ルーターと物欲の無い少女【3】
……だが、無情にも階数は進み、九階までやってきてしまった四人。
この階で「おかしな装備のインプ」が出てこなければ、またこの塔を一からやることになる。
だが、神様が多忙により、皆で回れるのはこの一回のみ。
尚且つ、『レアアイテムを高確率で出す月子の異様な能力』の検証も兼ねていたのだが、そのレアアイテムを持つMOBすら現れない現状のせいか、神様とクルーエルは疑いの眼で月子を見つめていた。
クルーエルはそれに加え、あの時のゴールドエッグは偶然だったんじゃないかとも、疑い始めていた。
殆ど諦め半分で扉の前に立つ四人が扉の前に立つと、九階の扉はゆっくりと開き始めた。また真っ白な空間が広がっており、四人はそろってその空間に足を踏み入れる。
視界が開けていくと、そこには五匹のインプが居た。
ああ駄目か……と、初日はついそう思ってしまった。だがよく見ると、そこにはおかしな装備をしたインプが一匹だけ紛れ込んでいた。
そのインプを居た瞬間、初日は瞳を輝かせた。勿論、他の三人も同様に瞳を輝かせる。
「あ、あれが今回のイベントの……」
「そうそう、あれが『ハリセン』を持ったインプ。あいつを倒すと、一定の確率でその『ハリセン』が貰えるんだよ」
「あの『ハリセン』、エンチャントは出来ないし攻撃力も無いが、相手に痛覚を与えることが出来ると言うただのネタ装備だ。……だが私は欲しい! わざわざゲームマスターの力を使わなくても、マサムネをいたぶり放題だからな」
瞳を輝かせ初日が聞いていると、クルーエルは不気味に笑みを浮かべ、とても悪そうな顔で言い出した。
でも、そんなインプを見て、大笑いをしていたのは月子であった。
「ハリセンを、持ったインプ……。斬新で面白いっ……! そして、ちょーキモカワイイっ……」
抽象絵画のようなインプの姿に、ハリセンと斬新なセットであったせいか、月子のツボにハマってしまったらしく、その笑いは止まることがない。
月子が大笑いをしたからか、ハリセンを装備したインプ以外の四匹はこちらに気付き月子に向かって走り出す。
それに気付いたクルーエルと神様はすぐに戦闘態勢に入る。
「月子! ハリセンを装備したインプは君に任せた!」
「よろしくねー」
「は……はひ……」
月子は笑いをこらえて返事をする。クルーエルと神様は月子の前に立ち、四匹のインプを迎え撃とうとする。
その前に、初日は光魔法の《パワー》(ステータス『力』の数値を一時的に上げる補助系魔法)と《プロテクト》(物理攻撃のダメージを軽減してくれる補助系魔法)を詠唱し始め、それらを一人一人にかけていく。
初日にはスキルの《魔法詠唱短縮》と、杖にも魔法詠唱短縮のエンチャントが付いていて、それらの魔法自体もそこまで詠唱時間が長いものではなかった。
そのお陰か、二つの魔法を短時間で四人に一気にかけることなど初日には容易かった。
神様が両手に持つ銃のトリガーを引き、銃声が二回鳴ると、二匹のインプは瞬く間に戦闘不能になる。
残った二匹のインプをクルーエルが《瞬速》で近付き、一匹一匹確実に仕留めた。
完璧に心を落ち着かせた月子が全て終わったことを確認すると、細長く尖った剣を構え、ハリセンを装備したインプに狙いを定めた。
そのインプは大人しい性格のようで、襲って来ようともしない。
確実に仕留められるように、月子は《影縫い》を使いインプの動きを止める。
「ごめんね、キモカワインプさん!」
月子はそう言うと、フェンシングの突きの如くインプを貫く。
このインプ達の体力もそこまで高く設定されているわけでもなく、月子の一突きでインプは戦闘不能になった。
その光景を期待して見ていたクルーエル達。
そもそも、運営の人間であるクルーエルと神様は、今回のレアアイテムの出現確率は知っている。まさか一週目の一発目で出すなんてありえない。
二人は唾を飲み込み、それを見守っていた。
ハリセンを装備したインプの体力ゲージが空になった瞬間、インプの隣からレアアイテムである『ハリセン』がポロリと現れる。
疑っていただけに、クルーエル神様は驚いた表情で月子を見ていた。
「えへへ……、皆でやるゲームはやっぱ楽しいです」
月子はアイテムが出たことよりも、そのことに喜びを感じていた。ハリセンというレアアイテムが現れたにも関わらず、それをすぐには拾わなかった。
「月子ちゃん、拾ってー! じゃないと、アイテムロストしちゃうから」
「ほ、ほえ! 出てたんですね!」
月子はアイテムが出たことにも気付いてはいなかった。
急いでそのハリセンを拾うと、月子は手に持ちそれをすぐにクルーエルに渡そうとする。
「はい、クルーエルさんっ!」
「……? いらないのか?」
「はいっ! 月子はアイテムなんて要りません。皆とワイワイ楽しくゲームができれば、それでいいんです!」
ニコニコと笑う月子を見て、クルーエルはふと思った。
――物欲センサーとはよく言うが、きっと月子にはその物欲が無いのだろう。だからこそ、レアアイテムもよく出るのか。
クルーエルがうんうんと頷いて納得している時だった。
彼女のソフィアの箱から音が鳴り、それを見るとマサムネからのボイスチャットであった。クルーエルはそれに仕方がなく応答する。
「……君は何故SVCで話さないんだ! もうとっくにレアアイテムは――」
「俺のPTブローチをルーターにやられた! もしかしたら、そいつが月子ちゃんのストーカーかもしれない!」
「ダンジョンは、PTが一緒でなければ同じ場所に入ることは不可能だからねー。何となくそのルーターが何を狙っているか、ボクは想像できるけど……」
マサムネの声は、大音量でその階に響き渡る。
それを聞いた月子はハリセンを持ったまま、不安気に辺りを見回す。
クルーエルと神様は辺りを注意深く覗う。が、それは素早い動きで迫ってきた。
あのクルーエルと神様を掻い潜り、月子めがけて走ってくる。
月子の目の前に現れたのは、小さな男のエルフであった。速さを底上げしているらしく、スキルを使わずにここまで早走れるのも珍しかった。
あどけない顔付きのエルフは、黄色の瞳で月子をみると、一言「ごめんなさい」といい、月子が持つハリセンを一瞬で奪い取り、そのまま走り去ろうとする。
「『他人からアイテムを盗むスキル』は、このゲームに存在しない。何故君がルートを出来るのか……、その理由を聞かせてもらおうか?」
ルートと言うのは、元々の意味では「倒したMOBからアイテムを取る」という意味だが、狭義では「他人からアイテムを横取りする行為」を指す。その行為をやる者の事を『ルーター』と呼んだ。
クルーエルが逃げようとするエルフの腕を掴み、そのままこのダンジョンから離脱しないようにしていた。
そのエルフは必死に暴れるが、ゲームマスターであるクルーエルには到底敵うはずがなかった。
「離して……!」
「理由も述べられないと言うのなら、このままアカウント停止処分にする他ないが」
「……それだけは、それだけはやめてよ! 僕にはこれが必要なんだ……。だからお願いだよ、見逃してよ……!」
あどけない顔のエルフは、急に涙ながらに訴えかけてくる。
クルーエルが、その後にどうしてかと訪ねても、彼は口を閉ざし理由を話そうともしない。
「申し訳ないけど、ゲーム管理側の人間としては放っておくことはできないよ。そのプログラム自体、君みたいな未成年者には作れると思わないし。そう考えると、ボクには君が『業者』と関わってるとしか考えられないんだよ」
「な、なんで僕が未成年だって……! 君達は一体……」
神様にそう言われたエルフは、驚きを隠せないと言う表情をしていた。
業者というのは、リアルマネートレードを目的とした者の事を言う。ただ、リアルマネーの為なら手段を選ばないため、チート行為やアカウントハックなど、プレイヤーや運営側にも深刻な被害が出ている。
「私達はゲームマスターだ、君の個人情報は概ね把握している。悪用するつもりはないが、君がなにも答えてくれないと言うのなら、保護者、または警察に連絡すると言うことも…………」
「やめてよ! 親には……お願いだから……!」
本当はこの程度のことを警察に報告するようなことではなかったが、クルーエルは子供ならば鎌を掛ければ嫌でも喋ってくれるだろうと考えて言った。だが、あどけない顔つきのエルフは、そう言うだけで後は何も喋ろうとはしない。
クルーエルはふうと溜め息と吐くと、困り果ててしまった。
「君がそのプログラムを何処で手にいれたか、反省しているか、それらを教えてさえくれれば連絡などしない。こちらも理由があるならば、それを尊重したいんだ。私達も、頭ごなしにアカウント停止処分には……」
「――……いてよ」
「……ん?」
「放っておいてよ! 僕はこれが必要なんだ……! それだけの理由じゃダメなのかよ!」
クルーエルに掴まれた腕を必死にはなそうともがきながら、エルフは涙を流しながら言う。
嘘泣き、という可能性も視野にはいれていたのだが、色々なオンラインゲームを渡り歩いてきたクルーエルには、その涙が嘘だとは思えなかった。
「お、おねが……だから……、お願い、……から」
必死に暴れていたエルフは、疲れてしまったのか抵抗するのをやめると、その場に崩れポロポロと涙を流し始めた。
どうしたものかと考えるクルーエルの元に、月子がそっと近付いてくる。
月子はエルフの腕を掴むクルーエルの大きな手に触れ、脇に抱えている顔から小さな声で「月子に任せていただけませんか?」と言った。
その言葉を聞いたクルーエルは、少しだけ考えるとエルフの腕をそっと離す。その瞬間、月子はそっとそのクルーエルに掴まれていたエルフの腕に優しく触れる。
「お姉ちゃんはね、月子って言うの! ……君のお名前は?」
「……知ってるよ。よくレアアイテムを出すお姉さんでしょ? ……僕はフィラ」
「フィラ君って言うんだ、宜しくね!」
月子は優しい声で質問をすると、フィラと名乗るエルフは涙を必死に拭いながら答えた。
「……『ごめんなさい』って言ったのはどうして?」
「……だ、だって僕のせいで、お姉さんが怖い思いをしてたみたいだから」
「そうだよ、怖かったよ。でも、君だったってわかって安心したよ」
月子は子供を宥めるように、フィラを抱き締めて頭を撫で始めた。
フィラの顔がほんのりピンク色に染まる。
「フィラ君は、どうしてそれを欲しがるの? 理由はどうしても言えない?」
「……いつか、いつかなら言えると思う。でも、今は言えないんだ……ごめんね、月子お姉さん」
「そっか……、言えないなら、仕方がないよね。……でも、こんなことまだするの?」
「……したくないけど、しなくちゃいけないんだ。もっと、レアなアイテムを集めて……」
フィラはそこまで言うとやはり口ごもってしまう。
レアアイテムをフィラが欲している、ということしかわからないクルーエルは、またふうと溜め息を吐く。
「では、やはり――」
「月子に免じて待ってください、クルーエルさん」
クルーエルは何に免じるのかと考えたが、いつもへらへらしている月子があまりにも真剣な表情をして話すので任せることにした。
月子は抱き締めていたフィラをそっと離すと、自分の顔を両手に持ち、フィラと目線を合わせた。
「じゃあ、レアアイテムが手に入れば、もうこういうことはしない?」
「……え?」
「役に立てるかわからないけど、月子が手伝うよ。それなら不正行為をしていないってことになるでしょ? ね、クルーエルさん?」
いきなり話をふられたクルーエルは、戸惑いながら困惑していると、神様が代わりに答える。
「そうだねー……。ルートプログラム自体さえ使わなければ、ボク達にはなにも言うことはないよ。ね、くーちん」
「ん……、まぁ、そうだな」
優しく笑う神様の答えには一理あり、クルーエルは頷いて返事をする。
それを聞いていた初日と月子、そしてフィラの表情は明るくなっていく。
「それじゃ、月が決めたことなら私も手伝う! 良かったね、フィラ君!」
「……うん、ありがとう。……もうこのプログラムは使わないよ。クルーエルさん、でしたっけ……?」
嬉しくて涙が出るのか、またポロポロと涙を流し始めるフィラは、クルーエルにその真っ直ぐな瞳を向け、お辞儀をした。
「ありがとうございます。……話せる時がきたら、お話しますね。今回は見逃していただき、本当にありがとうございます」
丁寧にそう言うフィラを見て、こんなに礼儀正しい子がどうしてとも思ったが、クルーエルは自分の直感を信じて見ることにした。
「ああ。話せるときがきたら、お願いする」
「……はいっ!」
クルーエルがとびきりの笑顔でフィラに笑いかけると、嬉しそうにフィラも笑う。
そんな二人の姿を見て、嬉しそうに初日と月子が笑い、神様に至っては優しく微笑んでいた。