底知れぬ闇【2】
チトセさんの関西弁が変でしたら、ご報告していただけると助かります。
あと、まだ修正していないのですが、一部の言葉を略語ではなく正式名で書いております。ご了承ください。
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パレストア真神国の中心部に、古代から作られたと言われる『パレストア神殿』。
『創造神』と人間達から信じられているアルコーンの一人、『クルスコ』を祀っていると伝えられている。
神殿は全体を白い煉瓦で囲み、床には大理石が一面に敷かれていた。その中にある階段を降ると、地下迷宮が広がるダンジョンだ。
このダンジョンは中に入ることが出来るものの、今のところは特に目ぼしいアイテムすら無いので、プレイヤー達はあまり近寄ろうとしない。
クルーエルは、そのパレストア神殿の前まで来ていた。
クルーエルが初日の居場所を確認したとき、ソフィアの箱には確かにこの場所を示していたのに、辺りを見回しても人影すら確認することが出来ない。
「……詳しい場所を示してくれたら、楽なのだが」
再び箱の画面に触れて初日の居場所を確認するが、やはりこの場所を示している。
クルーエルは画面に触れながら首を傾げた。友達登録をしておいた月子とフィラも、この場所に居ると箱には表示されているのだ。
「……レアアイテムの回収にしては、この場所はおかしすぎる」
神殿の白い外壁を見渡しながら、クルーエルはゆっくりと辺りを散策しながらその神殿を一周しては見るが、初日達の姿があるわけでもない。
クルーエルは胸を締め付けるわだかまりを取り除くように一回溜め息を吐くと、神殿の入り口前で足を止めた。
「やはりこの中、か」
長身なクルーエルが見上げるほどの大きな入り口に、一歩一歩と足を進めていく。
神殿の中に足を踏み入れれば、通路に置かれた松明が神殿の中をほんのりと照らし、不気味な雰囲気を漂わせている。
このまま真っ直ぐ進めば地下迷宮に入るための階段が有るのだが、クルーエルは足を止める。
何故かと言えば、その階段を下りていけばダンジョンの中。初日達がPTを組んで中にいるのだとしたら、そのまま進んでも初日達に会うことは皆無だからだ。
唯一の望みである、この広いフロアを見回すクルーエル。
だが、こうも薄暗くては隅々まで見渡せる訳もなかった。
クルーエルは松明が照らす一本道から逸れ、壁沿いに辺りを見回し始めた。
この神殿にはクルーエルの足音と、演出のために流している水滴が落ちる音が響き渡る。クルーエルにとって、その水滴が落ちる音は煩わしく感じられた。
ゆっくりと確実に足を進めるクルーエルは、目を凝らしながら右手を壁につけ歩く。
この薄暗い環境に目が段々と慣れてきた頃、注意を怠っていた足の先に柔らかい何かが当たった。それに触れた瞬間にすぐに下を見ると、そこには首のない体が転がっていた。
この洒落気のない黒い鎧と、ネタにしか思えない折れかかった剣を持つ人物など、そう居るものではなかった。
「……月子!」
クルーエルは慌ててしゃがみこみ、月子の体を抱き上げる。
近くに首が落ちていないのが気になったが、それよりも、体力が減っているわけでもないのにぐったりしていることにクルーエルは違和感を覚えた。
「月子、首はどうした……? 初日は、フィラはどうした!?」
答える口の無い月子の体は、ぴくりと体を震わせてから腕を動かす。まるで初日達の居場所を教えようとしているかのように腕を上げ、指を動かした。階段の近くの角に腕を向けると、そちらの方から微かに声が聞こえる。
クルーエルは月子の体を抱えて立ち上がり、その方向に向かおうとした時だった。
「っあぁ!」
その隅の方から、初日の声に似た悲鳴が聞こえてくる。
クルーエルは、薄暗いその隅の床に転がった二つの影と、その二つの影を足蹴にする一つの影があることに気付く。
その一つの影は、大理石の床に落ちていた何かを片手に持つと振り回しだす。
「遅いで、クルクル。ゲームマスターなら、もっと迅速に対応せなあかんで」
関西弁の声を聞いた瞬間、クルーエルは耳を疑った。
クルーエルにとって、その声は一番聞きたくない声に似ていたからだ。
「ほんまにクルクルだったなんて、うちは嬉しいわぁ。まあ、知っていたんやけど」
影は少しずつだが、クルーエルに近付いてくる。
暗闇から顔を覗かせる影は、気持ち悪いと思えるほどに無垢な笑みを浮かべていた。笑い方は神様に似ているが、彼とまるで正反対のその笑みを見てクルーエルの顔は歪む。
自分のせいでクルーエルの顔が歪んでいるとわかりながらも、その影は足を止めようとはしなかった。
「……チトセ」
「うんうん、チトセさんやで! 久しぶりやね、クルクル」
クルーエルの肉眼ではっきりと見えるようになってきたその影の人物……チトセは、紫紺の瞳をクルーエルに向けた。満面の笑みで笑っているように見えるが、その手に持たれた月子の首の様子が、彼女の残忍さを伺わせる。
ゲームと言えど、弱りきっている人間の髪の毛を掴みながら振り回すなど、普通の人間ならば考えられないことだった。
チトセの姿をとらえた瞬間、クルーエルの瞳から光が消える。無表情で月子の体をそっと壁沿いに置くと、またチトセの方に顔を向けギロリと睨む。
「『BR』以来やね」
「……何をしに来た」
「にゅはは、うちのすることなんて一つしかないの知ってるやろ」
嬉しそうに笑うチトセとは反対に、歯を剥き出しにしながらも、必死に気が狂いそうなほどの怒りを我慢するクルーエル。
すぐにでもチトセを永久アカウント停止……いや、出来ることならばアカウントごと消去をしてしまいたいのだが、今行動をすれば月子を巻き込んでしまうことが明白だった。
「リアルマネートレード……か」
「うんうん、そうやでー。うちはここに仕事しに来てるんやから、それしかないでー。まったく、クルクルは白々しいなぁ」
必死に拳に力を入れながら我慢をするクルーエル。
チトセは嘲笑うようにクルーエルを見ると、見せつけるかのように月子の首を振り回しだす。
その挑発的な行為に腹の底から煮えたぎりそうな怒りを覚えるクルーエルは、その怒りを必死に堪えていた。
「でもなぁ……うちの仕事を、この子らが邪魔したん」
チトセはそう言うと、優しそうな笑みをこぼしながら月子の首を回していた手ぴたりとと止める。
次に何をするかと思えば、月子の首をそのまま床にぽとりと落とすと、クルーエルの顔を見てから楽しそうに笑って見せた。
「めっちゃ迷惑してたんやで?」
クルーエルを見ながら笑うチトセは、次の瞬間に床に落とした月子の首を踏みつけて見せた。
月子はいつもなら痛覚機能をオフにしているはずなのに、チトセに踏まれた瞬間、痛そうに悲鳴をあげる。
その光景を見たクルーエルは、頭の中で何かが切れる音がしたと同時に、チトセに詰め寄り、胸ぐらを掴むように持ち上げた。
「にゅはは、痛覚機能とは考えたなぁ。お陰様で拷問もしやすくなって、うちらからしたら万々歳やわー」
「……チトセぇ!」
クルーエルの大きな手に掴まれたチトセは、ヒレのような耳を嬉しそうに動かす。自分の胸ぐらを掴まれてると言うのに、クルーエルが怒り狂う姿をただ楽しそうに見いるのだ。
チトセは自分の頭をぽりぽりと掻くと、短めな紺碧の髪を指先で遊び始める。
「彼女達に何をした、チトセ!」
「せやから、『迷惑させられた』って言ってるやん?」
チトセは表情ひとつ変えずに、クルーエルに笑って言う。
その悪ぶれた様子もないチトセの態度に、クルーエルの表情はみるみる怒りの色を帯びていく。
「僕を騙したんだ……その人は」
クルーエルの表情が怒りで満ちそうになったとき、チトセの後ろに居た一つの影がゆっくりと起き上がった。
クルーエルにとって聞き覚えのあるその声の持ち主は、小さな体を二本の足で必死に支えながら、チトセに吼える。
「これはアルバイトじゃなかったのかよ! レアアイテムを高額で買い取ってくれるって書いてあったじゃないかっ!」
「……フィラっ!」
クルーエルには、その声だけですぐにフィラだとわかった。
なんとか無事であったことに少しだけ気が緩んでしまったクルーエルは、手から力が抜けてしまい、掴んでいたチトセを離してしまう。
チトセは掴まれたことでできてしまった服のしわを片手で直すと、笑いながらフィラに答えた。
「騙したなんて、人聞きの悪いこと言わんといてな。そちらさんが勝手に勘違いしてくれたんやないか……。迷惑な話やなぁ」
「黙れっ! 『大金を保証する』って言ったじゃないか!」
「いやー、大金渡したやないか」
「これのことかよっ!」
フィラは大きな麻袋を、目一杯の力でチトセに投げつける。
だがフィラの目一杯の力も虚しく、チトセの遥か手前で麻袋は落ち、その中身はじゃらじゃらと音をたてて袋の口から溢れ出た。
「そのゲームマネーじゃ、少ないと言いたいんか? 困ったなぁ……ぼったくりやないか」
「そうじゃない! あんな書き込み方じゃ、リアルマネーを貰えると勘違いするに決まっているだろ! 今すぐ返せ、渡したアイテム全て返してよ!」
クルーエルには暗くてよく見えなかったが、鼻をすすりながら必死にチトセに吼えるフィラ。
それを聞くと、チトセの優しそうな笑顔が徐々に無くなり、無表情になったかと思えばふうと溜め息を吐く。その瞬間、チトセは一瞬にしてクルーエルの目の前から消えたかと思えば、奥に居たフィラの目の前まで行き心無い表情で一言吼え返した。
「たかがゲームごときでぎゃあぎゃあ騒ぎ立てんなや、このガキがっ!」
チトセはそう言い放つと、フィラに微笑みかける。
クルーエルはチトセが何をするか気付き、慌ててフィラの元に向かおうとしたが、間に合うことはなかった。
「……がぁっ!」
「フィラっ!」
小さな体にチトセの脚が食い込むように当たり、フィラはその場に倒れ込む。
痛そうに腹を抱えるフィラを、これでもかと言わんばかりにチトセは蹴り始めた。
「わかってああいう書き方してん、なんでアホはわからないんや? でもこう言うアホが居るから、うちらみたいな組織の人間はやりやすいんやけどなぁ! おおきに、アホなガキっ! にゅははは!」
そんなチトセを見て、頭に血が登り始めたクルーエルは拳を握りしめた。もう我慢できない、と光を集め始める。
「もう……やめてください……」
クルーエルが光を集めるよりも先に、倒れていた一つの影がフィラをかばうように覆い被さる。
だがとても楽しそうに笑うチトセは、その声に耳を傾けようとはせず、フィラを蹴る足を止めようとはしない。
「……もう……許して……ください……」
「聞こえないんやけど?」
「……初日お姉さん、やめて……」
フィラの代わりに蹴られる初日を見たクルーエルは、少しだけ冷静さを取り戻す。
光を集めるのをやめ、ソフィアの箱からメイン装備を出した。
「チトセぇ!!」
クルーエルが吼えると同時に、チトセの箱から音楽が鳴り響く。
それに気付いたチトセはすかさずに武器を出し、クルーエルに対抗した。
チトセの武器は『トライデント』と言って、水中戦で強大な力を発揮するというレア武器。だが陸であるここでの戦いに威力を発揮することなく、クルーエルの攻撃を受け止めるのがやっとであった。
「うおおお!」
攻撃を受け止められたクルーエルは、力任せに大剣でチトセを押す。
今さっきまで機嫌が良さそうにしていたチトセもさすがに舌打ちをして、神殿の通路側に逃げ込んだ。
「嘘もついてへんのに、ひどい仕打ちやな……。それにな、たかがゲームや。そんなに熱くなることあらへんのに」
「君達『業者』にとって『たかがゲーム』なんだろうがな……、私たちにとっては『されどゲーム』なんだっ!」
クルーエルは、通路側に逃げたチトセに大剣を振り下ろす。
チトセはクルーエルの言葉を聞いて、高々に笑いながらその攻撃をひょいと避ける。
「そんなの知らへんわ!」
「知ってもらおうとも思っていないっ!」
クルーエルは攻撃をかわされてからすぐ、大剣をくいっと持ち代えて横に大きく振る。
大剣が空気を切り裂き、鈍い音をたてながらチトセめがけ近づいていく。
だがチトセも怯むことはなく、楽しそうに笑みをこぼしてから、天上にも手が届く高さに舞い上がる。
「こういうのも好きなんやけどな、うちはこんなことしたくてクルクルを呼んだんじゃないでー!」
軽やかな身のこなしで舞い降りてきたチトセは、今までとは違う不気味な笑みを浮かべ、クルーエルに言葉を発した。