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憧れの人【2】


 初日がログアウトした後もクルーエルは泣き続けた。

 大きな体を震わせ、止めどなく溢れ出る涙を拭うことなく泣き続けた。

 その間も神様はクルーエルが落ち着くまで、黙って寄り添ってくれている。いつもは厳しいことしか言わない神様が、優しく接してくれるだけでクルーエルの涙は溢れ出る。

 クルーエルは一時間近く泣き叫び、やっと心に落ち着きを取り戻す。

 ゲームだから涙が涸れる事は無かったのだが、クルーエルの目元は酷く腫れて目が真っ赤に充血していた。

 クルーエルは鼻をすすり、木陰に隠していた自分の体を日光の当たる場所に移動させる。太陽の光が眩しくて、最初のうちは目を開けることができなかった。

「ここまでリアルに再現されていると、感覚がおかしくなるな……」

 やっとその光に慣れていつもの広場から周りを見渡すと、いつも通りの変わらない光景が溢れかえっていた。

「……初日はログアウトしてしまったのか。申し訳ないことをした」

 目を擦り、初日が居ないかと周囲を確認しては見たが、もうその場には姿がなかった。

 それを確認したクルーエルは、申し訳なさそうにする。

「私の方が年上だというのに、大人気ない事をした……」

 クルーエルが落ち込んでいる時も初日はめげずに話しかけてくれたのに、クルーエルは初日の言葉を全て無視してしまった。

 そんな態度をとってしまったことに、クルーエルはまた酷く落ち込む。

「あー……くーちん、メール見てあげてね」

 そんなクルーエルの様子を見ていたのか、今まで口を閉ざしていた神様は言葉を漏らした。

 神様がそう言うので、クルーエルはソフィアの箱を確認すると、一通のメールが送られてきていた。

 そのメールは初日からであり、クルーエルはそのメールの内容を確認する。

 そこに書かれていたのは、「早く元気になって、エゼフィールって人をぶん殴っちゃってくださいね! もし、私に対して申し訳ないと思っているなら、今度可愛いレアアイテム下さい!」という内容だった。

 その文章の一番下に、手描きでクルーエルがエゼフィールを倒している絵が貼り付けられていた。決して上手いわけではないが、クルーエルにとっては何より嬉しく、また目に涙を溜める。

「泣いてる暇があるんなら、努力しなさい。……それじゃ、ボクは落ちるからー」

 クルーエルの顔を見てもいないのに、神様はそう言い残すとログアウトしようとする。

「神様、明日から三日間……有給休暇をいいか?」

 神様がソフィアの箱の画面にあるログアウトのアイコンに触れる前に、クルーエルがそう訪ねた。

 クルーエルの表情はとても晴れやかで、スッキリしたという感じである。その表情を見た神様は無邪気に笑うと二つ返事で答え、ログアウトのアイコンに触れた。

 神様が姿を消すと、クルーエルは空を眺め呟く。

「三日でキャラクターのスペックを強化しなければな……」

 大きく深呼吸をするクルーエルの瞳には、強い意思が感じれた。



   ***



 三日間での有給休暇を取ったクルーエルだったが、その間も『GNOSIS』に居た。

 だがゲームマスターとして働いているのではなく、普通にゲームを淡々とこなしているのだ。

 まだ育てていなかったスキルを修練しながらダンジョンを一人で巡り、覚えていなかったスキルを覚えたり……。それらを誰とも会話をせずに、一人で黙々と進めていた。

 クルーエルが有給休暇の間、ゲームマスターの仕事はマサムネと時々神様がこなしている。やりきれない部分もあったのだが、初心者の対応やクレームの処理などは他の者に任せ、主にチーターを処理することに専念していた。


 三日間と言うものは、案外あっという間に過ぎてしまう。

 四日目になると、クルーエルは何事もなかったかのようにいつも通りのラクナノの広場に入り浸っていた。

 最近気合いが入っていなかった洋服も、露出度の高い洋服を着てご満悦の様子だ。

「ふむ、今日は良き日にしよう」

 四日前にはあんなにも泣き散らしていたのに、今日のクルーエルはいつも通りの顔でラクナノを見渡していた。

 マサムネが一人でゲームマスター業務を行っていた間にも、大した問題は無かったようだ。クルーエルはソフィアの箱に映るマサムネの報告メールに目を通し終わると、ふんと鼻を鳴らした。

「あとはエゼフィールとやらに、挑戦状を送りつけて……日程が決まり次第、有給休暇を……」

 晴れ晴れとした表情でクルーエルは一人呟いていると、空から神様の声が聞こえてくる。といっても、この声はクルーエルにしか聞こえていない。

「くーちん、やほー! 出勤早々悪いんだけど、チーターの情報だよー」

「ん……おはよう、神様。……了解した。と、その前にだが、四日前には迷惑をかけて悪かった」

「ん? 別に気にしてないよー。それよりチーター、チーター!」

「ああ……、そうだな。それで、チーターは何処だ?」

「えーっと……魔術帝国バントラにある帝都ベルトギアに、チーターが居るみたい。それも、団体様……みたいだよ?」

 それを聞いたクルーエルは、しめたと言わんばかりにニヤリと笑う。

「それでは、どれだけ(クルーエル)のスペックが上がったか、肩慣らし程度に試しに行くか」

「秒殺でお願いね!」

「任せておけ!」

 自信気に鼻をふんと鳴らすと、クルーエルは《シャドーホース》を召喚するとそれに跨がり、魔術帝国バントラにある帝都ベルトギアへと急いだ。



   ***



 魔術帝国バントラにある、『帝都ベルトギア』。

 この魔術帝国バントラを納めるのは、アルコーンの一人『バーニャ』。この世界の『魔法』を管理し、人間を支配している。

 バントラは魔法で栄えている国なので、帝都ベルトギアは普通の壁ではなく、透明な結界が都を囲み人々を守っている……というゲーム上の設定だ。

 このベルトギアに入るには通行証が必要で、その通行証はメインストーリーのイベントをクリアしないと入手できない。クルーエルはメインストーリーを今実装されているところまではキチンとこなしている為、この都に入る事ができる。

 その通行証を持ったクルーエルは《シャドーホース》のスキルを解除し、その結界を無事に通り抜けて都の中を一望した。

 ラクナノのように小さな村とは違い、木造の建物ではなく、帝都という名に相応しい煉瓦積みのしっかりとした作りの建物がずらりと並び、その建物の入り口の殆どがクルーエルよりも少々大きい作りになっている。

「相変わらずの賑わいだな」

 この帝都ベルトギアは、今『GNOSIS』で実装されている中で一番大きな街であるためか、必然的にプレイヤーが多く集まっている。

 賑やかな声をかき分けるように、クルーエルは鋪装された道をひたすら進むと、都の中心部らしき場所が見えてくる。

 真ん中の丸いオブジェから、まるで鯨が海水を噴き出すように水が空高く舞い上がる。水が噴き出た辺りには虹ができていて、見る者の心を奪った。

 神様が言うには、チーター達はこの近くに居たというたれ込みがあったと聞いていたのだが、辺りを見渡してもその様子はない。

「ふむ……、聞き込みをしなければならないか」

 クルーエルは首を傾げてからそう呟き、近くに居るプレイヤーに聞き込みをし始めた。

 近くにいくつかのベンチが設置されており、そこにベタベタと二人の世界を楽しんでいるクエレブレの女とメロウの男が居たので話しかけてみた。

「急に話しかけてすまない。ここ近辺でチーターが居たようだが知らないか?」

 嫌悪感たっぷりにクルーエルを睨む二人に対し、クルーエルは謙虚に頭を下げる。

「チーターって動物の? そんなのいるんだねー」

「いや、不正行為者のことなのだが……」

「ああ、チートしてる奴らか。確かラクナノに向かうとか話してたんじゃね?」

 女はめんどくさそうに話すが、男は覚えがあったらしく快く話してくれた。

 だがクエレブレの女がクルーエルをあまりにも睨むので、クルーエルは一言礼を言うと足早にその場から立ち去った。

「リア充はやはり怖いな。……しかし、すれ違ったようだ。早くしなければ奴らはきっと『初心者狩り』をするに違いない」

 クルーエルは迷うことなく《シャドーホース》を召喚すると、舞うように馬に跨がり、颯爽と来た道を引き返した。

 急ぎ《シャドーホース》を走らせたクルーエルだが、ベルトギアを出てすぐにそのチーター集団と出会した。

 メインストーリーのクエストをこなしている最中のプレイヤーなのだろう。そんな彼を三人がかりで取り囲み、彼の持っているゲームマネーやアイテムを奪い取っているのだ。

 毎回チーターを処理するクルーエルにとって、この光景はそんなに珍しいものではなかった。だが、今日のクルーエルの機嫌はどちらかと言えば悪い方だ。

「助けて……」

 恐怖で支配されながらも、声を震わせながらも助けを求める彼の悲痛な叫びがクルーエルの耳に届く。

 それを聞いた瞬間、クルーエルの中にある何かが切れる音がした。

「へへへ……大量だぜ」

「今日もいい品が手に入りましたね、兄貴! 高く売れるといいですね!」

 そんなこととは知らないチーター三人衆は、悪い顔をして笑いながらその場を立ち去ろうとする。

 彼らが振り向いたその先には、冷酷な赤い瞳のクルーエルが仁王立ちしている。彼らからしたら、クルーエルの存在は巨大な壁に見えた。

「ひっ……」

「君達は、それをどうするつもりだ?」

 いつもは優しい表情のクルーエルだったが、冷酷な表情で彼らを見下す。その瞳は燃えるような赤黒い色にも関わらず、冷ややかに感じた。巨大な体に赤黒い色の長髪で、瞳の色も赤黒い。

 彼女の姿を見てすぐにクルーエルだとわかったチーター三人衆の一人が、笑いながらクルーエルを見返した。

「なんだ、『四日前にPVPで負けたクルーエル』じゃねぇか」

「本当ですね、兄貴!」

 四日前にエゼフィールに負けたという噂は、ネットを通じて殆どのプレイヤーに知れ渡っていた。

 それを聞いたクルーエルは、眉をぴくりと動かす。

 その冷酷な表情から、少しずつ怒りを帯びた顔付きへと変わっていく。

 クルーエルは秒殺で終わらせると神様と約束をしたのを思いだし、永久アカウント停止プログラムの入った大剣を出そうとした。

「へへ……出番ですぜ、用心棒さん!」

 そんなクルーエルの動きを察したのか、三人衆でも一番偉そうな男がそう言うとクルーエルにとって願ってもない人物が現れた。

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