憧れの人【3】
物語は急展開し、佳境へと向かいます。
「四日ぶりね、なりきりさん」
「……エゼフィール!」
《ハイド》で姿を隠していたのか、三人衆から少し離れた所にエゼフィールは現れる。クルーエルは彼女の姿を見ると嬉しくなり、それと同時に怒りがこみ上げてきた。
「君は、チーターだったのか……」
「んー……そうと言えば、そうなるのかしら?」
エゼフィールはクリーム色の髪の先を指で遊びながらしながら答える。
その濁した言い方にまた怒りを覚えるクルーエルは、ソフィアの箱からゲーム中でよく使うメイン装備の大剣を選び出し、その刃をエゼフィールに向けた。
「ここで出会ったのも、何かの縁だ。エゼフィール、私とPVPで勝負してもらおう!」
「いいけど、貴方がエゼにまた負けて落ち込んだって知らないから」
クルーエルからの正式なPVPを申し込まれたエゼフィールのソフィアの箱の画面に、『クルーエルさんからPVPを申し込まれました。受けますか?』と言うメッセージが表示されていた。
エゼフィールは迷わず『はい』と言う文字に指先で触れる。
すると、『クルーエルさんとのPVPを開始します』と言う表示が現れ、いつも聞くような音が鳴り響いた。
「頑張ってくださいよ、用心棒さん!」
「……黙ってなさいよ、クズ共」
チーター三人衆は細やかながらも、遠くからエゼフィールを応援する。だが、その三人衆を不機嫌そうに睨むエゼフィールはそう一言吐き捨てた。
その姿を見た三人衆は、恐怖のあまり身を寄せあう。
「ああ、そうだ。私が勝ったら君も含めてBANさせてもらうから、そのつもりでいてくれ」
「……わかったわ。もし、仮に、偶然、たまたま、なりきりさんが勝ったなら、あのクズ共含めてエゼをBANしてもらっても構わないわ」
「では、彼等が逃げないように隔離させてもらう」
クルーエルとエゼフィールが淡々と話を進めていく中、三人衆はきょとんとしながら二人を見つめていた。二人の会話を改めて整理してみると、自分達がただの賞品のように扱われているということに気が付く。
「ちょっ、俺らは賞品じゃない……って、ああああ!」
三人衆のリーダーが叫ぶのも虚しく、彼らの周りにはクルーエルとマサムネが戦った時の壁と同じものが現れ、三人を逃がさないように囲んだ。
彼らはそこから逃げ出そうとその壁を蹴ったり、殴ったりしたがびくともしない。
リーダーに至っては、逃げ出そうと思っているのかソフィアの箱のログオフのアイコンに触れては見ているものの、ログオフが出来ずにあわてふためいていた。
「その中は、ログオフ不可にしてあるぞ」
「そんなぁ……」
「いいじゃない、エゼが勝てばあんたらも文句はないでしょ?」
「うう……」
三人衆はやれることをやりきったせいか、崩れるようにその場に座り込み、用心棒として雇っているエゼフィールの応援に徹することにした。
「……正式にPVPを申し込むのは、久しぶりだ」
「ふうん……そんな話、どうでもいいわ!」
エゼフィールは、ソフィアの箱からメイン装備である弓を選び、それを装備する。そして背中に身に付けている矢筒から矢を一本抜き取り、エルフ自慢の脚力で一気にクルーエルに詰め寄る。
だがクルーエルは《瞬速》を使い、一定の距離を保ちながらエゼフィールに近づこうとしない。
「逃げるつもりっ」
「逃げてなどいない」
クルーエルはそうは言うが、三人衆からしてみたらエゼフィールの言うように逃げているようにしか見えない。三人衆のリーダーは、ニタニタと笑いながらその二人の姿を目で追った。
「天下のクルーエルも、一度負けた相手が怖いんだろうな。恐怖を感じているのが丸分かりだぜ」
「おお! さすが兄貴! 洞察力が違いますねぇ」
下っ端の一人が媚を売るようにリーダーに言う。リーダーは「これが実力さね!」と言って、自慢げに胸を張った。
「君達には私がそう見えるのか。だが私は、君達の言うような恐怖は感じていないぞ」
その三人衆の雑談はクルーエルの耳に届いていたらしく、クルーエルは戦闘中にも関わらずに話した。
そう話せるクルーエルとは反対に、エゼフィールにはその会話に入る余裕がないのか、苦しそうな表情を浮かべる。
「エゼフィール、君の戦術は実に面白い。弓での近距離戦闘だなんて、早々思いつく者はいないだろう。だが、君の戦術は『初見殺し』の戦術だ。一度やられてわかったが、弓などの遠距離型武器で零射撃をすれば、パッシブスキルの《クリティカル》が発動しやすくなる。それに加え、遠距離で正確に狙えて、なおかつ、急所を見ることのできる《ホークアイ》と《チャージ》を上手く併用して使えば、一撃で相手を倒す事も簡単だな」
「……っ!」
このままでは埒が明かないと思ったのか、エゼフィールは持っていた矢を弓で強く引き、クルーエルに向けて放った。
エゼフィールの放った矢は、みるみるうちにクルーエルの目元めがけて飛んでくる。
そんな矢を、クルーエルは間一髪の所でひょいと避ける。矢を避ける瞬間のクルーエルは、顔色一つも変えていなかった。
「《見切り》……!」
「ああ、今まで覚えてる暇が無かったからな。お陰で戦闘が楽になった。……やはり、このスキルは使えるな」
「貴方、本当に四日前のクルーエルと同一人物なの……?」
「四日前の私は、私だ。……そして、『チーター殺しのクルーエル』と呼ばれていたのも、私だ」
その会話をすると、エゼフィールの足がぴたりと止まる。戦意喪失してしまったのか、顔を下げて動かなくなってしまった。
その光景を透明な囲いの中から見ていた三人衆のリーダーは、食い入るように壁に張り付き、大声で叫ぶ。
「ちょっと! 用心棒さん頑張ってよ! 報酬を少し上乗せして払いますから!」
リーダーの必死の叫びも、エゼフィールの耳には届いていないようだった。
クルーエルもこれには困り、不意打ちのように勝負を決めてしまうのも癪に障るので、少しだけ待ってみる事にした。
「君のような奇抜な戦術ができるプレイヤーがチーターとは、勿体ない。……神様はマサムネのような変態ではなく、こう言うプレイヤーを勧誘できないのか。チーターなんて、大体が初めて手合わせする奴らが多い。君のようなプレイヤーにゲームマスターをしてもらえれば、私は大助かりなのだがな……」
クルーエルは独り言のようにそう呟いていた。
負けた事に関して言えば、正直悔しい。だが、クルーエルはエゼフィールと戦った事で、彼女のプレイヤースキルが高いことに気付いてしまったのだ。
それに、クルーエルにはエゼフィールに何か自分と同じものがあるのではないか。と、そう感じてしまっていた。
そんな独り言を呟いても、エゼフィールは指のひとつも動かない。
クルーエルは大剣を構え一息吐くと、エゼフィールに向かって一撃を与えた。
クルーエルは火力重視のキャラクターであるため、ステータス『力』に関わるあらゆるスキルのレベルを重視して上げている。そのため、ステータス『防御』が平均より少し低いエゼフィールの体力をすぐに奪ってしまう。
エゼフィールの体力が空になり、クルーエルが勝利したことを知らせる軽快な音楽が、二人のソフィアの箱から聞える。
その光景を見ていたチーター三人衆は、「ふざけんじゃねぇー! まだ大金がぁ!」とか言いながら、その囲いの中で暴れ始めた。
「……君も、四日前と同一人物なのか? まぁいい、約束は約束だ」
クルーエルは倒れるエゼフィールを見ながら、両手に光を集め、ゲームマスターでしか使うことの許されない、『BANプログラム』の大剣を作り出す。
「――それが『KS』を使って生成する、『BANプログラム』の武器……」
何をしても自ら動こうとしなかったエゼフィールは、今になってやっと口を開く。
彼女はそう呟くと、倒れながらも自身のソフィアの箱を取り出しアイテム欄を見始めた。
クルーエルはその行動が理解できずに、ただ眺めるだけ。
エゼフィールは探していたアイテムを見つけたようで、それを選び手に持ち、ゆっくりと起き上がる。
「……本物のクルーエルなら、反省しているチーターであれば見逃す、でしょ?」
エゼフィールの表情は髪の毛によって遮られていたが、弓を持っていた左手には、いつの間にか白旗が握られていた。それを握っているエゼフィールが徐に顔をあげると、その表情は何故か嬉しそうで、翡翠色の瞳がキラキラと輝いている。
「き……君は何を言っているんだ?」
「だーかーら、降参だって言ってるのっ……じゃない、言ってるんです!」
クルーエルは理解が追いつかず、エゼフィールをきょとんとした顔で見つめている。
エゼフィールは白旗を振りながら、瞳をより輝かせながら上目遣いで自分よりも二倍の大きさのクルーエルを見つめた。
「やっぱり、『GNOSIS』のクルーエル……さんは本物だったんですね! エゼは嬉しいです! 今まで無礼をお許しください。エゼにとって、クルーエルさんは憧れの人なのです! 是非、クルーエルさんを師匠と呼ばせてくださーいっ!」
今までの冷静な顔付きだったエゼフィールは、態度を一変してクルーエルに詰め寄った。
クルーエルはその豹変ぶりに、度肝を抜かれたという顔で目をぱちくりとさせていた。
「……だめ、ですか?」
首をひねり、可愛げに聞くエゼフィールに対し、クルーエルは拳を握りしめて大きく空気を吸い込み、その全てを吐き出すように叫んだ。
「師匠は断る! だが、お姉様となら呼んでもいいぞ!」
それを聞いたエゼフィールの頬はほのかに桃色に染まり、とても嬉しそうな顔をする。
クルーエルはそう言ったものの、何故エゼフィールがここまで豹変したのか、その真相が気になって仕方がなかった。
『BANプログラム』の武器を消すと、クルーエルはエゼフィールに訪ねる。
「だが、どういうことか説明してもらわなければ、私も納得ができん。なぜ私を探していたのだ?」
「……あらゆるオンラインゲームから、姿を消してしまった『チーター殺しのクルーエル』……さんが、ここ『GNOSIS』で現れたという噂を耳にして、それで確かめに来たんです。『Blood Rain』でエゼを助けてくれた、クルーエルさんに」
「ふむ……、記憶にない。すまん」
「いえっ、そんなことはいいんです。それで、エゼは消えてしまったクルーエルさんの代わりに『チーター殺し』を引き継いだんです」
クルーエルは両腕を大きな胸の下で組むと、「ふむ」と一言発してから小さなエゼフィールを上から見つめた。
「『チーター殺し』を引き継いだ……か。と、言うことはだ。君はチーターを狩ることを目的として動いている……。では、何故今はチーターに肩入れをしているのだ?」
「情報のため、です」
「情報?」
「はい。強大な『業者』の情報を、このクズ共が知っていたのです」
白旗をソフィアの箱にしまい、『業者』の話をし始めたエゼフィールは、嬉しそうな表情からすぐに険しい表情へと変わる。
それを聞いたクルーエルもまた、険しい表情になった。
「……やはり来たのか、『業者』が」
「はい。このクズ共から情報を手に入れたのも三日前のこと。貴方が本物だとわかっていたなら、すぐにでもお知らせしたのですが……」
「いや、怠けていた私がいけなかった。君が気にすることではない。……それで、『業者』のキャラは特定できているのか?」
「いえ、まだです。ですが、『業者』の名前は入手しました」
エゼフィールは、囲いの中でまだ暴れている三人衆をふと見ると、すぐにクルーエルの顔を見上げる。
「……『パラシティック』というそうです」
エゼフィールがその名前を口にした瞬間であった。
クルーエルの表現は、怒りや憎しみを帯びたものへと一変する。
その表情を間近で見たエゼフィールは、本能的に危険を感じてしまい、後ろに退いてしまう。
すぐに我に帰るクルーエルは、「すまん」と言うと片手で顔を覆い隠す。
「……緊急会議が必要だ」
クルーエルは、エゼフィールを怖がらせないように、隠しきれない憎悪を必死に抑えながらそう言った。