もとはと言えば、私が何もできなかったから……。ごめんなさい……」
マサムネとエゼフィールのやり取りを見ていた初日は、二人の服を掴んでから崩れるようにして座り込む。
声を押し殺しながら泣く初日の姿を見て、エゼフィールから手を離し、舌打ちをするマサムネ。
エゼフィールもマサムネから手を離すと、しゃがみ込んで初日の背中をさすった。
不穏な空気が辺りに漂い、それぞれの口を固く閉ざしてしまった。
やるせない想いが、それぞれの心を支配する。
そんな重い空気の中、再び口を開いたのはマサムネであった。木の幹に額をつけながら、呟くように言う。
「…………チトセって人と、『BR』をやっていた時に何かあった、って言ってたな。初日、詳しく覚えてるか?」
「……はい」
手の甲で涙を振り払う初日は、呼吸を整えてから自分が覚えている限りの事を話した。
「確か、クルーエルさんはチトセって人に『またアカウントハックをするのか!』って、叫んでいました。それから、チトセって人が『その節はありがとう。あのアカウントは高額で売れて、その実績のお陰でパラシティックの支部長にまで昇進できた』……って、そう言っていたと思います」
そう初日が口にすると、マサムネには心当たりがあるようで木の幹から額を離してから、顎に指を添えて考える仕草をした。
「アカウントハック……、『BR』……、そして、クルーエルが関わっている……。もしかして、あの事件の事か」
「あの事件……?」
初日は首を傾げてから、マサムネに問い掛ける。
それを聞いたエゼフィールは一回首を縦に振ると、その会話に口を挟んだ。
「『神威の暴走』……のことかしら?」
「……ああ、そうだ」
「……『神威の暴走』?」
目と目を合わせて頷き合うマサムネとエゼフィールだが、初日には何のことだがさっぱりわからなかった。
「VRMMO時代における大事件の一つ。……それが『神威の暴走』だ」
「……どんな事件なんですか?」
そう言ったマサムネに、初日はまた質問を投げかけた。
マサムネは肩に掛かった青い髪の毛を振り落とし、眼帯の位置を直してから口を動かす。
「……俺も詳しい内容は知らないんだが、当時、クルーエルが所属している『チーム』のリーダーだった神威が、ある日突然に、無差別PKを始めたんだ」
一人一人の顔を見てから、マサムネは一息置くと話を続ける。
「まるで別人になってしまった神威は、チームメンバーにまで無差別にPKした……とか」
「……もしかして、その神威……さんが、チトセという人にアカウントハックをされた……のですか?」
息を飲み込んでから初日がそう聞くが、マサムネは首を横に振ると、残念そうな表情をして見せた。
「……だから言っただろう? 俺も詳しい内容は知らないって。俺の言ったことは全て、ウェブ上に寄せ集められた知識だからな。……だが初日が言った通り、その可能性は十分考えられる」
「それに、『神威の暴走』からすぐ、おねー様は『チーター殺し』を始めたわ。エゼもその後に『BR』を始めたから、詳しい事がわからないけど。……可能性はあるわね」
エゼフィールもそう話すが、初日は悲しそうな顔をしてから、すぐに俯いてしまう。
初日は下を向くと、目に涙が溜まり、それが自然と一粒ずつこぼれ落ちていった。
マサムネもエゼフィールも、結局は憶測でしか話を進められないという事も、その話をしたところで何か変わる訳でもないという事もわかっていた。
自分たちの無力さを噛みしめ、またそれぞれが沈黙に浸ろうとした、そんな時だった。
「まぁーったく、くーちんは無断欠勤だし、ここの辺りには悲愴感が充満しちゃってるし……。どーいうことー! ぷんぷん」
この重苦しい空気の中、子供みたいに甲高い声を張り上げる声がする。そうかと思えば、次の瞬間に光に包まれて現れたのは、最近多忙で姿を見せる事がなかった神様であった。
神様は腕組みをして見せてから、頬を膨らます。
そんな神様を見て怒りを覚えたマサムネは、鬼の形相で神様の胸ぐらを掴み、その整った顔めがけて一発殴った。
「この大変な時に、暢気な事いってんじゃねぇよ!」
「マサムネ、やめっ……!」
怒りに身を任せるマサムネを止めようと、エゼフィールが二人に駆け寄る。
だが、神様はエゼフィールに手のひらを見せると、無言で首を横に振った。
「マサムネ君、それだけ?」
「なっ……!」
「気が済んだなら、離してくれない?」
笑顔でそう言う神様を見たマサムネは、おぞましいものを見たかのような恐怖感を覚える。そのお陰か、少し冷静になったマサムネはすぐに神様から手を離す。
マサムネに掴まれていた服のしわを伸ばしてから、神様は笑顔のまま深呼吸をした。
「ふう、息ができるね!」
こんな状況でも笑顔でいる神様を見て、違和感を覚えたエゼフィールは険しい顔つきで言う。
「どうして神様は、こんな状況で笑っていられるのですか?」
それを聞いた神様は、首を傾げてからにっこりと笑ってみせる。
「あれ、笑ってたのか。……ごめんねー、これボクの悪い癖なんだよねー。本当は腸煮えくり返るほど……なんだけど」
神様の表情は笑っているのだが、声が全然笑っていない。
それに気付いたエゼフィールは「いえ」と返事をしてから、それ以上は話さないようにした。
「さて、話は大体聞いていたよ。……君達には、話しておくべきだね」
表情を変えずに淡々と喋る神様に、初日は震えた声で神様に聞く。
「クルーエルさんの秘密ですか……?」
「いや、ボクにもそれはわからないさ。……ボクが教えてあげげられるのは、今さっきまで君達が話していた『神威の暴走』の方だよ」
そう言ってから少し間を開けると、神様はその場に腰を下ろす。座り込んだ神様は再び口を開き、過去の出来事を話始めた――――。